【イジメの儀式】


 女の子は、名前を麻崎未弥といった。


 建礼門学院中等部の二年生だそうだ。

 僕たちの住む町から何駅も離れている学校だ。そこに通っている彼女が同じ膝栗毛邸にまぎれ込んできた、ってことは、いかにこの屋敷が広大かというのがそれだけでもよくわかる。


 未弥の話は次のようなものだった。

 建礼門学院にはつい最近転校してきたばかりなので、もともと引っ込み思案だった彼女にはなかなか友達ができなかったそうだ。

 そんな時声をかけてきたのが四人グループの同級生女子たちだった。

 話によると実はそいつらはとんでもない食わせ者で、未弥をパシリに使ったり、鞄持ちをさせたり、ノートを全員分コピーさせたり、とうとう最終的には少なくない金銭を要求するようになっていったという。

 さすがに耐えきれなくなった未弥が辛い胸のうちを本人たちに正直に打ち明けると、本当の友だちになるのは儀式が必要なんだとそいつらにいわれたらしい。

 未弥は話を続けた。


「それで日曜に私たち、このお屋敷の塀のところまで一緒に来たんです。そこで『これが友だちになるための儀式だ』っていわれて、いきなり私の携帯を取り上げると塀の向こう側に投げ入れられたんです」


「……え、何だよそれ?」


「屋敷に入って携帯を拾って戻ってきたら私たちは深い絆で結ばれるんだよ、みんなそうしてきたし、って……」


「……バカバカしい」僕は思わず吐き捨てた。「からかわれてるんだ……と、いうより完全にイジメだ」


 さらに未弥の説明によると、長年の雨風のせいか近くに一部塀の崩れているところがあって、それはずっと以前からそうだったらしくて、あんがい出入りはそこから簡単にできたらしい。もちろん建物の中にまでは入れなかったけれど、庭に足を踏み入れただけでも冒険心はじゅうぶん満足できたそうだ。近所のガキどもだけが秘密の入り口の情報を共有していて、ふだんは崩れた部分をうまいことトタンやダンボ-ルやなんかで隠していたということらしい。まったくたいした屋敷のセキュリティだ。


「でも、ある時、屋敷の奥のほうから変な唸り声が聞こえてきたんで、それ以来もう誰も塀の中に入っていかなくなったそうなんです。それが一年前とか二年前とかの話だそうで……」と彼女は説明した。


 唸り声って、例の化け物のことだろうか。


「じゃそれを知っていながら、イジメっ子連中はきみの携帯をこの屋敷に投げ入れたってことなのか。最低だなそいつら」


「だからこそ勇気を試す儀式だっていわれました。でも……」と未弥は続けて「私、崩れた塀からお屋敷の庭に入っていったんですけど、いくら探しても見つからなかったんです」


「携帯が?」


「はい。一生懸命探したんですけど、どこにも落ちてなくて……」


「それも妙な話だな」


「私……、てっきりここの屋敷の人に拾われたんじゃないかって思って、ちょうど近くに家に入るお勝手口みたいなのがあったんで、声をかけて入っていったんです」


「開いたのかい。そのお勝手口っていうの」


「はい、開きました」


「そしたらそこが土間になってたんだね」


「それで、いくら奥に呼びかけても誰も出てきませんでした。でも、携帯を探さなきゃいけないし、しかたがないから家の中に上がって、ここの家の人を探してウロウロしてるうちに道に迷っちゃって、自分がどっから来たのかもわからなくなって、時々変な唸り声も聞こえてくるし、そのうち逆にだんだん誰かに見つかるのが怖くなってきて、すごく疲れてきたので、それで……」


「それでしかたなく、押入れの中に隠れて寝てたってわけか」


「……はい」


 僕の声におびえてなかなか押入れから出てこようとしなかったのも、そういう事情があったからなのか。


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