【ふたたび穴へ】


「約束だ。秘密の通路はどこにあるか教えてもらう」


「……わかったよ」僕は観念した。「壁に刀掛けがあるだろう。一段何も掛かってないところがあるはずだけど、それは僕が木刀を一本拝借したからだ」


「おまえ何いってるツルか。秘密の通路を教えろっていってるツル」


「最後まで聞いてよ。刀掛けの何も掛かってない一番上の突起がスイッチになってるはずだ。そいつを動かしてみて。道場のまん中に穴が開くはずだよ」


 ふたりは黙ってしまった。きっとお互い顔を見合わせているんだろう。


 やがて山吹の半透明のドームが開くと、ルベティカがポッドから飛び降りた。後部座席で横たわっている僕はドーム越しにずっと道場の天井を眺めていた。


 しばらくすると、軽い地震のような揺れが発生した。どうやら床板がスライドし、深淵の暗闇を抱えたおおきな穴が現出したらしい音だった。


「おお、穴が開いたツル……」ポローニャも驚きを隠せないようだった。


 ルベティカが戻ってきて操縦席に坐るとドームを閉め、山吹は早速発進した。


「ほら、もういいだろう。そろそろ僕を自由にしてよ」


 しかしふたりは僕を無視した。


 山吹が穴の真上まで来ると、いったん停止した。どうやら機体の底面から点滅する光を送り、穴の中にいるものに合図を送っているようだ。操縦席のモニターにその様子が映し出されているのがうしろの席の僕の位置からも見えた。


「グェェェ……」


 地響きのような唸り声が聞こえてきた。


 おそらくオオサンショウウオの化け物だろう。のそのそと穴の底から上がってくる様子がモニターに映っている。


 やがて穴から這い出た化け物は、まるでおすわりのようにおとなしく道場の床に伏せると、こころなしかこっちに会釈したように見えた。


 ポローニャとルベティカも会釈を返し、山吹はゆっくりと穴に降下していった。怪物を穴から出したのは、狭くて中ですれ違うことができないからということか……。


「それにしても慣れたもんだなあ」さすがに僕も素直に感心した。「だてに珍獣を密輸入してるわけじゃないんだな」


「おいっ」ポローニャが声を荒らげた。「旦那さまを侮辱すると許さないツル」


「だって密輸入してんのは事実だろ。ナントカ条約に違反してるんだよこの屋敷の姿見せないあるじは」僕も負けじと大声で対抗する。


 黙っていたルベティカは、おもむろに紫苑に連絡を取りはじめた。


「こちら山吹号ルベティカ。山吹号ルベティカ。共同溝への秘密の通路を発見した。紫苑号はすみやかにクヴァブイの捜査を中断して道場に戻り、開いた穴を降下しわれわれのあとに続け。なお、通路への入口は一定時間とともに自動的に閉じるものと思われる。その場合、壁の刀掛けの突起を操作せよ。われわれは再度合流し、お嬢さまの救助に向かう。以上」


 なんだと。話が違う。


「おいこら待てルベティカ」僕は自由のきかない体を無理やり持ち上げようとして「汚いぞおまえ!」と怒鳴った。


 ルベティカのやつはこっちを振り返ろうともしない。


「ルベティカ、よくやったツル」ポローニャがうれしそうにいった。「今の機転は冴えてたツル。みずからの溜飲も下がったツル。今月のMVH(モストバリアブル膝栗毛)はおまえのものツル」


「ふざけるな!」


「悪く思うなニコゴリ」あいかわらず冷静な口調で、前を向いたままルベティカがいった。「われわれはあくまで膝栗毛家に雇われている侍従警団なのだ。優先順位は絶対だ。おまえの友人はあとで必ず探し出してやる」


「何いってるんだ」僕はいい返した。声のトーンを落とし、「なあ、きみらの邪魔はしないよ。だから僕ひとりで未弥を探させてよ。この縛りを解いてくれ頼む」祈る思いで懇願した。


「ダメだツル。もともとおまえは不法侵入者ツル。本来ならこの屋敷から強制排除されなければいけないのツル。時間がないから梱包して積んでいるだけのことツル」ポローニャが意地悪そうな口調でいった。


「未弥にもしものことがあったら」僕はポローニャをにらみつけ「今度は僕がきみたちの敵になってやるからな。おぼえてろ」呪いの気持ちをこめていった。


「そういう危険思想の持ち主だから縛っているのツル。まだわからないツルか」


 ダメだ。処置なしだ。もうこれ以上どうしようもない。僕の全身から急に力が抜けた。ぐったりと後部座席に仰向けに横たわるだけとなり、漫然と穴の入口を下から見上げた。


 今、呼び戻されて道場に到着した紫苑号が穴の入口に底面を見せ、ゆっくりとこっちに降下してくるのがドーム越しに真上を見ている僕の目に映った。すぐ上まで降下してくるとスピードを落とし、二台はそのままどんどん井戸の底深くに潜行していく。


 オオサンショウウオの怪物が穴に戻ってくるのも確認できた。ふたつの目がこちらの労をねぎらっているように見えたのは気のせいだろうか。


 やがて穴の入口は自動的に閉じられた。井戸の内部は密閉された縦に細長い空間となり、二台の飛行ポッドはさながらみずからが発光する孤独な深海生物と化した。


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