第5.5話 思い出
俺が軍学校にいた頃を思い出す。
入学して最初の試験が終わり、既に俺の順位は八〇〇〇位以降の酷い有様だった。
まあ〇点だったので最下位なのである。
この時は〇点だった者が数百人いたのでまだ『ちょっと失敗した』程度のイメージだった。
森の中の一本の木、それなら安心できる。
そう言えば森の中で熊さんに出会うという古代の歌があったな。
あれは何で熊さんとフレンドリーになるのだろうか、森の中で熊さんに出会ったらただちに逃げた方がよい。
しかも何であの熊さんは人間の言葉を喋るんだ、まさか魔獣……?
いや違う、また脱線してしまった、だから俺は駄目なのだ。
軍学校に入ると〈レドラス〉の授業が開始される。
ゲーム感覚、というか元がカードゲームなので講義としても面白く人気なのだが、最初は分からないことだらけだ。
「はーいそれじゃみんな友達と二人一組になってねー」
組む相手の見つけ方が分からない……
いやこれもどうでも良い。
待っていれば残りものが判明するのでその中で組めば良いのだ。
「まず〈レドラス〉のカードの束を用意したので皆さん好きなものを取って下さいねー」
講師が山のように用意したカード。
みんなが一斉に群がるのでおしくらまんじゅう状態だ。
生徒達はカードを手に取りながら質問していく。
「先生、何枚取っても良いの?」
「三枚までです」
「何で?」
「みなさんの武器を見てみて下さい。カードをはめこむ窪み、これを『スロット』と呼ぶのですが、そのスロットが三つしかないからです」
俺は自分の刀を見てみた。
確かに小さなカードが収まりそうな窪みが刀身の根元の方に三つある。
そうしたら意地の悪いクラスメイトがこんなことを講師に尋ねた。
「じゃあスロットを増やせば良いんじゃないんですかあ?」
「スロットは増やせません。このスロットは専用の機械でしか作れないのですが、その全てを一つの組織が独占しているからです。その組織は……」
【白狼会】――エルサリカ統合鍛冶協会。
白い狼のエンブレムを使うため【白狼会】と呼ばれている。
『エルサリカ統合』と名の付く通り、この組織には国境が無い。
古くから〈レドラス〉用の武器製造を独占し、その権威は国家ですら凌ぐ。
その上政財界からの接触を一つの窓口に絞り、それ以外一切の貢物を受け取らず、圧力からも懐柔からも巧みに身をかわす。
腐敗を防ぐ徹底的な人選と鉄の掟が機能し何者にもとらわれない組織として何千年もそびえ続けているのだ。
この世界では鍛冶師となり【白狼会】で腕を奮うのはプロスポーツ選手のようなもので、たいへん尊敬されている。
「……その【白狼会】の公式見解では『スロットを作る機械は太古に失われた技術で作られており今の我々には改造不可』だそうです」
みんながそれじゃあ仕方ないよね、という空気になる。
だがそこで俺はこう言ったんだ。
「それは恐いな……」
そうしたらみんなの視線が一斉に集まってきた。
何か変なことを言っただろうか?
「何が?」
近くのクラスメートが訊いてきた。
心底不思議そうにしている。
いや、俺の方が逆に不思議なんだが。
みんなは恐いと思わないのか?
「だって、その機械を解析できたらスロットを増やせちゃうんでしょ?」
するとみんなは奇妙なものを見る目に変わった。
「うわ……あいつ変なこと言ってるよ……」「不可能って言われたのに……」「話聞いてないのかよあいつ……」
ひそひそ話が俺を取り囲み、じわじわ締め付けていく。
講師も頬を掻いて微妙な顔だ。
グラウンドの外に目を向ければ枯れ木のようなおじいさんまで俺に注目していた。
圧倒的少数派。
俺はやっぱり変なのか……
普通ってどうすればなれるんだ?
密かに拳を握り締める俺をよそに講義が進んでいく。
「先生、どのカードが強いの?」
「場合によりけりなので最初は好きに選んで下さい」
「カードはどうやって刀に着けるの?」
「スロットにそっと嵌めこめばOKです。カードの
みんな一斉にスロットへカードを嵌めていく。
カードはスロットに収まるとぺらりと剥がれることはなく、不思議な力で張り付いた。
そしてみんな二人一組で向き合い、刀を構えた。
俺の相手はギョロ目でしもぶくれのガンテ君。
俺達の隣の組にはやけにハイテンションなクレタ君と普通を地で行くロダン君。
クレタが待ちきれないとばかりに刀を振り上げる。
「せんせー早くやろう! どう使うの?」
「すぐには使えません」
「えー何で!」
「〈ソル〉が必要だからです」
「ソルって何?」
「それを知るためには、まず打ち合ってみましょう。みなさん五分間、軽く打ち合ってみて下さい」
それからそこかしこで刃同士がぶつかる音がした。
ガンテはどうも手元がおぼつかない、というか剣先が震えている。
フーッフーッと鼻息も荒い。
眼球は何ミリかはみ出ているみたいにギョロっとしている。
「殺しても……事故……」
ちょっと穏やかじゃないこともぶつぶつ言っている。
『こう見えても十五』を聞き間違えたのだろうか。
俺たちは十二~三歳なので十五だと
ガンテは雄叫びを上げて重い一撃を放ってきた。
あれ? 軽くって先生言ってなかったっけ?
俺は事故に見せかけて殺されたりしないよう神経をすり減らして五分間しのいだ。
そうしたら視界の端にポコンと何かが半透明に表示された。
それは七色に輝く丸い珠。
ガンテも変化に気付いたようだ。
「お、白い珠が出てきた」
どうやら俺とは色が違う珠が発生したらしい。
周囲からも白い珠が発生したという者が多かった。
そこで講師は解説を始める。
「今みなさんの視界に発生した半透明の珠がソルでーす。五分間戦うか敵を一人倒す毎にソルが一個もらえます」
「人によって出たソルの色が違うみたいですがどうしてですか?」
俺が質問すると講師はああそれは、と答えた。
「ここは平地だから白いソルが通常出るんだけど、低確率で虹色のソルも出る。これからは〈レドラス〉使用者らしく『白ソル』『虹ソル』と呼ぼう」
「白ソルか虹ソル以外は出ないのですか?」
「グラウンドの隅にある林で戦った場合、緑ソルか虹ソルが出るよ。山で戦えば赤ソルか虹ソルが出る。まあ虹ソルは地形に関係無く低確率で出るものだと覚えれば良いですよー」
そして講師は俺達の方に近付いてきて、ガンテの刀を見た。
正確にはそのスロットだ。
ふむふむ、と講師は頷き、ガンテに話しかけた。
「君のスロットには白いカード・赤いカード・青いカードがある。さて質問、白ソルで使えるカードはこの中のどれ? 直感で答えて良い」
「…………白いカード?」
「その通り。カードは視覚的に訴えるように白地にイラストやテキストが描かれていたり赤地にイラストやテキストが描かれていたり青地にイラストやテキストが描かれていたりします。それらの下地の色とソルの色が対応しているわけですね」
白ソルがあれば白いカードが使える……まあ単純な話だ。
しかし虹ソルは?
そんな俺の顔を察したのか講師が付け加えた。
「ちなみに虹ソルは白いカードでも赤いカードでも青いカードでも使えます。カードの色に左右されず使えるのが虹ソルなんですねー」
それは使い勝手が良さそうだ。
だから低確率で出てくるのか。
「せ、先生、もう、もう俺……我慢できな……!」
ガンテがはあはあ息を吐きながら言う。
講師は若干引き攣りながら笑顔を作った。
「それでは実際にカードを使ってみましょう。このカードは……」
【鉄の意志】白ソル1点で起動可能の〈イルトラット〉。30秒間防御力が上昇【小】する。
「……まず何も考えずにレドラスの起動文法を唱えて下さい。起動文法は『レドラス・イルトラット――鉄の意志!』です」
するとガンテは目を血走らせ絶叫した。
「レドラス・イルトラット――鉄の意志!」
レドラスが発動する。
ガンテの刀が白く発光し幻想的な光を撒き散らす。
そして光がガンテの体を包み込んだ。
まるでガンテ自体が発光しているかのように。
「はい、これで起動成功です」
「これで、ため、た、ため、試さなきゃ!」
ガンテは早速一歩踏み出した。
やばい、こいつ
事故を起こされちゃう!
明らかに故意だが俺が死んだ後でこいつが裁かれても全く嬉しくない。
だが講師が待ったをかけた。
「ガンテ君、待って! 今使ったカードは防御力が上がるカードだから、君が攻撃しても意味が無い。君が攻撃を受けて効果を実感する必要がある」
そうしたらガンテはせっかくのところに水を差されて怒り出す、かと思いきや。
「分かりました。さあ、俺をぶってくれ!」
切り替え早いな!
目を血走らせフーフー言いながら両腕を広げてカモンのポーズをするガンテ。
「いやいきなり言われても……」
正直恐い。
「早くぶつんだ! 俺を! 思い切り! さあ!」
なんかもう攻撃したらぶひいいいいい! とか恍惚の声を上げそう。
「ハロルド君、効果は30秒しかないから早くやりなさい」
講師まで急かしてくる。
俺は仕方なく刃引きされた刀をガンテの額に振り下ろした。
こうなったら奴の意識を刈り取るしかない。
重い一撃だった。
実際ゴツッという重い手応えもあった。
だが。
「ぶひいいいいいいいいいいいっ!」
最悪に汚い嬌声を間近で浴びせられてしまった。
俺は大量の虫にたかられたような寒気を覚え大きく飛び退いた。
確かに防御力は上がっていたようだ。
普段なら確実に相手を気絶させる一撃が命中したのに、ガンテは平然としていた。
「はい、みなさん分かりましたか? これがレドラスの効果です」
講師が指を立ててみんなに言った。
みんなはおおーっと沸き立った。
これがレドラスの効果か……
確かに戦いを左右すると言われるだけはある。
効果が終了したようで、ガンテを包んでいた光は消えた。
「せんせー俺もカード使いたい!」
隣の組のクレタが手を上げて要求する。
講師はクレタのスロットを確認してみた。
「あー君のカードはまだ使えませんねー」
「何で? 俺も白のカードあるよ」
「君のカードは白ソルが二個必要なんですよ」
【大天使の抱擁】白ソル2点で起動できる〈イルトラット〉。40秒間防御力が上昇【中】する。
「えー白ソル一個で使えないの?」
「そうです。カードには白い珠が二個描かれているでしょう? これは『起動には白ソルが二個必要ですよ』という意味なんです。カードに白い珠が三個描かれているカードは白ソルが三個ないと起動できません」
「僕のカードは白い珠と灰色の珠が一個ずつ描かれているんですが、これは?」
クレタの相手のロダン君が尋ねると講師は手振りを交えて答えていく。
「カードに書かれた灰色の珠にもソルが必要です。でも、灰色の場合は『任意のソル』を指します。白でも赤でも青でも、何の色のソルでも良いという意味です。従って、カードに白い珠と灰色の珠が一個ずつ描かれていたら『白ソル一個と任意のソル一個、合計二個のソルを使えば起動できますよ』という意味になります」
【天界の囁き】白ソル1点+任意ソル1点で起動できる〈イルトラット〉。20秒間音が聴こえなくなる領域【大】を作る。効果は味方以外に適用される。
こういうカードのことらしい。
次に講師は俺のスロットを覗き込んできた。
「ではハロルド君、君の虹ソルを使ってみましょう。虹ソルはどの色のカードも使えるので、試しにこのカードを使ってみて下さい。起動文法は『レドラス・ヴィリッサル』とカード名になります」
【狩猟本能】緑ソル1点で起動可能な〈ヴィリッサル〉。40秒間敏捷性が上昇【小】する。
俺は頷き、詠唱を始める。
「レドラス・ヴィリッサル――」
「ああちょっと待って」
「?」
「このカードは納刀状態でないと使えません」
「そうなんですか?」
「カードには種類があります。『ヴィリッサル』の場合納刀状態、つまり刀を鞘に納めないと使えないんですね。『イルトラット』であれば刀を鞘に納めなくても使えます」
「それだとヴィリッサルは使い難くないですか?」
「その通りです。その代わりヴィリッサルの方が強力なカードが多いですよー」
そうか、と俺は納得した。
リスクを取ればその分リターンが大きいというのは何でも一緒だ。
気を取り直し、刀を鞘に納めて再詠唱する。
「レドラス・ヴィリッサル――狩猟本能!」
俺の刀から緑色の光が溢れ出した。
そして光が俺自身を包み込む。
視界の端に映っていた半透明の虹ソルが燃え尽きる映像になり、消えた。
何だか体が軽くなった気がする。
「それは敏捷性が上がるカードです。試しにそこら辺を走ってみて下さい」
講師に促され、俺は走った。
初速からトップスピード。
地を蹴った時の感触が普段より軽やか。
全身が思った以上の動きを見せ、意識の方が置いていかれそう。
試しに刀を振ってみる。
素晴らしい剣速で、これなら相手の防御をかいくぐって斬ることができそうだ。
周囲からはワアッと声が上がった。
「早く俺も使いたい! せんせー俺のカードはどうすれば使えるの?」
クレタが急かすと講師が笑顔を見せた。
「また五分戦えばソルが追加で手に入りますよ。そうすれば使えます。五分戦うか相手を一人倒す毎にソルがもらえます。自分が使いたいカードに描かれているソルと同じ数のソルが溜まるまで戦えば良いのですねー。でも今日は初日なので相手を倒さないようにして下さい。怪我をして講義を休むともったいないですからね。ではみなさん、残り時間は好きなだけソルを溜めて手持ちのカードを使ってみて下さい!」
それからの生徒達は大はしゃぎだった。
俺は刀のスロットを覗いてみた。
さっき使用したカードは消失していた。
同じカードを何度も使うことはできないらしい。
手持ちカードはあと二枚。
しかし青のカードと赤のカードで、虹ソルがないと使えない。
虹ソルはさっき使ってしまったので、もう一度虹ソルをもらわないといけなかった。
だが残り時間で戦った結果、白ソルばかりが出て他のカードを使うことはできなかった。
なるべく白ソルが出る戦場なら白のカードばかりを持っていく方が良いのかもしれないな。
山が戦場なら赤ソルが出ると講師が言っていたし、山なら赤いカードを持っていく、みたいに戦場に合わせてカードをピックアップしていけば良いのだろう。
「はい、今日はここまで! 最後に何か質問ある人いますか?」
講師がみんなに問い掛けると、ロダンが手を上げた。
「レドラスカードの流通ってどうなっているんですか?」
「城の地下に『レドラスカードの成る木』が生えているのです。そこから収穫しています」
生徒達がざわつく。
果実の代わりにカードの成る木……シュールだ。
「どんな木なんですか?」
「実は私も見たことないのですが……王曰く『見たこともないような気になる木』だそうです。年四回収穫、その時にはカードが鈴生りになるそうですよ。収穫したカードは国が保管し、一般にはそのカードを真似て作られた〈ゼロム・レドラス〉が流通しています」
そういえば〈ゼロム・レドラス〉なら玩具売り場で見かけたことがあるな。
あれは大人に割と人気だという。
値段は菓子パンが三個分程度で、十五枚のカードが一袋に入っている。
なお、中身は外からでは見えないため、袋を開けてみてのおたのしみらしい。
目当てのカードがなかなか出ず、ついつい買い過ぎてしまう人もいるようだ。
まあ俺達はまだ小遣いを貰っている身だからそんなに数を買うことはできない。
しかしカードの成る木か……
「だから争っているのか……?」
そんなことを俺が呟くと、また周囲から奇異の視線が浴びせられた。
講師も首を傾げて苦笑いしている。
おかしいな、また俺は変なことを言ってしまったのか……
講義が終わり、みんなが教室へと帰っていく時、俺は呼び止められた。
「お前さん、変わっとるのう」
グラウンドの外で講義を眺めていたおじいさんだった。
白い服を着て立派なヒゲをたくわえたおじいさんである。
くそう、生徒や講師だけじゃなく部外者のおじいさんにまで侮辱されるとは。
「そんなに変ですかね?」
「うむ、変だ」
ばっさり言われて俺はうなだれた。
「いやいや、それは悪いことではないぞ」
おじいさんは慌ててぱたぱた手を振り慰めてくる。
「フォローしてくれなくても良いですよ……」
俺がふてくされてみると、ヒゲのご老人はその立派なヒゲを撫でながら目を細めた。
「もったいないのう。お前さんを導ける目を持った者がいないのが本当にもったいない」
「?」
「多数派と少数派は正誤判断と結び付かないということなのだが、まあ今は分からないでも良い。どれ、これをやろう」
おじいさんはいきなり刀を渡してきた。
「え、これは……」
後で高額な代金を請求されるんだろうか。
「ワシはこう見えてもお金には困っておらんわい。暇な老人の道楽だと思ってくれ。これが折れたら新しいのを作ってやるから来なさい」
こうして俺は謎の老人から刀を貰ってしまった。
でもどこに住んでいるのか聞かなかったから、折れても訪ねて行くことができないんだよな……
まあ本当に、昔使っていたものとかを道楽でくれたのだろう。
俺も買わなくて済むのならそれに越したことはないので、ありがたく使わせてもらっている。
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