【秘密のルート】
さっきから二台の飛行ポッドは、いつとも果てぬ暗闇迷路の廊下を延々と飛行している。同じところをグルグル周遊しているだけのようにも思えるし、たとえばどこかの坑道の奥へ奥へと進んでいるかのような錯覚もおぼえるが、じっさいには地下深くの目的地にはちっとも近づいていないことになる。
「共同溝へはお嬢さまと旦那さましか知らない秘密のルートというものがエリアごとにひとつずつあるそうなのだ」
「秘密のルート……。だったら旦那さまに聞けばいいじゃないか」
するとまたしてもふたりは口をつぐんでしまうのだ。
いったいなぜだろう。紗織さんが行方不明になっていることは正直にいったのに、どうして卓也氏のことになると急に彼女たちは口が固くなるんだろう。
ははあ、これはきっとまだまだ外部の者に知られたくない何か重大な秘密があるな。
「なんでも、それは隠し井戸のようなものだそうなんだが、われわれはずっとそれを探しているのだ」膝栗毛卓也の話題は完全にスルーしてルベティカがいった。
「えっ」
聞いてなかった。今なんていったんだ。確か隠し井戸のようなものが秘密のルートとかなんとか……。
「なあんだ、井戸のような穴になら僕、落ちそうになったよ」
「何っ」ルベティカが目を剥いて僕の顔を見た。
同時にポローニャがうしろの席から急に身を乗り出してきて、僕の首を両手で掴むと乱暴にグラグラ揺らしてきたのだ。
「おまえ、それはどこの穴ツル!」
「おい、やややややめろ、やややややめろって」
「白状するツル! さっさと抜かすツル!」
「やめろっ」興奮気味のポローニャの両手をなんとか引きはがすと、
「ここがどこかもわからないのに場所なんか説明できないよ!」
「ここは春琴エリアだツル」
「いわれてもわからないよ!」僕は怒鳴った。「それに、聞いてると秘密のルートはエリアごとにひとつずつなんだろ。その穴がこのエリアの共同溝に通じるルートと一致しないかもしれないじゃないか!」
つまりこういうことだ。僕と未弥は怪物のいたあの穴から随分な距離を逃げてきた。今、周遊しているこのエリアと穴のあったエリアは距離的に離れているはずだからぜんぜん別のものじゃないかといいたかったわけだ。
「ニコゴリ、穴に落ちそうになった状況を説明してくれないか」あくまでクールな口調でルベティカが聞く。「とにかくわれわれはまず水没エリアを迂回して制御ドームまで降りて行きたいのだ」
「……そう」僕は未弥とさまよい歩いていた時のことを思い出すようにした。「道場のような部屋のまん中に急にぽっかりおとし穴が開いたって感じだったな」と答えた。
「そこだツル。きっとそれが隠し通路に違いないツル」
「そこはどんな道場だった?」
「たぶん剣道場だよ」僕は答えた。
「ほかに特徴は?」
「特徴ねえ」僕はさらに思い出すように記憶を掘り下げ、
「ああ、その穴には怪物が棲みついてたよ。オオサンショウウオの化け物みたいなやつ。僕たちはそいつに襲われたんだ」
「……ザラマンデだな」
「ドンピシャ、春琴エリアだツル」
マジか。僕はこの屋敷の中をあちこちさまよい続けたつもりだったが、ひとつのエリアから出ることはなかったんだ。
それにあの穴、落とし穴にしてはどうも不自然だと思ったんだ。隠し通路だったとは思いも寄らなかった。
「春琴エリアにある道場は一カ所だけです。ここから十八階上ですね」ルベティカがコンソールパネルを見ながらいった。
「よし、今からそこに直行するツル!」
「了解。紫苑号へ。われわれはこれから春琴エリアの第三道場に向かう」後続の飛行ポッドに連絡を入れると、山吹は急にグイーンとスピードを上げはじめた。そのさい特にガクンという衝撃もなく、とてもスムーズな加速だった。
「おい煮凝大作戦」ポローニャがいった。「役に立ってくれたからちょっとだけはおまえに感謝してやるツル」
二台のポッドは、何度も何度も廊下のT字路や十字路を快適なスピードで曲がっていった。いっさい迷うことなく袋小路に突き当たることもなく、そうしてとうとう広いホールのような場所に出た。場所がやや広いぶんだけ、溜まった水がちょっとした池のような様相を呈している。
そこには僕と喜三郎のジイサンが降りてきた階段よりもさらに横幅の広い、堂々とした階段があった。この広さなら山吹でも紫苑でもじゅうぶん上がっていけそうだ。
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