第5話
ガレ率いるアンガル1中隊との模擬戦が決まった俺達アンガル4中隊。
中隊長室でそのまま作戦会議となった。
机に椅子を持ち寄り、四人で囲んでいる。
「アンガル1中隊との模擬戦は一時間後です。場所は軍庁舎から歩いて五分の場所にある演習場です。余裕を持って四十五分後には軍庁舎を出るのが良いかと思います」
エレノアがタイムスケジュールを説明してくれた。
俺もそれで良いと思う。
「ネイダ、どうすれば良い?」
ネイダが単刀直入に俺に訊いてきた。
やんわりとそれを諭す。
「条件や敵の戦力も見てからだね」
そしてエレノアに視線を向けると、エレノアが目を輝かせた。
「説明ですねっ……?」
まるで水を得た魚。
頼もしい限りだ。
よほど説明好きらしい。
俺が苦笑して頷くと説明が始まる。
「まず条件ですが、中隊同士の〈殲滅戦〉となります……」
〈殲滅戦〉――相手もしくは味方の全滅により決着。
制限時間は一時間。
制限時間内に決着が付かなかった場合、その時点で多くの人数が残っていた中隊の勝利。
模擬戦専用の刃引きした刀を使用すること。
有効打突部位にマーカーを付け、それが破壊されたら脱落者として退場。
マーカーは鋼鉄の強度の板を支給。
有効打突部位は面など六ヶ所。
「……今回使用する演習場は【第二演習場】で全て平地です。中隊同士が戦える程度のスペースですのでそんなに広くありません」
朗々と語るエレノアの説明は的確で分かり易かった。
司会進行の適正もありそうだ。
「アンガル1中隊って強いんだよねー」
プラムが向日葵のような笑顔でそう言った。
「データなら任せてっ……! アンガル1中隊のデータならここに……」
エレノアは待ってましたとばかりに机に書類を広げる。
そしてそれを読み上げる。
「アンガル1中隊は強力な戦力を有しています……」
【アンガル1】中隊長ガレ・カオトワ。
軍学校を主席で卒業。
団体模擬戦において勝率六九%を誇る。
蛇のように相手を絡め取る戦術が得意。
付いた二つ名は〈毒蛇の庭〉。
【アンガル1】所属小隊はルサリー1~3。
【ルサリー1】小隊長(兼中隊副長)ナニャフ・タレボレ ―― 五〇名。
【ルサリー2】小隊長アルフ・クラッド ―― 五〇名。
【ルサリー3】小隊長オグカール・ヴォリン ―― 五六名。
総勢一五七名で構成される。
「……ナニャフはプラムと同期の学年主席、慎重で抜け目無い戦術を得意とします。アルフは卒業時学年成績四位ですが、オールラウンダーで堅実。オグカールは武力特化で個人模擬戦では勝率八八%とかなりの成績を残しています」
小隊で見てもかなりの戦力のようだ。
でも気になったのは中隊長の方だ。
「ガレってそんなに成績良かったの?」
俺の問いにエレノアが真面目な顔で返す。
「ええ、私は同期で二位なのですが、一度も勝てませんでした。とにかくイヤラシイんです」
言動だけでなく戦術までイヤラシイのか。
なんなんだアイツは。
「はうぅ、こう見るとアンガル4中隊は分が悪いですよー」
プラムの指摘にネイダが首をちょこんと傾げた。
「何で?」
「アンガル1中隊はガレ中隊長が学年主席、ナニャフ副長が学年主席、アルフ小隊長が学年四位、オグカール小隊長が個人勝率八八%。それに対しアンガル4中隊はエレノア副長が学年二位、ボクが学年五位、ネイダ小隊長が個人勝率八五%。全体的に負けてるよー」
するとネイダはムッとして。
「ネイダ、負けてない。オグカールとは誤差」
「ネイダは誤差かもしれないけど、向こうは学年主席が二人もいるんだよー」
プラムは口を突き出したままふにゃふにゃと机に突っ伏した。
全体的に確かに戦力は向こうの方が上……そんな事実をはっきり認識してテンションが下がってしまったようだ。
そこでエレノアが助け舟を出す。
「プラムにネイダ、まだ諦めるのは早いでしょ? ウチの中隊はハロルド隊長の情報がまだ抜けているじゃない。私も隊長の経歴は知らないけど、学年主席かもしれないのよ?」
「はっ……そうだよー! ハロルド隊長は学年何位ですかー?」
プラムがガバッと身を起こし俺に期待の目を向けてきた。
胸の前で手を組んで瞳をキラキラさせている。
「ガレ中隊長は年齢にしては異例の出世なんです。ということはハロルド隊長もかなりの経歴のハズ……!」
エレノアも知りたい知りたいとうずうずした感じ。
ネイダも目を向けてきた。
「隊長、何位?」
『学年主席は当然ですよね?』そんな視線が集まる。
俺はもったいぶってフッ……と一度目を伏せた。
そしてくわっと目を見開き、大演説を打つように言った。
「七六五三位、卒業すらぎりぎりの成績だった!」
俺が爽やかな笑顔で親指を立てると皆が机に突っ伏した。
「えーもう無理だよー」「ただの変態」「隊長が、まさか……」
プラム、ネイダ、エレノアの諦めの声。
ムードが一気に壊れた。
テンションがダダ下がりである。
俺を含めなければまだ全体的にちょい負けくらいだったものが、俺を含めたら圧倒的な負けに変わってしまった。
【アンガル1】学年主席、学年主席、学年四位、個人勝率八八%
【アンガル4】学年七六五三位、学年二位、学年五位、個人勝率八五%
どう見ても七六五三位が足を引っ張っている。
これは酷い。
「た、隊長はどうしてそれで中隊長になれたんですか?」
エレノアが傷つけまいと慎重な調子で訊いてくる。
憐れまれると逆に刺さる。
「それは俺が一番聞きたいよ。何でなれたんだか……」
「元帥は変態。隊長も変態。波長が合った?」「ボクの父さんは変態じゃないよー」
ネイダとプラムのやりとりが棘となって俺の心臓を虐める。
誰かフォローしてくれ。
雰囲気を変えるために俺は話を進めてみた。
「各小隊で隊員達の強さにバラツキがあったりする?」
エレノアが首を横に振る。
「そこは考慮されて各小隊が結成されています。各小隊に極端な強さのバラツキはありません。それはアンガル1の小隊もアンガル4の小隊も一緒です。よって各小隊長、中隊長の采配によって決着するものと見て差し支えありません。ただ、個人勝率の高い小隊長の小隊には武力の高い隊員が多く組み込まれています。これは戦いの時先陣を切って突撃する役割を担っている小隊だからです。我が国では【先鋒隊】と呼びます。アンガル1のオグカール小隊長、アンガル4のネイダ小隊長の部隊が【先鋒隊】にあたります」
あくまで采配によって決着……よけい場の空気が重くなった。
七六五三位のせいで。
沈黙が耐えられないので話題を変える。
「じゃ、じゃあさ! 〈レドラス〉は使えるの?」
〈レドラス〉――戦闘の三大要素の最後の一角、魔術。
武器のスロットと呼ばれる窪みにカードを挿し、『ソル』というコストを支払う事により使用。
『ソル』は敵を戦闘不能にするか剣戟の時間経過により溜まる。
効果は火や氷、硬化や跳躍などカードによって様々だ。
これは『労働する→金を得る→金で物を買う』という流れと同じ。
これが『戦う→ソルを得る→ソルで魔術を買う』になったものが〈レドラス〉だ。
「もちろんです。こちらが支給可能なカードリストです」
エレノアが書類の何枚かを机に並べた。
カードは個別に色やコストが設定されている。
リスト内で見ると、例えば。
【炎気纏い】赤のソル1点で起動可の〈ヴィリッサル〉で、40秒間攻撃力が上昇【小】する。
〈ヴィリッサル〉とは『納刀魔術』と言い抜刀状態では起動できないことを意味する。
上昇【小】は少し上昇するという意味で、この他上昇【中】や【大】などがある。
もう一つ例を挙げる。
【烈火の突撃】赤のソル1点で起動可の〈イルトラット〉。20秒間攻撃力が上昇【小】する。
〈イルトラット〉は『瞬発魔術』と言い、納刀状態でも抜刀状態でも起動可能。
例に挙げた二枚のカードは共に赤のソル1点で使用でき、攻撃力が上昇するカードだ。
両者の違いは〈ヴィリッサル〉であるか〈イルトラット〉であるか。
一般的に、同じコストのカードでは〈ヴィリッサル〉の方が効果が高い。
例に挙げた二枚のカードでは持続時間が二倍だ。
何故このような差が出るかというと、納刀魔術の方が使用が難しいから。
納刀魔術は抜刀状態では起動できない。
一度刀を鞘に納めなければならないのだ。
刀を鞘に納めれば、その分隙が生まれてしまう。
〈レドラス〉のカードを起動するためには起動文法を詠唱しなければならないが、納刀状態で詠唱するのは困難だ。
一方〈イルトラット〉は抜刀状態で起動できる。
切り結び鍔迫り合いの最中であっても詠唱すれば起動できるのだ。
このように使い勝手が良いのが〈イルトラット〉で、使い勝手は悪いがその分効果が高いのが〈ヴィリッサル〉と覚えれば良い。
〈レドラス〉のカードの起動文法はこうだ。
『レドラス・ヴィリッサル――炎気纏い!』
『レドラス・イルトラット――烈火の突撃!』
文法としては単純である。
「ボク何にしようかなー」「ネイダ、もう決まってる」「隊長はどうします?」
プラム、ネイダ、エレノアがリストを見ながら思い思いに喋る。
俺は作戦を固める段階で決めるから保留にした。
彼女達には今回自由にカードを選んでもらおう。
まず彼女達のことを知らなければならない。
彼女達がどんなカードを採用するのか興味がある。
どの状況でどのカードを採用するのか、そこには個人の性格が出るはずだ。
ソルを溜める方法は大きく分けて二種類。
一つ目は、敵を戦闘不能にするとその地形に即したソルを1点得る、もしくは何の色としても使える虹色のソルを1点得るというもの。
この時、虹色が得られる確率は低い。
二つ目は、剣戟五分でその地形に即したソルを1点得られるというもの。
『地形に即した』とは平地なら白ソル、水辺なら青ソル、山なら赤ソルなど。
色は赤青白黒緑が存在。
獲得したソルは二十分で消失する。
また、カードもソルも、使用したら消失する。
「条件と戦力が分かったので、作戦練りましょうか」
エレノアの言葉に、ネイダが付け足す。
「分かった。良く分かった。戦力差が。絶望的な戦力差が」
「幾ら絶望的な戦力差でも諦めちゃ駄目だよー」
ザッシュザッシュとネイダが俺を言葉で抉ったのを、プラムがフォローと見せかけて更に深く抉る。
もうあれだね、『この中に一人、ニセモノがいる!』と言われているみたい。
さて、考えるための情報は揃った。
しかしいきなりで作戦案が出てくるだろうか?
しかし、ほどなくしてエレノアが閃いた。
書類の束を挟んだバインダーをポンと叩き興奮気味に声をあげる。
「私に考えがあります……! 作戦の提案をしたいのですがよろしいでしょうか?」
「早いな、それじゃあ是非お願いするよ」
俺が了承するとエレノアは指を立てた。
「【
密やかに紡がれた戦術の名称。
それが周囲に不思議な力を持って広がっていく。
「【弱強順破戦術】……?」
顎に手を当てて俺が尋ねるとエレノアは将棋を指すような表情で大仰に頷いた。
「今回の模擬戦は第二演習場で行われますが……」
全て平地のため地形効果は無し。
中隊長は全体を見渡すため数人の護衛と共に最後尾にいることが多い。
【先鋒隊】であるオグカール小隊長の【ルサリー3】を先頭にした陣形を用いてくると思われる。
【アンガル1】中隊の中で一番付け入る隙があるのは、学年四位であるアルフ小隊長の【ルサリー2】である。
「……よって、まず【ルサリー2】を集中攻撃し、これを倒したら次はガレ中隊長を倒すのが良いと思います。ガレ中隊長は非常に厄介ですので、彼をいかに早く無力化するかが鍵となるでしょう。こちらは【先鋒隊】であるネイダ小隊長の【バセラ2】を敢えて後列に回し、【ルサリー3】を足止めするためにプラム小隊長の【バセラ3】を先頭にした陣形にしましょう。【バセラ1】と【バセラ2】で【ルサリー2】を集中攻撃します。このように相手の弱点を突くのを初手で行い次の手で相手の一番強い所を突く、その順番で撃破していく戦法が『掌握戦』第一章〈基本戦術〉其の四【弱強順破戦術】です……!」
理知的な言葉の余韻が珈琲の香りのように俺達の間を流れていき、室内を満たす。
思わず惹きこまれる語りで、聞いているだけで勝てそうな空気が醸成されていく。
さすが戦術マニア。
この短時間で的確な作戦を提案できるなんて凄い才能だ。
「さすがエレノア副長ですよー説得力がありますよー」
プラムが諸手を挙げておかっぱを跳ねさせた。
「ネイダも同じ作戦思いついてた」
ネイダが視線を彷徨わせながら強がっている。
微笑ましいなあ。
「ホントかい?」
「思いついてゃっ……!」
ムッとされたので俺は苦笑した。
もー強情だなあ。
しかもちゃんと言えてないし。
「でもボク【ルサリー3】を止められるか不安だよー」
「足止めするだけだから、防御に徹すれば良いのよ」
エレノアに諭されるもプラムは俯き気味。
「うーそれでもボクはそんなに強くないからー」
そんなプラムを見てネイダが眉を怒らせた。
「プラムは悲観的。ネガティヴ。ヒキニート」
「ヒキニートじゃないよー?!」
「後ろ向き。下向き。貧乳」
「うえーんネイダが虐めるよー! ハロルド隊長ー!」
「すぐそうやって依存する。良くない」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
場の空気がぴりぴりする。
負の感情がもやもや漂い始める。
「こらこら、言い過ぎだぞネイダ」
俺はネイダを軽く諌めた。
プラムが涙目で縋りついてきたのでポンポンとおかっぱを撫でてやる。
しかしそれを見るやネイダはぷいと横を向いてしまった。
「ならネイダが先頭になる。オグカール倒す」
「え? でもネイダが【ルサリー3】と戦うと【ルサリー2】を倒せるか……」
エレノアが秀麗な顔を困惑で曇らせてしまう。
プラムが泣きじゃくる。
「ボクは役立たずですかー?! ひぐっどうせボクは!」
「プラムは役立たず。臆病者。中隊で一番下」
「ネイダ! そんなこと言わないの!」
エレノアが叱ってくれた。
全く仲間に役立たずなんて言っちゃ駄目だ。
作戦会議が完全に頓挫。
ぐちゃぐちゃ。
カオス。
戦う前から負けが見えていた。
負け戦の会議は紛糾すると戦術学者が言っていたのを思い出した。
責任のなすりつけ合いや無謀な作戦に走り始めるのだそうだ。
これは困ったなあ。
衝突している場合じゃないのに。
「でもプラムは一番下……一番下?」
ネイダは反抗しようとして、途中で何かに気付いたらしい。
俺に視線を移した。
「一番下……」
プラムが俺を見上げてくる。
「中隊で……」
エレノアも俺に視線を向けてくる。
役立たずは七六五三位の俺だった。
これだから仲間に役立たずなんて言っちゃ駄目だ。
「隊長。作戦考えて」「そうだよーここは隊長がズバッと!」「隊長の意見も聴かせて下さい」
ネイダの冷たい目、プラムの期待の目、エレノアの複雑な色を宿した目。
このままじゃ埒が明かない。
時間も無い。
俺はだあー面倒臭え! と頭を掻き毟る。
敵の弱点を突く、それから敵司令官を早期に倒すことに主眼を置いた作戦。
エレノアの提案してくれた作戦は悪くないと思うんだ。
ただ……
そこで、ん……? と閃いた。
これにワンポイント加えれば……勝てるんじゃないか?
だが、口先まで出かかった言葉を寸前で飲み込んだ。
これは言うべきではない。
これは味方にも黙っていた方が成功する作戦だ。
それなら、彼女達にはまず気楽にやってもらいたい。
細かな作戦よりももっと重要な話をしよう。
三人を交互に見据えて、言った。
「今回はまず『知ること』をビジョンとしてやらないか? 隊の動きを確認するつもりでまずは」
「隊長、それって作戦でもなんでもないじゃないですか!」
エレノアが眉根を寄せて抗議する。
これから理由を説明するところなんだけど遮られてしまった。
「ビジョンの意味が不明。ビジョンじゃ勝てない。所詮七六五三位」
「ビジョンを決める意味が分からないですよー!」
ネイダもプラムも『この人何言ってんの?』オーラ全開。
それを説明しようとしているので聞いてほしいんだけどなぁ……
「隊長は役立たず。隊長なのに、作戦考えられない。副長に任せる」
「ここはエレノア副長が頼りですよー」
「隊長には凄い作戦を期待していたのに、残念です!」
物凄く反感を買ってしまった。
作戦会議は紛糾を通り越し険悪な空気に支配された。
結局俺からは発言権が剥奪されてしまい、置物扱いされてしまう。
泣けてきた。
俺は溜息を吐き、暗い気持ちで自分の両手を見詰めた。
所詮七六五三位。
そんな奴は黙っておけ、か。
順位って、そんなに大事だろうか?
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