第24話

 エレノアの号令により戦局が新たな展開を迎える。


 約一〇〇人の兵士達が森に向かい一斉に何かを投げ入れた。

 それから数秒。


 森のそこかしこでパッと明かりが灯った。

「な、何これ?!」

 レトラが後退しながら悲鳴を上げた。

 まさかこんな手を用意しているとは思わなかったのだろう。

 エレノアが前に進み出て右手を突き出す。

 そこに握られていたのは。

「燦光石です……『掌握戦』第一章〈基本戦術〉其の八【全地全応】――地形を全て把握し、そこにある物を応用せよ。視界が確保できれば私達に森を恐れる理由はありません。あなた方のホーム、奪わせていただきます……!」

 そう、これがエレノアの考案した作戦だった。

 敵は森の中に逃げ込んでしまえば良いと安心しきっている。

 だがそれは森の抱える闇を奴らが地の利としているからだ。

 それなら、闇を打ち払ってしまえば良い。

 燦光石は最適のアイテムだった。

 レトラがあまりのことに呆然とした。

「そん、な……この蟻地獄は、最初に足を踏み入れた時に、もう抜け出せないようになっていたの……? くっ……どうすれば……」

「判断の遅れは命取りですよ?」

 エレノアは不敵に笑って見せた。

 その姿はまさに名軍師。

 追撃が始まる。

 右往左往するレトラの部隊に俺達が襲い掛かる。

「ああもうっ! 退却、退却! 各隊は離脱ポイントまで退却!」

 レトラは連信結晶に叫ぶと退却する部隊のしんがりを務めた。

 俺がその相手をする。

 森に入るとエレノアの指示が加速した。

「明かりの不足している箇所に燦光石をどんどん投げこんで! ソルの溜まっている者はここでレドラスを使用! 突撃陣形で散開した敵を撃破せよ!」

 エレノアのバセラ1は縦長になり怒涛の勢いで突撃していく。

 混乱に取り残された敵兵士を見つけると、わっと襲い掛かり殲滅。

 更に進むと待ち伏せの一団が茂みから声を上げて突進してきた。

「ナド分隊・アモ分隊・ロク分隊は追撃を続行! 残りで待ち伏せの一団に対処!」

 ブロンドの副長の判断は冴え渡っていた。

 模擬戦の時に十全に発揮できなかった力が存分に解放されていた。

 彼女も刀を抜いて戦う。

 お供の兵士を連れながら決して孤立しないように、そして指揮が疎かにならないようにするのが彼女の戦闘スタイル。

 敵兵士は他の仲間を逃がすためにここに残っていたのだろう。

 追撃を遅延させるために死に物狂いで襲ってくる。

 だがエレノアは巧みに部下を動かし、翻弄し、確実に敵を減らしていく。


 緻密な計算式を高速で解き明かしていくように。

 敵の希望を、すり潰す!


 待ち伏せの一団は壊滅した。

「さあ、攻めて攻めて、攻めまくるのですっ!」

 エレノアが刀を掲げて鼓舞した。

 彼女が今、何を想像しているのか部下達は知らない。


 プラムの方も目覚しい活躍を見せていた。

「流れはこちらに来てますよー! みんな迷子にならないように気をつけるですよー!」

 刀を振り上げ檄を飛ばすプラム。

 その隊員達は『隊長が一番迷子になりそうです!』と温かい返事をする。

 隊はよく纏まり、役割分担が上手く機能していた。

 斥候が集団より先行するが、そこに敵が現れるとすぐに別の者が斥候役を代わる。

 戦いに突入してもコンビやトリオの連携を崩さず攻撃効率は最大に、被害は分散して、超効率的な戦闘スタイルを貫いていた。

 プラムはそんな中で自由に飛び跳ねるカンガルーのように動き回る。

「タアアアァッ!」

 敵兵士と打ち合い、倒す。

 別の敵兵士がやってきたところを転がってかわし、反撃でこれも倒す。

 カンガルーは見た目は可愛いが、その蹴りは強烈なのだ。

「手加減はできないですよ、ごめんなさいですよー!」

 そこへ敵部隊の隊長格がやってくる。

 周囲を寄せ付けないような鋭いオーラだ。

「レドラス・ヴィリッサル――狩猟本能!」

 隊長格はレドラスを詠唱すると鞘に収まっている刀の柄に手をかけた。

 そして飛ぶような勢いでプラムに接近すると鞘から刀を抜き放つ。

 その勢いで斬る。

 刃同士の激突。

 高い金属音。

「くうっ……!」

 プラムは仰け反りながらかろうじて防いだ。

 敵隊長は飛び退き、また刀を鞘に納める。

 柄に手をかけ再び迫る。

 そして抜刀しながらの攻撃。

 今度は二段攻撃でプラムに浅く命中した。

 また納刀する。

 抜刀術。

 攻撃の時初めて刃を見せるため敵に剣線の視認を困難にさせる技。

【狩猟本能】は敏捷性アップのカードであり凄まじい速度で攻撃が繰り出される。

 プラムは押されているかに見えた。

 だが。

「レドラス・イルトラット――血牙の輝き!」

 プラムの刀が緑色に発光。

 そして正眼に構えると自分から一歩踏み出した。

 その顔に臆した様子は微塵も無かった。

 間合いが詰まる。

 敵はここで決めるとばかりに次の攻撃。

 刀がぶつかり合い、音と共に緑色の光が弾ける。

 直後に敵隊長はプラムの脇を通り抜けた。

 敏捷性アップの動きに加え光が弾けた時である。

 プラムには目の前から敵が消えたように映ったはずだ。

 敵はもらったとばかりにプラムの背後から斬りつけた。

 その顔には確信した勝利。

 しかし。

 直後に響いたのは澄んだ金属音だった。

 プラムはきちんと反応し、下から上へと斬り上げながら振り返っていた。

 刀の通った軌道には花びらのような緑色の光の群れが漂い、消えていく。

 ひゅんひゅんと音がし、敵隊長の刀が落ちてきた。

 そして墓標の様に地面に突き立つ。

 プラムは敵隊長に刀を突きつけた。

「この勝負、完全にボクの支配下に入ったですよ……!」

 プラムの剣には、迷いが消えていた。

 清々しいほどの美しい剣線だった。

 敵隊長は抵抗せず、うなだれた。

 士気の高い集団はそれぞれが命令以上の働きを見せ、圧倒する。

 完封だった。

 周囲の敵を倒し終わるとプラムは剣を振り払った。

「みんな一人一人が勝利を作り上げるパズルピースですよー! 勝ったら今日は枕投げ大会するですよー!」

 隊員達は一斉に雄叫びを上げた。

 羨ましいほどの一体感だ。


 連信結晶に報告が入る。

『バセ2到着、合流します!』

 戦力が揃った。

 敵もそうだろう。

 ネイダのソルはどれくらい溜まっただろうか。

 一方、俺はというと。

 レトラの邪魔を続けていたが、流れが変わろうとしていた。

 ソルは緑2点赤1点の計3点が溜まっている。

 ここで変換しておく。

「レドラス・イルトラット――彩色の導き!」

 3点のソルが虹色になった。

【彩色の導き】が【鉄の意志】に変化。

 わざわざ採用を見送ったカードが手に入るとは……ついてねぇ。

 が、何が手に入るかはランダムなのだからこういうもんだ。

 こういうことを『引きが悪い』と呼ぶ。

 カードを手に入れることを『カードを引く』と表し、それを略して『引き』と言い、その運が悪かった時に使う言葉だ。

 逆に欲しいカードが手に入った時は『引きが良い』とか、または『鬼引き』と言う人もいる。

 レトラが急に右の刀を納刀した。

 意味ありげだ。

 というか、納刀する時はヴィリッサルを詠唱する時と相場が決まっている。

 させるか!

 鋭く踏み込み突きを放つ。

 しかしレトラは左の刀で悠々としのぎ、詠唱。

「レドラス・ヴィリッサル――銀殻の咆哮!」

 三撃放ったが結局詠唱を中断させることはできなかった。

 ヴィリッサルは納刀による隙が問題となるが、二刀流ならばそれが埋められる。

 確か【銀殻の咆哮】の効果は……


【銀殻の咆哮】緑1ソル+任意1ソルで起動可のヴィリッサル。40秒間攻撃力・防御力が上昇【中・小】する。


 これはとんでもなくやばい!

 俺もカードを起動するため詠唱を開始。

 しかしもうレトラが踏み込んできていた。

 レトラの踏み込みは重さが変わり、大地が悲鳴を上げたように重低音が響き、土塊を巻き上げた。

 次の瞬間には緑の燐光を纏った刀が迫る。

 俺はいなすことに失敗、刃で防御したが、吹き飛ばされた。

 背中に衝撃。

 木に激突して肺の空気が一気に持っていかれた。

 痛みが体の芯に響く。

「ぐっがっ……レドラス・イルトラット――大天使の抱擁!」

 くそ、さっさと起動しておけば良かった。

 手痛いダメージをもらってしまった。


「はあっはあっ……ふっ!」

 レトラも流石に息が上がってきたようだ。

 剣閃と共に汗が舞う。

「ぐっ……くっ……はあっ!」

 俺もかなり消耗している。

 しかし集中力を切らせば彼女の剣はとても止められない。

 悲鳴を上げる心肺機能を叱咤し、彼女の剣を受け続けた。


 暫く時間が経過すると、敵の数が減ってきた。

『バセ2、ネイダ、ソル溜まった!』

「よし、敵司令官を叩くぞ! 包囲陣形!」

 レトラの部隊はどうやら彼女だけが異常に強いようだった。

 レトラさえ止められれば、彼女一人に頼る彼女の部隊は脆かった。

 俺は既にボロボロになっていたが、それでも無理して笑った。

「もう部隊は壊滅のようだな。さぁそろそろ、いただこうか……勝利を……!」

 レトラももう勝敗は分かっていたようだった。

 だが彼女の心はそれでも折れない。

「せめて、あなただけでも倒す! あなたを放っておけば、もうこれが成り立たなくなる……あたしには……守るべきものがあるんだ!」

 瞳の奥に、死しても成さねばならぬ何かが光っているような気がした。

 何か彼女に、事情が……?

 その時。

『隊長、新たな敵影! 一個小隊くらいの規模!』

 エレノアの声。

 まさか、まだ増援がいた?

 敵はゲリラ戦を得意とする。

 最後までそこに忠実ということか。

 しかし明かりが届く範囲よりも離れた所に潜んでいたため、距離があった。

「迎撃はできそうか?!」

『大丈夫です!』

 すると目の前のレトラが、何故か顔を青ざめさせていた。

「…………駄目、駄目だよ! あなた達来ちゃ駄目!」

 必死に叫ぶ彼女は、自身の連信結晶に対してそうしているようだった。

 一体何だ?

 そして、彼女の連信結晶から聴こえた。

『お姉ちゃん!』

 子供の声。

 何故戦場に?

 子供が戦場に?

 このまま迎撃したら、まずい……!

 俺は反射的に自分の連信結晶を掴んでいた。

「戦闘中止! 全軍戦闘中止だ!!」

 間に合え!

 そしてレトラに目を向けると、彼女は目の焦点が合っていなかった。

 自棄を起こして何をしでかすが分からない。

 反射的に俺の口が動いた。

「レドラス・イルトラット――鉄の意志!」

「あ、ああああああああああああああああぁ!! そこをどいて!!」

 レトラが常軌を逸した状態になって襲い掛かってくる。

 俺は片手が刀から離れ、体勢ができていなかった。

 決心し、一歩踏み込む。

 刀と腕で彼女の刃を受ける。

 既に〈ジョウ〉はかなり消耗している、【鉄の意志】と加護の戦衣で保つかどうか……!

「ぐうううぅっ!!」

 刀が弾き飛ばされ、激痛。

 だが痛みがあるということは腕がまだくっついている証。

 俺は構わずレトラの刀を掴み、彼女に顔を近付けて怒鳴った。

「戦闘中止だ! 早くしろ!!」

 彼女は怯えた表情を見せたが、意味を理解した。

「戦闘中止! お願い皆止まって!!」

 そのままレトラは俺の胸に顔を埋めて咽び泣いた。


 剣戟が止むと一個小隊ぐらいの子供達が駆け寄ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る