【めぐみと廊下】


「おまえも聞かなかったか? 縁の下で」


 経緯を話し終えた僕はめぐみに聞いた。


「ごまかす気? 聞いてないよそんなもの」


「この屋敷はあやしい。どう考えたって何かが変だ。それはおまえだってそう思うだろ」


 今、僕とめぐみは温泉旅館のような屋敷の薄暗い廊下をふたりして歩いていた。

 普通こんな線路の敷かれている迷路のような、しかもだだっ広い廊下を見てあやしく思わない人間なんているわけがない。


「何だかよくわからない理由でもう一週間も紗織さんが学校を休んでいるのはおかしい。単なるカンだけど、この屋敷で何かが起こってる。紗織さんの身に何かあったに違いないよ」


 僕は自分の考えを説明した。


「だから何? あんたと何の関係があんの」


「だって気になるだろう」


「そんなのあたしだってわかってるよ。もう何度も友だちと一緒にここにお見舞いに来てるんだからね。そのたびに何ともありませんから、元気ですから、って言われて絶対に会わせてくれようとしなかったし、屋敷の中にも入れてくれなかったし、携帯もぜんぜんつながらないし、そりゃ何かあったんじゃないかって思うわよ。紗織さんのことが心配で、あたし、今日はひとりでここに来てみたら、あんたが塀の下にもぐって屋敷の中に行くのを見たからからあとをつけてきたんじゃない」


「そら見ろ。やっぱりおまえも僕と同じじゃないか。って言うか、よくおまえもあの縁の下までもぐり込んできたもんだな。女らしさのかけらもないな。よくやるよまったく」


 こいつの紗織を想う情熱は相当なもんだ。ふつう女子高生が縁の下を平気で這いずり回ったりはしない。


「犯罪者を見逃すわけにはいかないからね」などとめぐみのやつは抜かす。


 よく縁の下で鉢合わせしなかったもんだと思う。

 唸っていたのは実はおまえじゃないのか? 僕はめぐみにそう聞きそうになったが、殴られそうなのでやめておいた。


「あたしは紗織さんの友だちだからいいの。あんたが出しゃばる理由なんかないんだよ。今日のところは見逃してあげるからこの屋敷からさっさと出ていきなさいよ」


「メチャクチャいうなおまえ。だいいちどうやって出ていきゃいいんだ」


「バカじゃないのあんた。来た道を逆にたどればいいだけじゃない」


 それは無理な相談だった。

 もう何度も廊下の分岐を経てきている。それに、うまくさっきの納戸に戻れたとしても、そこから縁の下に入ると、またあの怪物らしきものに遭遇する可能性もある。


「できれば帰りは玄関から出ていきたいもんだよ」と僕はいった。「それに僕はまだ紗織さんに会ってない」


「だからあんたが何で紗織さんに会う必要があんの、っていってんの」


 めぐみはさらに僕を責め立ててくる。

 幼なじみとはいえ、こいつとは顔を合わせると口ゲンカばかりだ。

 ちいさなころはとても仲がよく、いつも一緒に遊んでいたっていうのに、いつのまにこんな険悪な関係になってしまったんだろうかと思う。


 もともとこいつは顔もスタイルもそんなに悪くないのに、口を開けばそのガサツさかげんや暴力性がまる出しになってしまうおかげですべてがだいなしになってしまうという残念なやつだった。


 めぐみのやつ、私生活では数年前に母親が急に家出をしたということもあって、以来こいつはことさら気を張って生きてきたということも僕は承知していた。しかし、何かにつけて攻撃性が前面に出すぎるきらいがあるのはやっぱり考えものだ。


 こいつの母親が家を出た訳というのが、昔の男がどうしても忘れられないという、娘からすればとんでない理由だったのでなおさらだった。そういう内容の置き手紙があったらしい。

 幼いころによく遊んだ関係上、当時のこいつの母親のことはよく知っているが、そんな情熱というか闇というか、内に激情を抱えているようにはどうしても見えなかった。まあちいさな子どもにそんなことのわかるはずがないけれど。


 彼女からその話を聞いて以来、悩みがあるならこっちも何か力になってやりたいとは思うものの、あまりに向こうがいつもケンカ腰だとついこっちもムキになってしまうのだった。


 今もまた、僕がめぐみに何か言い返そうとしたその時だった。

 ちいさな地響きのようなものが遠くのほうから耳に届いてきた気がした。


「……なんだ?」


 僕もめぐみも足を止め、周囲をキョロキョロ見回した。


 地震だろうか。

 周辺も微妙に震え出した。


 やがてそれは板張りの床を通して足の裏から全身に低周波の振動を伝え、しだいに音はおおきくなっていきはじめた。

 それまで静寂に満ちていた廊下ぜんたいが震動に包まれ、壁と床がさらにおおきくビリビリと震え出した。

 さすがにめぐみも異状に気づき、あたりを見回した。


「どうしたんだ?」


 僕たちは足もともおぼつかなくなり、ヘタレ全開で口をアワアワさせた。


 と、急にまぶしい光が目を射た。


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