【孤島の部屋】


「で、ここどこよ」


 屋敷の中だっていうことはわかってるのに、めぐみのやつはタラタラと不平を漏らしている。


 しかし、めぐみがそういいたくなる気持ちは僕にもよくわかった。

 どこまで廊下を歩き続けても、状況がまったく変わらなかったからだ。

 延々と一本道が続いたかと思うと、今度はT字路、十字路、三叉路、五叉路と、人をナメたかのような分かれ道が次々にあらわれたからだ。


 いったい何のために……?


 紗織さんの父親である膝栗毛卓也氏が容易に人を近づけさせないためこのような構造にしたんだろうか。大スターだっただけに引退後もプライバシーを暴こうとする輩も多いことだろう。

 僕たちは一番最初の納戸を除くと、まだいっぺんも部屋というものを見ていない。歩けども歩けども廊下と壁ばかりなのだ。


 その間、もういっぺんだけ電車が現れて僕たちの脇ギリギリを通りすぎていった。警笛もなければ停車して誰かが降りて来るわけでもなかった。やはり屋敷内を自動的に移動する決まったダイヤが存在するんだと思わざるをえない。


 今、僕たちふたりはさっきから延々と続く一本道を歩いている。

 もう何百メートル、何千メートル歩き続けているかわかりゃしない。


「やっぱりついて来るんじゃなかったよ」


 めぐみはこれ見よがしな大声を出す。「あーあ、喉かわいたな」


「わがままいうなよ」


 僕もイラッとした口調でいった。


「ニコゴリ、ちょっとどっかでジュース買ってきてくんない?」


「その冗談、笑えないよ」


「ジュース」


「ナメてんの?」


「あたしを巻き込んだあんたが悪いんでしょ」


「何でそうなるんだよ」


「あーあ、ダマされた」


 クソ……、強引に黙らせてやりたい衝動にとらわれたが、すんでのところでこらえた。


「あれ、何?」


 急に真剣な顔つきになっためぐみは、廊下のはるか前方を指した。


「何だよ、どれだよ」


「あれよ」


 二十メートルか三十メートルくらいは先だろうか、右側の漆喰の壁の一部に変化が見られた。

 そこだけ漆喰とは別の素材が貼りついているように見えるのだ。


 いやそうじゃない。あれは……。


(ひょっとして、障子戸じゃないのか)


 僕たちは目をこらしながら近づいていく。


 やっぱりそれは四枚連なった障子戸に見える。


「部屋だ。きっとあそこに部屋があるんだ」


 僕がそういって見ると、めぐみの全身に緊張が走ったように見えた。


「誰か……いるのかな、あそこ」


「ほんとに部屋ならいるのかもしれないな」


「どうする? いたら」


「確かに不法侵入だからね……」


 思案のしどころだった。

 不法侵入は事実だが、僕たちは何も泥棒しに来たんじゃないんだし、またここまで複雑怪奇な屋敷だとまったく僕たちの手には負えない。


 それどころか、このままだと強い身の危険を感じる。


 いや、身の危険を感じるからこそ家人に見つからないように行動したほうがいいんじゃないのか、という考えも別に浮かぶ。

 それとも正直に無断侵入を詫びて、紗織さんに会わせてくれないんならせめて屋敷から出る方法を教えてもらうという選択もそろそろ考慮に入れたほうがいいかもしれない。そのあとでまた今後の対策を練ればいい。

 またひょっとして、あの部屋の中に紗織さん本人がいないとも限らない。


 結局のところ何をするのがベストの選択なのかよくわからなかった。

 僕たちはいちおう足音を忍ばせるようにして障子戸に近づいていった。

 外から様子を窺う限りでは、特に部屋に人のいる気配はない。


 僕はめぐみに目くばせする。

 めぐみが頷き、僕は唾を飲むと、障子に顔を寄せ声をかけた。

 結局家人に接触する方を選ぶことにしたのだった。


「あのう、すいません」


 返事がない。


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