第4話

 小隊長達との顔合わせから次の日。

 ナリア六世の治世二年目、一〇月一三日。

 アンガル4中隊結成の日。

 エルサリカ暦では三〇六六八年となる。


 エルサリカ大陸は三万年前一つの国が治めていた。

 人口一三〇億人、魔術や魔法を生み出すほど栄華を極めていたが、大災厄により滅びた。

 突如として大軍勢で侵攻してきた魔獣と呼ばれる怪物達により、三六〇日続いた激戦でエルサリカ全土が焦土と化した。

 戦いが収束した時エルサリカの人口は一〇〇万人まで減少。

 そこから時間を掛けて復興していき、再びエルサリカ大陸全土に人間が行き渡ったのが三千年前。

 その時三つの国に分かれた。

 そしてこれが契機となり、三つの国が争い始め、内乱も起こり、徐々に国が割れていった。

 今では三五二の国が乱立している。


 軍庁舎を間近に臨む広場に俺達は集まった。

 雑草の取り除かれた地面。

 秋仕度の木々。

 整列した隊員達。

 希望や期待、やる気で高揚した面々。

 快晴の空と見守るような太陽が俺達の門出を祝ってくれているのではないかと感じられる。

 緩やかに頬を撫でていく秋風の心地良さに思わず目を細める。

 ここからはリノロス城も見え、武骨な軍庁舎と壮麗な城という対比もダイナミックだ。

『街を過ぎた所でぐるりとリノロスの主要建造物を見渡した時、私は涙した』

 旅人のトライ・コールキンが北国からここまでやってきた時に感動し、そう記したという。

 俺も初めて軍庁舎へやってきた時に感動した。

 街を過ぎると視界が開け、視線を巡らせれば王国の主要建造物を全てこの目に収めることができるのだ。

 そこへ草原や森、大空といった自然の美も加わるので初見ではまず圧倒される。

 見えない力に押し戻される感覚を味わい、「うおっ」と声を漏らすことうけあいだ。

 朝日に照らされたこの素晴らしい景色は、王国の誇る財産と言えるだろう。


 中隊義務として『朝会』がある。

 毎朝広場にて中隊メンバーが集まり、報告連絡等を行う集会だ。

 この朝会内で中隊結成式として中隊長が結成宣言を行うことになっていた。

 中隊長って誰だっけ?

 俺か。

 スピーチやだなぁ……あー面倒臭い。

 などと軽い現実逃避気味。

 俺とエレノアは皆の前に立っている。

 そして俺とエレノアを除いた一六〇名弱がずらりと並んでこちらを注目していた。

 先頭にはネイダやプラムの姿が見られる。

 大量の視線を一身に浴び、究極に面倒臭いなぁスピーチ逃げたいなぁという気分が高まっている。

 しかも初日だから一六〇名弱の視線もかなりアツい。

 朝会は開始され、すぐにスピーチの出番が回ってきた。

 観念して喋り出す。

 どうせならウケを狙うか。

 元帥が『魔法ぉぉぉぉ――――――中ぅぅ――年!』と絶叫したように、俺も。

 さぁやるぞ、スベるのを恐れるな!

 やれ、俺!

「私は物語が好きです、大好きです。今日この瞬間、アンガル4中隊の最初の一ページが刻まれます。表紙は当然皆で飾られ、ストーリーも当然皆が綴っていくものです。このアンガル4中隊記を皆で面白くしていきましょう!」

 やれなかった。

 スベるの怖い。

 それに俺は中年じゃなかった。

 緊張のスピーチを乗り越えると、温かい拍手。

 そしてエレノアが部隊編成の説明をした。

 内容は昨日俺にしてくれたものと同じ。

 初任務は明日もらえるようで、今日は任意訓練を実施すれば良いという話だった。


 朝会が終わり、午前中は基礎訓練とした。

 リノロス軍の中で雛形となる基礎訓練メニューが存在するため、まずは雛形の通りとする。

 今後各小隊長と会議を重ねながらアンガル4中隊独自の訓練に変化させていく方針だ。

 郷に入っては郷に従え。

 まずはそこのやり方に慣れることだ。

 独自色は後から出せば良い。

 最初から独自色全開で行くと集団特有の摩擦が起こる。


 昼食は街に出た。

 食堂に入り、豚の生姜焼き定食を味わう。

 王都リノから馬車で一時間の距離にあるアスクラという農村のブランド豚使用とのことで、最高に蕩ける旨さだった。

 噛んだ時のジュワッとくる肉汁の風味がたまらん。

 そして、食堂を出た所で突然呼び止められた。

「よう、ハロルド!」

 アンガル1中隊隊長、ガレ・カオトワ十六歳。

 爽やか美少年で切れ長の瞳が眼鏡の奥に収まっている。

 黒髪黒目だ。

 軍服の着こなしも凄く格好良い。

「ガレじゃないか、昼飯の帰り?」

 俺は気楽に返す。

 ガレは会った初日に丁寧語禁止だと言ってきたのですぐに砕けた会話になった。

 ノリも良いのでそれも手伝ったかもしれない。

「いや、お前を捜していたんだ」

「何で?」

「俺、お前のことを一目見た時から気になって気になって……!」

「こわっ」

「寝ても覚めても気になって気になってぶっ殺したくて!」

「どんだけ恨み買ったらそうなるんだ。俺はそんなに買うほど元手が無いぞ」

「このぐらいかな」

 ガレは人差し指と親指で限りなく薄い隙間を作った。

「それじゃ世界中の人をぶっ殺さないといけないな、このバーサーカーめ」

 俺は眉をハの字にして肩を竦めた。

「そうだ、俺は世界中の人間をぶっ殺さないといけねぇ……! 女を残して男を全員ぶっ殺す! エルサリカの真ん中にでっかいハーレム宮殿を造ってやる!」

 空を指差して崇高な目標を掲げるガレ。

 眼鏡を弄りながらフッ……とキメ顔のキザ眼鏡だが言っていることは単なる性欲。

 これでよく中隊長になれたな。


 俺とガレは歩いて軍庁舎へと向かう。

 秋の陽気は心地良く、快晴の空だがお天道様も穏やかに見える。

 行き交う人々もまだかなりの薄着の者もいれば、軽装に移行しおしゃれを楽しんでいる者もいる。

 ここは大通りだけあってかなりの雑踏。

 道の両脇を蟻の行列みたいに人が行き交い、中央は馬車や荷車を引く若者、それから屋台を運ぶ夫婦などが見られた。

 馬車の重い足音や車輪の石畳を転がるごつごつした音、友人同士と思われる笑い声やどこかの店を探そうとしている恋人達の囁き、ちょろちょろするなと子供を叱る母親の鋭くも温かい声。

 様々な音の連なりで耳は忙しいが、すぐに慣れてそれを伴奏と感じるようになる。

 立ち並ぶ建物は白系の石造り。

 大通りのため商店が多いが、住宅も同じく石造りだ。

 ここリノロス王国では白系を基調とし、薄煉瓦色や淡いパステルカラーを用いて建築物に彩を与えている。

 平均的に二階建てが多いように見受けられるが、ぐるりと見渡せば五~六階建ての建築物もある。

 そして何と言っても圧巻なのが大通りを真っ直ぐ行った先に見えるリノロス城。

 白亜の城で壮麗荘厳、国の象徴として世界に誇ることができる立派な城だ。

 軍庁舎も城の敷地内にあり、やや武骨だが城の景観を壊さないようなかなかのデザインになっている。

「なあ見ろよ、リノロス王城は今日も! 俺も負けられねえ!」

 どうやらガレには城が全く違うものに視えるらしい。

 重症だ。

「どうしてあの壮麗な城を無理矢理貶めるんだ」

 ガレは愚問だ、とばかりに腰に手を当てて言った。

「絶倫だからだ!」

「頭オカシイこの人! 街中でカミングアウトしないでくれよ」

 マジ置いて帰りたいコイツ!

 一緒に歩く俺が恥ずかしい。

 うわあお姉さんとかジロジロ見てる!

 チビッ子達が指差して笑ってる!

 女の子達がひそひそ言ってる!

「あ、そうだ絶倫で思い出した」

「……何を思い出したんだよ」

「ハロルド、俺の中隊と模擬戦で……勝負だ!」

 ビシリと俺を指差し宣戦布告するガレ。

 脳の伝達系が奇病に冒されているようだ。

 俺だったら絶対そんな繋がりでは思い出さない。

 中隊同士、アンガル4対アンガル1で練習試合をしようという話、か。

 個々で訓練するよりも実戦に近い形で経験を積めるため、模擬戦は奨励されている。

 レベルアップには絶好のチャンスだ。

 だが。


「やめとくよ」


「ちょちょちょっっちょっちょちょっちょっっと待てハロルド!」

 すたすた歩く俺に追い縋る変態。

 俺は構わない。

「だって面倒臭いし」

「ちょっと待ってえ~ん、ああんちょっとぉ~!」

「ウザッちょっ触るなコラ! 駄目なものは駄目!」

 だってまだ隊のことを把握しきれてないし。

 経験積むにももう少し経ってからが良いんだよ。

「…………ふむ。そう、か……」

 急に低い声になり離れる変態。

 薄気味悪いので俺は立ち止まって振り向いた。

 ヤツは詐欺師のような笑みを浮かべ、眼鏡の真ん中をクイと上げた。

 キラリとレンズが光る。

「な、なんだよ……?」

「フッ……俺は目的のためなら男だ。ハロルド、お前の配下に可愛い女の子達がいるな?」

 エレノア、ネイダ、プラムの顔が順繰りに浮かぶ。

 得体の知れない恐怖が漂い始める。

 え、この流れって、彼女達に何かしたのか……?

「いるけど、それがどうしたんだ?」

「彼女達を助けたければお前は従うしかない」

 危険な響き。

 奴の顔が一瞬無慈悲なものに見える。

 恐怖がこみ上がってくる。

「え、おい、ちょっ何したの?」


「拷――――――――――――――――――――問っだっ!」


「はああっ?!」

 寒気が駆け抜けた。

 コイツ頭オカシイっつうか一線超えちゃってたの?!

 しかもこんなって……おいおいおいおい!

「今頃お前の中隊長室でになっているぞ?」

 俺はなりふり構わず駆け出した。

 マジ何してくれてんの、マジなんなの!

〈アイ〉の身体強化【魔凱装ラトウルヴァ】を行使。

 出力全開で限界まで身体強化し、通常の人間では出せない俊足で走る。

 風を切り裂く感覚が生まれる。

 彼女達が危ない!


 城の敷地内に入る、走る。

 軍庁舎へ真っ直ぐ走る。

 軍庁舎入り口へ飛び込む。

 何人かとぶつかりそうになり謝りながら走る。

 階段に来る、一段飛ばしで駆け上る。

 息が切れる。

 踊り場、二階、踊り場、三階、踊り場、四階、廊下へダッシュ!

 もう少し、あと少し、あった俺の中隊長室!

 皆無事でいてくれ!

 俺は扉をバァンと開けてその光景を目にした。

 目の前で繰り広げられていたのは……


 エレノアが幸せそうにケーキを頬張っている。

 ネイダが口をもぐもぐしている。

 口の周りにはケーキのかすが付いている。

 プラムがケーキにかぶりつこうとしている。

 中隊長室の机に広げられたケーキや紅茶たち。

「あ、隊長!」「…………隊長」「隊長だー!」

 エレノア、ネイダ、プラムが俺を見返した。

 俺は叫んだ。

「なんじゃあこりゃああぁ――――――――――――――――――――――っ!」


 早とちりというのは誰にだってある。

 幾つかの情報が与えられてさぁ想像してみて下さい、と言われた時、情報が少なければ想像の幅は幾らでも広がるだろう。

 これまで積み上げてきた人生の引き出しからせっせと物色し、足りない分の情報は補おうとする。

 気持ちだって左右する。

 今回俺は気が動転していたわけで、そうするとどうしても最悪のパターンを想定してしまうわけで。

 そしてガレが性欲の塊みたいな奴という強力な情報があったわけで。

 そんな奴が拷問だと言えばさ、ねえ、仕方無いでしょ?

「変態」

 ネイダが冷たい目で見据えてくる。

 直球の言葉で抉ってきた。

 プラムは顔を赤くしてショート寸前。

 おかっぱ髪を揺らしている。

「はわわ、隊長は一体何を想像してたですかー」

「隊長はあくまで私達を助けようとしただけで……」

 エレノアが庇ってくれるが力が無い。

 やはり顔が赤い。

「きっと期待してた。隊長、ネイダたちを、妄想で汚した」

「怪我さしたら危ないよー!」

「プラム、怪我じゃなくて汚す、よ」

「プラムは子供。言葉知らない。発育不良」

「子供じゃないよー! それに発育はこれからだよー! じゃあネイダ、『汚す』の意味教えてよー」

 すると、それまでふふんと笑っていたネイダが言葉を詰まらせる。

「っ……! し、知らない」

 急に目を泳がせてもじもじし始める。

 それを見てプラムがテーブルをぺしぺし叩いた。

「うぷぷ、なーんだネイダも知らないんだよー! 知らないで使ってるんだよー!」

「知らないわけじゃ、ない!」

「じゃあ言えるはずだよー言ってみてよー」

「し、知ってるけど知らない!」

 ネイダは困惑と羞恥の混ざった表情で怒る。

 あまり表情が動いていないけど、傍から見ていてそれが分かるような声と口調だった。

 必死に強がる姿が微笑ましい。

 しかし、死ぬほど脱力した。

 部屋にはもう一人、別の女性がいた。

「おやおやぁ、ハロルド中隊長もウチの中隊長に負けず劣らずのようで……」

 アンガル1中隊副長ナニャフ・タレボレ十五歳。

 企んだような顔で眼鏡、深緑色の髪は肩までの長さで瞳は黄金色。

 顔を伏せがちにしてわざと企んだ感じを強調している。

「全く、これが拷問かよ……」

 俺は土下座に近い格好でうなだれていた。

 ナニャフが得意気に解説を始める。

「そう、このケーキを食べたら模擬戦を受けなければいけない、『食べたら負けよ☆』の拷問ゲームでしてねククク……彼女達の目の前にケーキを置いてどこまで耐えられるか試していたんでさぁ……」

「くっ何て卑怯な……! そんな目の前に置かれたケーキに耐えるのは至難のわざだ。そんなの耐え難き拷問……ってあれ?」

 食ってなかったっけ?

 既に食ってなかったっけ?

 俺はエレノアに目を向ける。

 さっと視線を逸らされた。

 ネイダに目を向ける。

 さっと視線を逸らされた。

 プラムに目を向ける。

 さっと視線を逸らされた。

 しかもこの状況で最後の一カケラを口に放り込んだ。

 ハムスターみたいに両の頬がぷくっとなる。

 コラそこ、何してる。

 いや、多分彼女達には大きな葛藤があったはずだ。

 隊長がいないのに私達で勝手に決めて良いはずが無い、でも食べたい、でも隊長がいない、食べたい!

 そんな葛藤もいつしかケーキの魔力に屈服してしまったのだろう。

「ちなみに彼女達は一秒も耐えられませんでした。迷いも見せませんでしたぜククク」

「おいいいいいいいいいいいいいぃ!」

 ナニャフの言葉に俺は全力で耳を塞いだ。

 聞きたくなかったよそんな情報!

「これはもう模擬戦を受けるしかないですぜククク」

 ちくしょう、完全にしてやられた。

 こうなったら開き直る!

「だ、駄目だ、こんなの無効だ! 俺は認めない!」

「でも食べた」

 ネイダがじっと見詰めてくる。

「なに胸張って言ってんだよ! ケーキで簡単に釣られやがってお子ちゃまか!」

「ネイダ、子供じゃない」

 ムッと少しだけ表情を動かすネイダ。

 それが子供っぽいんだけど。

 口の周りにクリーム付いてるんだけど。

「子供じゃないなら食べなくて済みますぅー」

「食べたいから食べる、何が悪い? ケーキは大人も好き。むしろ大人だから好き。だからネイダは大人」

「その超理論が子供だっての……」

「それに、食べたらもう戻せない」

「別に可能不可能で言ったら不可能じゃないけどな」

「変態」

「やれとは言ってねえよ。タダほど高いものはないんだから食べちゃだめだろ? 食べたら模擬戦だよって言われているんだから」

「受ければ良い。模擬戦。単純なこと」

「だから~……副長、受けるにはまだ早いんだって。分かるでしょ?」

 話が通じそうな人へ矛先を変更。

 ここは頼りになる副長に。

 エレノアはナプキンで口元をふきふきし、輝く笑顔で言った。

「受けて良いと思いますよ?」

「う裏切り者ーっ」

「だってリノ・パルデ通りの【ラ・ベルデ】のスイーツはいつも並んでてこの時間にはなかなか食べられないんですよ? それが目の前に差し出されてしまったらもう……ああ舌の上でとろける食感、広がる生クリームに瑞々しいフルーツ、ほのかな香り……たまりません!」

「俺まだ食ってないのにおいしそうな話をしないでくれる? 無性に食べたくなるんだけど」

「それなら是非! 隊長も食べてみて下さい!」

に乗るか! 俺まで食べたら断りようがなくなるだろ!」

「でも最後の一個ですよ? 良いんですか? ほらほら~最後の、一個、ですよ?」

「それを見せるな近付けるな食いたくなるから!」

 くっそーこれで一対二。

 プラム、お前だけでも引き入れて二対二に!

 プラムに目を向けると、大きな涙目で俺を見上げていた。

「隊長、食べてごめんなしゃい……」

「良いよ別にお前は何も悪いことなんかしてな……じゃない! なあプラム」

「隊長ー……」

「な、なあプラム」

「隊長ー……」

「くそー何も言えねえこんなの反則だろ!」

 無理だ!

 これで一対三。

 味方がいねえ。

 みんな同じ隊の味方のはずなのに味方じゃねえ。

 こうなったら最終手段、拒否権発動。

「……隊長権限だ、駄目。やっぱりもう少し隊のことを把握してからでないと」

 そうだ、正論には勝てない。

 多少憎まれるかもしれないが彼女達のためだ。

 リーダーは時に憎まれ役をしなければならない。

 隊を導くとはそういうことだ。

 俺は腕組みして目を閉じる。

 もう梃子でも動かないぞ。

 すると、シュシュッという音と共に俺の軍服の裾が握られた。

 片目を開けるとプラムが大きな涙目で見上げて裾を掴んでいた。

「隊長うぅー」

 ぐおおおおっそんな目で見るな、駄目だ負けるな俺!

 次にシュルッという音と共に別の手も軍服の裾を握ってくる。

 両目を開けるとネイダが困り顔で俯いていた。

「……反省する。だから、受けて」

 血を吐きそうになる俺。

 もはや満身創痍。

 エレノア、エレノア……君だけは駄目だよ、理性を保たないと駄目だよ。

 俺もう満身創痍だよ、HP1だよ。

 君はこんな状態の俺にとどめを刺そうなんて思わないよね?

 エレノアは俺の背後に回り、そっと抱き締めてきた。

 背中に柔らかな双丘の感触。

「お願いです、隊長……」

 耳に息がかかる。

 甘い囁き。

「…………う、受け……る」

『きゃーやたああぁ――――――――――――――――――――――――っ!』

 三人とも歓喜して抱きついてきた。

「ウシシシ、これで決定でさぁ……」

 ナニャフのしたり顔を横目で睨みつつ、俺はとびきり苦い顔でテーブルに残った最後のケーキを引っつかんだ。

「ちくしょ――メンドクセ――な――もお――ど――――にでもなりやがれ!」

 よく分からない状態でぐだぐだな連携しか取れない、というか連携と言えるシロモノにはならないだろう模擬戦なんか彼女達のためにもならないっつー裏の気遣いもあったんだけどな。

 しょうがない、今できる最大限でやってみるか。

 バクバクッとケーキを一気に口内に放り込む。

 咀嚼。

「…………うんまぁああ――――――――――っ!」

 今度自分でも買ってみよう。

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