第25話
夜の森らしく静寂が降りる。
だが戦場としてはむしろ異様。
俺の右手が猛烈な痛みを主張し始める。
しかし要らないと思った【鉄の意志】に助けられるとは。
腕の先が無くならなかったのはこれのお陰だろう。
これだからレドラスは奥が深い。
「…………なぁ、大丈夫だぞ、子供達」
俺の胸に縋り付くレトラに声を掛ける。
彼女はグズッと洟をすするとようやく離れた。
守るべきもの。
そうか、彼女はこの子達を背負っていたのか。
俺は子供達を手招きしながら離れた。
すると「お姉ちゃん!」を口々に子供達がレトラに飛びついていく。
小学生ぐらいの男の子女の子達。
「何で、子供達が……?」
エレノアが不可解に染まった表情で尋ねてくる。
「監視役だろう」
これは意外だった。
森で感じる視線は一つの小隊が移動しながら俺達を監視しているものだと思っていた。
だがこの子達がいればわざわざ小隊を動かさなくても良い。
更に、仮に登山道を横切る時に登山者に見付かったとしても怪しまれない。
戦闘時、子供達は安全な所に退避している筈だった。
でもレトラの窮地に我慢できなくなった。
レトラは、それだけ慕われているのだ。
「子供達が率先してこんな事をするなんて……」
「…………ガシュラの経済状況は悪いのか?」
「え? あまり良くはないですが」
「子供達が出てくるってのは、そういった場合が多い」
「あ、あの!」
レトラの声。
「ん?」
彼女は俺と目が合うと視線を逸らし、悪戯を反省した子供のように口を尖らせた。
「あ……ありが、と……」
「…………鉱物資源でこの子達を養っているのか?」
「うん……正確には、村全体だけど。山の麓に村があってね、寒村なんだ。なーんにも無い所。ウチの国さ、苦しくなってきて地方は酷いんだ。私が軍で活躍すれば何とかなるかなって思ったけど、そんなお金じゃどうにもならなかった。鉱物資源を強奪して国に納める前に、一部抜き取って村に送るの」
「月一~二度の襲撃で足りるのか?」
「何とかね。それにやり過ぎたらリノロスの人にも同じ苦しみを味わわせる事になるし」
『疑問がある。何故ちまちまやる? 分からない』
ネイダの疑問が脳裏をよぎる。
俺も不思議に思っていた。
やはり、そうか。
ルールを作り、超えてはいけないラインを設定していたのだ。
「…………他に方法は無かったのか?」
「あはは、私馬鹿だからさ。他に方法を思い付かなかったんだ。これが駄目だったらもう、私自身を……」
そう言ってレトラは襟を強く握り締めた。
「それはやめるんだ」
「みんな苦しければしていることだよ。無責任な綺麗事は言わないでよ」
俺は軽く後悔していた。
確かに世界中、苦しければどうするかは限られてくる。
そうした影の部分を見なかった振りをしていればシアワセに暮らせる。
だが。
目の前にそれが迫ってきたら、無視する方が難しいのだ、俺にとっては。
せめて目の前に迫ってきた事象だけでも何とかできないのか。
「……方法を考える。しばらく時間をくれ」
俺は溜息をつきながらそう言った。
「え……考えて、くれるの……?」
レトラは目をぱちぱちとさせる。
俺は黙って頷いた。
仕方無いだろう、無責任と言われないためには本気で考えるしかない。
とんでもなく難しいことだ。
単純な支援ではダメだ。
持続可能な発展が無ければ破綻してしまう。
どうすりゃ良いかね……
俺は自身の
「一週間後、この山に来て連絡する。それまで持っておけ」
「う、うん……」
レトラはしばし呆然と連信結晶を眺め、それから大事そうに胸に抱いた。
エレノアが焦った様子で俺に詰め寄ってくる。
「隊長、敵に連信結晶を渡すなんて……!」
「良いんだ。『敵の攻撃が激しくいつの間にか落としていた』そういうことだ。レトラはたまたまそれを拾った」
「で、でも悪用されてしまう可能性もっ」
「たぶんしないだろう。仮にそうなっても、その時はその時だ」
そうしたらエレノアがハムスターみたいに頬を膨らませた。
「むー……分・か・り・ま・し・た! 隊長がどーーーしても、と言うなら、私は単なる副長ですし? これ以上は言えないですもんね!」
何だか怒ってないか……?
まあ、消耗品とはいえ備品もタダではないからな、節約意識は大切なのだろう。
その時、森の奥から新たなざわめきが起こった。
もう増援はいないはずではないのか。
「ハロルドオォ!」
森の奥から出てきたのはファルナムと黒ずくめの集団。
俺は条件反射的に刀を抜こうとしたが、右腕を激痛が襲い不可能だった。
「……まだ観光旅行してたのかよファルナム? 放浪記でも書くつもりか?」
痛みで脂汗を浮かべながらそれでも軽口を叩く。
そしてそれとなく敵の規模を確認。
多い。
明らかに一個小隊を超えている。
どれくらいだ?
一個中隊?
「隊長!」「何、あいつら?」「隊長のお兄さんー?!」
エレノア、ネイダ、プラムが駆け寄ってくる。
俺は皆を手で制し、兄とはいえ敵であると態度で伝えた。
レトラも事態が分からずおろおろとしているので、レトラが呼んだ増援でもなさそうだ。
ファルナムの顔が燦光石に照らされている。
だが端整で中性的な容姿が怒りに歪んでいた。
怒りだけじゃない、黒く濁った何かに突き動かされているようだった。
「先日はお前を仕留め損なった。落ち零れごときを仕留め損なったのは私の出世にとって大きな汚点だ……! 今回は確実に息の根を止めてやる」
ここで俺は重大なことに気付いた。
レトラ達の襲撃はラドクランの入れ知恵では。
襲撃の形が昔と近年で変わったとエレノアが言っていたが、そのタイミングでラドクランが関与したのではないか。
ファルナムはこの裏仕事に関わることで将来の布石とした……全ては想像だ。
とは言え俺が宿舎付近で襲われたのも、今このタイミングでファルナムが登場したのも、この付近にラドクランの監視の目があったからというのは確実だろう。
「それは熱心だな。熱心過ぎる兄弟愛で泣けてきそうだよ」
そして俺は周囲に集まっている小隊長達に残存カードの確認をする。
エレノアは【天界の囁き】、ネイダは【炎獄竜の化身】、プラムは【囲いの印章】。
俺の残存カードは【烈火の突撃】。
全員使用可能なソルも持っている。
こちらの残存兵力も確認すると、バセラ1二六名、バセラ2二三名、バセラ3三〇名。人数的には結構マズイ。
【炎獄竜の化身】で一気に逆転を狙うか。
「その減らず口も終わりだ! 軍学校で学年主席を取り続けた私の実力を見せてやる!」
「気は進まないが……嫌だと言ったら逃がしてくれるか?」
冷や汗が出始める。
ファルナムは学年主席を取り続けた正真正銘のエリートだ。
【炎獄竜の化身】があっても崩せるかどうか分からない。
兵力が平等だったとしても戦いたくない相手だ。
「ふん、お前は逃げられない。ハロルド、これを見ろ!」
ファルナムが狂ったように口を歪めた。
何かおかしい。
奴の隣に誰かが連行されてきた。
脇を二人が固め、中心にいる誰かに刃を突きつけている。
その誰かはどうやら女性のようだった。
目鼻立ちはそこそこの美少女で淡雪のような髪が肩ぐらいまである。
何か見覚えが……レトラと髪の色が同じというのも気になるが、そうではない。
というか、あの顔は、面影がまるで……
心臓が不吉にどくんと高鳴った。
頭の中で昔の声がフラッシュバックする。
『ハロルドー遊びに行こうよ!』『うん、行こう!』
『あの娘』との思い出。
まさか、まさかまさかまさか……
レトラが叫んだ。
「アーネ!」
決定的になった。
なってしまった。
世界が凍り付いてしまったようだった。
何だよ、これ。
やめろよやめてくれよ何で刀突きつけられてるんだよこんな、こんな再会って……!
嫌な鼓動の高鳴りは山を駆け上るように強くなり、嫌な寒気が背中から湧き出て全身を凍りつかせていく。
もう決定的なのに、それでも俺は訊いた。
「アーネ……なのか?」
女性は掠れた声で応えた。
「ハロルド……」
「アーネ!」
俺は咄嗟に〈アイ〉で限界まで身体強化、一歩を踏み出す。
「動くなよハロルド!」
ファルナムの一喝で俺の歩みは止まってしまった。
止まらなければどうなるのか?
そんな事分かりきっている。
分かりきっているけど進みたい、今すぐ助けたい。
でも進めばアーネは!
全身に漲り駆け巡る怒りが出口も無く心を焼いていく。
手出しできない無念さも渦を巻いて神経という神経を蝕んでいく。
血が止まる程ぎちぎちと拳を握り、大地を踏み締め、歯を食い縛った。
ファルナムは得意気な顔になり、アーネの頬を撫でた。
「さてハロルド、どうすれば良いか分かるな? 動くなよ、隊員全員にも指示を出せ」
俺は目を強く瞑り、皆に言った。
「従ってくれ」
プラムとネイダは俯いた。
しかしエレノアが語気を荒くしてファルナムへ噛み付いた。
「卑怯ですよこんなやり方!」
「何が卑怯だ! 勝てば何をやっても良いんだよ!」
ファルナムはまるで意に介さず嘲笑で返す。
「戦術マニアとしてこんなものを戦術とは認めません!」
「なら戦術でこの場を切り抜けてみせろ。できねば戦術など何の役にも立たない!」
両者平行線。
エレノアは戦術マニアとして卑怯卑劣を許せないのだろう。
一方ファルナムは勝利の手段しか考えていない。
なりふり構っていられないのだろう。
だが、何故だ?
「ファルナム、一体何故ここまでするんだ?」
実力を見せてやると言っておきながら同じ兵力での勝負をするでもなく、ましてや人質まで出してくるなんて。
言葉と行動が滅茶苦茶だ。
元々俺が望んでも得られなかったものを全て持っているファルナムなら、同じ兵力で堂々と勝負をしても充分勝てるはずだ。
一体何が、奴を突き動かしているんだ?
すると、ファルナムは瞳の奥に狂気を宿し、言った。
「ハロルド、お前が私が望んでも得られなかったものを全て持っているからだ!」
俺は数秒間思考が停止した。
脳内で爆発が起きたかのようだった。
俺が何かを持っている?
真逆だろう、それは!
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