【セキュリティ忍者】



 乗り物の中は快適だった。


 僕とポローニャ、そして操縦しているルベティカの三人は前の飛行ポッド「山吹」に、あとの三人はうしろのポッド「紫苑」に乗って廊下を満たしている水上を飛んでいた。

 乗り物の名称は彼女らの会話からわかった。また、同じようにうしろの「紫苑」号に搭乗している三人の名前は、それぞれベクスバラ、ブラモンジェ、ミルフィーナということもわかった。何だかますます完全に非現実のファンタジー世界に入り込んでしまったような気分じゃないか。


 それにしても、ずっと苦労して這いずり回るようにさまよった迷路の廊下も、こうやって小型の飛行ポッドに乗って闇を照らしつつらくらく探査していると、それこそテーマパークの地底探検アトラクションでも体験しているような気分になってくる。一気にコスプレ美女たちの道連れが増えたので、僕は気がおおきくなり、ちょっと緊張感もゆるんでしまったようだ。


「ねえ、こんな乗り物があるんなら、最初っから電車なんか必要ないんじゃないの」僕はとなりで操縦しているルベティカに聞いた。「どうしてこの屋敷の中に電車が走ってんの」


 ルベティカは答えない。


「無視か」


 すると後部座席のポローニャが、


「旦那さまのご趣味ツル」と、身を乗り出しかげんに口を出してきた。


「旦那さまは電車が大好きなのツル。でもいっさい外にお出にならないから、屋敷の中に鉄道網を敷いてよくおひとりで旅を楽しまれていたのツル」


 何て寂しい生活なんだ……。ほんとに人嫌いなんだな。


 でもそうか、そういうことなのか。僕は気づいた。辺鄙なところにポツンとあった部屋のいくつか、あれはいってみれば秘境駅だったんだ。きっと変人の膝栗毛卓也は、ほとんど誰も訪れない忘れられた駅から駅を巡って擬似的に寂しい一人旅の旅情を満喫していたんだ。


 ポローニャは続ける。


「ローカル線の終点には、旦那さま以外誰も知らない地底湖や洞窟や秘湯があるという話もあるツル」


 これはまた何だかやけにロマンをかき立てられる話じゃないか。変にワクワクしてくる。

 しかし、これ以上の余計な冒険心はとりあえず封印しとかないと本当に収拾がつかなくなりそうだ。


「それで、今、その旦那さまはどうしてるんだよ。自分の娘が行方不明になってるんだろ」僕は聞いた。


「おまえに関係ないツル」


 ポローニャはふたたび後部座席の背もたれに背中をくっつけて黙ってしまった。しかたがないので僕はまたルベティカに向かって聞いた。


「ねえ、これどこに向かってるの」


 ルベティカはチラと僕を見るとまた前に向き直り、


「地下の共同溝への入口だ」といった。「現在行方不明のお嬢さまは共同溝の奥にある制御ドームにおられる可能性が高い」


「どうしてわかるんだ」


「念のためにお嬢さまは発信機のチップを腕に埋め込まれている。その信号が共同溝の奥の制御ドームから微かに検出されているのだ」


 話によると、地下深くの共同溝は屋敷内エリアごとのインフラ制御室に直結している大動脈のひとつだということだった。地下何百メートルかの深さにあって、すべてコンピューター完備のトンネル風空間らしい。


 じゃあ膝栗毛屋敷そのものも、もっと近代的な建物にすればよかったんじゃないのかと思うのだけれど、そこは変わり者の卓也氏のこと、個人個人の審美眼は往々にして他人の理解を越えることが多いということなのかもしれない。


「紗織さん、学校に来なくなって一週間になるんだぞ。そのあいだきみらは何してたんだよ」


「共同溝の入口へのルートを探しているのだ。正規のルートが水没してしまっているので、われわれとしても手が出せないでいる。そこで今もこうやって手探りで別ルートを探している」


「水の中に潜っていけばいいじゃないか」


「このポッドは水の中には潜れないのだ」ルベティカが淡々と答える。


「じゃあこの乗り物を降りてスキューバの格好でもして下へ潜っていきゃいいだろう」


「深度が何百メートルあるかわからないから無理な相談ツル」うしろからまたポローニャが口を挟んてきた。


 僕はあきれて「きみらはこの屋敷のセキュリティ忍者なんだろ、頼りにならないな、だいいちなんでおまえみたいな子どもが団長なんだよ、さっきから気になってしょうがないんだけど」


「ムカーッ! だまれツル、うるさいツル、それ以上みずからを侮辱すると許さないツル!」


「ポローニャ団長はあらゆる面でわれわれをはるかにしのぐスキルを有しておられるのだ」ルベティカが助け船を出してきた。


「えーっ、この子が?」


「もともとわれわれは全員、海外の傭兵派遣業者から旦那さまのスカウトを受けて組織されたものなのだ。子どもはひとりもいない」


「え? そうなの」


 にわかにはとても信じられないこんなお子ちゃまにしか見えないようなやつが。


「おまえほんとは泳げないんじゃないの」


「あーっ、またバカにしたツル!」両手足をバタつかせながらポローニャは自分の怒りを表現した。


「それにわれわれはセキュリティ忍者という名前ではない。侍従警団だ」ポローニャとは違ってあくまでクールな口調でルベティカが説明する。「われわれも今回の件に関しては事件性が強いと感じている。侵入者が故意に貯水槽を破壊し、お嬢さまを誘い出した可能性が高い」


「誰がなんのために」


「われわれにはわからない」


「ルートは見つかりそうなの? いつまでもこんなとこウロウロしてたってしょうがないんじゃないの?」


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