第10話

 彼女が英雄王ギルガメッシュだと思っていた人物はただの土塊ゴゥレムだったのだ。感情が決壊したダムの様に止めどなく溢れかえり最後にはその溢れた水の中に沈んでいったのだろう、今オリヴィアは静かに眠りについている。


 僕はというと、この状況に順応はしきれないでいる。現状分かるのは人型のアンドロイドはキングとノーマンの顔にそっくりな事。総書記の救出と極秘ファイルの奪還、処分。


 任務に遅れが出ている事の大きく分けて三つだ。


 いつの時代も僕達特殊工作員には必要な情報だけが与えられ、不必要な情報は全てシャットアウトされる。


 それ故に危険な状況に陥ったり、大きな陰謀に巻き込まれたり、悲惨な結末を迎えたりする。僕はカレンやオズ、キングやジョナサンから聞かされていない事がある。そう思ってしまう。あの土塊の事といい、オリヴィアの事といい、僕は彼らから聞かされてはいなかった。


 明らかに何かがこの作戦の裏にはある。


 もう少し考えていたかったが通信が入りそれは遮られた。


[どうやら俺の情報が漏れていたらしいな]


 本物のキングからだった。話を聞くと単独でキングも潜入作戦スニーキングミッションに臨んでいたらしく、早めに終えて基地に戻ってきたらしい。流石はキング、僕なんて潜入してからまだ総書記にも極秘ファイルにも辿り着いていないと言うのにもう任務を遂行して僕等の後方支援バックアップに回っている。


 それにしてもやはり爬虫類カメレオンと言ったところか、キングの情報を元に土塊を作っていたみたいだ。


 どうやってキングの情報を掴んだのだろうか、僕ならまだしもキングが各作戦において自分の痕跡を残すはずが無いのに、それにも関わらず彼等はキングを模倣し創り上げたと言うのか。


[ルーク、分かっているとは思うがもう時間が無いぞ。こっちではジョナサンがお偉いさんに話を付けて何とか時間を稼いでくれてはいるが、幾ら俺達が特別とは言え限度って物があるからな]


「分かってるよ。今、総書記の娘を確保した所でこれから総書記と極秘ファイルを探すよ。多分場所もそう離れては無いと思うから」


 そうかとキングは素っ気なく返事をした。


[冷静にな。あの訓練の日々を思い出せ]


 それだけ言うと通信をキングが切ろうとしているのが分かり、慌てて呼び止め疑問を投げかけた。


「ノーマン・ラングレンって知ってる?」


[知らないな]


「そうだよね、ごめん」


 通信は切れた。キングには沢山聞きたい事があったが一番知りたかった謎に対して彼は知らないと答えた。


 本当に知らないのだとして他人の空似という事で済ませてしまうには余りにも似過ぎている。


 僕の両手からビショップが離れ犬に戻った。


「ルーク、今は考えていても仕方がない。急ごう。」


「そうだね。オリヴィアはここにいてもらおう。僕達が通ってきた道には敵はいなかったし、ここからはどうやら一方通行みたいだしね」


 僕の眼の前に続く通路はひたすら真っ直ぐに伸びている。この奥に総書記がいる。敵はアンドロイドだ。


 また土塊かも知れない、あるいはピューマか、どちらにせよ僕達は前に進まなければならない。







 通路を奥へ奥へと進む。後ろを振り返るとオリヴィアがぐったりとしているのがまだ微かに視認出来る。何処までも続く道を僕は永遠と歩いている様な錯覚に陥る。


 そう言えばオリヴィアに出会う直前、僕は戦闘に酔っていた。いもしない相手と殺し合いをしていた。あれは僕の意思だったのか、其れとも誰かの意志だったのか、あの時の僕が本当の僕なのかそんな事を考えるにはもってこいの只々長い通路を僕達は歩く。


 僕達の眼の前にようやく扉が現れた。その扉に手をかけた途端、静かに鈍い音がした。


 僕が異変に気付いたが一足遅かった。一瞬にして扉が爆発し、僕はその衝撃に吹き飛ばされた。


 轟音。



 何もかもが虚ろになる。僕は天井にぶつかり、地面に叩きつけられ、また天井と御対面した。回転する視点の中でビショップも跳ね回っている事に気が付いた。


 必死に手を伸ばしビショップを抱き抱える。ビショップは呼吸が荒く相当なダメージを負った様で次の衝撃は耐え切れそうにない。


 僕は彼の代わりに床に叩きつけられる事を受け入れた。激痛が身体のあちこちで起こりそれを直ぐ様ナノマシンが抑制しようとする。ナノマシンが僕の身体中を汚染し今までの痛みが無かった様な感覚をもたらす。


 強制的に痛みから救い出されたが、この偽善的な作用がどうにも好きになれなかった。


 土塊と戦った時もそうだ。


僕の身体はありがたい事に偽善的に痛みから僕という感覚を隔離してより戦いやすくしてくれた。でもそれが僕には窮屈でならない。


 喜び、哀しみ、痛み、恐怖、憤怒、終わり。その全てを僕は僕個人として体感したいのだが、バトルスーツが、ナノマシンがそれを良しとしない。だが、今回ばかりはナノマシンとバトルスーツに感謝せざるを得ない。このダメージをそのまま受けたら僕はもう再起不能ゲームオーバーだ。


「ビ……ビ、ビショップ……」


 声が上手く出せなくなっている事に気がつく。ビショップは僕の腕の中で小さく丸まっていて声を掛けるも返事は返って来ない。


 個人回線にアクセスして彼の応答を待つとノイズが混じってはいるがビショップの声が聞こえる。痛みに耐え切れずに呻いている様だ。


[ルーク!大丈夫?]


 オズだ。


「大丈夫とは言えないかな……迂闊だったよ。ビショップの任務続行は無理かも知れない。」


[成る程……君の一番酷い損傷はどこ?]


 分からないと答える。身体中の感覚は僕には伝わって来ないのだ。自分の身体を確かめてみる。すると直ぐに損傷に気がついた。


「……頭だよ。意識が遠のきそうだし、割れそうなんだ」


 僕の頭の中が沢山の記憶メモリで溢れかえる。オズとの握手、キングとの訓練の日々、初めてキスをされた時の感覚、ジョナサンとSG、黒子達と戌、そしてオリヴィアと土塊。


 そして、僕がノーマンに殺された事。


 僕が、そう自分が記憶を改竄したのか、あの時殺されたのはジャンの筈なのに僕は間違いなく僕自身が殺されたと記憶している事に気が付き、それと同時にパニックを起こした。


 僕はアルカトラズ島に潜入した。その島はかつての歴史を綺麗に風化と、忘却を繰り返した結果ただの島として存在していて、僕はアーノルドと別ルートで島に到達した。


 崖を己の四肢だけで登っていくなんて危険リスクを犯す何て事はしなかったが嘘か誠かアーノルドはそれをこなしたと言った。


 そしてーー


 頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分自身の感情の渦に飲み込まれ思考を置き去りにして僕と僕の記憶が交差し頭の中には謎だけが浮かび上がる。




 僕は誰だ。





[ルーク!大丈夫かい!?ルーク!]


 オズの声が聞こえる。僕の名前を呼んでいる。


「頭の中にオリヴィアから受け取った記憶の断片が自分の事の様に再生されていくんだ……何でだろ」


[そう言えば、僕達はその内容を把握していなったね。何かのウィルスかも知れない、データを送ってくれ解析する]


 インストールしていた情報をオズへ送信する。


[届いた。直ぐ解析するから待って……]


 オズの言葉はそこで途切れた。僕はその異変に何か恐ろしいウィルスに感染したのかも知れないという考えたくも無い事を考えざるを得ない訳だが。ウィルスよりも今はこのダメージとビショップの容態の方が僕は心配だ。


 沈黙が続く、通信不良では無く明らかにオズが向こう側で黙り込んでいる。その沈黙が予期せぬ事態を告げるかと思った僕は覚悟を決めた。


「何か分かった?」


[あ、あぁ。何でも無かったよ。ただの映画さ!あり得ないわけでは無いだろ?偶々団体の名前がSGだっただけなんだよ]


「でも、オリヴィアが言うには渡してくれって頼まれたらしいよ?」


[それはきっと何かの間違いなんじゃ無いかな?あまりに気しなくてもいいと思う。とにかく今は君達だよ。頭はまだ痛むかい?]


 頭痛は嘘の様に消えていた。ナノマシンが僕を戦場に無理矢理引きずり出したみたいだ。


「おかげさまでね。それより、何かの間違いって?僕が誤作動を起こしてるって事?」


[うまく言えないけど、君には関係ないよルーク。大丈夫だよ。]


 オズはそう言ってくれたけれど僕にはどうしても別の物として割り切れない。キングとノーマン、そしてアンドロイドとアンドロイドを英雄王と呼ぶ少女。彼女はひょっとしたら相当重要な人物なのではないか、僕はそう考えた。


「ルーク……私は残念ながら任務続行は不可能だ。」


 ビショップがそう僕に最後の力を振り絞り言うと、変身を始めた。ビーグル犬は見る見るうちに小さくなり、そしてビーグルが象られたダイヤモンドの付いた指輪に変形した。僕はそれを拾い自分の右手薬指にはめた。


[もうビショップは戦えそうにないね。ルーク、ここからは極力戦闘は避けて欲しい。その間に僕の方で錬金術師だけでも使えるよう彼のシステムを直してみるよ]


 オズに言われるまでもなく僕にはもうさっきの様に土塊と戦える力は残されていない。本作戦において僕の電子機器は限りなく軽量化されている。錬金術師は非搭載なのだ。理由はビショップがその役割を十二分に努めてくれるからだ。


 それが仇となり僕は今丸腰でここから先に進まなければならない。でも僕は何故戦わなければならないのか、誰の為に戦うのか分からなくなりかけている。今の僕が時信じられるのはビショップだけになってしまった。


[ルーク、辛いかも知れないけれど頑張ってね。私達がついてるわ]


 カレンが僕を心配してくれている様だ。





 僕にはやけに他人行儀な言葉に聞こえた。



 ような気がした。















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