第6話
リノロス軍第二演習場。
起伏の無い完全な平地だ。
この演習場は王城の敷地内部にあり、軍庁舎もリノロス城もほど近く見える。
演習場は所々にポールが立てられ、それらをロープで結んで場内と場外を区切っている。
場内は草が刈り込まれ、固すぎず柔らかすぎずの土が広がっていた。
まだ太陽が高い位置にあるが秋の陽射しは心地良い。
微風は肌を撫でる程度であり、どちらの味方もしないだろう。
ぽつぽつと見える木々はまだ紅葉の仕度を始めたところで色づいた葉は片手で数えられる程度。
演習場は南北に伸び、南端と北端にそれぞれ中隊の待機場所が設置されていた。
屋根が付いていて、日陰が広がる中模擬戦の準備を行う。
「隊長、〈レドラス〉のカードはどうされますか?」
エレノアがカードの収納箱を小脇に抱え、訊いてくる。
既に他の面々は受け取ったようだ。
プラムは次の三枚。
【獣反応】緑ソル1点で起動可の〈イルトラット〉で20秒間敏捷性が上昇【小】する。
【献身の従者】白ソル1点で起動可の〈イルトラット〉。小型のゴーレムを召喚する。召喚主を守り、攻撃は行わない。
【彩色の導き】0ソルで起動可の〈イルトラット〉で最大3ソルまで虹色に変更する。このカードは無作為に他のカードへ変化する。
0ソルで使用可能なカードは特殊かもしれない。
このカードは無色のカードと呼ばれており、ソルが無くてもいつでも使える。
ただ効果を見れば分かる通り、このカード自体では攻撃も防御も強化できない。
今回の想定では平地のため白ソルが得られると思われる。
白ソルでは起動できない【獣反応】を使うために【彩色の導き】の出番となる。
白ソルを虹色に換えてしまえば問題無くなる。
しかも、【彩色の導き】は使用後他のカードへ変化してくれるので無駄にならないというオマケ付き。
変化は無作為なので大して使えないカードになることが多いけど。
ネイダは次の三枚。
【狩猟本能】緑ソル1点で起動可の〈ヴィリッサル〉で、40秒間敏捷性が上昇【小】する。
この他【獣反応】【彩色の導き】。
そしてエレノアは次の三枚。
【守りの風】青ソル1点で起動可の〈イルトラット〉で、自分の周囲にいる敵を弾き飛ばす。
【鈍化】青ソル2点で起動可の〈イルトラット〉で対象の敵の敏捷性が下降【小】する。
この他【彩色の導き】。
三人のカードを見比べてみると面白い。
プラムは攻撃と防御をバランス良く、ネイダは攻撃特化、エレノアは慎重でトリッキーなカードを採用している。
これは三人の性格や考え方が出ているのだろう。
「じゃあ俺は……」
欲しいカードを告げる。
【大跳躍】青ソル1点で起動可の〈イルトラット〉で、通常より高く跳躍でき、着地時の負荷が軽減される。
この他【獣反応】【彩色の導き】。
「え……【大跳躍】ですか? 全て平地でどこかに飛び乗ることもできませんが……」
エレノアが怪訝な表情を浮かべる。
何に使うの? という感じ。
「大ジャンプしても落ちてきた所を狙われちゃうよー?」
プラムも指を口に当ててちょこんと首を傾げる。
敵に囲まれた時大ジャンプして一時的に逃れられるが、確かにその使い方だと落下地点に敵がいたら元も子もない。
「飛び込む? 敵の中に?」
ネイダがじっとこちらを見てくる。
ジャンプで敵の中に飛び込んだら自殺行為だ。
「うん、これを使おうと思う。これは――」
「隊長、ふざけてる。やる気無い。どうせ負けると思ってる!」
俺の説明はネイダの怒りに掻き消されてしまった。
「隊長ー真面目にやって下さいよー!」
「隊長、あんまりです! 失望しました!」
プラムもエレノアも腹を立ててしまい、収集がつかない。
酷い状態だ。
誰も話を聞いてくれない。
暗闇の中で針の筵に正座させられた気分。
皆の不信の気持ちが突き刺さる。
気持ち的には既にぼろぼろ。
空気は最悪になりつつあった。
〈レドラス〉カードの装着開始。
刀を鞘から抜く。
刀身は陽光を浴び、宝石のように輝いた。
刀の付根付近に三つの窪みがあり、カードをはめ込む。
武器に着けられるのは三枚まで。
カードは着けると一日間外れない、無理に抜くと消失する。
未使用カードは残る。
カードを着けられるのは個人認証が付いた武器のみ。
個人認証は一本だけ登録できる。
登録は刀で額を僅かに傷付ければ良い。
〈レドラス〉は『盤上の叡智』という意味で三万年前の人々が考案したカードゲームが起源。
脳にこれを司るシステムが埋め込まれた。
脳がそのように作り変えられた、と言った方が正確か。
それから悠久の時を経た現代の人々にもそのシステムが脈々と受け継がれている。
個人認証、魔術行使、戦場や戦闘の判定など全て脳のシステムが行う。
当時の人もまさかゲームが戦争の重要要素になるなど露ほども思わなかっただろう。
そして開始時間が来た。
俺達アンガル4中隊は南端の待機場所から演習場へと踏み出す。
俺が先頭。
背後にエレノア、ネイダ、プラム。
そしてその後ろに、彼女達の小隊のメンバーがずらりと並び、大地を踏み鳴らす。
総勢一五七名の軍靴が鳴る。
北端の待機場所からはアンガル1中隊の一五七名がぞろぞろと出てきた。
徐々に両中隊は接近していく。
そして演習場の中央付近で対峙した。
ガレが進み出て、眼鏡をクイと弄りながら喋り出す。
「ナニャ――――――――――――フ! 今日の俺はどれぐらいイケている?!」
「ごみためがお似合いでさぁ」
彼の傍に控えるナニャフが揉み手をしながら返答。
「カッカッカ! お前は本当にゴマすりが上手だな! 次にアルフ! 俺にお似合いの髪型は何だ?」
「ハゲです」
「カッカッカ! お前は本当にロックだな! 最後にオグカール! 俺を一言で表すとしたら何だ?」
「クソ野郎」
ナニャフの周囲にいる二人の少年小隊長も笑顔で答えた。
アルフは小柄な金髪少年でオグカールは巨体の赤髪少年だった。
「ハロルド、ウチの中隊はこのように仲が良いのだ! カッカッカ!」
このようにってどのように?
特にオグカールの直球によく耐えられるな。
「仲が良いのかどうかは知らないが、ガレが打たれ強いことは分かった」
「ハロルド、お前と戦うことができて嬉しいよ。俺が強引にお前を引っ張り出したのには理由がある……聞きたいか?」
「いや、別に」
「ハロルド、世の中は順位こそが全てだ! 絶対的な順位こそが正義! 世の中は弱肉強食なんだよ。弱い奴は強い奴においしくいただかれてしまうんだ」
断っても話し続けるなら訊く必要あるの?
「順位が低くてもおいしくいただかれるとは限らないだろう?」
「順位は絶対的な評価だ、他に基準があるか? 実戦はテストのようにはいかないとか指揮に適性があるのに兵隊役をしていたから結果が出せない等とほざく馬鹿がいるが、そんなものは戯言だ! 成績を出すことのできない馬鹿の僻みだ!」
これにはカチンときた。
七六五三位を馬鹿にすんな。
「実戦とテストは絶対に違うだろ! テストの通りに実戦が運ぶなら戦術の講師は皆世界最強の軍師になってしまうじゃないか」
「フッ……俺は知っているぞ、お前の順位を。俺は元帥の正気を疑ったよ。何故こんな得体の知れない奴を中隊長にしたのか、と問い詰めた。そうしたら元帥はこう言ったんだ、『面白いからだ!』とな! 全く面白くない! 中隊長になるからにはそれに相応しい順位が必要になる。そうだろう? そうでなければ示しがつかない!」
「元帥が何で俺を中隊長にしたのか、それは実のところ俺もよく分からないんだよ……」
「そこでだ! 俺は元帥に提案した。俺が勝ったらハロルドを追放してくれとな! ハロルド、ここで負けたらお前は……リノロス軍を出て行くんだ!」
ガレはびしりと指を突きつけてくる。
突然の衝撃に俺は目を見開いた。
目の前が真っ白になったようだった。
追放?
「なっ……?! ちょっと待て、そんなのおかしいだろ! 元帥が応じるわけ……」
「元帥は快く応じてくれたよ! 俺は順位が低い奴は不要だと考えている。軍学校で成績を残せない者が軍で活躍できるわけがない! 中隊長という座に落ち零れがいると思うだけで我慢ならないんだよ! ここでお前が不適格者だと証明し、追放してやる!」
「くっそ……何だよそれ……! 何で中隊長にされたのかも分からず、今度は不適格だから辞めさせるって……」
まさか模擬戦で追放の危機が訪れるとは思わなかった。
ナニャフが俺の周辺を見回すと不気味な笑いを漏らした。
「おやおやぁ……これだけのことを言われてハロルド中隊長を庇おうとする小隊長が誰もおりませんなあククク」
ぐさっと刺さる言葉だった。
恐る恐る背後を見回してみるとエレノア、ネイダ、プラムが顔を逸らし複雑な表情をしている。
認められてないんだなあ俺アハハ……
拳をぎゅっと握る。
辛い気持ちを握るように。
耐えろ耐えるんだ。
近付いていた両中隊は一旦離れた。
開始の合図を待つ。
「隊長、私達で精一杯頑張りますので……」
歯切れ悪くエレノアが言ってくる。
続いてネイダが。
「だから邪魔しないで」
歯切れ良くとどめを刺してきた。
悪意が無い分一刀両断の切れ味でバッサリやられ、だんだん胃がキリキリとし始めた。
アンガル4中隊は先頭にネイダの【バセラ2】、後列左にエレノアの【バセラ1】、後列右にプラムの【バセラ3】という三角形の陣形になった。
俺自体は【バセラ1】と共にいる。
アンガル1中隊は先頭に【先鋒隊】である【ルサリー3】、その後列に【ルサリー2】と【ルサリー1】がいた。
こちらから見て左が【ルサリー2】だった。
ガレはというと、【ルサリー2】と【ルサリー1】の間の辺りで、もっと後ろにいた。
数人の護衛と共にいる。
緊張感が周囲を漂い始めた。
戦いの前の独特の空気。
演習場の外で待機していた係員がほら貝を吹いた。
開始だ。
脳が戦闘状態を感知したようで、視界の隅にソルと持ち札が半透明で表示された。
現在ソルは0点、各カードはコストと絵柄が小さく表示されている。
「全軍……前進!!」
俺は左耳のピアスから青い石を引き寄せて号令を発した。
この石は〈
小隊長達は右耳の結晶で俺の連絡を受けると、左耳の結晶に向かって号令を出す。
左耳の方は隊員達と繋がっている。
軍の上下関係で『右耳は上の者と、左耳は下の者と』繋がる、これがリノロスでのルール。
逆の国もあれば自由な国もある。
俺の号令でアンガル5中隊総勢一五七名が動き始める。
一歩を踏み出した時点で聴こえてくる大量の踏み鳴らす音。
その音の群れは耳朶だけでなく全身を叩き、勇壮な行進を否が応でも刻み込んでくる。
皆が走る。
声を上げて走る。
気持ちが昂っていく。
殺気とも闘気ともとれる気配が醸造されていく。
周囲を満たしていく。
刃を交わすその瞬間を想像し始める。
敵達も同じように走ってくる。
近付くと敵達の足音も重なる。
声も聴こえ始める。
そして、激突した。
最初に激突したのは【バセラ1】と【ルサリー3】。
【バセラ1】は隊員達が前面に展開しエレノアと俺は後ろの方にいる。
それに対し【ルサリー3】はオグカール小隊長を先頭に突撃してきた。
声が上がる、剣戟の音が響き渡る。
ぶわりと緊張が体中を駆け抜けていくようだった。
「バセ1接敵!」
エレノアからの報告。
見れば分かる状況ではあるが、報告は義務だ。
『バセ1』と略しているのは【バセラ1】小隊。
略称での報告は連絡の速度を上げるため必須の規則。
左右を見渡すと【バセラ2】が左から、【バセラ3】が右から進んでいき、【ルサリー3】を包み込むような動きになっていく。
このまま行けばアンガル4中隊は緩やかなU字型、もしくは椀型の陣形になるだろう。
対するアンガル1中隊は巨大な逆三角形の形になりそうだ。
【ルサリー3】の突破力は見事だった。
「ぬううううううううううぅぅああっ!」
オグカールが赤髪を揺らしその巨体で猛然と刀を振るう。
重い音が響き渡り、豪剣とも言えるその一振りでこちらの兵士が吹っ飛んだ。
たったの一撃で戦闘不能だ。
他の兵士がオグカールに斬りかかるが、オグカールは返す刀で反撃。
刃がぶつかり合うと、斬りかかった兵士の方が大きく仰け反った。
桁違いの腕力。
オグカールはゴリラのように周囲に威嚇の視線を送り、筋骨隆々の身体を見せ付けるように吼えた。
「この愛しいブタどもが、狩猟場へようこそ! 喰らい尽くしてやるぜ! さあランチタイムの始まりだあああああああああああぁぁっ!」
その咆哮でオグカールの前面に空間が出来上がる。
こちらの兵士達が圧倒的捕食者を前にたじろいだのだ。
そこへオグカールの部隊の隊員達が狩りの始まりとばかりに一斉に襲い掛かる。
なだれ込んでくる【ルサリー3】にエレノアの【バセラ1】はサイに突進を喰らったようになった。
防御体勢で受け止めたのにガードを跳ね飛ばされた。
オグカールの一太刀で、オグカールの隊員達の猛攻で、こちらの兵士が一人、また一人と無残に倒されていく。
圧倒的な突破力。
それが【先鋒隊】たる所以か……!
「さすがオグカール小隊長です……ですが私達も負けていられません! ナド分隊はオグカール小隊長に誘い込みをかけて! アモ分隊は前に出すぎ、他の分隊と列を合わせて! ロク分隊はナド分隊のフォローを!」
エレノアが次々と指示を飛ばしていく。
一瞬持ち直したかに見えた。
『バセ2接敵!』『バセ3接敵!』
ネイダとプラムの声が連信結晶から届く。
【ルサリー3】を囲み攻撃が始まった。
だがそれでも【ルサリー3】の勢いは殺しきれない。
『バセ2、今度は、ルサ2と、接敵!』『バセ3、今度はルサ1と接敵!』
隣ではエレノアが盛んに隊員達に指示を出している。
どこが押されている、どこに穴が空いている、この分隊がフォローを。
だが防御に徹してもとても防ぎきれる雰囲気ではない。
戦術など関係無く粉砕されてしまいそうな勢いだ。
緊張が走る。
劣勢。
重圧の気配が漂い始める。
『バセ3、ルサ1で手一杯で動けませんごめんなさいー!』
プラムが泣き声で報告してきた。
ネイダが大きな声で宣言する。
『バセ2、ルサ2を速く倒す。倒したらガレ中隊長狙う!』
上がってきた報告をエレノアに伝えると、彼女は歯噛みした。
「何てこと……! 予定が狂いました。バセ3がルサ3を足止めしてバセ1とバセ2でルサ2を叩く予定だったのに! 隊長、バセ3は今からでもルサ3に標的を替えられないか訊いてもらえますか?」
手一杯だから無理じゃないかな。
プラムに訊いてみると案の定泣き言が返ってきた。
それをエレノアに伝えると彼女は頭を抱えてしまう。
そうしている間にも【バセラ1】は蝕まれるように隊員が倒れていく。
蝕まれるのは隊員達だけでなく、士気そのものもそうだった。
開始から幾らも経過していないのに大きな劣勢。
予定は土器を叩きつけたように砕け散った。
圧倒的な力を前に成す術がない。
こちらはただただ勢いに呑まれ恐怖の渦に溺れていく。
『バセ2、ルサ2が、逃げるの、巧い。時間かかる!』
ネイダからも芳しくない報告。
「くうっ……!」
エレノアのこめかみを汗が流れていった。
「むぅ……」
俺も顎を押さえ眉間に皺を刻んだ。
いよいよ手詰まりになってきた。
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