【廊下水没】
「やからワシゃ役には立たんて最初にいうたじゃろがの。いうとくけどの」不意にジイサンは僕のほうを振り向くと、こういったのだった。「結局どこを探そうが条件は一緒じゃからの」
「……」
それは確かにそうなのかもしれない。そうなのかもしれないけれど、わざわざこんな水没してる階まであの蜘蛛の化け物がわざわざ降りてくるとはとても思えない。それに、ここまで一帯が真っ暗になってたんじゃどこかに潜んでいたって気づくわけがない。やっぱりこのジイサンに頼ったのは失敗だったか。
「ねえ、ジイサン、僕は上に戻るよ。今度は階段を上って一階一階順番に調べていくことにする。もうこれ以上あんたには頼らないから安心してよ。お世話になったね。それじゃ」
そういうと僕はジイサンに背を向けた。まだここからなら何とか手探りで降りてきた階段まで戻れるはずだ。
僕はザブザブと水を分けながら、元来た道を引き返しはじめた。
ゴボッと音がして、おおきな泡がすぐそばではじけた気配があった。
「え、何?」僕は思わず立ち止まる。
すぐにシンとなり、僕からどんどん離れていく喜三郎ジイサンのザブザブと水をかきわける音だけが聞こえてきた。
「……錯覚かな」
ふたたび歩き出そうとすると、今度は背後でゴボッ、ゴボッと音がした。
振り返ると、大きな泡がはじけながら次第に喜三郎ジイサンに近づいていくのがわかった。
何かいる!
「ジイサン、気をつけて!」
僕がそう怒鳴ったのと、ジイサンがいきなり水中に引きずり込まれていくのがほぼ同時だった。
提灯の灯りが消え、あたりは暗黒となった。
「むおっ、助け……」
一瞬ジイサンの声がしたが、あとはゴボゴボいう音に変わり何をいっているのかわからない。
高い水柱が上がった。
バシャバシャとめちゃくちゃに水を叩く音もする。僕はあわてて音のするほうへ向かう。水のおかげでなかなか思うように前に進めないのがもどかしい。
と、急に静かになった。
「……ジイサン?」
僕はまた立ち止まり、暗闇の中様子をうかがった。
嘘のような静寂が訪れた。
「……ジイサン、いるの?」
両手でギュッと斧を握りしめる。
ゴボッ。
僕の近くで泡のはじける音がした。
今度は僕を狙う気か。
するとゴボゴボゴボッと僕の周囲の水がざわめいた。
「!」
急に何かが足首に絡みついてきた。
ヌメッとした感触、あきらかに意志を持った生き物だった。
斧を降りおろそうとする暇もなく、僕は足をすくわれバランスを失った。すると今度は胴にまで何かが絡みつき、僕を水中に引き込もうとした。僕は斧を放り出し、手で絡みついてきたものをほどこうとした。
するとその腕にまで生き物のそれが巻きついてきたのだ。
(クソッ、身動きが取れない)
万事休すだった。
一瞬、巨大なイカの姿をした怪物のうっすら光った姿が水を透して僕の目に映った。
次の瞬間、僕はものすごい力で水中に引きずり込まれると、そのまま猛スピードで水の中を疾駆させられた。
ガバガバガバと水が口の中に入り息ができない。しかも何度も何度もゴツンゴツンと廊下に頭を打ちつけられている。クソ離せ離せこのヤロー、ダメだ、ものすごい水の抵抗で体の自由がきかない。目も開けられないし、無理やり開けようとしても強烈な水流と泡と闇で何も見ることができない。
いったいこいつは僕をどこに連れていこうとしているのか。どこであれ僕はそこに着くまでには窒息して死んでいるだろう。このままじゃマズい、マズいがなす術もない。
クソ、ダメだ苦しい、苦しすぎる、もうダメだ最後だ、意識が朦朧としてきた。こんなわけのわからないところでわけのわからない生き物に殺されるなんて、悔やんでも悔やみきれない。だんだん意識が遠のいていく。幼かったころのあんな思い出やこんな思い出が走馬燈のように……。
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