【風切】
そう思い直すとさらなるパワーが出た。
「ぐおおおおーっ!」
僕は狂おしいまでのパッションをパワーに上乗せすると、さらに降下のスピードを上げた。
ところがここでひとつの問題が生じた。
今の自分は両手がふさがっているのでこのままじゃ未弥を掴むことができない。
そこで僕は思い切って左の手首を握りしめているめぐみをいったん振り切ることにした。
「めぐみ! ちょっとだけごめん!」
声が届いたかどうかわからないが、僕は自分の左の手首をねじるようにして強引にめぐみの腕を離させた。
「キャッ!」
一瞬宙に投げ出されためぐみの体だったが、僕は自分の左足を寄せて差し出すことによって反射的にめぐみを足にしがみつかせた。これで左手が自由に使えるようになった。
「バカーッ! 殺す気?」
めぐみの怒声が聞こえた気がしたが、すぐに僕の真意を理解したのかそれきり何もいわなくなった。
未弥はもうそこにいる。僕は左手を伸ばすと、ついに未弥の腕をグイッと掴んだ。
しばらくそのままの状態で、ふたりの女子とともに僕は頭から落ち続けたが、しだいに減速していくと、ふたたび体をくるりと反転させ、頭を上に持ってきて、さっき紗織さんがそうしていたように宙でピタリと静止した。
「未弥! 未弥! 大丈夫?」
こんな言葉しかかけられない自分が歯がゆくて情けない。
未弥はまだ苦しげに暴れている。今すぐにでも中からクヴァブイの子どもが飛び出してきそうな感じだ。顔や体におおきな凹凸が出たり引っ込んだりをずっと繰り返し続けている。それはなかなか未弥の体を食い破れないクヴァブイの赤ん坊どもが体内で七転八倒しているようにも見えた。かわいそうに未弥は白目をむき口は半開き、まるで未弥じしんが悪魔に憑依されているかのようだった。何にしてもおとなしくしてくれないとまた落としそうだ。
ほとんど間髪を入れず紗織さんが上から落ちてきた。今度は背中を上に向けこちらを見ながら、両手をおおきく広げて僕に抱きつこうとする姿勢になっている。
ブンと風を切る音がしたかと思うと、紗織さんが僕の右の太股のあたりにガシッとしがみついた。
「紗織さん!」僕の左足にしがみついているめぐみが大声で呼びかける。「紗織さん! 大丈夫?」
紗織さんはめぐみを見ると、
「あ……私……」まるで寝起きのような声を出した。
「よかった、元に戻ったんだね」
「ちっともよくない!」僕は怒鳴った。今は紗織さんのことはあとまわしだ。未弥はもうダメなのか! どうすりゃいいんだ!
そして急いで上昇するべく僕は風切を振り下ろした。空気砲を発生させると猛スピードで落ちてきた崖を今度は上に上がっていく。片手に未弥、両足にめぐみと紗織をぶら下げながら。
しかし未弥が暴れて激しく左右にグラグラ揺れるのでちっともまっすぐ上昇できない。
「未弥! しっかりしろ! 死ぬな!」
「その方……」不意に紗織さんがつぶやく。
「えっ」
「その方……クヴァブイに卵を産みつけられたのですか?」
彼女の口からしっかりとした言葉が発せられた。どうやら意識はしっかりしているようだ。完全に自分を取り戻しているように思える。
でもやけに冷静だ。こんな場面を目撃してもまったく動じる様子がない。見慣れているんだろうか。
僕はほんの少し怒りの気持ちを抱いて答えた。「そうだよ!」
「ニコゴリさん……」と、紗織さんは僕の名前を呼ぶ。もうすっかり元の自分に戻っているようにしか見えない。「あなたがお持ちの風切の柄にクヴァブイ対策用のセーブライトが仕込まれています。引き抜いてその方に照射してください」
「え、えっ? 何だって?」よくわからない。
何だ、この刀の柄がどうしたんだ?
「急いで!」それまで無感情だったはずの紗織さんの口から鋭い声が出た。
「あ、ああ」
でもどうすりゃいいんだ、柄から引き抜く? 片手でできるのか?
僕は焦った。モタモタしてるあいだも未弥は自分の中で壮絶な戦いを繰り広げている。
「くそっ」僕はかじるように柄の先端をくわえた。
パカリという音がしたかと思うと不意に何かがポロリと外れた。それはそのまま僕の体をつたうように落下していったのだ。
「あっ、しまった!」
かと思うと、うまい具合にめぐみが両足のあいだで落ちたものをパッと挟んだ。
「それがないと、その方は助かりません!」紗織さんがいうと、手をおもいきり伸ばしめぐみの足のあいだにあるそいつを取ろうとした。
しかし僕たちは急上昇している上に、未弥が暴れるので全員がグラグラとおおきく揺れ続けなかなか紗織さんはブツを取ることができない。
今や未弥はまるで別の何かに変態しようとしているかのようだった。制御ドームで見たヒプノティの魔女みたいに。
「紗織さん頼む! 早くしてくれ!」思わず僕が怒鳴る。
「何いってんの! 落としたのはあんたでしょ!」めぐみが見上げて怒鳴り返す。
そうだった。でも一刻の猶予もならない。そいつを使えば本当に助かるのか?
ようやく紗織さんがガシッとブツを掴んだ。
そうして体勢を立て直すとすぐさまそいつをななめ上の未弥に向けた。
スイッチが押されたのか、そのちいさなブツから放射状の光が発せられ、未弥の体を覆った。
すると、ガクガクと激しく痙攣していた未弥の体は、しだいにゆっくりと落ち着きを取り戻していきはじめたのだ。
「何だ……?」
思わず僕の口から驚きの声が出る。
未弥の表情は、そのうち見る見る元通りのあどけない表情に戻っていったではないか。
僕たち全員に影響していた激しい揺れもおさまった。
「信じられない……」
自分の右足を見下ろすと、紗織さんが黙ってうなずいた。
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