第6話

  オリヴィアの部屋はSGの基地とはまた違った意味で近未来を思わせる内装だ。頭上には高そうなシャンデリア、内装は日本と呼ばれた国の和風な感じを取り入れている。


 色調と色調が混ざりあってはいないものの、互いを否定し合っている訳では無いと言うなんとも妙な感覚を覚える。部屋の両脇に西洋甲冑と日本の甲冑が左右対称シンメトリーに並んでいてその真ん中をオリヴィアは歩いていく。


 日本が滅んだのには理由があったと図書館ライブラリーでキングが言ったのを思い出す。あの国はかつて大和魂アイデンティティを、誰にも打ち砕かれる事の無い鋼の魂を持っていた。


 その無骨にして強靭な意志は時を経て徐々に西洋文化の到来により風化し脆くなった。


 自国だけを信じて戦い続けたその国は、その頑固さ世界で唯一の原爆被爆国となり多くの人が苦しみ事切れ、辛くも生き残った人々を待っていたのは辛く厳しい闇の時代だった。


 その中にも光はあったが、その光が再び鋼鉄を作り出す事は無く気がつけば少子高齢化社会が幕を開けていた。


 戦争を知る者と知らぬ者との間には経験という名の埋められない溝が出来てやがて内から消失し始めた。


 あの戦争が無かったら、もし戦争が起きなければと人々は口々にそう嘆いたと言う。確かにそれは一理ある。ただ忘れてはならないのは戦争は天災に含まれないという事だ。


 戦争を起こしたのはまちがい無く地震でも雷でも火事でもなく人間だ。あの時キングはそう締めくくった。


 僕が見慣れない机に眼をやる。するとオリヴィアがそれは掘り炬燵って言うのと鼻を高くして聞いても無いのに答え、掛け軸や日本刀等の講義を開講した。


 話す姿はまだまだ未成熟の子供で、カレンとは違いまだ胸も膨らみかけている途中だろうと不謹慎にも受講生の僕は思った。


 そんな少女がこの絶壁の中に居る。それが僕にはとても歪に思えた。


「日本については取り敢えずこの位にしておきましょう。本題に入るわ、渡したいのはこれよ。」


 そう言ってオリヴィアが何処からか取り出したのはマイクロチップだった。


「あの人から貴方への贈り物。」


「あの人って誰の事なの?」


「あの人はあの人よ。野暮な事を聞かないでくれる?」


 僕の潜入を予め知っていた人物が僕に贈り物をくれた。これは罠かも知れない。ひょっとしたらこのマイクロチップにウィルスが潜んでいて導入インストールした僕の自由を奪い、ロボットみたいに簡単に操られる事になるかも知れない。僕はオリヴィアに背を向け交信コールをかけた。


[年頃の女の子の部屋に二人きりになった気分はどう?]


 カレンはこちらの反応を伺っているらしく、くすくすと笑っている。僕は大した事ないよと半ば虚勢気味に話を終わらせ要件に入る。このマイクロチップについてだ。


[その子が言ってる事が本当なら私達の中に裏切り者がいるってのを疑うのが自然よね。でも、ここは冷静に。先ずは自己紹介ね]


 考えたくは無かったが、実際はそれが一番現実的な発想なのだ。しかし誰が何の為に僕にそれを渡すのかと言う謎を解消する術を僕達は持っていない。


 もう少し探る事にして通信を切り、僕はオリヴィアに向き直った。


「君の名前は?」


「あら、名乗る時はまず自分の名前を名乗るものよ?」


「僕はルーク」


「私はオリヴィア。それより早くそれを読込みなさいよ、折角あの人が用意してくれたのよ」


 オリヴィアはふくれっ面になりながら僕を促した。本当に子供の様な女の子だ。


「分かったよ」


 ため息混じりに僕はそう答え、電子機器にチップを挿入した。


 すると僕の目の前に大きな時計が現れた。まるで元からそこにあったかの様にそれが自然であるかの様に確かに僕の目の前に現れた。


 大きな時計は反時計回りに針を進めていく。それも恐ろしい速さで進んでいく。


 辺りを見渡すともうそこには日本と西洋の衝突も、ワンピースを着た可愛らしい女の子も居ないただただ真っ黒な空間に切り替わっている。


 状況が把握出来ず動揺していると後ろの方から誰かが僕を呼んでいる気がして振り返る。振り返るとそこに漆黒のバトルスーツを纏った男が立っていた。


 栗色の髪を短く切り揃え前髪が数本だけ眉の上にかかっていてその碧眼はこれまで相当数の修羅場を乗り越えてきている事を物語っている。


 男は僕を哀れむ様な眼で見ている。その視線に耐え切れず僕はその男から目を離す。


「ねえ、君」


 男は僕に声を掛けてきた、その声は何処か懐かしく何故だか僕は涙を流した。


「君、どうした?泣いてるのか?」


「泣いてるんだと思う。」


「思う?どこからどう見ても君は泣いているよ?」


 男の声は僕を優しく包む。色々な物が込み上げてきては消えていく。


「僕は、貴方を知ってますか?」


「さぁね。だがそのバトルスーツを着てるという事はSGだろ?という事は新人か?」


 適当にはぐらかした。SGと聞きなれた言葉が男の口から発せられた事に僕は驚いていた。それもその筈、僕達の存在を知るのは僕はと国防省ペンタゴンの中でもごく少数の人物だけなのである。それをこの男は如何にも言い慣れた言葉を使う様に紡ぎだしたのだ。


「貴方は、誰なんですか?僕をここに呼んだのは貴方ですか?」


「違うよ、僕は断片に過ぎない。真実の物語トゥルーストーリーのね」


 男は僕の頭にぽんと手をおいた。僕が反射で目を瞑り再び開けた時には男は姿を消していた。


「真実の物語……」


 呟いてみる


 しんじつのものがたり。


 真実のものがたり。


 しんじつの物語。


 何が真実で何が虚構だと言うのか。


「それは人によって違うさ。坊やが信じる物が真実か虚構か、それは坊や次第だ」


 ジープに乗っているんだと僕が気がついたのはたった今の事だ。僕は助手席に座っていて、さっきとは違う男が運転をしている。


 僕達の乗っているジープは反時計回りに時を刻み続ける巨大時計を目指し走っている様だ。


「僕はその……何が何だか分からないんです」


「分からないで片付けるのは簡単さぁ、難しいのは向き合い続ける事だと俺様は思う訳よ。ほら、始まるぞ」


 陽気な男がそう言うと、巨大時計は見る見るうちに形を変えスクリーンになった。そして音も無く映画ムービーが始まった。僕は初めて屋外映画館ドライブインシアターを体験する事になった。
















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