第16話
「キング・スクラップエッグ!貴方達は包囲されています!無駄な抵抗はしないで下さい」
凛とした声、女性だろう。姿こそ見えないが確かにこの死者の集会所に身を隠している。
「その声はジョウゲンの娘か、何処に隠れてるか分からんが姿を見せろ」
何故オリヴィアがこの状況で現れたのだろうか。僕の知る彼女は可愛らしい赤のワンピースを来て髪の色と瞳の色が茶色の可愛らしい
分かったわ、そう彼女が言うとノーマンの死角から射撃体勢のオリヴィアが姿を現した。身に纏っているのは黒のバトルスーツ。その腕には腕章が巻かれているハミングバードが墓標の上に止まっているデザインの物だ。
髪は短くなっており、一年前の彼女の面影は全くない。構えている武器は懐かしきHB《ハミングバード》、では無く平凡な四十五口径。
彼女はそれを自らの
一年前僕は中国の絶壁が作り上げた基地内でオリヴィアと出会った。
彼女は赤色のワンピースを着ていてあの場所には不釣り合いな程綺麗な栗色の髪と瞳が印象的だったのを思い出しす。
彼女が、父親のリィ・ジョウゲンが尊敬し敬愛し想い続けていたノーマン・ラングレンその人に銃口を向けていると言う
「貴方は包囲されています。お願いだから銃を置いて下さい」
オリヴィアはまだ自分が銃口を向けている相手がノーマンだとは気づいていないようだ。しかし、瓜二つの顔が自分を睨んでいる状況下であり、どうしてもあの人と重なってしまうキング・スクラップエッグをなんとも形容しがたい顔つきで睨み返している。
「オリヴィア、止めてくれ。君らしくない」
僕は声を張り上げて彼女に伝える、しかし僕の声は届いていないのか、音を発する事が出来なかったのか、彼女には届いていない。緊迫した状態が続く。そのまま数分時間が流れ僕に個人回線で連絡が入る。
[ルーク、久し振りだな]
「ビショップ?今何処に?」
[焦るなよぉ、それに俺は残念だがビショップじゃない。アーノルドだ]
ビショップの声だが一年前の彼からは想像出来ない程馴れ馴れしい犬になっていた。この一年間で変な雌犬に恋でもしたのかと心配になったが、アーノルドと言う名前を聞いて僕は理解出来た。
「本当なの?」
[あぁ、本当だとも。俺はビショップ・マッドハッターじゃない、俺はアーノルド・ガーフィールド]
かつて愛国心の塊だった男だ。と彼は語った。今まで僕は騙されていたのだろうか、僕だけが知らされていなかったのだ。でも何時から彼等はキングとビショップでは無くノーマンとアーノルドだったのだろう。そして僕だけが何故ジャンの記憶がない状態で生まれたか、その理由が思いつきそうもない。
[悪いがお前の知るビショップはいないぞ、始めから俺は駒なんかじゃない。俺達は復讐者って訳よ]
そう言うと彼は姿を現した。愛くるしいビーグル犬、僕の最高の相棒だったビショップの皮を被ったアーノルド・ガーフィールドはノーマンの足もとでお座りをする。
僕だけが彼等と違う。仮に僕の身体が死肉から作られていて脳味噌がジャン・ホライゾンの物だとしたら彼らと同じ様に僕も自由を唱えられたのだろうか。
僕とオリヴィア、ノーマンとアーノルドは対峙する様に距離を取った。お互いが反時計回りに移動しつつ相手の出方を伺う。
はっきり言って僕達に勝ち目は無い、いつ仕掛けてくるか慎重に見定める必要があった。
「俺達と来いよ。もう苦しまなくて良いんだぜ?」
「駄目よルーク、貴方は絶対に行かせないわ」
アーノルドとオリヴィアが睨み合うなか、ノーマンは少し僕等から距離を取った。どうやら通信が入ったらしく、分かったとだけ伝え赤備えに向き直り右手を高く掲げた。
「同志達よ、帰るぞ!」
ノーマンの退却命令を合図に赤備えの二人が別々の天井にRPGを見舞う。すると今度こそ本当の空が顔を出し、
突風を巻き起こしているヘリコプターはSGの物だったのだろう、CH-47チヌークの改良機で余りスマートとは言い難いフォルムをしている。
オリヴィアの付けている腕章と同じデザインがあしらわれているのが確認出来た。ヘリが着陸するとノーマン達は素早く乗り込みまた空へ飛び立った。
[まだ間に合う。次に会うその時迄に決めておく事だ。俺達と共に来るか、奴等の下僕として死ぬか]
個別回線にノーマンの声が響き、雷雨の中に消えて行った。何故だか僕は走り出し本当の空を見上げ彼らが飛び去って行くのを見た。
僕はそれを追いかける様に走り出して雨の中で泣き叫んだ。
言葉にはならず音として発せられた不揃いな旋律達は雷雨に掻き消されていった。それでも僕は止めようとはしなかった。このまま僕も搔き消してくれる、そんな気がしたから止めようとはしなかった。
オリヴィアがきつく僕を抱きしめてくれた。あたたかく、心地よい感覚が僕の背中に伝わって来るがそれでも僕は叫び続けやがて彼女の胸の鼓動を感じ、それを聞くたび心が落ち着いていった。
アメリカ某所、僕はまたここに来る事になった。一年の
僕の前をオリヴィアが歩き、基地の入り口に着くまでの間でお互いの一年間を補完した。
オリヴィアがSGの戦闘員として
その訓練内容が僕とビショップで潜入した総書記奪還任務だった事。カレンと仲が良い事。そして、オズがキング達に攫われ、総書記が殺されたという事。
別にもう何ともないわ、そう言って笑顔を作った彼女に僕は気の利いた言葉一つかける事が出来ない。
仮想訓練は大抵の場合昔行われた作戦を追体験する様な形で行われる。
訓練中に死者は出ないが精神的な損傷は個人差がある様で僕達バイオロイドはあまりその干渉を受けないが、普通の人間の場合はそれなりに辛いものがあると言う。
オリヴィアはその中でも変わった経歴を持っていた。一年前共に戦った経験がある為に精神に異常をきたす事が殆ど無く何度も何度も仮想空間に潜ったらしい。
それ故に少女のあどけなさは跡形も無く消え去り
「さて、改めまして伝説の英雄さんのお帰りね」
「伝説?」
初任務で米中間の大戦争を未然に防いだ事が評価され僕はそう言う存在に成ったのだという。そんな事はいい、僕は今答えが欲しいのだ僕は何者なのか。ジャンかルークか。
そもそも彼等は以前の記憶を持っているのに対して僕は一年前にオリヴィアから貰った記憶と急に幻視として現れる
全ての真実を。僕はそれだけを強く望み、もう一度この場所を訪れる事になった。
基地には
「さて生きる伝説さんには悪いけれどこれを被ってもらうわね?」
黒い布をヒラヒラと闘牛士の様に靡かせ誘惑する。
「信用されてないのかな、こんな事しなくても良いのに」
ごめんなさい、そう言って彼女は頭巾を僕に被せた。
暗くて何も見えない中、僕は懐かしの基地内を移動している。向かっている方角には何も無かったはずなのだが何かの建物に繋がる階段が出来ていた。僕等はその階段をひたすら上って行く。螺旋階段だ。
「何処に向かってる?」
「ボスの所よ」
ジョナサンには聞きたい事が山程あるから丁度良かった。
途中何回かお帰りなさいと知らない男達の声が聞こえたけれどそれには答えずに階段を上り続けた。
オリヴィアに伝説の男なら応えてあげなさいよと注意を受けるがそれは大きな間違いで僕は伝説でも何でも無い、ただの
「ここで待ってて」
やっと上り終えた様だ。オリヴィアが僕の前に立ち扉を開け中に入った。
どうやら僕は扉の前に立っているらしい。螺旋階段のお陰で方向感覚が少しばかり鈍っている。暫くしてドアが開き彼女により入室を許可された。
「そのまま待ってるなんて、なんか面白い」
微笑む彼女に僕は誰のせいだと思う、と少し悪態を吐く。そして部屋に入って漸く頭巾を外してもらった僕の前には長い長い机と誕生日席に座るジョナサンの姿だった。
たった一年で数十年分歳をとった様な彼の顔はこれまでの出来事が如何に大変だったかを物語っている。
「久しぶりだなルーク」
「……カレンは?」
任務だ、とジョナサンは席を立ち僕に歩み寄って来る
「僕の事を教えて欲しい」
「いいだろう、何が知りたい」
僕は彼の顔を殴りつけた。何が聞きたいかと言えば、全部だ。今まで僕がどれだけこの組織の掌で踊らされていたか、それを知る元上官から余りにも無責任な物言いだった為に抑えていた物が溢れ出した。
ジョナサンは僕から目を逸らさずにそれに耐え、オリヴィアは止める事無く暴力を見つめている。何も知らない人が見たらまるで僕が悪人の様に映る様な構図ではあるが、僕は何度も何度も彼の顔を腹部を殴り付ける。
マウントを取り振りかざした拳を振り落とそうとしたがまだ彼の瞳が僕を捉えている事に気がつき彼の拘束を解いた。
「満足かルーク」
息を切らし、オリヴィアに助け起こされながらも彼は冷静さを失わずそう問いかけた。
「まだまだ足りないさ」
なら気がすむまで殴れば良いとでも言いたいのか彼は両手を上げ挑発してくる。
「いつかはこうなる日が来ると分かっていた。」
「僕が貴方を殴りつける日?」
「いや、君が真実を知る日だよルーク」
僕がジャン・ホライゾンである事ならもうノーマン本人から聞いた。僕の脳味噌がジャンの物だからその記憶がフラッシュバックして任務中に暴走した。僕達バイオロイドは
ジョナサンは勿体振っている。と言うよりは自分がこれから言う事の順序を間違えない様に言葉を探していると言った所だろうか。
何から話そうか、彼の話はその一言から始まる。
「我々SGは元々日本の軍事支援国家発展の為に組織された隠密部隊だった」
事の発端から全てを話すという選択に至ったらしく彼は一つ一つ話し始めた。
不器用な人間なんだなと、思う。でもその真剣な姿勢は本当に尊敬に値する人間の風格と威厳を持っている。
「我々は力を。彼等は技術をそれぞれが提供して来た。オズの祖父が我々の国に亡命して来たのはそれから少し後の事だ。日本は
ジョナサンは少し遠い目をして話し続ける。
「日本の軍事支援国家化が生み出したのは災厄だけでは無い、各国がこぞって始めた民間軍事会社、PMCの台頭もその一つだった。軍事支援を日本に依頼し、
「その結果がビッグバン?」
ジョナサンは僕の言葉に首を横に振り話を続ける。
「実際に核が放たれたのは誤射が原因ではない」
そう言うとHB《ハミングバード》を懐から取り出し、机の上を滑らせた。銃は僕の眼の前で止まった。
「SGの初代総司令官の名前を知っているかルーク」
突然の問いに対し僕は知らないと答える。
「彼の名前はベンジャミン・ハミングバード。デルタフォースにおいて好成績を挙げた英雄だ。非公開だが彼の活躍が評価されSGの総司令官として迎え入れられた。これまでの特殊部隊に出来ない単独潜入を経験と日本の最新技術により確立した組織を世界は恐れ、その結果ベンジャミンは暗殺された」
誰にと僕は問い掛ける。するとジョナサンは僕の眼をじっと見つめ告げた。
「ノーマン・ラングレンによる暗殺だった。最も恐れていたのは
「政府がベンジャミンを暗殺した本当の理由は?」
伝説を創る為よといつの間にか椅子に腰掛けていたオリヴィアが答える。
「そうだ。いつの時代もどんな世界も伝説を必要としている。幾つかの
つまり、国の為に殺したって事になる。それが黙認されるのが自由の国アメリカなのだ。僕はつくづくこの国を愚かだと思う。咳払いをして彼は話を続ける。
「ノーマンはベンジャミンが見出した原石だった。彼は昼夜を問わず訓練を受けベンジャミンを実の父の様に尊敬していた。だが彼は愛国者として英雄を殺し、SGを牽引する存在になってしまった。ベンジャミンが目指したのは究極の抑止力、人類に対してもアンドロイドに対しても唯一無二の存在になる事で世界を一つにしようとした訳だが、ノーマンはそれが何を産むか自らの手を汚し学んだ。故にノーマンは究極の愛国者として生きる道を選んだ」
ジョナサンは息継ぎをした。僕はこの話がまだ続くのなら細かい所は省いて早く核の部分を話して欲しいと思って口を挟もうとしたがジョナサンは右手を挙げこれを制止した。
「ノーマンもベンジャミンの様に次の世代を育て始めた。それがジャンとアーノルド。ジャンは無気力と言うか、何を考えてるか分からない若者だった。対してアーノルドは何を考えてるかこちらが目をつぶってても分かる位分かりやすい人間で陽気な性格だった。ノーマンは自分達の行く末を日々考える様になっていった。兵士は消耗品だ、負傷すれば役立たずの烙印を押され仕事を失う。それをノーマンは恐れた」
ジョナサンはそこまで言うとある資料を僕に渡した。
内容はバイオロイドに関しての物だ。バイオロイドを政府が本格的に運用するつもりであり、その初期型をSGから選出すると言う報告書だった。
「部下のその後の人生を保証する様に政府に働きかけるべく、ノーマンは兵役を終えた部下達のその後を保証し、負傷兵達も生涯保証する名誉兵役永久保証法を政府に提出、それを政府は採用すると約束したがそこまでして兵士を養うより遥かに低コストで国を守る事が出来る方法を編み出した。それがルーク、
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