【喜三郎の協力】


 と思ったら、そろりそろりと僕の元から去って行こうとする背中が見えた。


 僕はとっさに立ち上がると、音をたてないように小走りになって、柱に立てかけてある斧を手に取った。そうしてまた小走りに喜三郎の背後まで忍び寄ると、斧の柄でジイサンの首をいきなりうしろから締めるようにした。


「あっ、何するのんじゃ」


「悪いけど無理にでも一緒につきあってもらうよ」


「離せこら、おい離せっちゅうねん。ワシなんか何の役にたたんぞ」


「あれだけいろんなことを知ってたんだ、いないよりいたほうがいいに決まってる」


「そんなもん、このワシになんもメリットあらへんがな」


「こうしてるあいだにも中学生の女の子がひとり、怪物の犠牲になろうとしてんだぞ。ほっとけんのか」


「あいにくワシゃ、人の生き死になんてこの屋敷ん中でもうなんべんも見てきたのんじゃ」


「じゃいつでも死ぬ覚悟はできてんだろうね」僕はそう言うとつるはしの柄をジイサンの首に一気に食いこませた。


「ウゲエエェッ」


 喜三郎のジイサンはまるで怪物もどきの醜悪な声をあげた。首をしめられているから絶叫が喉でつまってまともに出てこない感じだ。


 もちろんのこと僕はジイサンを痛い目に合わせるのは本意じゃないので、すぐに力をゆるめて体を離した。おおげさなんだよこのジイサン。


「ゲホッ、ゲホッ」


 よつんばいになって咳込むジイサンを白い目で見ながら、「そんなに強くしめてないだろ」とあきれ声で僕がいうと、


「年寄りっちゅうもんを、過大評価、しとるな」苦しげな息づかいでジイサンはいった。


「怪物を狩って生きてるサバイバーがよくいうよ」僕はいった。「でも……乱暴して悪かったよ。こっちも必死だったしね。僕を助けてくれたことには改めて礼をいうよ。じゃ」


 そうして僕はひとりで行くことにした。これ以上喜三郎にかかわってもムダだ。こんなことしてる時間さえ惜しい。


「おまえ、そんなにその子を助けたいんか」咳払いをして息を整えた喜三郎がうしろから聞いてきた。


「だからさっきからそういってるだろ」振り返っていうと、


「クヴァブイのやつは、獲物をさらうと、地中深くもぐる性質があるのじゃ。その習性を鑑みると、下の階へ下の階へと降りていった可能性があるのんじゃ」


「ねえジイサン、それほんと?」


 だとすると……おいおいおいおいここ天井裏じゃないか。未弥を追いかけたつもりが、一番離れた場所に来てるじゃないか。……なんてことだ。


 両足から力が抜け、坐りこんでしまいそうになった。でもここで心が折れてる場合じゃない。でも……。


「……しょうがないのぉ」


 消沈している僕を見て哀れに思ったのか、ジイサンは僕にいった。「おまえについてってやるのんじゃ。ワシも別に急ぎの用があるわけやなし、旅はみちづれじゃ。やけどあんまりアテにはすんなや」


 僕は顔を上げ、ジイサンを見た。貧相な顔がこの時ばかりは輝いて見えた。


「ありがとうジイサン。恩に着るよ」


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