第15話

チャプター1


 子供達の元気な声が響き渡る。ここは公園。場所はカリフォルニア州ビバリーヒルズのど真ん中、ロイヤリティヒルズパークと言う何故だか敷居の高さが漂う只々普通の公園である。


 今日が休日という事もあって家族連れや高齢者の方が多い。目の前には巨大なジャングルジムが聳え立ち、その頂を目指し男の子が二人けらけらと笑い声を上げながら登っていく。


 途中何度か足を滑らせたり、登り易い場所を見つけようとしてバランスを崩したり、相手を妨害したりなんかしてカタツムリ並みの速さでよじ登っていく。


 ジャングルジムに遊ばれている様に見えなくもない彼等を僕はただ眺めていたが、飽きた所でトレンチコートのポケットから缶バッチを取り出す。


 多分どんなにあのジャングルジムを登る子供達が頑張って探しても見つけることの出来ない缶バッチだと思う。キャラクターの玩具品等とはわけが違うからだ。


 僕にとってはただの思い出。記憶。単なる記念品に過ぎない。


 缶バッチは金で作られており、星の形に象られた真中に自由の女神が彫られている。名誉勲章、と言いう奴だ。


 僕があの後相棒と共に受け取った栄誉。そんな物よりも僕が欲したのは真実だった。


 ジャン・ホライゾン、ノーマン・ラングレン、アーノルドの三名のSG隊員の謎とそしてアンドロイド達の謎。


 それら全ての開示を求めたものの知らぬ存ぜぬの一点張り、僕は名誉勲章を受け取ったその場で除隊させられてしまった。


 理由は僕の任務中による誤作動。記憶に呑み込まれていもしないはずの人間と闘った事、自分自身が何者か分からなくなり錯乱した事等が原因らしい。


 街を歩く人々はその九割近くがハリウッドセレブのこの街で僕は一年間戦争とは無縁の生活を送っている。


 初めの半年間は生活の仕方が分からずに過ぎていった。それ以降はこれまで基地の図書館でしか得られなかった知識を蓄えようと思い街の外れにある映画館に通い、昔の映画を何本も観た。


 映画は大体の物がメッセージ性を持っていて様々な感動や興奮を与えてくれる、そのメッセージ性を感じられる感性をオズに貰えた事に心の底から感謝したいが、もう僕からオズに接触する事は出来ない。勿論ビショップやキング達にも。


 ふと、足元に何かが転がって来きた。子供達の遊んでたボールかなと思い視線を落とすとそれは野球のボールなんかでは無い。


 手榴弾だった。僕は突然の出来事に驚き反応が少し遅れた。何処かに投げたり、蹴り飛ばしたりするにはこの場所は向かないと判断した。余りにも人が多過ぎるからだ。


 僕は手榴弾に覆い被さり爆発の衝撃を全部受け止める準備をした。いくらバイオロイドでもこの衝撃を全て受け切ったら生きていられるかは分からないが、半年間戦闘から離れていた僕は不覚にも隙を突かれてしまった。


「皆!離れて、爆弾だ!」


 僕の声に公園にいる人達が一斉に反応した。慌てふためきながらも僕から離れて行く。


 そうだ、そのまま物陰で伏せていてくれと心で念じる。僕はその時を待った。全てが終わるその時を。



 沈黙を切り裂いたのは銃声。


 その銃声に合わせて人々はまた騒ぎ出した。


「ルーク、久し振りだな」


 銃声よりも響き渡る声が僕に突き刺さる。


「普通の人間として生きるのは楽しかったか?随分鈍った様だ、そんなに大事に抱え込んでこの街の住人を守ろうとでもしたのか?大した英雄だ」


 声の主は僕から見てジャングルジムの奥側に立っていた。その男は二十人程の部下を従えている。圧倒的な存在力だ。


 男達は全員赤いバトルスーツに身を包んでいる。赤備えと言われる日本の鎧兜は歴史を変える戦に必ず用いられだと言う。


 武田、井伊、真田、時代を駆け抜けた戦国武将達にその文化は根付いていて赤備えは恐れられていたらしい。


 当時高級品であった辰砂と呼ばれる鉱物により作り出された鮮やかな赤が戦場を駆け抜ける様は敵の戦意を削ぐ程だったという。


 その赤備えに似たバトルスーツを着た男達に市民達は自然に恐れを抱いている。


 SGの兵装に良く似ているが僕が着ていた物よりもシャープなシルエットだ。


「キング!」


 僕は吠えた。


「ルーク!」


 彼も吼えた。


「俺達の製造方法をお前は知っているか?」


 と、キングは僕に近づきながら問いかけてくる。少しづつ距離が縮まる。


 威圧的なオーラが彼の周りの空間を凍らせ、さっきまで騒いでいた人達も異様な赤い集団に恐れを抱いているらしく誰一人として動こうとはしない。


「オズが作ったんでしょ?」


「どうやって作ったか、だ。俺達はアンドロイドなんかとは違う。自分で考え、行動する事が出来る。自由意思を植え付けられた訳でではいない、俺達にはしっかりとした意志が有るんだ。鉄の意志がな」


「貴方が言う作られた行程は知らない」


「そうだろうな。俺も本来なら知る事は無かった事だ。俺達特殊部隊の隊員には知らなくていい事は常に教えられる事はない。時には戦場で戦った相手、助ける人質の方が俺達を知っている事だってある。」


「それが僕等の原則だろ?それに疑問を抱いて任務に当たるなんて一瞬の迷いが命取りになる」


「なら聞くが、お前が中国に潜り込んだ時、何も感じなかったのか?俺と瓜二つのアンドロイド、自分の物かも分からない記憶と記録、そして総書記救出と共に頼まれた筈だった極秘ファイル。お前はこれらを本当に何も疑わずにただ政府の犬として任務に当たれたのか?」


「……それは」


 僕の声は銃声により掻き消された。


「お前も気付いたはずだ。SGは何かを隠していると、俺が教えてやる。この世界は嘘だらけだ!」


 キングの声が合図となり赤の集団は銃を構えた。それはBK。僕がSGで最後に使った全てを消し去る者だ。


「やめろーー!」


 公園にいる全ての人が音も無く地面に倒れた。さっき迄公園だったここが死者の集会所に成り代わった瞬間だった。


「ルーク、良く見ろ。こいつらは初めから死んでいる」


 キングは自分の足元に転がっている死体に視線を落とした。子供だ。可哀想に頭を撃ち抜かれている。


 正面から撃たれたらしく後頭部を貫通して突き抜けていった傷痕が見て取れる物の最新の技術により綺麗な穴が空いている。


 その死体の首根っこを掴み持ち上げる。


「何でこんな事を……貴方ともあろう人が」


「良く見ろ、こいつが人間に見えるか?」


 死体を僕目掛けて放り投げたキングは予備動作無しで僕に向け突進して来た。


 僕が地面に打ち付けられ死体と見つめ合う事になるまでものの二秒も掛からなかった。


 それは機械仕掛けの人間だった。死体では無くただの土塊だった。一年前、僕が爬虫類達の国に乗り込み対峙したあの土塊達となんら変わらない構造で作られており、キングに投げられた衝撃で顔の皮膚が剥けて銀色の骨格が露わになっている。


「ここにいる人間は誰一人としてただの人間ではない。お前がこの一年間この街で暮らしてすれ違った者、会話した者、その全ての人間が人間と言う皮を被った機械だ」


「此処はアメリカだ、何故爬虫類達の真似事をする必要がある?」


「お前を永遠に此処に縛り付ける為さ」


 仮想訓練で有らゆる局面において戦える様にと戦闘自体の練度を高めて貰った恩師に対して僕は余りに無力で反撃をしようにもキングから逃れる事は出来そうもない。


 僕は何とか逃れようと試行錯誤を繰り返しては体力の限界に直面する。


「僕はもう政府から必要とされてない。そんな僕を此処に縛り付けておく理由があると?」


「そうだ。やがて何かが起こった時、政府が尻拭いをさせる為にな」


 キングはそう言うと僕の拘束を解き赤い部隊に命令を下した。始めろ、その一言に隊が動き出す。


 赤い集団はRPGを上空に向ける。雲一つないすっきりと晴れた空に向けてそれは放たれた。


 と、不思議な事が起こる。空が割れた。ガラスが割れる時の様な音が響くとさっき迄は空だったその先に大きな天井があった。


「これがこの国のやり方だ此処はビバリーヒルズのどではない!」


 一瞬で姿を変えたビバリーヒルズ、僕を監視する為だけにこの仮想空間があったのだろうか、僕の頭は思考停止寸前だ。


 地面に落ちてきた空の破片に驚く市民達が公園の外に溢れかえっている。彼等は偽物なんだ。人の皮を被った機械。土塊だ。


 自分が人間だと信じ込んでいて人間の様に驚き泣き喚いているその姿はとても哀れに思えた。



 何を僕は信じればいいのだろうか。


 信じる者は報われると本やテレビ、映画で見聞きするがそれが本当かどうかは結局の所人それぞれだと僕は思っている。


 例えば、幾ら信じた所で死者は蘇らないし、幾ら信じた所で生者は死者の声を聞くことは出来ない。もし聞く事が出来たなら僕はノーマンやジャン、アーノルドに自分が誰なのか聞きたい。そして僕は何をすればいいのかも、戦う事しか知らずに生きる意味も理解が出来ず戦士としての生き方も失った。


 そしてたった一つの生き方を教えてくれたその人が眼の前で僕のいる世界を壊した。


 SGが教えてくれない全てをきっと彼なら教えてくれるかもしれない。ふとそんな風に思ってしまった。


「僕は、何を信じればいいのかな」


「俺達と共に来いジャン」


「え?」


「俺達は自由になる権利がある。お前もそれは分かっているだろ?」


 僕をジャンと呼んだ彼は自由には様々な定義がある、そう言いなが公園を歩き始めた。


 自由は時代により様々な形に変化して来た。精神的自由、社会的自由、人身の自由等が代表的な自由とされる物の種類だろう。それが自由の国アメリカとまで言われているこの国で裏切られているとキングは語る。


 かつては同性愛者と言うだけで軽蔑され罪に問われる事もあったという。肌の色や文化の違いそれら全てを理解出来るわけでは決してない。


 こう言った違いの溝を埋められないからこそ僕達の様な存在が生まれるのだ、と。


「かつて我々は国家の為に戦っていた。国の為に全てを捧げ自分達の国を守る為に戦ってきた、それが国に裏切られた時に全てを失った」


 愛国心、忠誠心、その全てを捧げ生きてきた。キングはそう締めくくりまた僕へと向き直る。


「俺達と共に来い。お前を自由にしてやる」


「自由に?」


「そうだ。お前は本当のお前を知らない」


 もったいぶった表情のまま獅子は笑う。その笑顔はどこか寂しげで儚さすら感じてしまうのは何故だろうか。彼の双眸は僕を見ている様でもっと先を観ていた。


「俺達バイオロイドの造り方を知ってるか?知らんだろうな。俺達は死体の寄せ集めだ。死肉を組み合わせ縫い合わせそして死者の脳みそを持って思考している。俺達は死者だ、奴等は俺達死人を弄んでいる化物だ」


「待ってよキング、僕には何が何だか分からない」


「一年前、ノーマン・ラングレンを知っているかと聞いたなルーク。あの時は知らないと答えたがあれは嘘だ」


 僕の一年前の記憶が一つ一つかみ合っていく。オリヴィアから貰った記憶、土塊達、あの時体感した全てが一つになって僕の脳は一つの答えを導き出した。


「貴方が、ノーマン・ラングレン?」


「そうだ。そしてお前はジャン・ホライゾン。俺達は本来チェスの駒の様だ。八×八のマス目しか移動出来ない、それはプレイヤーが俺達に本当に移動出来るマス目を隠しているからだ」


 崩れ去る、今まで信じていた物が簡単に。まるで必死に必死に波打ち際に作った砂の城の様にあっという間に波に攫われ、そして波が引いた時には城が陥落している様に。


 僕はルーク・ジャンクロゥドじゃないのか、僕は死んでいるのか、僕はジャン・ホライゾンなのか、思考が巡り巡って答えを出せないままいるとキング、もといノーマンは僕に手を差し伸べて来た。


 この手をとれば僕は真実の中で生きていけるのだろうか、そしてその世界は今度こそ僕に隠し事をしないのだろうか、交錯する思いが思考する事自体を放棄させた。もうこの手をとってしまおう、そう思った時。



 またしても空に銃声が木霊した。



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