第3話
ネイダの「攻撃したと錯覚させる」技、【夢陣幻撃】で見事に騙されてしまった俺。
これが実戦なら硬直した俺はあっさりガラ空きの胴でも斬られてしまっていただろう。
ぶしつけな殺気の余韻が残る俺に代わり、エレノアが説明してくれる。
「今のは剣士としての強さだけでなく、戦場で耐えられるかどうか……そんな心の強さも試していたのですね。私はまだ微妙かもしれません……」
この世界での戦いは気持ちの面で『ぬるい』かもしれない。
何故なら、死の危険が少ないから。
〈アイ〉による魔法障壁があるため、刀で斬られても簡単に死亡することは無い。
通常では自分が死ぬ覚悟も難しいが相手を死なせる覚悟はもっと難しい。
それが、自分が斬った相手は魔法障壁でダメージ軽減されて倒れるだけ。
手とか脚とか胴体とか飛ばない。
『死んだかもしれないけど、死んでないかもしれない』と解釈できるし、そう思え、と教えられる。
心の負担が少ないのだ。
「俺は、あるつもり……ではあるけどね」
俺は曖昧に答えた。
するとネイダの視線が鋭くなる。
表情こそ殆ど動いていないが、確実に視線が射抜くような力を帯びていた。
外見的な変化が少ない分、内面的なものを大きく伝えることができるのかもしれない。
「曖昧は良くない。戦場は強さのみが支配する。弱い隊長に命、預けられない」
シビアではっきりした考え方。
彼女の判断基準、価値は『力』か。
なるほどそれはそれで一理ある。
強さはリーダーシップの重要なファクターだ。
ただ、手放しで肯定できるわけでもないのでこちらの考えも伝えておく。
「でもさ、ここで示した覚悟が実際にどうなるかなんて分からないじゃないか。よくある究極の質問と一緒だよ。一人を犠牲にして大勢を助けるか、大勢を見殺しにして一人を助けるか、とかさ。口では何とでも言えるけど、実際にそうなったらどういう行動に出るかは分からない。だからこの場で宣言することにそこまでの意味を感じないんだ」
「その二択なら、大勢を助けるべきじゃ、ないの? 一人の犠牲で済ますのが、軍人だと思う」
ネイダは迷うことなくそう言った。
純粋に、教えられたことを信じているのだ。
俺も軍学校でそう教わったし、毎日念仏のように叩き込まれた。
『お前らは人間じゃない、機械になれ! 兵士は何も考えるな!』
これは統率のためだ。
好き勝手な行動を取られたら団体行動ができない、というのがその理由。
だが俺はそこに一石を投じた。
「そうか、俺はこう思う。究極の質問というのは疑問が残る。あんな究極に情報が削られて状況が自分に委ねられるなんておかしいと思わないか? 現実だったら周囲に考慮すべき情報が山ほどあるはずだ。それはどこの話なのか、街中なのか洞窟の中なのか。行き止まりなのか道が分かれているのか。脅威となる存在は何なのか。援軍は。風向きは。そこの野生生物は……考えたらキリが無い程に本当は情報がある。それらの情報を組み合わせれば究極の二択を回避できる方法が思い付くと思うんだ」
何も考えないなら、想定外への対処はどうやってするんだ?
俺の故郷では「何でこんなに非効率なことをするんだ?」というような作戦が頻繁に実施されていたが誰も疑問を持っていなかった。
そしてそれらの作戦で実際に甚大な被害を出していた。
既に戦いの潮目が劣勢に変わったのに突撃を止めなかったり罠が仕掛けられていそうな所にも平気で進軍したり、数え上げれば枚挙に暇がない。
すると、ネイダはちょっとだけ驚いたような感じで目をぱちくりさせた。
「え? あ、え……?」
俺が語ったことに意外性を感じたのか、それとも反論されたと思って気を悪くしてしまったか。
しばらくネイダは首を捻った後、ぼそりと呟いた。
「…………それは、考えたこと、無かった。隊長、変わってる」
どうやら気を悪くしたようではなかった、良かった。
むしろネイダの表情を見る限りプラスの感情がうかがえる。
視線がさきほどのような鋭さをなくし、代わりに興味を抱いたみたいな好奇心の色が出てきていた。
「昔からどうも変な所が気になる性分でね。やっぱり変かな?」
「それは、別に。それより、隊長の考え、聞けて、良かった。単純な曖昧じゃ、なかったから。ネイダ、はっきりしないの、嫌。何でも理由とか、知りたくなる」
ああ、理由を求めるタイプなのか。
それって恋にも理由を求めるの?
面と向かって尋ねるつもりは無いけどさ。
短い時間での会話だったけど、ある程度彼女のことを知ることができて良かった。
判断基準、価値は力という考え方で、割とはっきりした性格。
表情は乏しいので感情はこちらで想像するしかない。
殺気をぶつけてきた時のピリピリした緊張は吹き飛び、和やかな空気になった。
エレノアが頃合を見計らったように口を開く。
「どうですか、ネイダは? 表情はちょっと固いですけどはっきりした性格でしょう?」
「ああ、そうだね」
どうやらエレノアも俺とだいたい同じ見立てのようだ。
元からここにいる彼女の見解と同じというのは心強い。
「ネイダ、何か訊きたいこととかはある?」
エレノアは今度はネイダの方に向き、尋ねた。
ネイダは首を振った。
「今は、ない」
「困ったことがあったら遠慮なく言ってね。ネイダなら遠慮しないでしょうけど。たまには遠慮することも必要よ?」
お姉さん的な言い回しでエレノアが言うと、ネイダはすました感じで返した。
「遠慮なんて、する必要、ない」
「ふふ、そうよね。そうだ、特製ジュースがあるんだけど飲んでいく?」
帰る前にちょっと飲んでいきなよ的な調子でエレノアがマグカップを取り出す。
俺はビクッとなった。
あの致死ダメージを叩き出した拷問ジュースだ。
そうしたらネイダもビクッとなり、初めて表情を大きく動かした。
あからさまに動揺が見てとれる。
「や、やめとく……!」
虹彩が小刻みに震えている。
必死に動揺を悟られまいと服の裾をぎゅっと掴んで強がる感じが可哀相だけどちょっと可愛い。
声も震えていて、俺と同じトラウマを彼女も既に持っているのが分かった。
「遠慮なんてする必要ないじゃない」
「っ……! た、たまには……遠慮、する!」
そう言ってネイダはごくりと喉を鳴らした。
その怖がり方が不憫な感じで、やっぱりちょっと可愛かった。
しかしネイダにもここまで言わせるとは。
拷問ジュースの破壊力は桁外れだ。
恐るべし。
味を思い出したら胃がきゅうってなってきた。
ネイダは逃げるようにスタスタと部屋を出て行った。
彼女の特徴に二つ追加だ。
彼女は表情が乏しいが、拷問ジュースの場合は話が別。
それから、服の裾をぎゅっと掴んで強がる感じがちょっと可愛い。
次の小隊長をエレノアが呼んできた。
紹介を受けて部屋に入ってきたのは、まだ軍学校を卒業しきれていないような可憐な女の子だった。
おかっぱの黒髪に大きくてくりくりの目。
元気印のような笑顔。
頬も標準で赤みがあるような純朴さ。
背は小さいし、軍服も着こなせていない、着られている感じだ。
お胸の方は前から見ても横から見てもきっと判別できないだろう平面。
まあ、もはやどんなのが来ても動じはしない。
ネイダで充分に意外性は味わった。
おかっぱの娘は元気印の笑顔で元気良く言った。
「魔法少女キラリン・プラムー!」
決めポーズ。
俺は眉間を揉む。
そして。
「却下、はい次」
淡々と言った。
エレノア、別の人連れてきて。
誰が魔法少女を募集したの?
確かにもはやどんなのが来ても動じはしない、と心構えはしたよ。
でもこれは斜め上を行きすぎだろう?
すると魔法少女キラリン・プラムちゃんは涙目で縋ってきた。
「ちょっと待って下さいよー判断するの早いですよー!」
「だって、イタい娘はちょっと」
俺はあくまで冷静に返す。
しかしエレノアが衝撃的な事実を告げた。
「あ、隊長。その娘はプラム・アガムンという名前です。ダナン元帥溺愛の愛娘です」
「いやぁプラムさんは実に聡明なお顔をしていらっしゃる! どうりで元帥に似ているわけだハハハ!」
即座に俺は態度を改めた。
俺だってこれくらいの世辞は言えるんだぞ。
ちなみにダナン・アガムン元帥と初めて会った時はこんな感じだったな。
『魔法ぉぉぉぉ――――――中ぅぅ――年!』
娘と父で自己紹介が微妙に被っている。
可愛いと気持ち悪いで落差が激しいが。
プラムさんは何とか機嫌を損ねること無くまた元気印の顔になった。
「じゃ、じゃあボクはここにいても良いですかー?」
何だか語尾の伸ばし方がほんわかする。
話していると癒されそうだ。
まあいても構わないんだけど、実力の方はどうなのかな?
そんな視線をエレノアに送ると、美人の副長は快く応じてくれた。
察しが良い。
「彼女はネイダと同じく十五歳です。軍学校の成績は五位で卒業、団体模擬戦でも勝率五八%を記録しました。総合的に堅実性があり、付いた二つ名は〈マジ天使〉」
「癒されそうって部分しか二つ名に反映されてないよねそれは」
実力に問題は無さそうだけど。
まあいっか、癒されれば。
「…………本当にここにいても良いですかー……?」
俺の態度を不安に思ったのか、プラムは人差し指を胸の前でつんつん合わせてしょんぼりする。
おかっぱ髪の下に収まる澄んだまなこが潤んでいた。
無垢な輝きを湛えた目が上目遣いにこちらを見ている。
迷子の子供が縋るような姿で守ってあげたくなった。
「ああ別に、そんなの気にしなくて良いよ」
「ボクは皆にどう思われているか凄く気になるですよー。隊長はどうですかー?」
ああ、周囲の目が気になる性格なのか。
俺はあまり気にしないな。
ぼっちだし。
「それは気にならないと言えば嘘になるけど。潜在的には良く思われたいって気持ちもあるんだけど。でも自分を取り繕ってまで良く思われたいかと言えばそうでもないし」
自分を取り繕うことに心血を注ぐのを否定はしない。
でもそれをやると俺は疲れてしまう。
さんざん迷走して結局辿り着くゴールが『俺は俺でしかない』になるから。
「空気読めないって言われるのは怖くないですかー? ボクは思ったことがすぐ口に出てしまうのでいつもヒヤヒヤしてますよー。特に空気読めなかった時のあの視線とか泣きそうになりますよー……」
「ああ確かにあの殺意みたいな視線は刺さるよな。集団を乱すなみたいな強迫観念の押し付け。個性はあって当然なのに個性を否定するのはどうかと思うんだけど」
「集団を保つためにはそういうのも必要なんじゃないんですか?」
エレノアが恐る恐る口を挟んだ。
プラムもこくこくと頷く。
「ボクもしょうがないと思いますよー。鶏小屋に一羽だけ白鳥が混ざっていたりするとみんな不安になりますよー」
思うことはあるけど、仕方の無いことでもある……そんな揺れる思いがあるのかもしれない。
そこで俺は提案をしてみた。
「その白鳥をセンターにしてミュージカルでもやればウケるんじゃないの? 変り種がいた方が面白くない?」
「ほえほえーそういう見方もあるんですねー」「私はやっぱり不安ですね……」
彼女達の意見が分かれた。
プラムは発見があったとばかりに感心を見せ、エレノアは集団の中で異質な存在がいたら受け容れ辛いという態度を示す。
この中ではエレノアが一番普通系なのかな。
プラムは若干流されやすいかな、柔軟とも言えるけど。
プラムはひとしきり感心すると、八重歯を見せてにぱっと笑った。
「隊長って変わってますよー。でも話していると安心できる気がしますよー」
「え、そうかな?」
意外だ。
変わっているというのは自分でも分かっているけど、話していて安心できるというのは初耳だ。
俺が不思議がっていると、エレノアがそれに答えてくれる。
「実はわたしもちょっとそれ思ったんです。隊長って話をよく聞いてくれそうな感じがして安心して話せるんですよ。聞き上手なのかもしれません」
するとプラムが同意を示した。
ぴょんぴょん飛び跳ねて『それだ!』とばかりに指を立てて腕を上下させる。
「そうそうそれだよー! 聞き上手なんだよー! 最初は何気無く話し始めたのに、いつの間にか相談モードになってたんだよー。隊長と話し始めるとどんどん話したくなっちゃうんだよー」
俺はどうして良いか分からず頭を掻いた。
そういうものなんだろうか。
「まあ、そういうことなら、困ったことがあったらどんどん言ってくれ。聞ける範囲で聞くから」
「頼りにしてるよー!」
プラムは再び八重歯を見せて笑った。
この八重歯はチャームポイントだな。
区切りがついたようで、エレノアが話題を変えた。
「プラムはちょっとふわふわした感じですが、戦闘では充分に力を発揮してくれるはずですので、戦力として期待して下さい」
するとプラムは自分で「ふわふわー」と言って小躍りを始める。
口調だけじゃなく行動もほんわかしているようだ。
まさに癒し系。
そしてよろしく、と挨拶してプラムが退室しようとすると、エレノアが呼び止めた。
その手にはマグカップ。
「そうそうプラム、特製ジュースがあるんだけど飲んでいかない?」
プラムはビクッとなり一瞬だけ毛が逆立った。
それからさんざん震えた後、涙目になりながら返答する。
「は、はい……いただ、いただき、ますぅ……!」
まるで市場に売られていくかわいそうな子牛。
しかも諦めの境地に至ったみたいな。
「あら泣くほど喜んでくれるなんて思わなかったわ!」
エレノアが天然な解釈をしているが致命的に間違っている。
どう見ても断れない良い子なだけじゃないか。
「よ、よろこばじいでしゅうぅ……!」
「ほらほら泣かないの。特別に大きめのスープ皿に三杯分作ってあげるから」
「えっ……?」
この世の終わりみたいな絶望に染まり、プラムの動きが止まった。
あまりにも不憫なので俺が助けに入る。
「そうだエレノア、明日の段取りとかもあるしその話を早いところしよう!」
俺はエレノアとプラムの間に割って入り、エレノアに背を向けてプラムに指で『今の内に逃げろ』と合図を出した。
プラムは慌ててそそくさと退室していった。
エレノアは残念そうにマグカップを見詰める。
「そうですね、うーん残念。みんなで飲みたかったのに」
エレノアは真面目でしっかりしたお姉さんって感じだけど、時々天然らしい。
まあ、プラムのことも話してみてある程度分かった。
プラムは癒し系。
ほんわかふわふわ。
八重歯がチャームポイント。
ちょっと流されやすいけど、柔軟とも言える。
他人の目が気になる。
それから断れない良い子。
ちょっと心配かもしれない。
これで顔合わせは終わりのようだった。
エレノアが補足情報を教えてくれる。
「以上が顔合わせです。部隊編成ですが……」
【バセラ1】小隊長(兼中隊副長)エレノア ―― 五〇名
【バセラ2】小隊長ネイダ ―― 五六名
【バセラ3】小隊長プラム ―― 五〇名
中隊長ハロルドを含め、総勢一五七名を以って【アンガル4】中隊とする。
「……となりますので、改めてよろしくお願いしますねハロルド隊長! 正式には明日の朝、軍庁舎脇の広場で中隊結成式を行った時点でアンガル4中隊が誕生となります」
「よろしく! 君のサポートのお陰で分かり易かったよ、助かる」
まるで秘書であるかのように各小隊長との顔合わせや彼女達の経歴のレクチャー、部隊編成や明日の予定まで完璧にサポートしてくれた。
滅茶苦茶頼りになる副長だ。
サポートが上手い娘は気配りや気遣いができる娘だ。
彼女が副長で良かった。
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