【一堂に会す】


 二台の飛行ポッドは揃って線路の上に着地した。

 中から降りてきたのはポローニャをはじめ、ルベティカ、ベクスバラ、ブラモンジェ、ミルフィーナ、そして浸水の調査に向かう紗織さんに同行した三人の侍従警団の美女の面々だった。


 つまり全員が無事だったのだ。


「お嬢さま! 無事ツルか!」ポローニャを先頭に、一同は紗織さんのもとに集結した。


「私は無事です」紗織さんは答えた。「心配をかけて申し訳なく思います」


「よかった。元に戻られたのですね」ルベティカが感慨深げに漏らした。


 ほかの警団の連中も互いに顔を見合わせ、安心したように頷き合っている。


「それよりあの方を助けてください」と、紗織さんは横たわっている魔女を示した。


「おお、ヒプノティの気が抜けているツル!」ポローニャが感嘆の声を出した。


 半透明のゼリー状に近かった彼女の皮膚も、かなり人間の肌の質感を取り戻している。


 ここへきて響子はみるみる人間の姿に戻ってきていた。


「……ごめんね、こんなバカな母親で」


 顔を弱々しく歪め、目もうつろになっている。あの時の凶悪さはもうどこにもない。


「私より先に、この屋敷の人たちにあやまって」


 めぐみは、何かを必死にこらえるような顔をしながら、決然とした口調でいった。


 すると鶯谷響子は両目を閉じ全身を小刻みに震わせると、内から吹き出す苦悶に耐えるような様子を見せた。


 さすがにこの姿は痛ましくて僕にも見ていられない。


「鶯谷さん、もういいのです」


 紗織さんも同じことを思ったのか、めぐみの肩に手を置いた。

 もうここへ来て謝罪を母親に強要するのは残酷な気がした。そうでなくとも惨めな姿を一同にさらしているのだから。


「一刻も早く施薬院に移送してください」


「了解しましたツル」


 ポローニャの目くばせで、ベクスバラ、ブラモンジェ、ミルフィーナの三人がすばやく鶯谷響子を抱え上げた。めぐみも立ち上がると、心配そうにそのあとに付き従おうとする。ベクスバラたちはそのまま響子のぐったりとした体を紫苑号の後部座席に乗せた。

 一緒に乗ろうとするめぐみをミルフィーナが軽く制し、


「一応用心のためここは私たちにまかせて」


「でも……」


 背後からポローニャが、


「大丈夫ツル。われわれが責任を持つツル」


 それでもまだ少し不満そうな様子だったが、めぐみはおとなしく身を引いた。そうして改めて後部座席に横たえられた響子に近づくと、


「お母さん、もうこれで納得いったでしょ。もうじゅうぶんでしょ。元に戻ったら家に帰ってきなよ」と、静かに声をかけた。


「……」


 響子は娘に目を合わせられないのか、悲しそうな顔で紫苑の天井を見つめていたが、やがてその口から静かな嗚咽が漏れてきた。


「それでは、今から施薬院に直行します」


 ベクスバラ、ブラモンジェ、ミルフィーナが紗織さんとポローニャに敬礼すると紫苑に乗り込み、ゆっくり半透明のドームが閉まった。

 そうしてフワリと上昇した紫苑は、昇天するかのように上空の暗闇に消えていった。


 一同はしばらくのあいだ、黙ってその姿を見送っている。


 ずっと冷静さを保ち続けていためぐみだったが、見ると服の裾をギュッと握りしめ、唇を噛んでいた。


「結局……一番の加害者はうちの母親だったんだね」


「……」僕たちは何もいえなかった。


「私、もうこれ以上、紗織さんに、この屋敷の人たちに顔向けができない」


「そんなことはありません」紗織さんがいった。「鶯谷さんは学校でとても私となかよくしてもらってる大切な友人です。あなたが悲しむと私も悲しい。鶯谷さんには私、これからもずっと友だちでいてほしいと思っているのです」

「紗織さん……」


 めぐみの顔がほとんど崩壊寸前になっている。ガマンの限界が来たかのように両目には一気に涙があふれ、とうとうめぐみは泣き出してしまった。


「やっぱり紗織さんは自分で思ってるほど冷血なんかじゃないよ! その逆だよ! 本当はあったかい心の持ち主なんだよ。さっきだって命がけで私を助けてくれようとしたじゃない!」


 紗織さんはそんなめぐみを優しく抱きしめると、頭をなでた。


「……ありがとう。私、とてもうれしい。ひょっとしたら私は、お父さまの血にこだわりすぎて、変なことで悩んでいたのかもしれませんね……」


 未弥が僕の顔を見た。僕は未弥に微笑みかけると未弥も笑みを返してきた。紗織さんとめぐみはずっと抱き合っている。ポローニャもそんなふたりを微笑ましそうに見ていた。


「そうだ、すっかり忘れていました」


 紗織さんがめぐみからそっと体を離すと未弥を見ていった。「この方には超重粒子治療を受けてもらわないといけなかったのです。まだ体の中にクヴァブイの卵が残っているかもしれませんから」


「? ……なんのことですか」未弥が不思議そうな顔をする。


「あ、いや、蜘蛛の毒が回ってないか念のために検査するだけだよ」僕はやわらかい口調で未弥に説明した。


「そうなんですか……」


「あれから時間がたっています。この方は急いで検査をしたほうがいいでしょう」


「でも、もうほとんど大丈夫なんだろ」


「いえ、あの時のはあくまで応急処置です。ちゃんとした治療を受けないと安心はできません」


「そんな……。じゃ早くしないと」



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