第4話

  黒の洞窟ブラックホールへ向け僕等は歩き出した。黒子ヘイのリーダーは他の子供達を隠れ家に帰して入り口まで案内をしてくれる事になった。


 伸びきった黒髪を紐で結び、ボロボロになったシャツにはアメリカンコミックスのキャラクターがプリントされていて、そのキャラクターは本来なら翼でしか戦わないはずなのに、彼の胸の中では手が何本も生え武器という武器を手に戦っている。


 背中には自分の身の丈には不釣り合いなAKー47。


「少年、名前は?」


 ビショップが問い掛ける。


シューと少年は答えた。それを付けたのは数年前まで彼等の仲間だった女の子だと戌は話してくれた。その女の子は僕等が目指す黒い洞窟に吸い込まれていったと言う。


「お前達に頼みたい事がある。姉さんの捜索だ。彼奴らには言えないけど、本当は姉さんに帰ってきて欲しいんだ。きっとまだ生きてる」


「戌、僕達は総書記の救出が何よりも重要な任務なんだ。何とか探してはみるけど、見つかるかは分からないよ?」



念を押す。僕も戌の依頼サイドミッションを受けたい所だけれど、僕達には色々とやらないといけない事、こなさなければならない仕事がある。


 僕の隣を歩く少年にさっき仲間と共に僕達に罵詈雑言を浴びせていた時の力強さ、気迫は其処には無くなっていて、僕は思わずその肩に手を軽く乗せた。


「分かったよ」


そう言いうと、先程より少し歩く速度を速めた戌にビショップが寄り添って歩く。相棒はどうやら相手の心に敏感に反応し抱擁する能力があるようで、僕は電子機器デバイスに目を落とす。するとオズから通信が入っている事に気が付いた。応答する。


[首尾はどうだい?もう敵と接触コンタクトしたかな?]


「ううん、まだだよ。黒の洞窟にもう直ぐ到着すると思うけど」


成る程、と言いオズは少しの間無言になった。不眠不休でまた新兵器でも作っていて今こうして交信コールしている間にも睡魔に襲われていて遂に悪魔に負けて寝てしまったんじゃ無いかと思った。


[その洞窟はその昔、まだ爬虫類達が国を平和に導く為だけに生きていた時の名残りなんだ。三国志は知ってるかい?]


「少しだけ基地で読んだよ」


オズの口から語られたのは例の洞窟が昔、この地がまだ呉と呼ばれていた時代、江東の虎の異名を持ちその力を欲しいままにしていた偉大な父の遺伝子ジーンを受け継ぎ生まれた孫権が国を統治していた頃に起こった大戦の為に掘られた人工の洞穴という事だった。


 その後で、何処までが本当で何処までが作られた偽の物語カバーストーリーかは分からないけどね。と付け加えた。中国の歴史は深い。故に何処から何処までが本当かを見分けるのは至難の技だ。


「着いた。ここだ」


 戌の声に恐怖が混じっている。見上げると悪魔が口を大きく開けていた。戌は僕の後ろに隠れた。


「戌、此処まで連れて来てくれてありがとう。ここからは僕達だけで行くよ」


「約束、忘れるなよ?」


 最前は尽くすと約束をした。そうすると戌は納得した様で駆け足で群れに戻って行った。


「ルーク、気を引き締め直せよ?ここからは何が起こっても不思議では無いからな」


「うん。僕だってキングと訓練トレーニングしてきたんだ。そもそもビショップは僕の実力を知らないだろ」


  謎の高揚感に身体の内面を支配されそうになったのが分かった。僕の中の何かが沸々と音を立てている。


  ビショップはお手並み拝見だと言う顔をこちらに向けてから呼吸を変えた。僕もそれに合わせて呼吸を変える。僕等は徐々に悪魔の口内に適応していく。


 するとこの洞窟とビショップとも一つになった気がした。ここまでの潜入技術スニーキングスキルを手に入れるまでには苦労した。キングや昔の工作員は瞬時にそれが出来たという。


 僕はまだこの純白のバトルスーツの可変迷彩ミスティークに助けられている所が大きい。未成熟な僕にオズが施してくれたこの可変迷彩は自分が想像した色、材質に瞬時に変化する。潜入技術と最新技術により僕は今全てと一つになった。


[可変迷彩、役に立ってるかい?]


  電子機器では無く、体内通信を使ってオズが自身の作品の評価を求めている。


「おかげさまでね。ここは人の気配はしないね」


[それは良かった。でも彼等は人じゃ無いからね、気配は感じれないかも知れない。ひょっとしたらもう目の前に居るかもしれないよ]


 止めろ、冗談じゃない。と相棒が回線に割込んで来てオズに抑止を掛ける。オズは戦闘経験が無いからだろうが、この潜状態を保つのは中々の精神を有する。そんな時にオズは少し自分の趣向エゴを優先してしまった。得てして技術屋ギークはそう言うものだとキングが言っていたのを思い出した。


[オズに悪気は無いと思うけど謝っておくわ、ゴメンね?]


 カレンはオズを気遣いつつ技術屋と工作員の間の微妙な価値観のズレを緩和してくれた。こう言う時にやはり女性が居るのは意味がある。そう思った。


「ルーク、見えて来たぞ」


 相棒が吠える。鼻先で僕に方向を示す。暗い闇の中に白い扉が現れた。敵は居ない。


「ビショップ、手頃な武器を頼むよ」


僕の注文オーダーに対して畏まりましたと一言。


ビショップは僕の右腕に飛び付いた。すると犬型から数秒でキューブに形を変えた。SGではお馴染みの電子機器デバイス錬金術士アルケミストが起動した。箱は一度呻き声を上げその後すぐに銃へと姿を変えた。


 ビショップは唯のバイオロイドでは無い。僕やキング、他のSG工作員の武器貯蔵庫バックアップであり、単独でも潜入を可能とする暗殺者ワンマンアーミーなのだ。


  今、彼は僕の銃として僕の右手に握られている。ここからは本当の意味で二人で一人だ。


 白い扉を開けようとするが案の定ロックが掛かっている。


[そこのロック、解除しようか?]


 オズからの入電に対して相棒が問題無いノープロブレムと答える。意図を汲み取り銃を扉へ向け構える。


「さぁ、冒険の始まりだ」


  ビショップが不敵な笑みを浮かべ白い扉に音も無く無数の風穴が空いた。リィ・ジョウゲンの保護と極秘ファイルの処分。


 時間は刻一刻と迫って来ている。初の任務にしては新人のやり切れる仕事では無いと思うものの、その重荷よりも、今僕を支配しているのは心の底から湧き上がってくる妙な高揚感だった。流されないように、必死に自分を保とうとする。


 大きく深呼吸をして冷静さをようやく取り戻した。


  僕もあのキングと過ごした時間の中で、限りなく獣へと近づいていたのだ。











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