【墜落】


 僕たちは脱出に間に合うのか、二両目の車内を突っ切って突き当たりにある外への扉から線路の上に飛び降りないといけない。

 さっきよりかなりスピードは落ちているとはいうものの危険なことに変わりはない。


 仮にうまく電車から飛び降りることができたとしても、線路にはたぶん紗織さんが待っている。

 でも飛び降りない限り電車と心中するのは間違いない。僕とめぐみ、未弥の三人は息も絶え絶えに車両の中を走り抜け、外に出る最後部の扉にようやくのことで手をかけた。


 まるでその時を待っていたかのように、車両がいきなり傾いた。


「うわっ!」


 鉄橋の崩落部分に差しかかったようだった。電車は途中で途切れた線路から飛び出し、とうとう奈落の底へ向けて落下を開始しはじめたのだ。


 僕はドアの取っ手を掴んでガラリと開けたが、天地の向きが変わったのでそのままの状態で一気に宙ぶらりんになった。

 そんな僕の体にめぐみがしがみつき、めぐみの体には未弥がしがみついた。


 最後部の扉は今や僕たちの頭上にある。ドアは開いた状態なので空気を切る音、轟音のような風の音がすさまじい。


 僕はふたりぶんの体重を一身に引き受けたまま必死の思いでそこから体を持ち上げて外に出ようと試みた。

 でも外に出たとしてそれからどうすればいいんだ。いやどうするかなんて考えちゃいない、わかってるのはこのままじゃおダブツだってことだけだ。こんなことならふだんから懸垂を一生懸命やっておくべきだった。腕の力も肩の力も足りない。自分の体を持ち上げることができない。


「クソーッ!」


 電車は一直線に墜落している最中だった。


 自分を固定するものも制御するものも完全になくなった二両編成の車両は、今は闇の中に跳躍して鋼鉄製の体を暗黒の底に沈めようとしている飛び降り自殺者のように僕には思えた。


 と、僕の下から手が伸びてきた。


 めぐみだ。めぐみが僕の体を這いのぼるようにして手を伸ばし、ドアの縁に手をかけたのだ。


 一瞬キスせんばかりの間近な顔の距離で、僕とめぐみの目が合った。めぐみが僕にうなずいた。僕もめぐみにうなずき返した。こいつ、僕の体を梯子がわりにしてよじのぼってきやがった。


 そうしてめぐみは僕の体をつたい、うまい具合にとうとう一足先に墜落途中の電車の上に乗ることに成功した。

 強風も浮遊感も闇の恐怖感もハンパじゃないのにいざとなると本当に度胸のすわったやつだ。僕は心から感心した。こんな荒業、ふつうの女の子にはできない。


 でも未弥は? 未弥はいつのまにか僕の両足をギューッと抱きしめるようにしている。


 外に出ためぐみは、強風にあおられ髪をふり乱しながらも片腕で自分の体を電車に固定させ、もう一方の手で僕の腕をつかみ引っ張り上げようとした。扉の縁に両手をかけてぶら下がっている僕の位置からでも、見上げればその様子はよくわかる。


 でも引っ張り上げるったって何せふたりぶんだからそう簡単にはいかない。


「うーっ!」


 必死になって僕を引きずり上げようとしているめぐみを見て、僕は負けじと自分の体を扉の縁で支えている両腕に全身全霊の力をこめた。何しろ未弥が僕の下半身にぶら下がっているから、それが結構なおもりとなって体が持ち上げられないし腕が曲がらない。彼女がめぐみと同じように僕の体を這いのぼってくれると助かるのだけれど、未弥は僕の両足にしがみついたままそこに顔をうずめてまったく動こうとしない。


 ダメか。やっぱりダメなのか。やっぱり僕たちは助からないのか。なかよく三人一緒に地獄の底行きか。


 しかしそれにしてもだいたいこの電車、いったいいつまで落下し続けているんだ。ここはそんなに深い深い渓谷だったのか。これじゃまるで永遠の闇に吸い込まれていくかのようだ。いやたぶんすべてはほんの一瞬に起こっている出来事なんだ。電車が墜落をはじめてからまだ0・5秒くらいしかたっていないに違いない。


 突然落下する電車ぜんたいに衝撃がくわえられた。


 谷底に激突したのか。

 いや違う。


 何かの障害物にぶつかったみたいだ。激しいクラッシュ音が轟き、車両はおおきくバウンドした。ひん曲がった車両は重力に逆らって少し浮いた。その反動で僕と未弥はスポンと電車の扉からいっぺんに抜け出た。めぐみともども僕たち三人は宙にただよう格好になり、その間に二両編成の電車はあっというまに暗闇の底に消えていった。


 僕たちも空中遊泳しているような余裕はなかった。先に落下していった電車のあとを追うように、ワンクッション置くとものすごいスピードで落ちていきはじめたからだ。



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