第8話

チャプター1


 僕の中で頭が弾けた様な錯覚が起こる。フラッシュバック、フラッシュバック、フラッシュバック。


 様々な映像が波の様に押し寄せ続けたが、何かの拍子に僕は自分自身を取り戻した。気がつくと目の前には赤いワンピースの少女がこちらを見ている。


 オリヴィアだ。


「どう?あの人からの贈り物は」


「贈り物……」


 記憶メモリを呼び起こす。僕は映画を観ていた。隣にはアーノルド。誰が撮った映画かは分からない。


 やけに殺風景でそして描写の少ない簡素な映画だった。出演者はたった三人。ノーマン・ラングレン、アーノルド、ジャン・ホライゾン。そして三人は僕等と同じSGに所属していて、ノーマンの階級は大佐。ノーマンが二人を殺した所で彼の背中を映しつつジャンがゆっくりと床に倒れ込む所で徐々に暗転し映画が終わった。


 オリヴィアが感想を求めている事は目に見えているが、残念ながらうまく言葉には言い表わせない。


 あれを僕に見せてオリヴィアの言う『あの人』が何をしたいのか今は分からないが、僕の中で何かが芽吹いた気がしたのは確かだった。一先ず僕はビショップと交信する。


[ルーク、大丈夫だったみたいだな。暫く動かなくなってたから心配したぞ]


「ごめん、凄い物を見たよ。多分あれはSGの大先輩方だ。沢山の記憶が流れ込んできた」


[成る程、マイクロチップは記憶端末メモリーカードだったわけだな。この娘の言う人物も気にはなるが、取り敢えず今は総書記を助ける事だけを考えるぞ。物語ストーリーを進めるぞ]


 そう助言をくれた相棒は僕の手の中から離れた。銃として床に落ち犬として動き始めた奇妙な生命体にオリヴィアは驚きを隠せないでいるものの、その驚きを僕に感づかれたくないらしく直ぐさま平静を装う彼女を見て不覚にも少し可愛いと思ってしまった。


「話は聞いていた。オリヴィアと言ったな。私とルークはリィ・ジョウゲンの救出とある秘密ファイルの奪取の為にここに来た。ここはコントロールルームだな?教えてくれ、どうしたらここを抜け先へ進める」


「あら、可愛い犬さんだこと。でもね、物を聞く時は聞き方に気をつけなさい」


 くぅんと鳴き肩をがっくりと落とすビショップ。


「ごめんね、オリヴィア。紹介するよ、僕の相棒のビショップ・マッドハッター。ビショップ、オリヴィアだ」


  一人と一匹はお辞儀をした。不思議な光景だが不思議にはもう慣れた。


「ここを抜けたいなら簡単よ私の権限でここのセキュリティを解除出来るわ」


 オリヴィアにそんな権限が与えられているとはつゆ知らず、僕とオズは必死に仕事人スパイとして道を切り開こうとしていたわけだ。とは言え、こうして簡単に問題を回避する事が出来るのであればそれに越した事ではない。


 故に僕達はオリヴィアに協力を頼む事にした。オリヴィアは少し考えて自分も連れて行ってくれるならと言う条件を突き付けてきた。


 どうやらこの国に生きる人間は皆依頼をするのが好きらしい。頼まれ事で思い出したのは黒子ヘイの頭目、戌の事だ。彼の探している少女はオリヴィアなのか、それを確かめる為にもそばに置いておくのは悪くはないと僕は判断した。


 オリヴィアがメインコンピュータにコードを打ち込むと閉ざされていた扉はあっという間に開き僕とビショップそしてオリヴィアは次なる段階へ進む。個人回線プライベートチャンネルでオズが扉は破れなかったけれど僕の提案が役に立ったね、と誇らし気げに言ってきたので僕はありがとうと感謝だけを伝えて通信を終えた。


 景色は依然として変わらず僕はアンテナを張り巡らせ敵の襲来に備える。ここに居る敵は人では無く、人工知能搭載型人造人間アンドロイドだ。


 冷徹無比な彼等は人間に作られた。古来より人間は神様の真似事をするのが好きな生物であり、彼等もそして僕達もその人間の欲により生まれた存在なのだ。彼等が土塊ゴゥレムなら僕は下僕エンキドゥだ。


 彼等には記憶はないし感情も存在しない。あるのは進化への意思と演算能力だけ、同じく人間から作られた訳だが僕達の造られた目的は全く違う。


 ゴゥレムは人の為に作られ、エンキドゥは人間の尻拭いをする為に神により造られた。


「ねぇ、ルーク。お父様を助けてくれるでしょう?」


「その為にここに来たつもりだけど?」


「どうやって助けるの?」


「極力戦闘を避け隠密行動でお父さんを見つけ出し、脱出ルートを素早く確保するよ」


 そんな会話をしていると屑鉄が床に転がっている事に気が付いた。よく見るとそれは塊でアンドロイドの死体だった。


 作戦前にジョナサンが見せてくれた四足歩行型アンドロイド通称『ピューマ』雪山、山岳地帯あらゆる場所での戦闘行動を可能にする敏捷性と凶暴性を兼ね備えた現段階で最も強力な殺人兵器だ。その猫が眠るように死んでいる。


 夢を見ているのだろうか、仮に見ていたとしたらそれはどの様な夢なのか、あれこれ想像を膨らませるが残念ながら死体は語らない。


「貴方がもし失敗しても、きっとあの人が私とお父様を助けてくれるわ!あの人は特別よ、貴方もワンちゃんも特別だけれど、あの人は貴方達とはまた違った特殊性を持ち合わせているわ」


 彼女が『あの人』の話をする時、そういえば僕は何故か面白くない事に気がついた。


「随分と敬愛しているんだねその人を。君の騎士ナイト様って訳だ」


 不意に彼女に嫌味というか八つ当たりの様に言い放ってしまった。僕は何がしたいんだろう。でも言ってしまった言葉を取り消したりする事は出来ない。


 言葉は紡がれたら最後相手に届いてしまうのだ。


「違うわルーク、あの人は……」


 英雄王ギルガメッシュよ。と彼女は言った。その言葉には鉛の様な重さがあった。言葉には人を突き動かす何かがある。


 その何かを彼女の言葉の中に確かに感じた。僕は彼女に出会い、彼女の言葉に耳を傾け、渡された記憶により全身を包まれ、覆われ、その奥へ奥へと堕ちていったのだ。そしてその奥底の方で僕は果てたのだ。


 更には彼女に少し心を許してしまっている僕自身の気の緩みで判断を誤るかも知れない。それも全てはギルガメッシュによる作戦だったとしたら、僕を彼女に合わせる事自体が目的だとしたら、僕は聖娼婦シャムハトと交わり続けた下僕エンキドゥその物だ。


 我ながらなんて悲劇の主人公気取りなんだと落胆するも、この落胆自体が更に悲劇の主人公を助長させている事に気が付き参ってしまう。


「あ!待って!」


 僕が気を抜いた隙にオリヴィアは駆け出した。彼女の走って行った方向に僕も慌てて駆け出す。オリヴィアは突き当たりの通路を曲がった。


 この先に僕に聖娼婦を当てがった本人が居るんだとしたらその人はどの様な顔をしていると言うのか、分からない。分らない事が思えばここに来てからというもの多過ぎる。


 その答えを知っているのかギルガメッシュ。僕はそう思いながら突き当たりを右に曲がる。


「ルーク、この人が私とお父様の主、ギルガメッシュ、」


「なっ……何で……」


 満面の笑みを浮かべる彼女は男の腕に抱えられている。彼女は男の首に手を回し年の割には艶かしい瞳を男に向けている。この男こそが英雄王。


 僕がオリヴィアに合う様に仕向け、SGの中に内通者を忍び込ませた張本人。その顔を僕が見間違う訳は無い。そんな訳がある訳が無い。



 ただ、信じたくなかった。今、目の前にある現実リアルを。


「何の冗談だこれは……」


 ビショップまでもが信じられないと言う声を上げた。そこに居たのは決して見間違える訳が無い人物。僕が目覚め、僕に生きる方法を生きる道を与えてくれた人。漆黒の鎧を纏う金色の獅子。


「何故、貴方が……貴方がここに居るんだ!キング・スクラップエッグ……」


 英雄王は無表情なまま、オリヴィアを右腕だけで抱きかかえ、僕に銃を向けた。

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