【拘束】


「おまえ絶対許さないツル。ルベティカ、こいつを拘束するツル!」


 ポローニャがその場でピョンピョンジャンプしながら激昂している。


 破壊された壁の前の廊下で、僕は五人の侍従警団に取り囲まれていた。ポローニャを除く四人の刀の切っ先が僕の喉元に向けられている。


「悪く思うな」


 そうルベティカが僕にいった。そうして彼女は刀を背中に戻すと、かわりに腰からサイリウムみたいなものを取り出してこちらに突き出すようにしてきた。


 なんだ、どうする気だ。と考える間も与えられず、サイリウムみたいなものからは光る玉が次々に飛び出してきた。


 玉は見る見るサイズがおおきくなっていき、ついには光るリング状のものに変形して、僕の頭上から降りくると全身をギュッと縛った。ちょうど肩からくるぶしあたりまでいくつものリングに締められたので僕は立てなくなって思わず床の上にドサリと倒れた。


 ルベティカは軽々と僕を抱え上げ、肩に担ぐと飛行ポッド山吹の中、後部座席に放り込んだ。


「心配しなくてもおまえの探してる子はちゃんとあとで探してやるツル」


「クソ……」


 まったく身動きできない以上、さすがにこれ以上はどうすることもできなかった。


 ふたたび侍従警団は二台のポッドに分乗し、まず紫苑のほうが浮上した。

 山吹の操縦席についたルベティカが、異状がないかどうかコンソールパネルを軽く点検しはじめる。

 そのとなりの席にはポローニャ、僕はといえば光輪に縛られたまま後部座席にひとり横たえられていた。


「どうやら異状なしのようです」


「了解ツル。それじゃ出発するツル」


 ポッド山吹が穴を開けた壁からズリズリとバックしながら出て宙に浮かび上がる。ぼろぼろと漆喰が床に落ちる。浮上した状態で待機していた紫苑をうしろに従え、この階の廊下エリアに入っていった。


「まもなく剣道場に到着します」ルベティカがいった。


 考えてみれば、つい十数時間前、僕と未弥は不安におびえながらこの近辺をさまよっていたんだ。その時に彼女ら侍従警団と出会っていればふたりとも無事に屋敷から出られたんだ。この期に及んで僕ひとりだけが屋敷から放り出されるわけにはいかない。


 山吹と紫苑はしばらく廊下を走り続け、やがて見覚えのある木戸のある部屋の前まで来た。かつて来た道場だ。何だか変に懐かしい気がする。同じ場所に二度来たということで、僕はこの屋敷の具体的な広さが把握できたかのような錯覚に陥ったが、むろんそれは正しい感覚ではないはずだった。

 ルベティカが山吹の操縦席でコンソールパネルのスイッチを押すと、なんと剣道場の木戸がひとりでにガラガラと開いた。古ぼけた屋敷のくせに、妙に凝ったハイテク技術がここでも使われている。


 二台のポッドがくぐるようにそろそろと道場の中に入っていく。

 まん中あたりまで来ると、山吹と紫苑はピタリと宙で制止した。


 ポローニャがうしろを振り向き、


「おい、隠し通路はどこにあるツル」と、横たえられている僕に聞いてくる。


「トイレに行きたい」僕は答えた。


「先に答えるツル」


「それが人にものを聞く態度か、お嬢ちゃん」


「またバカにしたツルーッ!」


「僕の体を自由にしろ。そしたら答えてやる」


「おまえの友人を助けてほしかったら協力しろツル!」


「あ、気分害した。もう知らん知らん」僕は首を曲げてポローニャたちに後頭部を見せた。


 しばらくの沈黙ののち、後頭部に何かが当たった。

 目には見えないが、それが何であるか僕にはすぐにわかった。


 銃口だ。


 僕の頭に銃口を突きつけたのはルベティカのようだった。


「三秒以内に答えろ」ルベティカの冷たい声がした。


「殺すのか」僕は動じずにいった。「こんなところでぶっ放すとあとで山吹の掃除が大変だよ」


 ただのおどしだと高をくくった僕は、もはや完全に肝が坐っていた。僕はもう昔のイジメられっ子じゃないんだ。


 またしても沈黙があった。


 スッと頭から銃口が離れた。


「……わかった。ポローニャ団長、止むを得ません。紫苑をクヴァブイの捜査に向かわせましょう」


「何いい出すツルか」ポローニャが驚いた声を出した。「そんなのは認められないツル」


「しかし、事は急を要します。われわれがこうやっているあいだにもお嬢さまの身に何が起こっているかわかりません。迅速に行動することが何より肝要です。地下の水かさも増してきているし、ここで問答しているヒマはありません」


「うーん、ツル」ポローニャは考え込んでいる様子だったが、


「しかたない、おまえの意見を採用するツル」


「ありがとうございます。ニコゴリ、それでいいな」


「……信用できない」僕は突き放すようにいった。


 するとルベティカは、


「こちら山吹号ルベティカ。山吹号ルベティカ。紫苑号は今からさきほど遭遇したクヴァブイの捜査に当たれ。クヴァブイのあとを追い、蹂躙された中学生の女の子を救出せよ。われわれ山吹号は単独でお嬢さまの救助に向かう。以上」と、もう一台のポッドに連絡を取った。


 僕はグリッと首を回し、できるだけ頭を持ち上げると半透明のドーム越しに、宙に静止している紫苑を見た。

 紫苑はちょっと傾いだかと思うと、ゆっくり方向転換した。そうして僕たちから離れていき、そこまでは僕の位置から見えなかったが、どうやら道場を出ていったようだった。


「これでいいか」ルベティカが聞いてきた。「いっとくがさっきのクヴァブイが張本人かどうかはわからないぞ。一匹じゃないのだからな」


「わかってるよ。それより僕の体を自由にしろ」


「トイレに行きたいのか」


「あれはウソだ」


「じゃダメだ」


 しまった。何で正直に答えてしまったんだ。アホツルか僕は。いざっていう時に変にマジメな性格が出てしまう。悪い意味でワルにはなれないな。


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