【乱心】
「でもおかしいな……」二台の飛行ポッドが階段を上がっているあいだに、僕はある疑問にぶち当たった。
「何がツル」
「どうして井戸が十八階も上にあるんだ? 井戸なんてものはふつうは一番下の階だろ。どう考えても変じゃないの?」
「変だからこそ隠し通路なんだツル」ポローニャが答えた。「井戸風の隠し通路ツル」
「そんなもんかなあ……」わかったようなわからないような答えだ。
「まあエレベーターのような立ち位置だと考えればわかりやすいかもしれない」ルベティカが補足した。
「それにまだあるよ」僕は続けた。「そこには怪物が棲みついてるっていうのに、紗織さんはよくそこから降りていけたもんだね」
「おまえアホツルね」ポローニャが意地悪そうな顔でいう。「ザラマンデは番犬みたいなもんツル。飼い主には決して手を出さないツル。ポッドにも襲いかかってこないから安心していいツル」
そうか、僕と未弥が追いかけられたのは侵入者だと思われたからか。得体の知れない化け物だと思っていたら、じっさいには人に慣れてたんだ。
そんなことを話しているうちにも山吹と紫苑は階段を順繰りに上がっていく。薄暗いながら屋内の照明も戻り、サーチライトの明かりも弱まった。
と、階段をひとつ上りきって山吹が向きを変えたその時、そこにいた何やらおおきな黒いかたまりがサーッと廊下のほうに逃げていったのが目に入った。
「あっ」僕の口から思わず声が出た。
あれは間違いなく蜘蛛の化け物だ。
クヴァブイだ。
しかし山吹はそんなことおかまいなしに次の階段を上っていこうとしている。
「おい、おい、待ってよ、止まって。今、あれ、あれ、見ただろ、あれ」
僕は腰を浮かせてクヴァブイの消えていった方向を指さした。
「あいつかもしれない。あいつが未弥をさらっていったやつかもしれない。追いかけてよ、頼む」
しかし操縦しているルベティカもうしろのポローニャもさめた顔をして黙っている。
「おい、おい、追いかけて、あいつを追いかけてよ!」
「ダメだツル」落ち着き払った声でポローニャは言った。「お嬢さまを探し出すのが先ツル」
「でもあいつ、今見失ったら次はいつ出会えるかわからないんだよ」
「不法侵入は自業自得ツル」
もはやとりつくしまもない。「クソッ」
さらに階段を上りきったところで、とうとう僕は身を乗り出し、となりのルベティカの手の中にある操縦レバーを上から握りしめ、強引に方向転換させようとした。
途端、山吹はバランスを失い、グラリと傾いだかと思うと、近くの漆喰の壁に激突した。僕はポッドの中ではじき飛ばされ頭を強く打った。ものすごい音がし、山吹が壁を破壊して停止した。
一瞬のあいだ頭が空白になっていた僕は、われに帰るとまわりを見た。
ポローニャとルベティカはそれぞれの座席で気を失っている。
ドーム越しの外の風景に目をやると、驚いたことに破壊した壁の向こう側は、見た目がまったく同じの別の廊下が延びていた。屋敷の中の別エリアに突っ込んだようだった。ここにも床板には線路が敷かれてある。
もう一台のポッド紫苑が側に停止し、今にも三人の美女侍従警団が降りてこようとしている。
僕は半透明のドームを押し、外に出ようとした。
ドームはピクリとも動かない。
操縦席のコンソールパネルに目をやったが、どのスイッチがドーム開閉のものなのかさっぱりわからない。
三人の黒ずくめ美女がこっちに近づいてくる。三人とも背中の刀をスラリと抜いたではないか。しかも見ていると、刀を包んでいた黒い鞘が自動的に縮んでいくように根っこの鍔に収納され、キラリ光る銀色の刃先が僕の目を射た。
これはマズい。僕はすっかり焦ってしまい、コンソールのスイッチをめちゃくちゃに押しまくった。こうなったらこの乗り物を動かしてとりあえず逃げるしかない。侍従警団の三人から何やら殺気を感じたからだ。
しかしこんな時に限ってウィーンとドームが開いてしまった。これで完全に無防備だ。最悪だ。もう逃げられない。僕は武器を構えて近づいてくる三人に微笑みかけた。
「いや、これは違うから。誤解だから。単なる意見の相違だから。ちょっとしたボタンのかけ違えだから」いうが早いか僕はすばやく山吹から飛び降りた。
その瞬間にミルフィーナに首ねっこを掴まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます