第2話
椅子に掛けてくれ。真ん中に座る知的な男性が一言。言われるがままに座る僕。三人を前に僕とオズワルドが対面する様に座った。
「ここの最高責任者のジョナサンだ。以後よろしく頼む」
ジョナサン。彼は次に漆黒の男に手で合図サインを出して君の番だと告げた。
「キング・スクラップエッグ。階級は中佐だ
キングは想像通りの声だった。獣、人外、魔物そんな声だ。その気になれば言葉でもって人を殺せる様な、そんな声。
「さて君はまだ寝惚けているだろうが事態は急を有する。これを見てくれ」
ジョナサンの言葉とほぼ同時に三人の背にする壁に映像が投影され分割された液晶画面全てに機械に襲われている人間達が映っている。抵抗する者、泣き叫ぶ者、身を隠す者、その全ての人々が無残にも機械により殺されていく。
「アンドロイドよ」
「アンドロイド?」
疑問を投げ掛けるとオズワルドが殺戮マシーンだよと教えてくれた。オズワルドの口から殺戮という単語が出てくるのは似合わないなと思った。
「今や人類の人口は十億人を切っている。
「そこで俺達、SG《サイレントゴーン》の出番と言う訳だ。目には目をアンドロイドにはアンドロイドをってな。如何にもアメリカらしい考え方だ」
「キングが言う通りよ。貴方達はその為に集められたの」
いきなり何を言ってるのか分からなくなった。アンドロイド、SG。聞きなれない単語ワードを話す彼等。
そしてキングはさも当たり前の様にアンドロイドである事を認めた。壁に映し出された機械達は人と呼ぶには不格好でやけに規則正しい動きをしている為、機械であると容易に納得出来るが彼は、キングはどう見ても人であり機械仕掛けには見えない。
そんな事を考えていて思いつきたくも無い疑問が一つ浮かんでしまった。
「僕も……アンドロイドなの」
「ああ。ただ君達はアンドロイドであってアンドロイドでは無い。電子骨格で覆われた皮膚は全て人間の皮膚をクローン技術で培養した物だ。言わば、
オズワルドが申し訳なさそうな顔をしている。僕はオズワルドの答えを聞いても信じられなかった。
機械は物事を考えられないのではないか、機械は人を襲ったりしないのではないか、機械は人に逆らえないんじゃないか……etcetc
「気持ちは分かるわ。でも受け入れるしかないのよ」
「ふん、本当に気持ちが分かると言えるのは俺とそいつとあの駄犬だけだ」
知っている事と理解している事は違う。キングはそれをカレンに突き付けた。カレンはつまらなそうな顔をしてまたガムを膨らませ始めた。
「ルーク、君にはこれから一ヶ月の間、
《国の為に……悪いが僕は願い下げだ》
またしてもフラッシュバックが起こる。何かが頭に浮かんでは直ぐに消えた。こうして僕はこれから一ヶ月アンドロイドを壊す為の訓練を受ける事になった。
一ヶ月間はあっという間に過ぎた。僕は毎日キングと汗を流した。骨格以外は人工的に培養された生身となんら変わらない為に疲れもするし汗もかく。
僕はバイオロイドである事をこの一ヶ月で受け止めた。近接戦闘術、射撃訓練、サバイバル訓練、基本知識と基礎教養を全て叩き込まれた。キングから話を聞くに僕は基本的な知識等は一切吹き込まれていない状態で作られたらしい。
僕等を作ったのは橘・オズワルド・ネイサン。
オズはキングに鋼の様な肉体と英知を与えた。完成された兵士として作れと言うのが上の指示だったからだ。
一方僕はキングに与えられた英知も鋼の肉体も無い状態で作られた。理由はオズのエゴによる物だったらしい。
故にしでかした彼女との初対面での失敗が今にして思うと恥ずかしくてならない。
「ルーク、お前はこの一ヶ月で俺に大分近づいた。これからも励めよ」
「キングのお陰だよ。ありがとう」
「ようやくガキから解放される訳だ。俺はここからが本番さ」
本番は即ちアンドロイド殲滅を意味している。この一ヶ月、SGの基地に設けられた仮想空間ヴァーチャルームで寝食を共にして思ったのはこの漆黒の獣が本当は優しいと言う事だ。初めは一匹狼だと思っていたが、徐々に僕を認めてくれて仲間として迎えてくれた。
《俺達は戦う事しか知らないし知る必要は無い。》
それがキング・スクラップエッグの
一ヶ月振りに仮想空間ヴァーチャルームを出るとカレンが初めて出会った時の笑顔で迎えてくれた。
たった一ヶ月だが僕は一年以上ずっと密林や洞窟、敵の要塞の中を生き抜いてきた実感がある。勿論実際にでは無い。
その結果僕の身体は無駄な筋肉の無い精錬された肉体を手に入れた。キング曰く映画等で胸筋がえらく発達している俳優が多くいるがアレでは本当の戦闘は行えないと良く言っていた。筋肉が邪魔して拳が出せない。
今はその意味が分かる。アレは見世物ショーであり芸術的鑑賞物アートであり玩具トイに過ぎないのだ。
「別人ね。この前は精通してないお子様にしか見えなかったけど今は立派な男に見えるわ」
「バイオロイドに精通も何も無いよ、生殖機能が元々無いからね」
「ふふ、前の貴方も素敵だったけど今の貴方も
カレンは僕にそう言葉をかけて歩き出した。後に続く僕。キングはオズに用があるとかで後から行くと言い残し僕より先に部屋を出て研究室ラボへ向かった様だった。
相変わらず読めない人である。人では無いのだけれど、この言い方しか思い付かない。
おかげで勉強がはかどった。それからはキングとの会話が楽しくなったのを覚えている。
前を歩くカレンの赤毛の髪が僕をたぶらかす様に右左に少し揺れる。女性の髪は命其の物だと何かの本に書いてあった事をふと思い出し、仮にこの左右に揺れる髪の毛に命があったとして、女性の心臓は何で動いているのか、そもそも心臓は命なのか何て事を少し考えていると、前を向いていたカレンがくるりと此方に向き直った。
彼女の眼はとても澄んでいる。その奥に僕は何かを感じた。
「君は悲しさを押し隠すのが上手いね」
「えっ……」
「え、あ、なんでも無いんだ、ごめんね」
僕はバイオロイド。電子骨格を人工的に培養した皮膚で覆い尽くし、電脳で動く
図書館で手に入れた知識で人間を知った風を装っていたのかも知れない。僕は言葉の便利性を最大限に有効利用しようとしたに過ぎたのだ。人は言葉で分かり合い、言葉で争う。キングの言葉を忘れていた。
さっきの言葉はあのタイミングで投げかける言葉では無かった様だ。
「ちょっと見ない間に気が使える様になったのね。行きましょう」
久しぶりの黒と銀の世界。SGの通路は黒を基調としていてラインが銀で統一されている。そんな中で僕のバトルスーツは目立つ。
恥ずかしいが仕方が無い、何故なら僕に与えられているのはこのバトルスーツだけだからだ。カレンは一ヶ月前と同じTシャツ姿ではなく軍服に身を包んでいる。歩く姿は綺麗で無駄が無い。SGに女のスタッフはいるが、カレンはその中でもたった一人しかいない女工作員なのだ。
「着いたわ」
作戦会議室ブリーフィングルームの扉が開く、そこにはジョナサンがいた。
「ルーク、見違えたな」
お陰様でと言葉を返し一ヶ月前と同じ様にジョナサンと対面する様に椅子に座る。ジョナサンは相変わらず知性的な雰囲気を醸し出し、制服をしっかりと着こなしている。
前と違うのはキングとオズがいない事。僕が兵器として成長した事。そしてカレンがアメリカンスピリッツを胸に掲げていない事の3点だ。
「早速だが
「敵は……」
「中華人民共和国。通称、
カレンが語気を荒げてそう言うと、ジョナサンの顔が少し曇った。その後顔を下に少し下げ直ぐさま僕へと視線を戻した。
「彼等の国は最早アンドロイドの巣窟だ。奴等は総書記リィ・ジョウゲンを人質に取り核燃料との交換を要求してきた」
「核燃料……また大きな戦争が起こるんだね」
「五十年前に起きた
五十年前中国はこのSGを掌握し大国である事を再提示した。終りを告げる
基地を離れていた者達は全て暗殺され、そしてその異変に気付いた生き残りの兵士達は基地を目指し自らの家の前で無残な死を遂げた。部隊を構築し世界へ抑止力としてではなく直接的な武力として力を行使し、各国を植民地化していった中国。
今や中国が支えているのは植民地化による豊富な食材と資源。超消費化社会においてその自給自足率は驚きの高水準を叩き出し、多くの国が資源と食料を中国に助けられている。アメリカも例外ではない。
「ここで彼を失うわけにはいかない。国としては邪魔な存在だが、世界的にはいて貰わなければならない存在だ。爬虫類達の大半はアンドロイドに掌握されたが、彼のカリスマ性と実力が発揮され続ける事によりあの国は持っている。もし殺されたら……このままでは核の冬がくる」
「その日から世界中の食卓から笑顔が消えるでしょうね。今やどの国も食料、資源に不自由しない生活を手に入れたというのに‥食料と資源の枯渇を防ぐには核燃料を渡さなければならない。悔しいけど、時間がないの」
ジョナサンとカレンから伝わってくる不安と焦りが僕には手に取るように分かった。リィ・ジョウゲンは余程大切な歯車らしい。
核大戦争は五十年前に起こってしまった悲劇だ。撃たないからこその抑止力が一国の過ちを皮切りに各国で放たれた。
その被害はあまりに大きく、ワシントンでさえも指揮系統を失い数十年無法地帯となった程だったと図書館の書物に書いてあった。
「それで、僕は何を」
総書記の確保と絶壁の手に渡っている極秘ファイルの隠滅。それがジョナサンから言い渡された
単独での潜入、そして総書記の確保、極秘ファイルの隠滅。そんな漫画や映画の中の主人公が実行する様な内容が言い渡された。
どうやら僕が一ヶ月キングと死に物狂いの訓練をこなしていた間にジョナサンはジョークを勉強していたらしい。
「単独で、そんな事無理だよ。僕は訓練を受けただけだ。実戦経験はない」
「一人ではない」
「良かった。キングとSGの隊員達も来てくれるんだね」
「いいえ、キング達は行かないわ。私達も
私だ。何処からか声が聞こえた。部屋を見渡すも声の主の姿は見当たらない。
ジョナサンがジョークと合わせてこの一ヶ月で腹話術でも覚えてたら話は別だが彼はやれやれと首を横に振るばかりで彼ではない誰かが居る事を示している。
僕は感覚を研ぎ澄ました。するとカレンの背後に何かがいる事を感覚した。敵だ。直ぐさま距離を詰め感覚した場所に向け蹴りを放つ。
綺麗に塗装された壁に初めから穴が空いていたかの様に綺麗に足跡を作り出した。僕の蹴りは交わされた。見えない私、は机の上に着地した様だ。
「いい蹴りだ、だが綺麗過ぎる。それでは当たらない」
キングにもよく型に囚われるなと言われた。型は型でしか無く、状況に応じて繰り出せない技など何の意味もないと。
そうだ。カラテや柔道、ボクシングやテコンドーでは人は殺せない。殺せたとしてもそれは本来の用途では無く、完璧な殺人において必要なのは唯ひたすらに修羅である事だ。
キングの言葉とあの一ヶ月が蘇り僕は自分を自分に委ねた。
「そこまでだ」
キングが居た。気配無く現れた彼にジョナサン、カレンは数秒唖然とする。僕もそうだったが閉ざしていた殺気が溢れ出ている事に気付いたのだろうキングが僕の肩をぽんと叩いてくれた。
「ガキをからかうのは止めろ駄犬」
「ふ、お前が来なければもう少し面白かったと言うのに」
駄犬。そう呼ばれた声の主が机の上に現れた。透明になっていたのだ。正体はビーグル犬だった。ビーグルは気だるそうに頭を後ろ足でかいている。その昔戦争には状況に応じて戦闘服が用意された。
それは迷彩服と呼ばれ施設内、野外、森林、沼地、雪山あらゆる場所に適応する様に作られた。僕のバトルスーツには
「紹介しよう、ビショップ・マッドハッター。人工知能を持った狩猟犬だ」
「正確には
ジョナサンに対してオズがキングの背後からそう答えた。人工知能をもった犬。
両足はバトルスーツと同じ様な素材で出来ているがそれ以外は生身の犬と変わらない。
「よろしくルーク」
「よろしくビショップ」
変な雰囲気のまま挨拶を交わす。この世界にはバイオロイドが三体存在する。オズはそう説明してくれた。
完璧の象徴であるキングと可能性の象徴であるルーク《僕》。そしてどちらでも無く、普遍性の象徴であるビショップの三体だ。
オズは目をキラキラさせながら話した。オズは自分が作り出したあらゆる種類の武器やシステムについて子供の様に語る。
僕とビショップはその二時間後には中国の上空にいた。中華人民共和国。かつて栄華を極めその歴史はあまりにも膨大な資料や文化遺産によって保障されていた。
2000年代に入ると中国は各国の
故に時代は、彼らを爬虫類と呼んだ。古の歴史も、もはや全てが
爬虫類達が作り上げた偽物語を国民は縋るように信じていたんだろう。
「こちらルーク、中華人民共和国上空に到達」
[ハッチを開きます]
無線で隊員の声が聴こえる。外界が少し騒がしくなった気がする。
僕は初めて飛行機に乗っている。こんな鉄の塊が空を飛ぶだなんて人間は凄いなと驚かされるばかり。
空の景色を見たいと思うけれど生憎僕は飛行機の中で更にラグビーボールの様な楕円形をした物体の中にいる。
[ルーク、準備はいいか?]
「勿論だよ。ビショップは?」
私は大丈夫だ。そう答えるビショップ。ビショップの
僕が
僕が入っているラグビーボールは彼自身が
勿論人工的に作られ培養された皮膚から形成されているこの胎内はとても暖かく、そして少し居心地が悪い。
このまま消化されないか心配しては僕なんかを消化したらビショップがお腹を壊すんじゃないかと気が気じゃない。
僕達は明らかに落下している。ジョナサンから聞いてはいた事だからそこ迄驚きはしないけれど、下へ下へ落ちて行くこの感覚は何とも奇妙だ。
出来るだけ早くこの感覚から抜け出したい。
そう思っていると胎内で声が響いた。
[こちらキング聴こえるか]
「こちらルーク、聞こえてるよ」
[お前達に世界の命運がかかっている。失敗は許されないぞ]
上司からの叱咤激励。素直に言う、キングが単独で潜入してくれた方が早かったと思っている。
[キング、私達が無事生還したら世界の均衡は保てると言ったな]
[世界平和の為に俺達は作られた。俺達は言わばチェスの駒だ。各々の役割を果たせば世界は平和になる]
ビショップはキングの言葉に何も返さず、キングもそれからは無言になった。急速に落下していくビショップと僕。
静寂を切り裂いて僕達は地面に叩きつけられたが衝撃はビショップの胎内と僕自身のバトルスーツが吸収してくれた為に死にはしなかった。物凄い音を立てて地面を削りながら徐々に速度が落ちて行きやがてラグビーボールは静止した。そう言えば初めて直立二足歩行型ロボットを作り上げたのは日本という国で、そのロボットは有人機だったそうだ。
テストパイロットはロボットの踏み出した一歩の衝撃に耐え切れずに身体の内側から死を迎えたと言う。
それと比べると僕達はとても優雅にそして美しく地面と対面した。
[私よ、ルーク。あの時言われた事に対する答えを考えてたの。良い答えが見つかったわ]
「無事着地出来た事を喜んでくれてからでも良いんじゃ無いの?」
半分冗談、半分本気で問い掛けるとくすくす笑う声が聞こえてきたのでいいジョークが言えたんだと思った。
[私は別に隠して無いわ。何もね。貴方が見つけてくれただけよ。私が隠して無いと思っていた、そう自覚していたという事が作り物だって事をね。]
ありがとう。そう締めくくられた彼女の言葉はとてもとても人間らしかった。
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