第18話
SGの兵士達がジョナサンの号令で集められた。二百人、くらい居るだろうか。
皆同じ腕章をしてバトルスーツに身を包んでいる。
彼等の目線の先にいるのは僕とオリヴィア、瞳は英雄を捉えているのだろう。希望その物を見つめている様で彼等は僕達の言葉を今か今かと待っている。
寒空の下でこれから僕は英雄と言う役割を演じる。
こうなったのは数日前の出来事がきっかけだ。
約五日前、カレンから情報が届いた。
ノーマン達がアンドロイドに核兵器を搭載し核武装しているという内容で、
その目的は不明だが間違いなく世界的脅威である事は確かだ。この情報を何処から聞き付けたのか、カレンから情報がもたらされたその日の夜には大統領自らSGに現れた。
僕はその頃丁度オリヴィアとベットで眠っていたので到着の際挨拶は出来なかった。
そんな僕達を深夜二時に起こしてくれたのはこの嘘だらけの国を統べる男、マーカス・ブライアンその人だった。
「遠慮しないで下さい。何もしてませんよ」
「最中でなくて良かった。久し振りだな」
六十代にしては背筋は伸びているが、老体の潜入に僕は気が付けなかったのだ。
もし気が付けていれば僕は彼女の裸を晒さなくて済んだのだが何故だか僕は感知出来なかった。
「お久しぶりですね、確か最後にあったのは僕がビバリーヒルズに追いやられる直前でしたっけ?」
そうだったなと彼は言うと椅子に座った。
「ジョナサンが手を焼いていると聞いてな、私自ら頼み事をしに来たのだよ。我が国は英雄を求めている。君の力が必要だ」
ブライアンは以前会った時とは別物の存在感を放っている。
現役大統領相手にいくら一年ブランクがあるからと言って此処まで潜入を許す訳が無い。恐らくは
「大統領、お言葉ですが僕は戦う気はありませんよ。僕には無関係です」
大統領は溜息を吐き、それからオリヴィアを指差した。気づかれない様に個人回線で会話をしたい様だ。
[こちらの方が君も何かと楽だろう]
[お気遣い感謝します。大統領]
僕が警戒しているのを読み取って大統領は頭をかきはじめ、何から話すかなとでも言いたげな表情を浮かべている。
この御仁は僕にまた戦線に戻って貰いたいという事は分かった。
でもそれをはいそうですかと承諾する訳にはいかない。僕はそれ程この国に思い入れがないのだ。
[君も知っている通り、ノーマンやアーノルドは我々の闇の部分を嫌う人種だ。君もそうだが、人間であると同時に兵士なのだよ……残念ながらもう兵士の時代は終わった。だが、アンドロイド達を放っておくわけにもいかん。だからこそSGは必要なのだ。新兵達が君の背中を追いかけ、そした追い越そうとこの一年間で千人程入隊希望者が現れた。実に簡単だったよ、君を主役に据えたドキュメンタリーを作り出すのはね]
[大体の事はジョナサンに聞きました。僕を象徴にしてこの国を動かすおつもりなんですよね]
死者に頼るしかない軍事大国。それが今のアメリカ合衆国なのだ。
誰もが自由を求め戦ったのはとうの昔の話で今やこの国も中国と同じ様に偉人達を輩出し終え、人材不足に陥っている。
それを補う為にこの国は死んだ人間を祭り上げる。墓荒らしだ。
恐らく、英雄を超える存在になるのは君だ。などと言う風にスローガンを掲げて僕の歩んだ道をとても綺麗に、そして豪快にでっち上げた
[そうか、なら話は早いな。ルーク、君にしか頼めないんだ。君は我が国の希望としてこの責務を全うする義務がある]
[お言葉ですが大統領、死人に世界を救う義務なんて無いと思いますが?]
大統領が相手だからと言って僕はへりくだったりするつもりは無い。僕は人間達の勝手な妄想で生み出された怪物でしか無く、この国の為に命を捧げる義務も権利も持ち合わせていない存在だと思っている。
残念な事に多くの大人達に望まれて生まれてしまった訳だが、それにしても僕は政府の都合で殺されて政府の都合で生き返った事に変わりは無い。
僕は続けて彼等と戦う意思がない事を告げた。
[拒むか、ふん。まぁ当然の反応だよルーク。君は間違ってはいない]
大統領は僕とオリヴィアに背を向けて板上の役者の様にわざとらしくゆっくりと歩く。その芝居掛かった動きを僕は眼だけで追い大統領の次の台詞を待つ。
自分に会話の主導権がある事をしっかりと認識した上で話を続ける。
[しかし、正しい訳でもない。確かに君は我々の意思で意図的にこの時代に蘇った。しかし君はルークである事を放棄せず戦ったんだ。それにより君は各国の特殊工作員達にその存在を知らしめる事になった。もう無関係とは言えないんだよ]
[勝手な事を言わないで下さい大統領!僕は……僕は何も知らなかったんです、貴方達がいつまで経っても欲を捨てられないから戦争は続き、僕達みたいに利用されるだけの駒が生まれるんですよ?貴方達政府がノーマンとの約束を放棄したからこんな事になったのにも関わらず、それでもまだ死人達を弄ぶんですか?」
[大局を見る事だなルーク・ジャンクロゥド。生身の人間を一から育成してその人間を殺戮兵器へ昇華させても死ねば終わりだ。ならば最高水準の殺戮兵器達を蘇らせる方が無駄が無いと考えたんだよ、ノーマンの事は残念だった。彼がいれば世界を再び一つに出来たと言うのに。もう一を作り出す事は出来ない、人類が新たな一歩を踏み出すべきタイミングを逃したのだ!ただ一人の兵士の所為でな]
[だから貴方達はゼロに戻したい。そういう事ですか?]
大きく頷いた後、大統領はスーツから写真を取り出した。写っているのはアジア系の少年達とノーマンの土塊達だ。
見覚えのある顔がちらほらと見える。
[
[忘れていた訳ではないんです。でもオリヴィアは彼等を知らない様だったし……]
[初の任務で子供のお守りもこなす余裕は無かったという事だな。これは言うか言うまいか迷ったが、記憶が足りないのは何も君だけじゃない]
オリヴィアにも記憶が無い。そう言う意味なのだろうか、大統領が多くを語らずにその可能性を提示してきた事に苛立ちを隠せない。
彼女も犠牲者だとしたら、僕は今すぐ目の前にいる男を殺すだろう。
[案ずるな、彼女は君達とは違う。ただ違うが故に記憶を失う事もあるのだ。人間は繊細だからな。君が再び我々の元で戦ってくれるのなら成功の暁には最先端最高峰の技術を持って彼女の記憶を取り戻すぞ?]
[誰が彼女の記憶を?]
時代だ。そう言い残して大統領は部屋から姿を消した。丁度その時オリヴィアが寝返りをうって僕の方を向いた。
いい夢を見ている様で微笑んでいる。この笑顔を守り、本当の彼女を取り戻して上げたい。そして、黒子達を解放する。
「ルーク、何ボケっとしてるのよ。後輩達が見てるわよ?」
オリヴィアの声で現代に引き戻された僕は再び高台の上にいる。
少し後輩達を寒空の下待たせてしまった事を申し訳なく思いつつ何も無かったかの様に咳払いをしてから考えてきた演説内容を伝える為、深呼吸をした。
「君達に集まって貰ったのは裏切り者を消す為だ。私は一年前、中国に潜入した。何も分からずにただ仲間を信じて国の為に任務を遂行した。しかし、仲間達の中には裏切り者がいたんだ……それがSGの中で
ここで僕は兵士達の顔を見る。早く戦争がしたい者、裏切られた事への憎しみを浮かべる者、興味のなさそうな者、様々な表情を浮かべている。
「君達の中にも裏切り者が混ざっているかも知れない。今隣にいる人間が何に忠誠を誓い、誰に銃口を向けるのかを僕達が予想し未然に防げる可能性はとても少ない。だからこそ僕達は常に示し続けなければならないんだ誰に銃口を向けるのかを、そして愛国心を、この国と自分自身の為に」
心にも無い言葉達が次から次へと兵士達の心に影響を与えていくのが手に取るように分かる。僕は政府の望んだ英雄と言う名の象徴に今まさに成ろうとしているんだと実感する。
全ては隣にいる彼女と黒達を救う為。僕は確かに死を弄ばれているが、僕が関わった事で消えていく命があるのだとしたら僕はそれを見て見ぬ振りはしたく無いとそう思った。
僕が右手を高く掲げると、兵士達はそれに呼応して歓声を上げながら同じ格好を取る。暫く歓声は止まなかったが、オリヴィアが僕より一歩前へ出て注目を集めた所で静かになった。
「ルークが言った通り、私達は国の為にそして自分達の為に戦わなければならない。私の父は中国人だったけれど、それでも母はこの国の人で半分は私も貴方達と同じ血を受け継いでる。一年前のあの日、私は彼に助けられたわ、そして彼の様になろうと必死に頑張った。貴方達も同じはずよ、早く平和な世界を創りたいはず。私達は決して貴方達を裏切らない。だから付いてきて!」
オリヴィアの声にも歓声が上がる。
「いつ戦う事になってもおかしくないけれど、動きが無い今は何も出来ない。だからルークに訓練して貰うわ。仮想では無い痛みを伴う実戦用の訓練よ、覚悟して臨む様に。一時間後、仮想空間に集合。解散!」
ハミングバード達は散り散りになって飛び立ち後には僕とオリヴィアだけが残った。
少し風が吹いて来た。もう直ぐ冬がやって来る。
「それにしても素敵な演説だったわね」
オリヴィアは兵士達がいた空間を見つめながらこちらを見ずに僕を労ってくれた。
「全てがちゃんと伝われば良いんだけどね。例えば僕が死んだ時に、僕の言った言葉の意味を本当に理解して生きてくれる人っているんだろうか、ここ最近そう言う風に考えてしまうんだ」
さっきの演説に、僕の意思は無い。本当の言葉を伝える事が許されていればこの世は嘘だらけだから信じている物が本当に正しいか疑い利口に生きるべきだ。そう言いたかった。
所詮僕達は政府の犬で都合の良い事実と耳障りの良い嘘だけを伝えられて戦場に放される存在。更に言うならバイオロイドは政府の歪んだ心が生み出した怪物なのだ。
ノーマンの気持ちは分からなくは無い。僕がもしジャンとしての記憶の方が多かっとしたらきっと彼について行っただろう。
「おかしな事を言うわね、確かに死者が生前残した言葉の意図を紐解くのは難しいわ。でも誰か一人くらいは貴方の意思をちゃんと受け継ぎ伝承してくれる人間もいる筈よ」
オリヴィアは僕の方に向き直りいつもの笑顔を見せてくれる。
「そうかな、そうだと良いけれど」
「何よ、英雄らしく無いわね。いい?優しい言葉をかけて欲しいなら少しは態度で表しなさい。何も言わずに意思を汲み取ってくれって言うのは理不尽だわ」
「ごめん。僕は忘れないでいて欲しいんだと思う」
「それは貴方と言う存在を?貴方の意思を?」
「そうだね、上手く伝えられないんだけれど……例えば僕がハリウッドスターだったら僕と言う個人では無く僕の出た作品を忘れないでいて欲しいんだと思う。例えば、小説家だったら僕個人では無く僕の書いた作品を忘れないでいて欲しいんだと思う」
そう。誰にも着色される事無く純粋に創り上げた物を忘れて欲しく無い。
だとすれば僕はやはり存在では無く、意思を忘れて欲しく無いのだろうか。
「少なくても私は忘れないわよ?貴方がいた事をね。でも私には貴方の意思が分からないから貴方の意思を忘れないとは決して言えないわ」
「そうだね、僕の意思か……。何処にあるのかな」
僕の意思とは、何を指してそう言うのだろうか。
子供を作る機能はそもそも無い。
人に何かを伝えられる程の知識も、何もしなくても人を集められる程のカリスマ性も無い。
だからこそ、僕は自分の進んだ道で示すしかないのかも知れない。
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