第13話

 地獄、先程までと違い僕の手にはHBが握られている。総書記曰く英雄の銃。これで最悪敵と遭遇しても暗殺サイレントキルが選択肢として選べるようになった訳だが、出来るだけ戦闘は避けるべきだろう。


 さっきの部屋を壁伝いにゆっくり進み常に自分の感覚を更新していく。留まらない様に、流されない様に全方位に神経という神経を研ぎ澄まし足音を消して進む。


[ルーク、そこよ]


 オリヴィアの声に分かったと伝え、僕は電子機器の液晶に映し出されている彼女の顔を見た。もう少しで父親を助けられる。そしてノーマンの真実を聞ける。その二つの希望が彼女の表情からうかがえる。


 その期待に僕は答えなければならない。僕も彼女も真実が知りたい。だからこそ僕はこの身体を、そして彼女は情報をお互いに提供している。信頼出来る人間は今は彼女だけ、勿論ビショップも信じてはいるが相棒は行動不能、オズの処置が早く済む事を願いながら右手薬指にはめた指輪をそっと撫でた。



ビショップが元気になります様にと。



 扉をそっと開け、僕は辺りを確認する。敵の姿は無い。薄暗い照明と部屋に入る事でアンドロイド達の声から解放された事が原因だろう。部屋の中の静寂を少し不気味に感じる。


 HBを構えながら部屋の奥へ。さっきの部屋とは違い物が乱雑に放棄されている。アンドロイドの手足やピューマの武器等、様々な物が置かれている。


「こっちよ」


 部屋に声が響いた。声の方向に銃を向けると

ピューマが此方を向いてお座りをしている。オリヴィアにより操作されているピューマは深々とお辞儀をした。僕もつられてお辞儀をする。


「オリヴィア、君なの?」


「そうよ?驚いた?無人で動かす事も出来るけれど、何かと人が関わってる方が機械は安定する物よ。ビショップの代わりに少しの間だけ相棒になってあげるわ」


「ありがとう、ここから出てお父さんの部屋まではほんの少しの距離だけど、ばれない様にね?」


 ピューマは頷くと機械的な音をたてながら動き始めた。その外見は美しく、流線型のボディが白のカラーリングで統一されている。だが僕とこのピューマが並ぶと可変迷彩無しでは目立ち過ぎるなと思ってしまう。


「任せなさい。ほら、さっさとお父様助けて此処を抜けるわよ。」


 彼女は軽い足取りで歩き出し、外へ出て行った。慌てて僕も続こうとする。


 すると何かが僕の足を思い切り引っ張った。突然の出来事に僕は反応が遅れ転倒した。転倒の衝撃で銃を落としてしまい僕は少し動揺する。足を引っ張っていたのはアンドロイドの残骸で下半身は千切れていて、上半身だけで襲い掛かってきた。


 声を発する事も出来ない程には壊れているらしく機械音が喉と口から交互に漏れ出ている。顔は何度見てもノーマンラングレンとキングにしか見えない。


 僕は掴まれていないもう一方の足でその顔を蹴り、何とか逃れようとする。


 それでも離れようとせず必死に喰らいついてくるその形相が僕の抵抗によって次第に変形していく、その顔が余りにも恐ろしくて僕は恐怖に支配されそうになっていた。そしてその次の瞬間、彼の顔が潰れた。


「何してるのよ」


 ピューマことオリヴィアが引き返してくれたのだ。現状の僕の身体ではアンドロイドの上半身にも苦戦するという事が分かり、一ヶ月間の猛特訓をしてくれたキングに対して申し訳ない気持ちになる。


 一先ず銃を探そうと思考を切り替えると彼女が僕に渡してくれた。


「ボロボロで小さな隊員さん一人じゃこの任務は終わりそうに無いわね、私が……」


 と言いかけた時、警報が鳴った。侵入した事がバレてしまったらしい。


[侵入者発見!侵入者発見!敵の数は不明!ピューマが支配ハックされた模様!繰り返す侵入者発見!侵入者発見!]


「やれやれ、僕の相棒がヘマした様だね。」


 そうみたいねと彼女はさっき迄の自慢気な態度とは打って変わって事の重大さに動揺している様に思えた。彼女の肩をぽんと叩き先を急ぐ。


 辺りには警報アラートが鳴り響き、アンドロイド達が血眼になって僕達を探している。この状態で可変迷彩はあまり役には立ちそうに無い。


 通常なら可変迷彩と僕の潜入技術で完全に『存在しない存在』になれる。ただこの状態でそれを、最高の能力パフォーマンスを引き出す事は不可能だし、たとえ引き出せたとしても相手が警戒態勢の時には破られてしまう物だ。


「この場を切り抜ける。お父さんの元に向かって」


「貴方は?」


「君達がここを抜けるまでの間、アンドロイド達の足止めをする!急いで!」


 僕の声は銃声により半分は掻き消されただろう。彼等は僕達を見つけ、攻撃してきた。銃火器が火を噴き襲い掛かる。


「早く行って!」


 オリヴィアは物凄い速度で駆け抜けて行った。それを見届けて僕は戦闘体制に入る。警報と銃声が僕の感覚を麻痺させていく。


 呑み込まれない様に僕は冷静を保ち頭の中を整理する。結果はオリヴィアの駆け抜けて行った速度と同じくらい早く出た。


 この状況で立ち回るには僕自身の経験と体力が足りない。


 目の前にあるコンテナに身を隠し、一呼吸おいてから飛び出してHBを撃つ。


 全ての音を吸取りながらアンドロイドへ向けて飛んでいく、一体を捉え胸に風穴が出来るのを確認し再び身を隠す。


[ルーク!お父様と合流したわ!元来た道を戻るわよ!?]


 頷き答え、僕も移動を試みるが残念ながら彼等は許してくれない。HBだけでは如何にもならないのかも知れない。


 そんな事がふと頭をよぎりながらも、この場を打開する方法を思案しているとお馴染みの周波数から連絡が入る。


[ごめんよ、今ようやくビショップのメンテナンスが終わった。もう大丈夫だよ。]


「待たせた。これで私も戦えるぞ」


 指輪は指輪である事を放棄し少し見てなかっただけで懐かしく思えてしまう。お帰り僕の相棒、ビショップ・マッドハッター。


 身体を動かす。この銃撃の嵐の中とは思えない程気怠げにあくびをしながら頭を後ろ足でかいている。


「さあ、始めるぞ」


ビショップはそう言うと変身チェンジを始める。最早阿吽の呼吸で僕は身を任せる。もう慣れたのだ。


 何にビショップが成るにせよ間違いは無い。


[ただ修理しただけじゃ無い。新しい武器も入れておいた。状況は?]


 オズの問いに最悪だよと答え、自分達が置かれている状況を掻い摘んで説明する。オズは少し唸った後で新しい武器を試してくれと僕達に伝え通信を終えた。


「相棒、今回の武器は何かな?流石にJR《ジャックザリッパー》では無いよね?」


「この数を相手に出来はしないだろう?任せておけ、私の選択セレクトに間違いは無い」


 僕の手に握られているのはライフルだった。

ハンドガンタイプのHBよりはこの場に相応しい武器だなと思う。


「例の如く説明するとそいつの名はBK《ビリーザキッド》通称消し去る者。旧式のレバー式とは違う。好きなだけ引き金を引けルーク。見た目はデザイン性が少し近未来的なライフルだが、フルオートも可能だ。弾はHBと同じ、消音機能付き。最もこの状況では消音機能は役に立ちそうに無いな」


「フルオートか、それは有難いね。戦線復帰おめでとうビショップ。また共に戦えて嬉しいよ」


「お互い傷だらけだがここを乗り切れば帰れる。私もやっと覗き屋ピーピングトムから解放された訳だ退院祝いも兼ねて盛大にいこう」


 覗き屋と言う言葉に少し懐かしさを感じたが今は思い出に浸ってる場合では無い。BKを構えフルオートで撃ち続ける。


 アンドロイド達が次々と倒れていく。倒れたアンドロイドを別のアンドロイドが踏み付け、蹴り飛ばし僕等に迫って来る。


 仲間という認識が本当にあるのか疑ってしまう位に彼等は無表情だ。


[ルーク!入り口まで来たわ!早く来て!そこの扉を此方から締めるからさっさとそこを抜けて!]


 もう一人の相棒の指示に従い僕は応戦しつつ地獄を抜ける為に一気に駆け抜ける。


 敵の銃弾が何発か僕の身体を捉えたがバトルスーツと体内のナノマシンにより無かった事にされる。


 アンドロイドの攻撃は止む事は無く雨霰の如く僕等に降り注ぐ。本当にこの銃弾達が雨や霰で、ビショップが傘になってくれればこの悪天候も乗り切れるのにと我ながら馬鹿な事をふと思いついてしまい、この状況にも関わらず少し笑ってしまう。それに気が付いたビショップが僕を叱りつけてくれた。


「後少しだぞルーク!気を引き締めろ!」


「ごめん」


 BKを撃ち続けながらこの部屋の入り口へ向かう。入り口の前に二体アンドロイドが立ち塞がっているが構わず走り続ける。


 真正面から銃撃を受け僕はスライディングで射線上から逃れそれを交わし正面の二体の腕を撃ち落とした。そしてアンドロイドの股の下を滑り抜けながらBKを二、三発撃ち込み部屋を抜けた。


「オリヴィア!今だ!」


 僕の声とほぼ同時にオリヴィアが地獄の門を閉じてくれた。


「なんとか切り抜けたなルーク」


「そうだね、オリヴィアとビショップのお陰さ」


 ビショップは少し照れている気がした。と言ってもまだBKのままだからあくまでも僕の勝手な想像に過ぎないけれど、そんな気がした。


「とりあえず、お帰りビショップ」


「只今、ルーク」


 僕等は共に言葉を交わし、そして来た道を慎重にそして素早く戻り始めた。




 地獄の門を土塊達が物凄い力で叩いている音を背に地上へ僕達は向かう。































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