第19話

 僕達の元に入って来る情報は雪が積もっても変わらず、敵の動きは無い。これだけだった。


僕は電子機器デバイスを起動させる。錬金術師アルケミストをすかさず選択し文字の羅列が浮かび上がり踊りだすのとほぼ同時にHBを選択。


 構えた時には僕の手の中に銃が握られている。


 上手く気配を消せていると思っているリーランドの顳顬に一発、弾は実弾ではない為リーランドは自分の死を悔しがる事が出来た。


 リーランドの癇癪を横目で確認してバク転で後ろに飛ぶと今さっきいた場所にJR《ジャックザリッパー》で斬りつけてきたミーアの姿が現れる。ミーアの可変迷彩ミスティークの使い方はとても上達した。


 人間にしては意識を集中出来るタイプだろう。


 ただ攻撃が大振りだった為に額を撃たれた。僕は空中で体を捻り着地する。そのタイミングを待ってましたとベニーがBK《ビリーザキッド》で弾幕を張りながら突進して来る。


 僕はすかさず彼の弾から逃れた。応戦しながら意識を集中して可変迷彩により彼の視界から消える。


 僕がいるであろう方向に銃を乱射してそこに僕がいない事に気がついた時には全てが遅かった。


「ベニー、直線的な攻撃が多いと何度も言ったろ?」


 ベニーはその頬を少し赤らめて頷いた。僕の腕も片方だけ彼と同じ色をしている。


 僕の身体は死体により構成されているから誰の物かは分からないけれど、しっかりと馴染んでいる。その手でベニーと握手を交わす。


「オリヴィア、幻視ホロを解いてくれ」


 幻視が解かれて何も無い殺風景な空間に戻る。リーランド、ミーア、ベニーの三名の最終試験が終わった。


「次は負けませんよ」


 とキザっぽくリーランドは自分の負けた原因を作る。彼の様なタイプの場合、このプライドが命取りになる。


 素直に負けを認めそして二度と同じミスをしない様に自分を鍛える事こそ彼には必要なのだ。


「リーランド、貴方の可変迷彩はまだまだ甘いのよ?ルークが相手じゃなくても怪しいものだわ?ね?ルーク?」


 リーランドの男のプライドに傷をつける。ミーアは僕にとても懐いていて何かと僕に話しかけてきて、オリヴィアと少しばかり口論になったりも初めはした。


 オリヴィアからしたら真面目に訓練に励んで欲しかったのだろう。


 当初は流行のファッションやハリウッドセレブのスキャンダル等が大好物で、兵士と言うより可愛らしいティーンエイジャーだった


「可変迷彩に関して言えばミーアが君達の中では一番優秀だよ。リーランドは殺気が殺せてないからその分相手にバレやすい。でもねリーランド、君の感じているその悔しさが人を成長させるんだ」


 舌打ちをしてリーランドは部屋から出て行った。ミーアがその態度に苛立ったらしく彼の後を追った。


 中々に良いコンビだと僕は二人の事を思っている。


「ルーク、ありがとうございました」


 実直なベニーは自らの反省を済ませた様で晴れ晴れとした顔つきをしている。


 僕はこちらこそ良い訓練だったと伝えた。ベニーは電子機器の整備をしてから部屋を出るらしいく僕は一人で部屋を出た。




 通路を歩くと、通り過ぎるスタッフ全員が僕に敬礼をする。


 初めこそ慣れなかったが今となっては卒なく上官をこなしている。


 オリヴィアはオズが指揮していた武器開発部門を拡大し、新たな武器の開発に日夜励んでいるので僕は基地にいる大体の時間を一人で過ごす事になる。


 今日もやる事が無いので昔の映画でも部屋で観ようかなと思っている時に通信が入った。


[ルーク、私だ]


 ジョナサンからだった。


[ジョナサン、今丁度映画を観ようと思ってた所なんだ。何が良いと思う?ホラー映画以外で良いの無いかな]


[映画を観ている時間は無い。直ぐ私の所に来てくれ]


 ジョナサンの言葉の中に苛立ちが垣間見られる。


 おおよその見当はついているので僕は何も言わずに通信を切り彼の部屋へと向かう。


 途中でミーアとリーランドが楽しそうに話しているのを見かけた。彼等は僕に気がつくと何があったのかと質問しながら付いて来た。


 僕は何でも無いよと答えて彼等を拒絶する。それでもリーランドは教えて下さいと僕の話を聞かなかったが、ミーアが彼を止めてくれた。


 ミーアは拒絶されたという事実を少し受け止められずにいる中で上官の意図を汲み取ったのだ。


 個人回線で彼女にありがとうと手短に感謝だけ伝えて早歩きで部屋を目指す。


 部屋の前にはオリヴィアが待っていた。顔を見るに彼女も何かを伝えられている訳では無い様子だ。


 ドアを二回ノックしてジョナサンの部屋に入る。


 部屋の中は荒れていた。ジョナサンがかつて好きだと言って珍しく興奮気味に説明してくれた何とかと言う映画のポスターや絵画などが粉微塵の残骸アートに成り果てている。


 客間を抜けそのままリビングへ向かう、壁にも刃物で傷を付けたような痕が目立つ。


 高そうな陶器がいくつも床に粉々の状態で落ちている。


「ジョナサン?」


 返事は返ってこない。僕は個人回線でオリヴィアに注意するように呼びかけ自分も電子機器を起動させHBを構えた。


「ジョナサン?何処なの?」


 彼女の呼びかけにも返事が返ってくる様子は無い。僕達はベッドルーム、バスルームとくまなく痕跡を探すが何も見当たらない。


 最後にたどりついたのは彼の書斎、ドアノブが赤く濡れている。オリヴィアに目配せしてから扉を蹴破って中に入った。


 多くの書籍を溜め込んでいるジョナサンの書斎。その本が一つ残らず床に散らばっていて本棚が寂しそうにこちらを見つめている様子は何とも不気味だ。


「ルーク!こっちよ!」


 オリヴィアが何かを発見したらしく僕はその方向に向かう。考えたく無い事が勝手に脳内で繰り広げられていく、それを振り切ろうと頭を横に振ってみたが僕の予想通りの光景がそこには広がっていた。


「残念だけど、これは助からないわね」


 SGの証、HBで頭を撃ち抜いて机に突っ伏している彼の手には妹を頼むと殴り書きされたメモと、記憶端末メモリーカードが綺麗に置かれている。とても綺麗に自殺していた。


 後ろでオリヴィアが救護班メディックに連絡を取っているが先程彼女が自ら口にしていた通り間に合わないだろう。記憶端末を電子機器に読み込ませ、僕は彼の残した記憶メモリー侵入ダイブした。


 そこは電脳空間で様々な記憶達が行き交っている。そこに彼はいた。


「話って何?」


 僕は彼に向け何事も無かったかのように話しかける。


「君がここに来たと言う事は私は死んだのか」


「そうだね、自殺……でいい?」


 彼は頷いたかと思うとHBを構え、自らの顳顬をもう一度撃ち抜いた。


 どさっと音を立てて彼は倒れ、数秒間の沈黙後笑い始めた。自分が死んでいると言う事実を認識して笑える精神状態とは如何なるものなのだろう。喜びか悲しみかはたまた全く別の感情か、とにかく彼は床にへばり付くように倒れ笑い続けている。


 ある種解放されたという事だろうか、彼は生きている間に見せた威厳や風格から解き放たれている。屈託の無い笑顔を浮かべ自ら作り上げた血の海を平泳ぎで進み続ける。


「君も来ないか?気持ちがいいぞ?」


 血がべったりとへばりついた手で僕にこっちに来いと必死にジェスチャーで訴えるが僕は顔を横に振って断った。


「それが本来の姿なんだね」


 とても切ない。そう思った。


「そうだ!私は……いや、俺は君達を指揮し導く事なんて出来やしない。俺はあの世界で大きな枠組みの中の歯車(ギア)でしか無かったんだよルーク。大切な妹すら守ってやれなかった。オレはあいつを守る為にこの国に忠誠を誓い、あらゆる中継カットアウトを使ってこの組織を大きくしてきたんだ……それなのに、政府は妹にノーマン達の潜伏先を調べる単独任務を与えた」


「カレンが?君の妹?」


 初めて知った事実に唖然としている僕を見て彼は少し可笑しかったらしく笑みを浮かべ、そしてすぐ悲しみの淵にいるかのような表情に切り替わった。


「結果、妹は捕らわれた。俺には止める力もなく、ただ幸運をと告げただけだ」


 実の妹を守る、それがこの男の全てだった。だがそんな綺麗な話で終わらせる訳にはいかなかった。この世界において彼のような境遇の人間はごまんといるし、だからって人を殺したり傷つけたりする人間が許されるなんてあり得ない。


 然るべき罰が当人達を苦しめ続けるのだ。死ぬ事で解放されたとでも言うのか、それは生きている人間達を残して自分だけが楽をしている事と同じなのでは無いのか僕は問い詰めてやりたいが、もう彼を責めたところで何も出来やしない。それは分かっている。


 彼は羨ましい事にちゃんと死んでいるのだから。


「僕に伝えたい事があるんでしょ?だからこの記憶を残したんだよね?」


 彼は生前の壮観な顔付きを取り戻した。


「妹を助けて欲しい」


 それだけ告げると彼は血の海へと沈んでいった。深く深く、ゆっくりと沈んでいった。













 つくづく人は自分勝手な生き物だと感じながら僕は記憶を後にした。


 目の前にはさっきまで話していたジョナサンがいる。もう何も話す事は無いその姿を僕はこの目に焼き付ける。


「お帰りなさいルーク。どうだった?」


「カレンが捕まった。場所は聞き出さなかったけど……」


「分からん事も無いぞ」


 突然の声に僕は敏感に反応し、いつもの慣れた工程を滑らかにこなしHBを構えた。そこに居たのはブライアン大統領だった。


[オリヴィア、どうして大統領が?]


 緊急の視察だとかでついさっきここに着いたらしい。二、三人の護衛を連れて大統領はこのSGに乗り込んで来たのだ。ジョナサンの死をなんらかの形で知った政府は早馬を飛ばした。それが偶々なぜ話だか大統領だったなんで話はあり得ないし、このタイミングは出来過ぎていると感じた。


「銃口を向ける相手を間違えると痛い目を見るぞ?それは私に向けるべき物かね?」


 僕は銃口を下ろした。


「それでいい。急な話で悪いが君をSGの総司令官に任命する。愛国心を示せ」


 いつかの夜、僕はこの男とくだらない話をした。その時の印象と変わらず異様な雰囲気を感じるこの男が本当に大統領なのかは定かでは無いが、いずれにせよ政府の人間なのは確かなのだ。


「喜んで引き受けます大統領」


 偽りの忠誠を僕は心から誓った。もう誰も失いたく無い、この役割を全うして全てを終わらせる。


「よし、早速だが仕事だ。アルカトラズ島に向かえ、そこに彼等はいる。島の制圧とオズワルドとカレンの救出、そして裏切り者のキングとビショップの抹殺が君達の使命だ」


 オリヴィアも僕も目の前にいる男とその男の背後にある闇から逃れる事は出来ないのだろう。


 初めからこうなる事が決まっていたのなら、僕達は余りに滑稽だ。生まれた時から役割が決まっていて、自分の意思とは関係無しに操られ殺し合う。この先にノーマンが目指す世界があるのか、平和があるのか、誰かこの先の終末を知っているなら教えて欲しい。


 この先に、何が待ち受けているのか。

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