【地獄行】
「ここにいたらみんな死ぬ」
「死なない」
「なぜ」
「だって、さっきから何回も衝撃を受けてるのにこの電車、ちっとも脱線しないじゃない」
「この次はわからないだろ」
「いえ、しないね。この電車スゴイんだよ。このスピードでもう何度も十字路の角を直角に曲がってんだよ」
「……」
そういえばそうだ。この電車は何もずっとはるかな一本道をまっすぐ走ってきたわけじゃない。九十度の角だって曲がれるんだ。架線もなく、どこから動力が供給されているのか知らないけれど、まったく驚異的な技術じゃないか。最先端の鉄道だ。膝栗毛卓也氏は金に糸目をつけず世界中の稀少な生き物ばかりか、ほとんど近未来の技術も秘密裏に個人輸入してたんだ。
道理で何度風切の空気砲を食らっても持ちこたえてるわけだ。これが外を走ってる一般の普通の電車だったら一発で脱線してるに違いない。
侍従警団の飛行ポッドだってそうだ。あんなSFみたいな乗り物なんか生まれてはじめて見た。この屋敷、見かけは古いが中身はほとんどSFの技術が詰まっていたんだ。
「だからわざわざあんたが無駄に命を捨てる必要なんかないのよ。それに」とめぐみは続けて、「その子、あんたが助けたんでしょ。だったら途中で人に押しつけてないで最後まで自分で面倒見てあげなさいよね」
今、未弥はおびえた目でこっちを見ている。そろそろ次の衝撃が来てもおかしくない。めぐみが運手席に戻ろうとして前を見ると、
「何あれ?」
すっとんきょうな声を張り上げた。
「どうしたんだ」と、僕も電車の前に延びている線路を窓越しに見た。
「……!」
暗くてはっきり見えたわけじゃないが、どうやら前方が鉄橋のようになっているようだった。
つまり、いいかたを変えると途中で廊下がなくなっているみたいなのだ。廊下だけじゃない。壁も、天井もない。あるのは線路だけ。屋敷そのものがそこで終わっているかのように暗黒の淵が広がっていた。虚空の中心部に向けて線路だけが突っ込んでいる。鉄橋の照明が線路だけを照らしていて、それが延々と先まで続いているのだった。
「……おい、本格的にどうなってんだこの屋敷」
「まるでこのまま異次元にでも行きそうね」
「のんきなこといってないで、早く手動に切り替えろよ」
「わかってるわよ!」
あいかわらず運転席であちこちのボタンをガチャガチャ触っているめぐみのうしろでは、未弥が不安げな顔でなりゆきを見守っている。
その未弥が衝撃ではじき飛ばされるのを見た。
僕とめぐみも狭い運転席の中で体をピンボールのようにもてあそばれた。次なる紗織さんの衝撃波が来たのだ。めぐみは計器パネルの上に肘をおもいきりぶつけた。
すると、きっとその拍子に何かのスイッチに触れたのだろう。あきらかにパネルぜんたいがそれまでとは違う挙動を見せはじめた。それまでうんともすんともいわなかった部分のいくつかのライトがにぎやかに点灯しはじめたからだ。
肘を痛そうに押さえていためぐみは驚きの表情になった。どこかで頭を打った僕は、痛みに耐えながらめぐみの横から覗き込み、確かにそれまで眠っていた機能が目をさましたかのような計器類を確認した。
倒れていた未弥も自力でヨロヨロ立ち上がると、僕たちのうしろから覗き込んできた。
「あっ!」僕たちは思わず三人とも顔を上げ窓の外を見た。
今、はっきりと電車の走る音が変わったからだ。
とうとう電車は鉄橋に突入した。窓の外は暗黒となり、見えるのは電車のライトが照らす前方の線路のみとなった。
まるで茫漠たる宇宙空間を走り行く銀河鉄道のようなイメージだった。
「ああーっ!」
めぐみが前を指さし、またしても大声を張り上げた。
「あーっ!」
僕も負けじと絶叫した。未弥はどうしたかわからないが同じように驚いたことは間違いない。
線路が数十メートル前方で途切れていた。
さらにその数十メートル前方に、鉄橋の続きがあった。
つまり鉄橋は途中の一部分が崩落していた。
このまま行けば、電車は……墜落する!
めぐみは反射的に目前のレバーを力いっぱい引いた。
電車は甲高い音を発し、急ブレーキがかかった。
やはりさっきのパネルの挙動の変化は手動に切り替わったサインだったのだ。
「もうダメ! 間に合わない!」めぐみは叫んだ。
手動に切り替わるのが遅かった。
電車は一気に減速こそしたものの、もうそんなことにほとんど意味はないように思われた。途切れた線路まであとほんの少しの距離しか残っていなかったからだ。
とっさに僕はめぐみの腕を引っ張ると、未弥を促して車両のうしろまで走った。
電車は減速したが、ブレーキレバーを離したおかげでそれ以上スピードが落ちることなく鉄橋の崩落部分に突っ込んでいく。
あと一、二秒で暗黒の谷底に真っ逆に落ちていくのはもはや確定事項だった。
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