第17話
「成る程、人間一人育てるのには莫大な資金と年月が掛かる。でもバイオロイドなら肉体を死人で代用出来るし、ベンジャミンの様に行き過ぎる事も無いとお偉いさん達は踏んだ訳だ」
僕等が産まれた理由、それはコストパフォーマンスを抑えながらも最大の力を発揮する兵士を作り出す為だった。
「そういう事だ。兵士にも個人差があるからな、人間には仕方ない事だ。でも君達は違う、それぞれが全ての技能に長けている。だからこそ私達は禁忌を犯してでも君達を創った」
バイオロイドは人工知能では無く実際に人の脳味噌を利用し、死肉を寄せ集め繋ぎ合わせて生成される。
死者の墓を暴き自分達の下僕としてこき使う、それが人間のやり方だ。
ジョナサンはオリヴィアに席を外すように命令し、彼女が部屋を出るのを見届けてからジョナサンは話を続ける。
「ノーマンには知らせてあったんだよ。SGの中からバイオロイドを、とね。彼は憤慨した。自由が欲しかったんだ。人間が全ての罪から解放される事は決して無い、だが死は平等に訪れる。彼の願いは兵士達の未来を、そして死を保障する事。しかし、叶う事は無かった。その代わりとして一日だけ猶予を与えられた。あくる日、彼は精悍な顔つきで大統領の前に現れた。その顔は正に愛国者その物で、敬礼をする彼の姿を見て大統領は涙を流したそうだよ」
断腸の思いで自ら死者として生者の世界を彷徨う事を誓う。その決断を下すまでの猶予が一日、僕には耐えられるだろうかと考え直ぐに無理だと言う答えに達した。
「僕がオリヴィアから貰ったデータの中にその当時の映像が残ってた。あれは?」
「君の想像通り、ジャンの記憶だ。ノーマンは我々を裏切り橘宗麟の息子、宗蘭に
ノーマンはキングと言う
しかし疑問が浮かぶ、何故僕のジャンとしての記憶は呼び覚まされ無かったのか、だ。僕の表情を読み取りジョナサンが少し微笑んでから話し始める。
「SGの死亡者から最強の兵士を作り出す。政府はリストを纏めた。身体能力、経歴、性格あらゆる種類の要素を考慮し最も優秀な人材を選び抜いた。そのリストが宗蘭に奪われた。彼が発見されたのは中国。今思えば何故あの出来損ないが一人で亡命出来たか良く良く考えるべきだったんだ」
ノーマンが逃がしたという事らしい。そして宗蘭は二世に良くありがちな父の偉大さに耐え切れず自分から全てを失っていくタイプの人間で優れた技術を持ちながら酒と女に溺れやがて産まれたのがオズだという事らしい。そして宗蘭は政府により暗殺された。
「じゃあ、僕が絶壁のアジトで見たあのアンドロイド達は宗蘭が?」
「そうだ。ノーマンが来るべき時の為に自らの分身を作らせた。自らの名前では無く父の名前を使っていたのは愚息なりの親孝行だったのかも知れないな。SGのリストも、橘家の技術力も中国に渡った。それは全てノーマンの仕組んだ復讐の序章に過ぎず、彼等の物語はゆっくりと動き出していた。政府は一度闇にバイオロイド計画を葬った。しかしアンドロイド達の人類抹殺と言う
「それが、ビックバン?」
ジョナサンは頷く。
「馬鹿げてる!自分達の都合で核を使ったのか?そんな事が許されるとでも?」
「馬鹿げてるさ、しかし我々から世界の視線を外す必要があった。それにより滅びた国もある。この代償無くして真の平和は無く、君達も生まれはしなかったんだ。分かってくれ」
大局を見る事が何よりの急務だったとジョナサンは付け加えた。
「じゃあ、ベンジャミンを伝説にして情報統制をして今度はノーマンを祀り上げて英雄を作り上げ最後はSG自体を消し去り都合の良い存在を作った。そういう事?」
「大体は、言う通りだ。」
だが上手くはいかず先を読んで動いたノーマンと宗蘭は
そこで何も知らずに組織は死体を回収。死肉を寄せ集め繋ぎ合わせ僕、ビショップ、キングを作った。僕にだけオズのエゴにより
という事らしい。
全ては政府の勝手で行き過ぎた民主主義による結果という事だろうか。
「幸い君はジャンよりもルークの人格が多くを占めている。だからこそ君に頼むしかない」
「何を?」
「ノーマンはオズを拘束し短期間で数十体のバイオロイドを作った。リィ・ジョウゲンが体内に隠し持っていたリストを此方が手に入れるより先にノーマンに取られた。彼の思惑に全く気づかなかった我々のミスだよ、そこでルーク、君の力を貸して欲しいんだ」
僕に第二のノーマンになれという事らしく、余りにも身勝手な物言いに僕の怒りは一気に沸点を越えてしまった。
机の上に飛び乗りジョナサンに向かい駆け出す。そして首を締め上げ殺す。
そんな事が出来たらどれ程楽かそう思った。でもそんな事が根本的な解決にはならないと分かってる今、頭の中で何度もその工程を繰り返し、僕は彼の話に再度耳を傾ける。
「僕に君達人間の尻拭いをしろって事?」
「人間の為では無い、祖国の為だ」
「笑わせないでよ!何が祖国の為にだ。僕は、僕達は関係無いじゃないか!死んでたんだ。死者を蘇らせて自分達の自由に動かして、それが本当に許されるとでも思うの!?」
分かってる、そう言いながら僕に優しい言葉をかけてくるジョナサンを僕は制止するべく腕を高く上げる。
「これは僕達を生き返らせた貴方達の問題だ!何故僕達が……生者の都合で殺され蘇生された僕達が、貴方達人間の尻拭いをしなければならない!」
「確かにそうだ、君の言う通りだよルーク。我々はまた君と言う英雄を迎え、歴史を正しい方向へ戻したい。その為には君の力が必要だ」
身勝手だ素直にそう思えた。それはジョナサンが、では無く人間がだがそれにしてもやはり無責任だ。
思えば人間にはそう言う所がある。死んでから評価されたり、それまでは見向きもしなかったのに商品価値を見出した瞬間には手のひらを返し祭り上げて注目を集めていく。
そして何も知らない流行り物好き達がその流れに拍車をかける。
死んだ本人の意志とは別にそこに商品的価値を見出した人間の意思の中で死者は蘇りベストセラーを打ち出したり、アカデミー賞なんかを受賞したり、あらゆる種類の蘇生方法を施されたりする。
そこに死者の思いは反映されてなどいないのだ。
ノーマンが生きている間に望んだ願いは無残に破り捨てられ死者として蘇生され、そして好き勝手使われる所だった。
僕は今まさに好き勝手使われる所と言うわけだ。
「僕は貴方達のいいなりになんてならない!死んだままでいたかった、勝手に蘇生されて……僕は誰なの?僕は僕のままでいて良いの?難しい事なんて分からないよ、分かりたくもない!」
流石の騒がしさにオリヴィアも入って来た。彼女は自分が戦うべき相手のバックボーンを本当に理解しているのだろうか、きっと答えはノーだ。
「兎に角、少し考えて欲しい。我々と共に戦うか、素知らぬ顔で生きて罪の意識に悩みながら生きていくか、二つに一つだ」
理不尽と不条理を突きつけられた気がした。
頭を冷静にする必要がある。そう考えた僕は基地内の空いている部屋を間借りしようとしたが伝説の英雄ルークを越えようと言う触れ込みの元、やあやあ我こそはと若者達が集まってきた為にどの部屋もすし詰め状態だった。
ただ一つの部屋を除いては。僕は少し緊張しながら部屋に入る。部屋は六畳一間程、部屋の主はオリヴィアだ。
彼女はキッチンで調理をしている。鼻歌交じりの彼女は僕に気が付いていない様子だ。紳士らしく咳払いをする事にしたが、彼女はとうに気づいていたようで適当に座ってとあしろわれた。
「何を作ってるの?」
「はぁ、それを聞いちゃう?ダメね貴方は……伝説の英雄が聞いて呆れるわよ。それを聞かずに黙って背後から抱き締めれば良いだけなのに」
「僕達はそういう関係じゃないよ」
その通りよ、と彼女は明るく言う。
「抱き付いてきたらただじゃおかないわよ。嘘と本当を見分けなさい英雄さん。日本には本音と建前って言う文化があったらしいわ、それを勉強してみるのも一つの手かも知れないわね」
ここはオリヴィアに逆らわず黙って話を聞いている方が良いだろうと考え、彼女の話を聞く事にした。
思えばオリヴィアの部屋に入ったのはこれで二度目で、一度目はとても芸術的なデザインに凝った部屋だった。
そこで僕は自分の、つまりはジャンとしての記憶に触れる事が出来た。
ノーマンに渡してくれと頼まれた物が僕の記憶の断片なのだとするならば、彼女もノーマンと繋がっているのではないかと思考を巡らせる。
「キングの事だけど、貴方はどこまで知ってるの?バイオロイドって、貴方達って何者なの?」
オリヴィアは知らされていない。キングがノーマンである事を、僕達が何者かも。僕も伝えるべきでは無いと思った。
「キングが裏切った理由も僕達が何者なのかも分からない」
「そう……全てを知るお父様はキングに殺されたし、私はどうしたら良いのかしらね。気が付いたら此処に居て訓練を受けて、何の為に私はこんな事してるんだろう」
オリヴィアの問いかけに僕は答える事が出来なかった。家庭的な音だけが一室に響き良い香りがしてきた。作ってるのは八割がたカレーで間違いないだろう。
「私が物心ついた時にはノーマン・ラングレンを知っていたわ。家の言い伝えの様な物で語り継がれて来たの。中国を救う英雄王。救世主。夢物語だと思ってた。でもある日私はお父様に呼ばれノーマンからの贈物を選ばれし人に渡すよう命じられたの。光栄だったわ、ノーマン・ラングレンは実在する。彼が全ての争い事や闇から私やお父様達を救い出してくれる。そう信じたの」
「分かるよ、その気持ち」
僕もきっとオリヴィアの立場なら伝説を信じた。そして次の世代にバトンを渡していったのだろう。でも僕は知っている、伝説は造られた物でしか無く其処に当人の意志は無いという事を。でも、だからこそ僕は彼女に寄り添うべきだと思った。しかし、それは裏目に出てしまった。
「分からないわよ。貴方には分からないわよ、だって貴方はバイオロイドでしょ?腕がもげようが下半身が潰れようが、頭さえ無事なら死ぬ事の無い
オリヴィアの声は震えている。
彼女の話は支離滅裂になっていった。一人になった事を認めたく無いのか、それとも何かを隠しているのか、とても料理が出来る状態では無さそうだった。
僕の胸も締め付けられていった。そして気が付いた時には彼女を強く抱き締めていた。
「ご、ごめん。どうしたら良いのかわからなくて」
僕の謝罪にくすくすと笑いだしたオリヴィアは僕の方にくるりと振り返った。目頭が少し赤くなっている。強い子だと思う。
「このタイミングでこういう事をするのはね英雄さん、とてもとてもズルい事よ」
そう言うと今度はケラケラと笑いだした。
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