Silent gone memories

小村計威

第1話

SMG

サイレントゴーンメモリーズ


episode1 ビックバン


episode2 バイオロイド


episode3 未完成


episode4 覚醒


episode5 Gone



人々は飢えていない、自由に飽きただけだ


ベリート・ムッソリーニ



episode1 ビックバン


チャプター1

2050年 アルカトラズ島


 アメリカ合衆国カリフォルニア州のサンフランシスコの湾内に浮かぶ孤島。


 この島は灯台、軍事要塞、軍事監獄、連邦刑務所と姿を変え現在は海賊達の根城となっている。


 過去多くの人々が此処で終わりを迎えたんだろう、こう言った場所特有の空気が漂っている。まるで換気されていない締め切った部屋の様に、其処此処に何かがこもっている様な空気だ。脱獄を企てたとしても島の一帯の警備もしやすく、天然の要塞と化したこの島から例え銃弾を逃れられたとしても荒れ狂う海の中を無事生きて帰れた者はいないはずだ。


そして今僕はその海域を小型潜水艦で進んでいる。2000年代に作られたボロだが潜入にはこういう古代の機械アンティークの方が足がつきづらい。


[こちらゴーン2、ポイントに到達。そっちは?]


 入ってきた無線に間も無くだ。と答えてからボロを浮上させた。カモメが鳴いている。それもかなりの数だ。この位の騒音があれば潜入も楽だと確信した。


 辺りを見渡してから島に上陸した。敵に気がつかれている気配も無い。


 今正に立て篭っている敵はかつてのアメリカンインディアンの様に誇り高き戦士達では無く、ネイビーシールズやCIAからはみ出した人間達とそれを金で束ねるチャイニーズマフィアだ。今回のミッションはこの島の制圧及び海賊達の目的を調べる事にある。


「こちらゴーン1、海賊狩りを始める」


[了解]


 島を大きく迂回しながら螺旋状になっている天然要塞を駆け上がっていく。一見遠回りに思えるだろうが、切り立った崖を登るよりは余程効率が良い。


 崖を己の力だけで登りきるには映画やゲームの主人公達並みの力と運が必要だ。生憎これは現実リアル。スタイリッシュな音楽も無ければ、帰りを待つ美しい妻も、反抗期を迎えた子供も居ない。螺旋状に回り道をしつつ彼等の根城に向かう。螺旋を登るにつれて周囲に異変を感じた。


空気が歪んだのだ。敵だ。身を隠し意識を集中していく。単独潜入で一番大切なのはその環境に適応する事だ。理由は二つ、一つは敵が発している殺気を感じ取れるから。そしてもう一つは自分の姿を隠してくれるからだ。

息を深く吐く。そして大きく吸う。二回ほど繰り返している内に自分が島になり島が自分になる感覚を得た。敵は二人。待伏せしている訳ではない。決まったルートを巡回している様だ。

岩場から二人のルート、視線、癖を鮮明に記憶する。自分から見て奥側にいる男は煙草に火を点け見回りを一往復毎に放棄する様だ。手前は几帳面。自分が任された領域テリトリーを執拗に調べている。


 仕留めるなら手前からだ。


左手首にある電子機器デバイスを起動させる。液晶が立ち上がり文字の羅列が踊りだす。


 踊っている文字達の中から迷わず選択したのはHB《ハミングバード》と呼ばれるハンドガン。


 吸い取る者という意味を持つ銃の文字を指でタップする。それとほぼ同時に電子機器が形を変え腕毎包み込み四角い箱を形成する。


 この包み込まれてる感覚が初めは生暖かい人の臓物に手を突っ込んでいる様な感じがして気持ち悪かったし普通の銃を携行したいと思ったが、今では生暖かいのにも違和感にも慣れ、尚且つ武器を携行せずに任務にあたれるのはとても便利だと思う様になった。


 二秒後、キューブはその形である事を放棄し元の電子機器に戻った。


起動させる前と今とで違うのは自分の腕に銃が握られているか否かだ。


 この電子機器は通称、錬金術師アルケミストと呼ばれる。僕達の部隊では多くの電子機器を扱う。その中でもこの錬金術師はとても馴染みのある武器だ。


 無から有を生み出すこの電子機器は母国アメリカが所有するあらゆる武器を錬成する事が可能なのである。


 熟練の職人が何十年と苦労して作り出す武器をこいつは3Dプリンタとナノマシンの応用により約一秒で創り出す事が可能なのだ。


 錬成したてのHBを構える。

奥の奴が煙草をふかし始めた。手前の几帳面な彼に接近する。相変わらず彼は自分の領域だけを必死に確認し、何一つ見逃さない様に気をはっている。生憎今君の真後ろに君の領域を侵している人間がいるよと教えてやりたいくらいだ。


「おやすみ」


手刀を入れる、奥の喫煙者スモーカーに標的を変える。まだ煙草を吸っている様だ。HBを構え接近。


「飯の時間だぞ」


喫煙者は寝ている彼に背を向けながら話し掛ける。言葉が返ってこない事に気がついて煙草を捨てホルスターに手を伸ばす。一連の動きは見事。でも遅かった。


「彼はもう満腹だとさ」


素早く気絶させる。喫煙者は変な声をあげ倒れた。


[ふぅ、クールだね!流石流石!]


喧しい声がいきなり聞こえて来て内心驚いたが驚いてしまたった事に少し腹が立ち、通信をシカトする。


[そいつら、殺さないのか?]


「殺すさ、中に何人いるか聞いてからな。それよりいつまで覗きピーピングトムでいる気だ?」


[おいおい、そんな言い方無いだろ?俺はいつでも英雄ビリーザキッドだぜ?大体俺はーー]


英雄の長話を遮るかの様に咳払いをして通信を切り、寝ている二人を縛り上げる為に物陰に連れて行く。拷問スポーツの始まりだ。


「起きろ」


二人に蹴りを入れ起きて貰う。ダメージが残っているのだろう、二人共呻き声をあげながら立ち上がる。こちらの存在にまだ気が付いてない様だ。


「おはよう」


挨拶をすると二人は事態を把握したらしく直ぐに構えようとしたが縛られている事に気付きこちらを睨みつけている。


「中には何人いる?何が望みだ?」


喫煙者が唾を飛ばしてきた。お前なんかに教えるかよとそう言いたいらしい。几帳面な兵士をHBで撃ち殺す。脳天に風穴が開く。


銃口から飛び立った小鳥は脳天から飛び散る予定だった血液や皮膚や髪の毛全てを吸い取り床に堕ち、直ぐさま蒸発した。吸い取る物という異名通り、この銃は音も無く痕跡も残さず死人を生み出す事が出来る。ロシアの技術屋が自国の大統領暗殺を企てた際に造られた代物では有るものの、その技術がロシアに広まる事は無く僕の母国アメリカのお家芸により揉み消され、利用され軍用として前ロシア大統領暗殺の際に使われた。結果的には皮肉にも産みの親の願いは成就した訳だ。


「お前が答えれば彼は死なずに済んだ。言え、口答えはするな」


怯えているのが手に取るように分かった。ろくな訓練を受けてないのが露見した。おそらく精神治療セラピーも受けていないだろう、彼はもうパンク寸前だ。


「五十人位だ!目的なんかは知らねぇ俺達は末端だからな!」


「ありがとう。聞いてたな」


[勿論、聞いてた。五十人かぁ何が目的なんだ]


分からない、そう答えて通信を切った。


「この島から逃げたきゃ逃げろ。君を殺す気はない。何もしなければな」


そう言い残し立ち去る事にした。喫煙者に背を向け歩き出したその時、背後で銃の弾切れを知らせる音が鳴った。振り返る喫煙者がハンドガンを、構えガタガタと震えている。自分の過ちに気がついたらしい。弾倉を投げ付けてやる。銃を持つ者として最大の屈辱だろう。


「残念だよ」


HBで脳天を撃ち抜く。翻筋斗打って倒れる。例の如く痕跡を残さなず吸い取る小鳥。


「銃の重さも分からない奴が、戦争の火種を作ろうとするんじゃない」


死者に向けそう吐き捨て、仕事に戻った。


見張り二人の後始末をして根城へと入っていく。根城の入り口は鉄製の扉で閉ざされていてセキュリティロックキーが無いと開かないとブリーフィング時に聞いていたが、扉は爆破されていてロックキーを探す手間が省けた。


「やっと来たなゴーン1」


声の主、そして扉を破壊した主はアーノルドという僕の相棒だ。僕と同じく漆黒のバトルスーツを着て右手に電子端末、左手には愛用のダガー。丹念に砥石で研がれた刃の切っ先が血を求めているのを感じる。焦らずとも今から好きなだけ血をすすれるというのに。


「お前は何をしてたんだ」


崖を登っていた。すました顔でそう答えたアーノルドはこちらの反応を伺っている。


「映画の見過ぎだ」


僕は彼の冗談に付き合ってる暇はない事を手短に伝え、アーノルドと共に海賊達の魔窟へと入っていった。



約二十分で仕事は終わった。結局誰も立て籠もっていた理由を知らされている者は居なかった。彼等はどうやら何も知らず只々警備に当たっていた様だ。こう言うケースの場合黒幕は別の所で活動をしている。詰まりは、いっぱいくわされた。そういう事らしい。アーノルドもこの事に対して不完全燃焼だった様で何処へ向けるでも無い悪態を其処此処にぶちまけていた。




ふと気がつくと異臭がそこらかしこに立ち込めていた。正体は自分自身が築いた屍の山。身につけているバトルスーツは元の生地の色、材質が分からない程血だらけになっている。自分の血ではなく名前も知らない屍達の血に犯されていた。頭部が焦げて髪の毛が異臭を放ち、レイブン達に突かれ食われている屍もあれば、頭の天辺からつま先まで恥部プライベートをさらけ出して横たわっている屍も点在している。彼らと僕の違いは生きているか死んでいるか以外には無い。


彼等に特別な恨みは無い。ただ今回は敵だった。それだけの理由で彼等と僕等は共に撃鉄を起こし互いの額に銃弾をねじ込むだけのゲームに身を投じた。血でべっとりと固まってしまった髪の毛がとても気持ち悪くて気分を紛らわす為に電子タバコを徐ろに取り出し、いつものように煙を吹かす。見上げた空は余りにも広く、まるで地上にいる自分を見下している様だった。神がいるなら大量殺戮を成し得たこの殺人鬼サイコキラー達を放ってはおかないだろう。神がいるなら、の話だが。

神とは誰の事を言うのだろう。昔読んだ本によれば世界の言語はその昔一つでそのお陰で高度なコミュニケーション能力を得た我々の祖先はバベルの塔を作ったという。天まで伸びる摩天楼は神へ近づこうとした人間達の欲望の塊だ。今よりもっと、今より自由を。人類はそれを求める。故に神の鉄槌は下され、人類得意の言語によるコミュニケーションはたたれ多くの言葉が生まれてしまい挙句今の様に戦争を繰り返す様になった。ご先祖様に万歳。


「ジャン、家に戻るぞ、大佐が呼んでる」


アーノルドがいつもの様に楽しげに僕を呼んだ。折角電子タバコを吸い始めたと言うのにと愚痴をこぼさない様に気をつけながら電子タバコをケースにしまい何かあったのかとアーノルドに聞いた。


「さぁな」


それもそうか、と思いながらアーノルドのニヤついた顔に少し苛立ちつつジープへ向けて歩き出した。


僕、ジャン・ホライゾンには確固たる魂がある。国家権力、愛国心、戦争。そんな物に囚われずに国を守る。誰かに決められた訳では無い。ただ自分の本能がそれを望んでいた。例え偽善だと言われても善であるだけ悪よりはマシだろう。それが僕の鉄の意志、魂だ。


「中華人民共和国がまた核兵器を造ったらしいな 」


と運転席に座りシートベルトを締めながらアーノルドが言ったので、また戦争が起こるんだなと他人事の様に答えた。また何処かで屍の山が築かれ、鴉達がその死肉を漁るのだ。敗者は闘争から解放される。そして勝者はまた殺し合いに身を投じる。


「アーノルド、お前は何の為に此処にいるんだ」


エンジンをかけアクセルを踏みながら何を今更とでも言いたげな表情を浮かべているのが横目から伺える。アーノルドは愛国者で御国の為ならと言う忠義心に溢れている。今は亡き日本と言う国には国の為に戦闘機で自爆特攻をしたり自らの腹部を刀で切りつけ自刃する切腹という文化があったんだと大佐から教えてもらった事があるのをふと思い出し、それと同時にこの隣にいる減らず口の減らない男に国の為に死ねる覚悟があるという事が不思議と感覚出来てしまい恐ろしくなった。国の為に死ぬなんてまっぴらだ。この国にそこまでの魅力も愛着もない。親は子を選べず、子も親を選べない。生まれる前からどの国に生まれるのか分かっていれば諦めも付くという物か。


「国の為に忠を尽くす。まぁ愛国心ってやつかな。その為だけにこの俺様、アーノルドガーフィールドは戦っているんだぜ。」


「国の為に……悪いが僕は願い下げだ」


「おいおい、なら何故お前はこんな所に」


「僕が此処にいるのはこの生き方しか知らないからだ。銃を持ち引き金を引く。ただそれだけの事しか知らない僕は汚れ仕事ウェットワークをするしか無い」


僕だけじゃない。実際そんな人種は沢山いる。今や世界は戦争経済が発展に発展を重ね、重火器の燃料資源や人員の大量導入により超消費社会を形成している。そんな中で生まれた代理戦争請負人、民間の軍事会社PMCは国や肌のスキンカラー、宗教を越えて傭兵として戦争を敢行。自分達はそんな連中に対しての抑止力として構成された特殊工作部隊。静なる消失を与えるサイレントゴーンと言う組織に所属している。


「確かに、昔の先輩方もこんな仕事ばかりだったらしいしな。時代は繰り返すってやつかね」


「そうかもな」


そんな会話をしていると無線が入ってきた。大佐からの緊急報告エマージェンシーコール


[俺だ。基地が襲われた。仲間達の安否は不明]


口調は冷静、しかし怒りを孕んでいるのが確かに分かる。思えば大佐とは長い付き合いで俺が物心ついた頃には階級は違えど彼がいた。


「大佐、ホライゾンです。状況は」


[最悪だ。中国政府の視察だと聞いていたから我々の模倣軍事勢力コピーバンドを作る為だと思い了承したが、奴らの狙いは宣戦布告と基地の奪取だったらしい]


迂闊だった。そう締めくくり大佐は通信を切った。今、大佐の頭の中ではこれからの進退、そして生き残った兵士達の心配、国が被る被害、その他の諸々を考えながらセーフハウスへ向かっている事だろう。そもそも中国政府が人材を拉致し無理やり技術スキル才能ポテンシャルを奪う事はあれど今回の様に武力を直接行使した事はここ四十年程無かった。孔子、諸葛亮、項羽、劉邦、毛沢東等、数え切れない英雄達を輩出した大国は人材のガス欠を起こし模倣を重ね大国であり続け、その結果各国に模倣し続けるカメレオンと呼ばれる始末だった。その爬虫類達に、軍事大国アメリカの最新鋭にして最精鋭が集う部隊の最前線基地が奪取されたのだ。


大佐の頭の中では模倣を勉強しにきた彼らに到底到達出来ない次元の組織力と抑止力を見せつける為にあえて招き入れたという所だったのだろうが、どうやら爬虫類は獰猛さと狡猾さを隠し持っていた様だ。


「爬虫類共が、タダじゃおかねぇ」


愛国心の塊、アーノルドはそう吐き捨てた。ハンドルを握る拳を強く握り涙目になりながらも前を見据え、その雫を零してなるものかと我慢しているのが見て取れた。一方自分の中の感情といったら報復心は全く湧かず涙も出ない。今あるのは仲間と居場所を奪われた事への絶望とそしてこれから起こるであろう米中の静なる戦争サイレントウォーへの妙な高揚感だけだ。ジープは唸り声を上げ走り出した。さっきまでは生まれて初めて歩き出したポニーの様だった歩みが、まるで驚くべき速さで成長し、駆ける事への喜びを覚えた名馬の様に飛ばし始めた。


「アーノルド、少し寝させてくれ」


「こんな時に……あぁいいぜ、最後の睡眠かも知れないからな」


「そうならない様にしっかり前を向いて運転してくれよ?」


「任せとけ。着いたら起こしてやる」


ドライバーが運転している間に寝るのは申し訳ないと思いながらも瞼の重さには勝てそうに無いからお言葉に甘える事にした。


目を閉じると直ぐに安らぎが自分自身を包み込んだ。安らぎに身を任せ殺戮を繰り返したバトルスーツに染み付いた屍達の芳醇な香りが何故だか眠りを妨げずに、不思議と助長させた。


2100年 ロサンゼルス


目が覚めた。そこは清潔感が全てだと言わんばかりの白の世界。僕は目覚めた。僕?一人称に疑問を持つのは生まれて初めてだけど目が覚めた時の頭がまだ働いていない寝惚けた状態が作り出した感覚だと思う事にした。


「おはよう。ルーク」


橘・オズワルド・ネイサンだと白衣を着た三十路手前くらいの男はそう言いながら右手を差し伸べてきた。とても優しい眼をしている。


「ルーク」


戸惑いを隠せないし隠すつもりもないから端的に聞いてみた僕の名前はルーク。そう言われてもあまりピンとこないというか、自分の名前がルークだと認識したのが今が初めてな気がして何だかまだ夢の中にいるような感覚だった。思い出そうとしても何一つ思い出せない。思考回路の歯車が止まっていて今日生まれた。そんな気もする。


「君の名前だろ?ルーク・ジャンクロゥド少佐」


尚も右手を差し出してくる彼に対して何をしたらいいのか分からないけど、自分がルーク・ジャンクロゥド少佐という名前なんだという事は認識した。


「ルーク・ジャンクロゥド少佐、が名前」


「惜しい。ルーク・ジャンクロゥドまでが名前で少佐は階級だよ。ほら、手を出して」


握手と言う行為をした。そして自分が特殊部隊の少佐という階級、地位にいる事を説明された。このオズワルドと言う男性はどうやら敵ではなく味方らしい。敵と味方という概念が今ひとつ分からないが僕の思考の中で良い人だという認識に至った。そして少しずつ止まっていた思考回路が歯車の音を立てて動き出した。白い鎧の様な物を僕は着ていた。彼によるとバトルスーツと言うらしい。やけに吸い付いてそれでいて締め付け感がない。体の一部の様だ。


「ここは何処」


「失われた静寂サイレントゴーンさ。会わせたい人がいるんだ、ついて来てくれるかい」


白の世界を出るとそこは黒と銀の世界だった。黒い服を着た人達が僕とオズワルドを見て敬礼という挨拶モーションをとる。彼等は一兵卒でどうやら僕よりも階級がしたらしい。そんな話をしながら黒い洞穴の様な通路を進む。自分の両隣には常に等間隔で銀の縁が印象的な扉が幾つも連なっている。刹那、何かが僕を襲った。肉体的な傷みでは無く感覚的な痛みが突然に。曇った空、そして辺り一面には頭から血を吹き出した人々、そして赤に染まった戦士の姿が強制的に頭に流れ込んできて脳味噌を強姦された気分になり、僕は恥ずかしさと憤りを感じた。


「ルーク、大丈夫かい」


どうやら顔に表れていた苦悶の表情を感じ取りオズワルドが此方を見つめている。とても優しい目をしているんだなと思いながら心配無いと答えた。さっきの映像が頭をよぎってから、少しだけ自分の感覚で物事を識別し、表現出来る思考回路が安定し、自分が不安がっている事を感覚した。


「無理しないで何でも言ってくれ。僕は君の味方だから」


「赤い兵士の映像が急にフラッシュバックしたみたい。これは何?」


瞬間的に目を丸くしたオズワルドはその表情を、浮かべた事を酷く後悔しているのが分かる。とても顔に出やすい人みたいで親近感が湧くと同時に少しだけ距離を感じた。


「デジャヴって奴かな、いったことが無い街なのにそこを旅した思い出が溢れてきたりする現象の一部だと思う。気にしなくて良いよ人間には良くある事だからね。さて、此処だ」


彼が銀縁の扉の前に立つと扉が音を立てて開いた。先に入ったオズワルドは僕を見て手招きしている。扉を抜けるとそこには知らない人が三人立派な机に書類を並べ腰掛けていた。


「お待たせ」


オズワルドはそう言うと彼等と同じ様に席に着いた。三人は一斉に僕を見た。一人はさっき出会った兵士達と同じデザイン性の制服を身に付けているが知的でオズワルドとはまた違った優しさを身にまとっている。その隣に女性。と言っても僕とほぼ変わらないか少し年上の赤毛の女の子が口の中のチューインガムを膨らましては破裂させて遊んでいる。緑がかった色を放つ大きな瞳が印象的だ。最後の一人は全く別の存在感オーラを放っている。黒く肌に張り付いているかの様な漆黒のバトルスーツに身を包み、机に足を投げ出しているその姿は別世界から来た何か、を想像させる程美しくそして気高く見える。その顔は精悍その物で獣の様な狂気は内包しきれずに周囲に溢れ出ている。


「ほら、座って。貴方を待ってたのよ、ジャンクロゥド」


黒髪の毛を後ろできつく縛りながら彼女はそう言った。


「カレン・ラーソン。階級は少佐、貴方と同じよ。お会いできて嬉しいわ、これから宜しく」


カレンと言う女性はそう言うと僕に近づいて来た。僕よりも身長が少し高くTシャツにアメリカンスピリッツと描かれているのが目に入った。


「まぁ愛国心ってやつかな」


ふと頭に懐かしい声が木霊した。何が懐かしいのかは分からないけれど確かにそう感じた。尚も近づいてくるカレンに僕は右手を差し出した。握手をするんだと思っていた僕と握手をするつもりがなかったカレンとの間に変な空気が流れカレンは微笑んだ後、僕の頬に口付けをした。熱を帯びた唇がゆっくり肌から離れていくのを感じた。


漆黒の男が口笛を鳴らした。


「変わった握手だね。オズワルドは手を握り合うのが握手だと教えてくれたけど」


「オズの握手とは比べ物にならないでしょ」


自慢気な彼女に対してどう比べるべきか

僕には分からなかった。
























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