第23話

 任務開始から四日目。


 朝から初日と同じような視線を感じた。

 今日を作戦決行日にした。

 それぞれのレドラス・カードも決まった。

 俺のカード。


【彩色の導き】【烈火の突撃】とその他一枚。


【大天使の抱擁】白2ソルで起動可のイルトラットで、40秒間防御力が上昇【中】する。


 敵はたぶん攻撃特化で、レドラスもそれに合わせて採用している。

 こちらは防戦に回ることが予想されるため、防御面を厚めに対応。

 そしてチャンスが来た時攻撃強化して一気に決める。

 地形からして白ソルは獲得できないのでそのための【彩色の導き】。

【大天使の抱擁】よりコストが軽い防御系カードもあるにはあるが……


【鉄の意志】白1ソルで起動可の〈イルトラット〉で30秒間防御力が上昇【小】する。


 この通り効果が低い。

 敵は最大で攻撃力上昇【中】程度は使ってくるのではないかと思われるので、【大天使の抱擁】と【鉄の意志】では前者の方を採用した。

 エレノア、ネイダ、プラムは最初に巡回した時と変わり無し。

 エレノアが【天界の囁き】【守りの風】【彩色の導き】。

 ネイダが【烈火の突撃】【炎王竜の突撃】【炎獄竜の化身】。

 プラムが【血牙の輝き】【囲いの印章】【炎気纏い】。

 二個小隊を第一採掘場に配置し、ネイダのバセラ2だけ巡回させる。

 強奪隊に動きは無い。

 そして夕方になった。

 充分暗くなったのを確認すると、俺とエレノアは顔を見合わせる。

「そろそろ

「どうぞ」

 二個小隊、約一〇〇名が見守る中俺は森の淵へ歩いていった。

 皆の視線が集まる。

 森の方からも視線が集まってきている気がする。

 息を大きく吸った。

 最大限まで肺腑に空気を溜め込んだ。

 さわさわとゆらめく木々の闇の向こうを見据える。

 さて、始めようか。

 勢いをつけ思い切り叫んだ。


「突然ですがあああぁ! ここでレトラ・カジュールのスリーサイズをおおおぉ! 発表しまあああぁ――――――――――――――す!」


 背後の、味方の部隊からどよめきが起こった。

 うん、我ながらアホな作戦だ。

 続けて叫ぶ。

「下からいきまあああぁ――――す! 八〇ううううぅ――――――――――っ!」

 少し間が空く。

 さてレトラ、反応してくれよ……?

「次いいいいぃ! 五七いいいいいいいいぃ――――――――――――っ!」

 そしてまた間が空く。

 まだか……?

「さぁ次はお待ちかねのおっぱいだあああああぁ――――っ! うはっぺったんこ」

 まだなのか……?

 流石にこんな分かりやすい挑発じゃあ黙殺か……?

 くっそー本当に言っちまうぞ?

 良いのか?!

 本当に良いんだな?!

「こんな幼児体型バラされて良いのかあああああぁ?! 言うぞ?! 言っちまうぞおおおおおぉ――――?! せーのっ! なな……」

 ガサガサガサズザザザザッ!


「やめろおおおおおおおおおおおおおおぉ――――――――――――――――っ!」


 耳が痛くなる程の女の子の声。

 闇から躍り出た白い二つの髪房。

 掛かった!

「バセ1バセ3、迎撃開始せよ! バセ2移動開始!」

 後退しながら連信結晶に向かって指示を飛ばす。

「殺す! 絶対殺す!! その口を切り取ってやる!!」

 相当怒ってらっしゃるようだ。

 怒りの声がむしろ哀愁を感じさせる。

 あっという間に追いつかれた。

 怒声と共に疾風の如き女の子が飛び掛かってきた。

 右手の刀で袈裟斬り、俺は刀を斜めにして受ける。

 刃の旋律に浸る間も無く、レトラの左手から別の刀が胴を狙ってきた。

 俺は飛び退いてこれを回避。

「何か嫌なことでもあったのか? 随分怒っているみたいだが」

「ええ妄言を吹聴する詐欺師を見付けてしまってね……口を切り取らないといけなくなっちゃった!」

 レトラを追いかけるように敵の強奪隊がわらわらと出てくる。

 そこへエレノアのバセラ1とプラムのバセラ3が激突。

 集団戦が開始された。

「それは怖いな。その詐欺師には仕事を辞めるよう助言しておこうか?」

「人生を辞めるよう助言してくれたら惚れてあげる!」

 二つの白い房が揺れる彼女は二刀流、本気だ。

 果たして俺はこの娘を、しかも憤怒に染まった状態のこの娘を止められるだろうか?

 レトラの二刀流は俺の予想とは違った。

 俺のよく知る二刀流とは、片方で敵の攻撃を払い、もう片方で攻撃する攻守バランスの取れた構えだ。

 しかし彼女は両方の刀を斜めに突き出し、左右対称の構え。

 刀の長さも左右同じ。

 翡翠の瞳が光り、彼女が土を踏みしめる。


 来る……!!


 左肩への袈裟斬り。

 刀を斜めにして防御。

 しかし衝撃が重かった。

 彼女は二本の刀を一気に打ちつけてきていた。

 俺は押し切られないよう腕に更なる力を込めて持ちこたえる。

 俺の身体まで指一本分くらいの所までレトラの刀が迫っていた。

 集中力が高まっていく。

 一秒という枠を押し広げ、コンマ一秒という極小の枠も押し広げ、更なる短い時間で視界に映る事象を捉えていく。

 神速の世界へ知覚を飛ばす。

 彼女の左の刀が引き抜かれる。

 俺は半歩下がる。

 右小手に刀が振り下ろされる。

 俺は右手を時計回りに回転。

 刀も時計回りの軌道を描く。

 俺の刀が彼女の刀を打ち、軌道を変えさせた。

 次にレトラは右手の刀をこちらの左胴目がけて振り抜く。

 俺は刀を立てて防いだ。

 手応えが無かった。

 気付くと彼女の右手には刀が握られていなかった。

 一瞬の困惑。

 彼女の次の動作から注意が逸れる。

 まずい……!

 相手の動作をこれから確認していたら間に合わない。

 既に攻撃動作に入っている筈だ。

 予測。

 本能。

 勘。

 右半身を思い切り引き、頭部も左側へ逃がす。

 レトラは左手の刀で突きを行う筈、こちらの顔面から肩にかけての右側を。

 果たしてその通りとなり、彼女の刀が俺の右肩を掠めていった。

 全身にひやりとした感覚が駆け抜けていく。

 俺は一歩後退し間合いを取る。

 彼女は右手を天に伸ばし落ちてきた刀を受け取った。

 右手の刀を放り投げていたのだ。


「驚いた……何で今の避けられたの……?!」

「何となく、だ」

し、ね……?」

「…………己が定まってきたから、かな」

「へぇ、そう……本当に強いね……おにーさんに興味湧いてきたよ」

「そりゃどーも……つっても避けるので精一杯だがな」

 俺は息を荒くし、汗が滲むのを感じた。

 今の一撃を受けても致命傷ではなかった。

 加護の戦衣が維持できる内は打撲で済む。

 しかし直撃を受ければ大幅に〈ジョウ〉を失ってしまう。

〈ジョウ〉が尽きた時が、終わりだ。

 レトラは完全に攻撃特化。

 攻撃は最大の防御、今のところ彼女に隙は見当たらない。

 ざっと戦場を見渡すが、どちらの優勢でもない。

 ネイダが何とかソルを溜められるまで俺が保てば良いのだが。

『バセ2、敵部隊発見、接敵!』

 ネイダの小隊が敵の見張りの小隊と戦い始めたようだ。

 敵からもレトラに連絡がいったらしく、レトラが眉をひそめる。

「くっ……でもまだ数は互角! あなたを真っ先に討ち取れば!」

 雪の髪房がくるくる揺れる度に剣閃が走り、左右の刀が縦横無尽に繰り出される。

 それはリズムのようであり、呼吸のようでもあった。

 ここで緑ソルを獲得。

 彼女は息を弾ませながら、二十ほど斬撃を放ったところで胡乱げな表情を浮かべた。

「ねぇ、おにーさん……何で反撃しないの……?」

「いや、防御で手一杯だから」

「…………嘘。何か企んでる」

 翡翠の目が俺を射抜く。

 俺は初めてこの娘をまじまじと見ることになったが、意志の強い目と整った顔立ちでとても魅力的だった。

 ネイダの【炎獄竜の化身】を気取らせる訳にはいかない。

 誤魔化さねば。

「そんなことは……それより、そうだ! 君は『戦姫』と呼ばれるだけあって……あのーかか可愛い顔してるな!」

 咄嗟に俺らしからぬことを口走ってしまい自分でも羞恥を覚えた。

「はぁ?! 何言ってるの?! いぃ今戦ってるんだよ?!」

 ばっとレトラの頬が紅潮する。

「いやいや本当だよ! これでこっこ、これで幼児体型じゃなけりゃあもっと良かったんだけどな! いやあ残念だ!」

「あ――――――またそれを!! 何ソレ残念って?!」

「だって、下から八〇、五七で……うっ上……上は……」

「言うなああああぁ――――――――――っ!!」

 レトラは気持ちを表現するように左右の刀を打ち合わせ、再び怒りに火が点いたようだった。

「ちょっと待て、待て待て! 気にしてたなら済まない!」

「済まないじゃ済まない!! レドラス・イルトラット――獣反応!」

 彼女の右の刀が緑の燐光を放つ。

 只でさえ神速の彼女の動きが更に俊敏になった。

 一撃、二撃、三撃とかろうじて防ぐが四撃目で遂に防御が追いつかず、胴に浅い一撃をもらってしまった。

「うぐっ……!」

 レトラの二振りの刀はそれぞれが意思を持ったように防ぎ難い軌道を描く。

 殆ど視認不能。

 バックステップを交えてレドラスの効果切れまで逃げながらの回避。

 一撃もらってしまったのを突破口にしたように次々俺の身体にレトラの攻撃が命中していく。

 俺は致命的な被弾だけはすまいと綱渡りの防戦だった。

 レトラの刀から光が消えた。

 効果終了。

 そこで彼女は一旦距離を取り、構えを崩した。

 瞳には冷静な輝きが見られる。

「押され始めた……各隊森へ後退……!」

 ここで時間を稼ぐのももう無理のようだ。

「おいおい背中を見せて逃げたら危ないぞ?」

 俺の挑発にレトラは苦々しげに応える。

「絶対あなたは何か企んでいる。よってここは蟻地獄。残念だけど今回はホームに帰らせてもらうわ」

 頭に血が上っていたにも関わらず引き際を間違えない。

 その判断力は優れていると言えるだろう。

 だが。

 俺は隣にやって来た美人の副長の肩に手を置いた。

「君の出番だ」

 エレノアは大きく頷き号令を発した。


「投擲……開始っ!」

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