第14話

「ルーク、走って!」


 黒の洞窟ブラックホールの入り口にオリヴィアと総書記の姿が見える。


 ピューマは途中で放棄されたらしく、さっき走っていた時にすれ違った。思えば初めから廃棄されていた一体だ、ここまで持ったのが奇跡だったのだろう。


 僕は自分の今出せる最大速度で入り口を目指してはいるが進んでいる気がしない。寧ろ黒の洞窟に吸い込まれて行っているのではないかという錯覚を覚える程だ。


 後ろを振り返ると土塊達が物凄い勢いで追いかけて来ていて、後少しで僕は追いつかれてしまいそうだ。


 BKで土塊の数を減らしつつ急ぐ。次から次へと彼等は現れ僕を殺す事だけを目的とし、迫り来る。


「ルーク、BKを解除するぞ」


 突拍子も無い事をビショップが言い出した。


「こんな時に冗談はよしてよ、HBじゃ勝ち目が無い。僕もまともに走れないんだから、今は応戦するしかないんだよ?」


「私に考えがあると言ったら?」


 これまでもそして、多分これからも僕がこの相棒と組んで行く事だろう。最高の相棒だ。それは認めるとして何故彼はいつも僕に名案を教えてくれないのか、それだけが気掛かりなのだ。



 結局僕は信じる事を選択セレクトした。


「サプライズ好きの君に身を任せるよ、好きにしてくれ。ここを抜けられるなら僕は満足だよ」


「了解だ」


 ビショップはBK《ビリーザキッド》からJR《ジャックザリッパー》に姿を変えた。成る程ねと僕は心の中で思う。


 僕が入り口まで走り切る事は不可能だと即座に判断した彼の選択は僕をJRのスラスターで吹き飛ばすという結論に至ったらしい。



「この距離ならぎりぎりフル充電したエネルギー量で入り口まで行けるはずだ。チャージに少し時間がかかる、耐えてくれ」


「なんとかする。でもスラスターの起動は?前はたまたま飛べたけど……どうすれば良い?」


「簡単だ、お互いの体内ナノマシンと扱う者自身の脳波を私が感知する事で起動する。もっと分かり易く言うとお前の意思次第だ」


 つまりは僕が近接武器で時間を少しでも多く稼ぎつつ前進し続けていれば脱出出来るという事らしい。


 理屈は分かったけれどこの世の中、理屈だけではどうにもならない事もあるという事を僕は本から学んだ。僕はこのJR作戦が成功した後の事を考えてオズに連絡を取る事にした。


 上手くこの黒の洞窟の引力から解放されたとしてもその後は土塊達に追いつかれて任務失敗ゲームオーバーでは何の意味もないのだ。


「オズ、まずい事になった。敵に見つかった」


[そうか……総書記は?]


「無事だよ、ただ極秘ファイルは残念だけど見当たらなかった」


[それは問題ないよ。状況は?]


「土塊達に追い掛け回されてる。ここは何とか抜けられるけど、抜けた後は脱出手段が無いよ」


 その事なら心配ない、それだけ言うとオズとの通信は途切れた。極秘ファイルも心配無用ノープロブレム、この後の脱出方法もSGは用意してくれていると言う事なのだろうか、兎に角僕に出来るのはビショップの合図と共にここを出る事だけだ。


「ルーク、今だ!飛べ!」


開放イグニッション!」


 JRのスラスターが高い音を立てる。まるでジャックザリッパーに殺された娼婦達の断末魔にも似たとても悲しい音を上げたかと思うと僕は重力から解放され、凄まじい勢いで吹き飛んで行く。


 途中、僕は勢いに負けて進行方向が少しずれてしまった。それが命取りになる事はこの速度と僕の負っている怪我を考えると明らかだ。


 洞窟の壁にぶつかりそうになった為慌てて僕は片手のJRで方向を調節し難を逃れる。


「ルーク、後少しよ!ビショップも頑張って!」


 少女が一生懸命に声援を送ってくれる。それに応えるかの様にJRは更に速度を上げた。


 朝日が差し込んだ。


 洞窟を抜け切り僕は放り出された。問題はこの後、この後はどうやって土塊達から逃れればいいのか僕達は知らされていない。


 洞窟を抜けた安堵よりも先に僕は現状の切り抜け方について地面と御対面する間に考えた。


 可もなく不可もなく、僕は着地に成功した。


[ルーク!迎えに来たわ!伏せなさい!]


 カレンが大きな声で叫んでいるのが分かる。


「二人共伏せて!」


 僕の声にオリヴィアと総書記が従ったのを確認して僕も伏せる。そして黒の洞窟の方向に目を向けるとビショップは僕の意図を感じ取りBKへと姿を変える。


 突如、凄まじい衝撃が辺りを包み込んだかと思うと同時に黒の洞窟の入り口が轟音と共に崩れアンドロイド達の行く手を塞いだ。


 被害を免れた数体が僕に襲い掛かって来た。


 僕は最後の力を振り絞り応戦する覚悟を決め敵の分析に取り掛かる。


 アンドロイドの得物はコンバットナイフ、ほぼ正拳突きの様な格好で斬り込んで来た彼には足払いで地面にひれ伏してもらう事にした。


 勢い良く飛び込んで来た事が災いして思い切り地面に衝突し顔面を打ち付けた。追い打ちをかける為躊躇無く後頭部に肘鉄を入れる。


「きゃーーーー!」


 声の方向を向くとオリヴィアが自分の父を庇いアンドロイドに襲われかけていた。


 BKで狙いを定めようとする。景色が全てスロウになる、アンドロイドは両手を伸ばし彼女を捉え、今にも重力に負けて折れてしまいそうな首を丁寧に締め上げる。


 呼吸をしようとオリヴィアは必死に抵抗している。僕はBKの照準を定める、指先の感覚も銃自体を持ち上げる力も無くなっているかま気のせいだ自身に思い込ませ、言い聞かせ、奇声を上げながら乱射する。


 銃弾は吸い込まれる様にアンドロイドに飛んで行きオリヴィアの拘束は解かれた。


「オリヴィア!大丈夫!?」


「えぇ。助かったわ、ルーク!」


 大きな眼を見開き僕の背後を指差した。


 僕は振り返る事なく瞬時に精神を集中する。残り一体のアンドロイドの得物はまたしてもコンバットナイフ。


 このタイミングでは避けきるのは不可能だと判断して僕は片腕を捨てる覚悟を決めた。


 ぶすり、鈍い音を立て僕の左腕にコンバットナイフが食い込み続いて切っ先が一つ一つチェーンソーの様に回り出した事を内側で感覚した。


「があ!!」


 汚い声が漏れ僕の左肩から下は斬り飛ばされた。流石のナノマシンもバトルスーツもこのダメージは負担してくれなかった様で僕自身痛みを感じる事が出来たのでこの戦いが幻想ファンタジーファントムでは無いと改めて認識出来た。


「私に任せろ!」


 ビショップがBKから犬の姿に戻りアンドロイドの顔面に飛びかかった。


 いい選択セレクトだと心からそう思った僕は彼への感謝の念を抱きつつ総書記から預かったHBを右手で構え、胸に突き立てる。


「喰らえ!」


 音も無く全てが終わり、僕は気を失った。








「ルーク、起きて」


「その声は……ジャン・ホライゾン?」


「そうだよ。初任務ご苦労様」


 感覚が戻って来る。僕は草原に寝そべっている様だ。周りには何も無く、ビショップもオリヴィアも総書記も居ない。そう言えば、カレンはどうやって僕達を助けに来てくれたのかだろう。


 それを確認する間も無い濃密で死と隣り合わせな時間を過ごしていた僕に訪れた暫しの平穏なのか、それとも僕は中国のど真ん中で事切れて任務に失敗した挙句オリヴィアも総書記も救う事が出来ずに人類は滅んでしまったのでは無いかなんて想像を巡らしていると、ジャンが人差し指を僕の前に立て、車なんかのワイパーの様に規則正しく左右に振る。


「心配しなくてもいい。君は生きてる。まだ君の物語は終わら無いよ?それがいい事なのか悪い事なのかは僕にも分からないけれど」


「貴方は僕なんですか?」


「それはどう言う意味かな?君と僕は同じでは無い。そんな事は分かっているだろ?」


 ジャンは僕に背を向けて草原を歩き出す。


「確かにそうです。貴方と僕は違います。でも、貴方を他人だとは思え無い。何度か貴方を感じたし貴方の記憶に流されそうにもなりました。この妙な同調シンクロを偶然で片付けていいんでしょうか?」


 切実な問いに対しジャンは呆れた様で溜息の後首を横に何度か振った。


「君と僕は他者だと?いいや、何も知ら無いだけだよ、ルーク・ジャンクロゥド。そもそも人間は本当の意味で何処からが自分で何処からが他人か分かる訳が無いんだよ。僕等は真理に触れたいと望みながら徐々に遠ざかりやがて戦争の道具になる。気を付けて、僕達は自分の記憶だと思っている物や事象、経験や意思等の要素ファクターを繋ぎ合わせて生きている。フランケンシュタインの怪物と同じさ、継ぎ接ぎなんだ。心も身体もね」


 ジャンの言葉と共に当たりが閃光に包まれ草原も彼もそして僕自身も消滅した。


「ルーク、起きてよ。ルーク……」


 補給物資が詰め込まれた箱を縦に並べただけの簡易的なベットの上で僕は目覚めた。彼女の声が僕を引き戻したのか、それともこの簡易ベットが余りにも寝心地が悪かったせいなのか、いずれにせよ僕は覚醒した。天井は灰色。


 僕の胸の辺りにオリヴィアが突っ伏して泣いているのに気が付き僕は左手で彼女の頭を撫でた。自然に出た左手に僕は驚く。



「何で腕が……何がどうなってるんだ!?」


 僕自身自分にしかベクトルの向いていない言葉に反応してカレンがつかつかと歩いて来て僕の


「英雄のお目覚めね。順を追って答えるわ、此処はSGの誇る小型潜水艦、大自然グレイトスピリットの中よ」


「大自然?」


「私達SGの強襲型小型船よ、可変迷彩、ストレス迷彩搭載で中からは見え無いけれど今は中国政府の巡視船のホログラフィックを纏ってるの。相手がいくらアンドロイドだとしても周りの国にあれこれ言われたらお偉い方も大変だからね」


「大人達はあれやこれやと大変って訳ね?でもいい?そんな事よりも今はルークよ。腕は馴染んでるの?」


 オリヴィアは首を傾げる。そして頬をつたった涙の跡が気になるのか必死に目を擦り僕から視線を逸らす。


 腕は馴染んでるか、その質問の意味を考えてみた。左腕を再度確認すると僕の右腕と肘の関節の所から色が違っている。黒色だ。繋ぎ目も見えない程綺麗に接続されている。あのチェーンソーナイフに筋組織事ぶさぶさに切り破られたにも関わらずだ。


 にも関わらず僕の左腕は、さも今までずっと一緒でしたよとでも言いたげな表情を浮かべ僕の指示に面倒臭がらず付いてくる様がやけに他人行儀に思えた。そう思いたかっただけなのかも知れないがやけに馴染んだこの継接ぎの腕を僕は認める事が出来ていない。


 ジャンの言っていた何処からが自分で何処からが他人か、その永遠に溶ける事はないであろう問いが呼び起こされたが、今はその問いに対して向き合う暇は無い。


「これは僕の腕じゃ……無い」


 そうねと言う言葉と共に何処からともなくカレンが現れ、僕の簡易ベットの足の方に腰を下ろした。


「それは複製した細胞で作り出されたスペアみたいな物よ。貴方やキング、そしてビショップは普通の人間でも犬でもましてやアンドロイドでも無い存在。頭を撃ち抜かれなければ死ぬ事の出来ない無敵の殺人兵器キリングマシーンそれが貴方達、バイオロイドよ」


 カレンは素晴らしい事だと言ってくれた。腕を失っても、脚を切られても身体をずたずたに切り刻まれても脳だけ無事なら死ぬ事は無い存在。それが僕達バイオロイドなのだとしたら、それは本当に素敵な事なのだろうか。僕から言わせればそれはゾンビと何ら変わらないと思う。


[ルーク、聞こえるか?]


 ジョナサンからだ。


「うん、聞こえるよ」


[色々と思う所はあるとは思うが、政府の依頼は完璧にこなす事が出来た。実は我々以外にも本作戦を要請された部隊があったんだが他の部隊では残念ながら達成する事は出来なかった。]


「そうなんだ」


[あぁ、CIAやFBIの特殊工作員エージェントは以前のそれと比べれば赤子も同然。無人機ドローンによる攻略は人質の解放を視野に入れると問題外だった。今回の任務で、SGの力を存分に老人達に披露する事が出来たという訳だよ。おめでとうルーク、君とビショップを暖かく基地で迎える準備は出来ている。大統領も自ら基地に足を運んでくれる、君達の愛国心に賛辞を送りたいそうだ]


 そこまで言うとジョナサンは仕事に戻った。僕は任務を終えたらしい。もっと気持ちの良い物だと、達成感に満ち溢れる物だと思った。でも実際にあるのは喪失感と幻肢痛にも似た虚無感。



 其処には愛国心なんて無かった。


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