第5話

[ダメだ。この先の部屋に進むには網膜認証と音声認証を潜り抜けないといけないみたいだ。どちらか一方なら何とか誤魔化せるけど、もう片方を騙すまでの時間が極端に短すぎる]


 オズが弱々しく呟いた。僕達が悪魔の口に浸入し、この施設に入ってから十分が経過した。室内はどこも無機質で静寂を守っている。


 敵と接触コンタクトする事なくこの連絡通路まで辿り着いた。これは奇跡だとビショップが半分つまらなそうに、ため息交じりで愚痴を漏らしたほどだった。僕はと言うと込み上げていた高揚感がすっかり行き場を無くしていた。


[とにかく、このフロアのコンピュータールームを探そう。何か方法があるかも知れない]


 オズの提案に賛同し僕は踵を返す。


 すると突然目の前が真っ白になった。驚きの余り暫く思考が停止した。


 目の前の通路が目まぐるしく回転し始め、激しい頭痛が襲う。思わず膝を付きその場から動けなくなったが暫くすると視界が鮮明クリアになってきた。目の前に男が銃を向けてこちらに何か言っている。うまく耳が彼の言ってる事を聞き取ってくれない。


 銃声。


 僕のいた位置を正確に撃ち抜いたが、残念ながらそこにはもう居ない。僕は彼の後ろに回り込み手刀で怯ませる。呻き声を上げながらも尚も攻撃の手を緩めない男は体をコマのように回転させ回し蹴りを放ってきた。


 僕も体を捻り彼とは逆回転で回し蹴りを放つ。クロスカウンター気味に顎に一撃。


 男は床に倒れた。


 これだ、この感覚だ。


 僕の中の獣は怪物ビースト獲物を今か今かと待ち望んでいるのを感覚した。


 もう一人近づいて来るのが分かった。僕は敵に背を向けたまま接近を許す。HBで撃てば済むが、それでは生温いと感じた。


 敵はなおも接近して来る。この足音とこの距離の詰め方からして獲物はナイフだ。振り向かない僕に苛立っているのが手に取るように分かる。単調シンプルな攻撃を選択した様でその突きを右に交わしナイフを持つ手を捻り無力化。すかさず投げ倒してそのまま肘を顔面に打ち付ける。


 気付けば僕のバトルスーツは血糊がべっとりと付いていて元の色、材質は判断がつかない。


「ふぅ」


  僕は興奮していた。血を求めていた。もう終わってしまったのかと名残惜しんでいるのが分かる。


「ク……おい、ルーク!」


 ビショップが僕に呼びかけているのにようやく気付いた。


「ごめん、油断したかも知れない。まさか奇襲に気がつかないなんて……」


  何を言ってるんだと僕の言ってる事が理解出来ていないようでビショップは聞き返してきた。僕はもう一度謝罪した。


「ルーク、何を言ってる。初任務が余りにも刺激的で頭が鉄屑スクラップにでもなったか?お前が急に呻いて狂った様に暴れたんだろ。何があった?」


 相棒の言っている事が理解出来ず声にならない声を上げた僕は沈めた敵へと視線を落とす。そこには誰もおらず、動揺した僕はバトルスーツを確認したが純白で血に染まってなどいなかった。


 僕はどうかしてしまったのだろうか、そんな事を考えながら気持ちを冷静クールにする為に深呼吸をした。


 すると今度は間違いでは無い、またしても背後で何かの気配を感じた。僕はすかさず銃を向けた。


「ごめんなさい!辺な音がしたから!だから見に来ただけなの!」


 敵ではなく僕と同じくらいの背丈の女の子だった。彼女は怯えながら僕のバトルスーツをジックリと見ている。


 そして次第に目を輝かせ始めた。その眼は髪の色と同じ栗色をしていて肩まで伸びている。赤いワンピースがよく似合って入るがこの場所には不釣り合いだ。どんどん近づいてくる。


「違ってたらごめんなさい、貴方ってバイオロイド?」


「何の話か分からないね。君は此処で何をしてるの?」


 質問を質問で返すと女の子にモテないわよと僕に更に近づいてくる。


「その白いバトルスーツ、米国製ね。やっぱりお父様が言ってた希望ってのは貴方の事ね?」


 どうやらこの子は自分のペースと言う物を確立しているらしい。普通銃を向けられたら何かしらの恐怖を覚えるのが人間としての正しい反応だと思うが彼女はその銃を握っている僕自身にしか興味が無いようだ。


 この子が普通の一般人ではない事は分かっている。故に此方もペースを握り仕事を進めないといけない。


「お父さんって?」


「リィ・ジョウゲン。この国の太陽よ。」


 驚いた事に目の前に居る彼女は自分が総書記の娘だと言う。僕は少し待ってと彼女に伝えオズに連絡を取る。


[丁度連絡を取ろうとしていた所だよ。彼女は正真正銘、リィ・ジョウゲンの娘だ。名前はオリヴィア。どうやら総書記とアメリカ人の娼婦の間に産まれてしまった様だね。リィ・ジョウゲンには正室との間に産まれた長男が居る。つまり、その子は……]


黒子ヘイ。戌と同じく国に裏切られ存在すら忘れ去られた子供達。そんな彼女が今何故この絶壁エンドクリフの施設内に居るのか、不自然だ。


 ひょっとしたらこの子が戌が言っていた女の子なのかも知れないが、今は仕事をこなさなければならない。心の中で戌に謝罪をする。


「君は何故此処に?」


「その質問に答える前に答えて、貴方はバイオロイド?」


 そうだ。と答えるとさっきよりも茶色の瞳が大きくなった気がした。この子はオズに負けないくらいの技術屋ギークなのかも知れないと思いつつ、全く僕の周りには変な人種が集まるもんだと半ば呆れながらも彼女に少し心を許す事にした。


「今度は君の番だよ、何故此処にいる?」


「私はあの人に頼まれたの。此処にいてバイオロイドを待てって。そしたら私を自由にしてくれるって。」


  あの人、誰だかは知らないけれど僕が此処に来るのを予め分かっていた人物がこの子と僕を引き合わせたのだと言う。


 オリヴィアが謎の人物について何か教えてくれるとは思えないし言うつもりも無いのだろう。彼女にはどこか余裕がある。


「それで、何でその人は君をこんな危険な場所に待たせていたんだい?」


「危険じゃないわ、私はお父様に守られてる。此処はもう私の庭。アンドロイドなんかに捕まるもんですか。あの人から貴方への贈り物が有るわ。付いてきて」


 オリヴィアはそう言うと慣れた足取りで通路を歩き、途中で僕が付いてきているか確認する為くるりと振り返り付いてきていると分かるとにっこりと笑いまた歩き出す。


「ここよ。私の秘密の部屋。入って」


 この施設内自体が薄暗く閉鎖的なのに対してオリヴィアが自信満々にドアを開けてくれている部屋の内部は豪勢な作りだ。罠かもしれないと思い躊躇していると個人回線でビショップが今は従ってみるのも手だと言ってくれた。


 彼の言葉に背中を押された僕は恐る恐るオリヴィアの部屋に入る。オズが言っていたコンピュータールームがどうやら彼女の隠れ家になっていたらしい。


 生まれて初めての女の子の部屋に入ったわけだけれど、出来ればもっと別な形で入りたかったと素直に思った。




















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