第9話

 キング・スクラップエッグは無表情である事を嫌う生き物だと僕は記憶している。理由は他者に自分自身のネイキッドの部分を晒すのと同意義だと思っている為にその状態を極端に嫌うからだ。


 何かを考える時は大袈裟なジェスチャーでそれを演出し、そして考えた末に閃いた時もそれを分かりやすく演出していた。それが僕には可愛くも思えたが同時に何処か儚さを感じていた。


 そんな彼が、無表情を嫌う彼が、裸である事を晒すのが嫌いな彼が今僕の眼の前でオリヴィアと言う不思議な少女を抱え此方に銃を向けている。構えているのはHB《ハミングバード》ではない、ありふれた45口径だ。


「オリヴィア……その人から離れるんだ」


「あら、どうして?やっと迎えに来てくれたのよ?私とお父様を此処から逃がしてくれるのよ?なのに何故?」


 オリヴィアは何一つ疑っていない。この英雄王はキングなのか、其れとも僕の記憶メモリーの中に記録セーブされたノーマン・ラングレンという人物なのか、それは分からない。


 そもそも何故彼等は顔が瓜二つなのかそれすらも分からない今、僕の思考は巡り巡って漸くビショップにアイコンタクトを送ると言う初歩的な行動に到達した。


 その瞬間に彼は引き金を引いた。それを僕はギリギリで交わし少し距離を取る。


 通常なら相手が武器を取り出したり、変身する際それを攻撃する事は御法度の筈だがそれは生憎テレビや映画またはゲームの中の話でこれは現実リアルだ。一瞬の迷いが命取りになる。ビショップは彼と僕との射線上に飛び出してきて空中で変身チェンジする。


 自ら思考し、人の言葉を話す犬。電子機器搭載型のバイオロイド。ビショップ・マッドハッターは最早映画やゲームの中のキャラクターと同じだ。


 ビーグル犬の姿を見る見るうちに変えていく、僕にはビショップが何に変身しようとしているのか全く分らないがすぐさま前進する。英雄王が次弾を放つとオリヴィアはいきなり始まった戦闘に混乱しているらしく喚き立てている。


  かきん。


辺り一面にオリヴィアの喚く声よりも大きくそして短く響いた音は彼女の混乱状態を解した。


「接近戦と行こうかビショップ」


「無論だ」


 僕の両手にはビショップが変身した小さなサバイバルナイフが握られていた。これで銃と渡り合う事になった訳だが、とても有難い事に、シンプル且つ大胆な武器を彼は選択した様だ。


 英雄王はオリヴィアを下ろした。オリヴィアは恐る恐る物陰に隠れ戦況を見守る事を決意したらしい。表情を伺ってる余裕はないが恐らく震えているだろう。先ずは目の前の敵を倒す事だけに集中する。


三発目の銃弾が放たれた。


 僕等はそれに臆する事なく向かっていき、両腕を交差させ逆手に持った二つのナイフで弾丸を弾くとなおも前進した。

彼も銃を構えたまま前進してくる。


 交錯。


 銃で殴りつけてきたが攻撃を左のナイフで受け流しその受け流した力を利用して回転し右の裏拳を繰り出すとそれを紙一重で見切られて僕の拳は空を切った。


 遠心力任せの攻撃が仇となり僕は二回転後に45口径と眼があった。


 その直後に放たれた四発目の弾丸。


 僕は無理矢理体を捻りもう一回転して交わすも銃弾は肩を掠め遠心力によって行き場を失った血が舞い踊る。


 英雄王がバックステップで軽く距離を取ってくれたので僕も無事に着地した。キングと同じ背丈の英雄王は大柄で6フィート1インチはあるだろう。対する僕は5フィート1インチと小柄なのだ。


「ビショップ、距離を詰めたいんだけどリーチが足りない……悪いけど他に何かない?」


「任せておけ、このまま行ける。私の選択セレクトに間違いは無い」


 交信で返ってきた返事は堂々としていた。でも単純にリーチが足りない。蹴り重視で行くにしてもそれでは読まれるに違いない。


 何か秘策があるのなら言ってくれればいいのに相棒は教えてくれない。足で上手い事このナイフを挟んでリーチを誤魔化そうかなとも考えたが、現実的じゃない為に直ぐ頭から消し去った。


 僕が余計な思考を張り巡らせているうちに彼はリロードを終え連射しながら突進して来た。弾幕を張りつつ僕を誘導していく。まるで狩りの様に嫌らしく執拗に僕を隅へ隅へ追いやって行く。


 僕もその思惑に振り回されている振りをしながら機会をうかがう事にした。


「それで、相棒。どうしろって?」


「ふん、ただのナイフだと思うなよ相棒」


 尚も自信に満ち満ちているビショップを信じて攻撃に転じる一瞬の隙を僕は虎視眈々と狙う。


 連射がひびいたのか、はたまたナイフを直接銃で受けたのが原因なのか、弾詰まりを起こした様だ。鈍い音を立てそれを知らせた45口径の恩恵にあやかり僕は攻勢に転じる。


 苦無による連撃を仕掛けつつ蹴りを織り交ぜ決め球を絞らせない様にコンパクトに攻撃を纏めていくがやはり距離が遠い。


 任せろ、ビショップがそう僕に言うや否や僕の両の手に握られたナイフの刃の部分が高熱を帯び、それと同時に僕の身体は宙に浮き、英雄王目掛けて飛んでいた。


 咄嗟にバランスを立て直し拳を相手目掛けて放つと僕の拳は今迄全く届かなかった相手の顔面を捉えた。


 数秒間彼の顔に僕の拳が減り込んだ様な錯覚を覚えた後に放物線を描きオリヴィアが隠れている物陰の辺りまで吹っ飛んだ彼は起き上がる事は無く完全に沈黙ダウンした。


「何これ……凄いや」


 当たり前だとビショップが言い切る前にオズから通信が入った。


[ルーク!どうだい?新型の武器は?クールだろう?]


 とんでも無く熱が入ったオズの声に驚き変な声がでかかったが何とか押し殺し、良い武器だねとだけ返す。


[僕のお爺さん達の国には昔、忍者と呼ばれた汚れ仕事ウェットワークの専門家達が居てね、彼等は姿を変え的に近付き君な今持ってるその苦無や刀で敵を暗殺していたらしい、これは何かの運命だと思ってね!僕は開発に協力したんだ。名前はもう決めてある。]


 JR《ジャックザリッパー》、切り裂く者と言う意味が込められている事をイギリスのジャックザリッパー事件と日本の忍者を行き来しながらの説明が続いたがその英国王も顔負けの力説スピーチは僕には理解出来ず要約する事にした。


 僕の体重を物ともせず上空に跳ね上がったりする事の出来る推進力スラスター搭載型の苦無。


[う、うん……要はそういう事さ]


 じゃあ頑張ってと何処か悲しげなオズは自ら通信を切った。


 オズの説明よりも僕が気になるのはついさっきまで戦っていたこの人の事だ。キングに連絡を取ろうにも彼はこの任務には関わっておらず別の任務を任された事を思い出し真相が分からずに心の中に靄が充満している。



 オリヴィアがこの世の終わりの様な声を上げ英雄王を必死に起こそうと身体を揺すっている。


 事切れた英雄王は弄ばれる様に揺すぶられ、その衝撃によりやがて胴体から裂けた。


オリヴィアが気を失った。


 彼の胴体から流れ出た血は赤色ではなかった。


「オズ、カレン聞こえる?」


 二人は同時に返事をした。その音には不安が過ぎっている。


「僕は知らされてない、これはどういう事?」


 僕の眼の前で死んだのは、キングでも、ましてやノーマンでも無く。





彼等の姿をした土塊ゴゥレムだった。


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