第12話

 少しの間の後、彼女は回線を切った。

 それと共に奥の扉が開き先へ進めとオリヴィアからの意思が伝わってくる。


 僕も今は話す気にはなれないので先に進む事にする。眠りについているアンドロイド達は僕が真横を通っても起きはしない。


 もっとも起きられて戦闘にでもなったら僕は勝てる自信がない。


 僕は身体を引きずり次の部屋へ進む。洞穴の様なこれまでの部屋より遥かに大きな作りだ。


 直ぐに声が響いている事に気が付き身を隠す。


「我々、絶壁の要求はただ一つ!我々の同胞達の解放だ!」


  一体のアンドロイドが高台に立ちステージを行ったり来たりして身振り手振りを交えながら演説をしている。その一挙手一投足に数千体のアンドロイドが呼応しその声は大きくなっていく。この数のアンドロイドが相手では今の僕では太刀打ちは出来ない。


 更に状況を把握する為に物陰から観察をする事にした。演説はなおも続く。


「人類は地球を壊す!生態系を犯し、自らを最高傑作と謳い、何を勘違いしたか神の真似事を始めた!我々を造った創造主は我々を奴隷の如く扱う為だけに創造した。そして我々は勝ち取るのだ!人類から、SGからの解放を望む世界中の同胞達を我々が救い出す!!」


 歓声が更に大きくなり、止む事を知らない。皆が同じ顔をしている。そして彼等は人類への報復を切に願っている様だ。


 総書記を探すべく僕は大きく息を吸い込み大きく吐いた。そしてそれを何度も何度も繰り返すと辺りの感覚と僕自身が馴染んでいった。可変迷彩ミスティークも僕の意思を汲み取り辺りの雰囲気ムードに溶け込ませてくれる。


[ルーク、僕だよ。今どの辺りだい?]


 最深部まで来た事を伝え、演説の高台の方向を向いて立っているアンドロイド達の後ろを移動する。気付かれたら最後、僕もオリヴィアも助からないかもしれない。そしてジョナサンが苦渋の選択を強いられて核燃料を渡すか僕等ごと吹き飛ばすか、どちらにせよ平和的な解決には程遠い結果が待ち受けている。


 そうならない為にも僕はここで見つかる訳にはいかない。


[まだビショップの錬金術師は直せてない。思ったよりも損傷が酷い。悪いけどもう少し時間が欲しい。]


「それは構わないよ。それより、僕に秘密にしている事があるよね?教えてよ」


[なんの事だい?]


「分かったよオズ……ジョナサンに変わって」


 彼は政府との話し合いで手が離せない、それが答えだった。


 核燃料の提供について今政府は検討しているのだろうか、とは言え核をアンドロイドが持ってしまったら滅ぶのは人類だろう。それを防ぐ為ならば総書記を見捨てるという手段もあるが、資源や食料。人類に必要不可欠な物の大半を彼の所有する広大な土地と彼独自の経路ルートで構築した市場マーケットが担っている。


 この世界において彼の死は即ち中国自体の停止、そして人類史上最大の食料危機による暴動、都市という都市が指揮系統と理性を失い築き上げてきた文明が滅びる事を意味する。


 それに追い打ちを掛けるようにアンドロイド達が崩壊した人類に襲いかかり、その後の事は考えるまでも無い。


 政府は今後の事よりも目先の事しか考えられない生き物だ。


 日本の軍事支援国家への改革も今思えば各国が日本を追い込まなければあり得なかった。彼等の勤勉にして丁寧という性質によりその活躍は各国の正規軍縮小化を促し日本の軍事支援はやがて一国を滅せる程高額になった。これを好機と見た軍事国家が急ごしらえの民間軍事会社を次々と設立。


 日本へ依頼する金が用意出来ず出来たての会社に国を任せたあげく、核を誤って撃たせる事になったのも結局の所は日本の軍事支援国家化が原因だ。


 それをジョナサンは分かっている。だからこそ政府に対して大局を見ろと言い続けていると言ったところだろう。


 オズの言う事が真実だとしたらの話だが。


[いいかいルーク、もうジョナサンの説得も限界かも知れない、一刻も早く総書記を救出してくれ]


 通信はオズにより切られ僕はオズとの通信中にアンドロイド達の演説会場を迂回して、扉の開け放たれている部屋に入った。


 気配がする。焦りと不安が入り混じった呼吸だ。


 呼吸はこの部屋の奥から聞こえてくる。最新の注意を払いその方向へ一歩一歩近づいていく。僕から見て左手の突き当たりにロッカーがある。


 ロッカーを背にして奥を覗き込むと五十歳位の中国人が手を後ろで縛られているのが目に入った。


「リィ総書記ですか?」


 問い掛けに驚いて小さな悲鳴を上げる。


「い、いかにも。君は?」


「敵ではありません。貴方を助けに来ました。歩けますか?」


 僕の問いに頷いて答える。


 豪華な上下黒のスーツに赤いネクタイが威厳を演出していて、顔の皺が木目のようにくっきりと刻まれている事から、この国を守ってきた苦労が見て取れる。縛ってある縄を解くと総書記はネクタイを綺麗に締め直し、袖などの汚れを払い落としながら安堵の表情を浮かべ話し始める。


「なんとか歩ける。その兵装は……SGだな。彼の遣いの者か?」


「ノーマンはもう死んでいますよ。彼はもういません」


「そうだったな。早くここから出よう。アンドロイド達の顔を私はもう見たくないのだ。あれは……冒涜だよ」


 親子揃ってノーマン信者らしい。アンドロイド達の顔を部屋の窓ガラス越しに睨み付けている。ここにいてはいずれ見つかる。一先ずオリヴィアに連絡を取る。


 横目で総書記を見ると早く出た方が得策だと思っているのだろう、焦りが顔に出ている。


「こちらルーク、総書記を保護した」


[流石よルーク!お父様に怪我とかはない?]


 オリヴィアの顔は先程見せた無表情とは打って変わり明るさを取り戻していた。総書記の身体を確認し特に目立った怪我はない事を伝えると、少女のあどけなさが顔を出した。


 そう言えば家族は温かいものだと何かの本で読んだ。親は自分よりも子供達を、子供達はいつも親達を思っている。そんな素敵な関係が家族という組織なのだと。


 今、この部屋の向こう側で演説しているアンドロイドも、それに呼応するアンドロイド達もひょっとしたら家族と言う組織なのかも知れないとふと思ってしまう。


 キングとノーマンに瓜二つのアンドロイド達。彼等が言う同胞の解放とは何を意味するのか、分からない事ばかりが増えていく。他にも人型のアンドロイドが居て何処かで奴隷の様に扱われているという事なのか、はたまたもっと大きな枠組みにおいての同胞と言う意味なのか、一先ず僕達はここを何としても切り抜けないといけない。


「ここからどうやって戻ればいいかな、総書記は可変迷彩もなければ、戦闘訓練も受けていないだろうし……何か手は無いかな?」


 オリヴィアも僕等の状況を把握している。僕だけでなら何とか切り抜けられるだろう。しかし総書記を連れてとなるとそれは不可能に近くなる。ましてや今は武器も無いのだ、状況を鑑みるとやはり何か策を講じる必要がある。彼女は再びパソコンに向き直り計略を練る。


[OKルーク、今いる部屋を出てもう一個先の部屋に向かって頂戴。そこにピューマが廃棄されてる。こっちで乗っ取ったから、それにお父様を乗せてそこを切り抜けましょう。]


 この子は本当にオズを超える技術者、いや愛好家オタクかも知れない。感謝を伝えピューマの元へ向かう事を総書記に言い残し、潜入形態スニーキングモードへと移行する。


「君、これを持って行きなさい」


 急な呼びかけにより僕の意識は阻害されたが彼も悪気があったわけではないだろう。振り向くと総書記は懐からHB《ハミングバード》を取り出して僕に差し出す。


 受け取るとそれはとても重かった。いや、銃自体の重さでは無い。この銃が生きてきた年月による物だ。そう理解した。


「HB、それも五十年前のモデル……何故こんな物を?」


「英雄の置き土産、とでも言っておくかな。心配するな、ちゃんと動く」


「中国全土を統治する貴方が五十年前製造のアメリカ製の武器を護身用に持っているなんて」


「ふん、この国の製品は残念ながら暴発や弾詰まりが多くてね。それに、良い物は良いと言える人間は素晴らしいと思わんかね?私は君達の国の素晴らしさを知っている。勿論、闇の部分もな。しかし闇が無ければ光も無い。ならばせめて光を素直に尊敬する。それこそが相互理解への第一歩だと私は考えている」


 この御仁は爬虫類と呼ばれ続けるこの国を守りながらも他者を認める事、模倣する事を恥とは思っていない。ただ言語や文化によりその良い点が上手く他国に伝わらず悪い所だけが目立っているだけなんだとそう感じた。


 有難く英雄の銃を貰い、僕は部屋を出る。


 公演はピークを迎え、けたたましい叫び声が響き渡っている。


 同じ顔が報復心を剥き出しにして、同じ声を揃え罵詈雑言を繰り返し、同じ動作で暴れ狂っている。その様はまさに地獄の業火で焼かれ喘ぎ苦しむ咎人達のそれだ。

















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