第22話
俺は凄く穏やかな気持ちになった。
プラムがこのまま落ち込んでいたらどうしようかと気を揉んでいたのだ。
「ああ、そうすると良い」
封筒の中にはまだ何か入っているようだ。
おや、と思いそれを取り出してみる。
そこにはレドラス・カードのイラストらしきものが描かれていた。
「これはっ……お兄ちゃんの絵ですよー! 【囲いの印章】はお兄ちゃんが好きだったカードですよー!」
【囲いの印章】のイラストは植物のツタや幹が編み上げられたような自然豊かなものだ。
活力や瑞々しさ、そして容易に崩れなそうな硬質な感じまで伝わってくる。
「そのカードが好きだったのか」
「これは攻撃にも防御にも使える面白いカードなんだって言ってましたよー使い分けができてバランスが良いですよー!」
攻撃にも防御にも使える……はて、そうだったか。
でも覚えておこう。
そういえばプラムの指揮した小隊は攻守バランスだったな。
それは兄の影響なのかも。
それからイラストの裏には文章が書かれていた。
『プラムからもキーラからも相談されて困った。相手のことをいなくなれば良いと願ってはいけないよと言い聞かせてみたが、二人とも聞いてくれない。でもそれは二人が幼いからで、成長すればきっとプラムとキーラが握手を交わす日が来るだろう。それまでは独占欲の強い二人に甘えてもらうのも悪くない。いずれ巣立っていってしまうのだからね。それまでは僕が命に代えても守る』
日記だ。
困ったような嬉しいような笑顔で書いているのが伝わってくるようだった。
「『僕が命に代えても守る』だって……本当に、バカなんだからぁっ……!」
プラムは日記をぎゅっと抱き締め俯いた。
それから俺に抱きついてきて胸に顔をうずめる。
すぐに嗚咽が聞こえてきた。
せき止めていた感情が解放された。
『だから自分はダメなんだ』といつも言い聞かせていれば、何にも向き合わずに済む。
それは俺も同じなんじゃないだろうか。
俺は手紙の残りの束を手に取った。
この中にも秘めた思いを打ち明けるものがあるのかもしれない。
考える。
彼女達と話してみてむしろ自分のことを発見していくような気分になった。
勝てない。
能力が無い。
自分と向き合えない。
これは全て絶対神である兄の存在が関わっている。
絶対神の兄には勝てない。
絶対神の兄と違って自分には能力が無い。
絶対神の兄と比べて『だから自分はダメなんだ』と諦める。
いつも兄を通して俺という存在を投影していた。
だが。
思い込み。
全て思い込みなのだとしたら。
兄を絶対神だと思い込んでいるから勝てないのではないか?
兄を絶対神だと思い込んでいるから自分に能力が無いと感じるのではないか?
兄を絶対神だと思い込んでいるから自分と向き合えないのではないか?
心の声が囁く。
鏡を壊せ!
俺を投影するための絶対神という鏡を。
それは誤った偶像だ!
ごくりと唾を呑む。
あと一歩な気がした。
絶対神というイメージが揺らいできた。
勝てなくもないんじゃないかと希望が見えてきた。
落ち零れ。
落ち零れ。
落ち零れ。
俺を苛んできた囁きも怖くなくなってきた。
俺の順位が七六五三位なので本当と言えば本当のことなんだが。
これさえ跳ね返せれば本当に鏡を壊せそうな気がする。
俺は気合を入れるように頬を叩いた。
もやもやしていたものが明確になってきた。
己が定まってきた。
よし、この気持ちならいける……!
地図を広げて作戦会議。
もうみんなやる気に満ちた顔になっていた。
エレノア主導で会議が進んでいく。
「地図に登山道が描かれていないので、追加しました」
第一採掘場。
南北に巡回路が走り、東側に採掘場。
登山道は東から採掘場を貫き、西北西へ抜けて山頂へ向かう。
舗装道路は東南東から採掘場に伸びている。
麓側登山道と舗装道路は、地図上では近い。
「強奪隊ってどこに配置されているのかな?」
俺が疑問を投げ掛けると、プラムが地図に顔を近付けた。
「よく分からないけど東側とかどうですかー?」
小さな指をちょこんと地図に落とす。
エレノアが首を振った。
「道路と山道の間にあるような東側の森はまず候補から外れるわ。誰かに見られる危険性に退路の不確実性……条件が最悪なの」
「あう、じゃあこっち、北側はどうですかー?」
「北側の森は道路から遠いし、これもまず無いわね。北東、北西も同じ。西も同じよ」
「プラムは単純。ボケ担当。噛ませ犬」
「ボクはボケ担当じゃないよー! それじゃあネイダは分かるのー?」
噛ませ犬は良いのだろうか。
涙目なプラムにフッ……とネイダは髪を掻きあげる。
「南西」
「南西の森は安全だけど道路から遠いわ」
エレノアが苦笑すると、ネイダは顔を赤くして俯いた。
プラムがイヒヒと笑う。
「ネイダもボケ担当だよー」「ネイダ、違う!」
「じゃあ南かな?」
俺が残った方角を指摘するとエレノアはぱっと顔を輝かせた。
「南……これはアリです。まだ道路まで距離がありますが、退路が確保しやすい。そこから南東に行くに従って道路には近くなり、退路の安全性が減っていきます。道路への距離と安全性の塩梅は、指揮官次第ですね。まずは『南~南東へ強奪隊が配置されている』と仮定して良いでしょう」
「た、隊長ズルイですよー!」「隊長、漁夫の利良くない。ズルイ」
ボケ担当の二人がズルイズルイと言ってくる。
何で俺が悪者に。
ここは紳士な対応で。
「ズルくないですぅー」
手を開いて左手を左のこめかみに、右手を右のこめかみにくっつけてひらひらさせてやった。
超気持ち良い。
ネイダもプラムも指を突きつけてきた。
「隊長は子供。非モテ。童貞!」「隊長大人気ないですよー! 非モテ、童貞!」
思いのほか激しい糾弾にあった。
気持ち良かったのが一気にズーンと沈んでしまった。
エレノアが口を押さえて笑い、続きを話し始める。
「規模は……我々を襲ってきたのが一個小隊。【ガシュラの戦姫】は中隊長という要素を考慮すると、全体が一個中隊だと考えられます。一個中隊が三個小隊を抱えているのなら『強奪隊は二個小隊』と仮定できます」
プラムもネイダもほうほう、と聞き入っている。
俺もだ。
作戦はやはりエレノアに任せるのが一番のようだな。
話の一つ一つに説得力がある。
その後も今までの沈鬱を挽回するように活気に満ちた会議になった。
場の空気が変わり今の自分達なら何でもできる気さえしてくる。
こういう時はアイデアも豊富に出てくるものだ。
みんなと話している内にエレノアが閃いたらしい。
彼女は視線を落とし黙考、イメージが固まると顔を上げた。
「良い案を思いつきました……! 『採掘場ならでは』の作戦です!」
エレノアが興奮した様子で説明を始める。
この内容には驚いた。
彼女の言葉は暗中模索の俺達に一つの道を照らし出してくれた。
この道の先には約束された勝利がある。
そう思わせてくれた。
「さすがエレノア副長ですよーウチの中隊の軍師ですよー!」
プラムが興奮して褒め称えたが、エレノアはただし、と人差し指を立てた。
「敵とこちらの人数はほぼ同じと想定されていますので、撃退できるかどうかは腕次第です。また、【ガシュラの戦姫】レトラをどう倒すかが課題ですね」
「ネイダがやる。レトラ倒す」
「確かにネイダが適任よね。第一採掘場に残るのはネイダの【バセラ2】と私の【バセラ1】で、プラムの【バセラ3】は巡回するという役割で考えているわ」
「ネイダ、【炎獄竜の化身】で倒す」
口の端を歪めてネイダが意気込みを見せると、プラムが首を傾げた。
「ネイダがレトラと戦ってたらソル溜まらない気がするよー」
「…………ソルは、レトラの隊員倒して、溜める」
「じゃあレトラは誰が相手するのー?」
「……ネイダが、隊員倒しながら、相手する」
「無理ぽー! うぷぷ、やっぱりボケ担当はネイダだよー」
「ネイダ、ボケ担当違う! ボケ担当はプラム!」
「こらこら、二人ともそういうこと言わないの」
ボケ担当の二人を宥めるエレノアはお姉さん担当だな。
「ネイダがソルを溜める方法が必要だよー」
「そうね。何か良い方法無いかしら」
プラムとエレノアが考え始める。
すると、ネイダの目がこちらを向いた。
「方法、ある。隊長がレトラの相手する。ソル溜めたらネイダが代わる」
「…………ああ、その手があったか。なら巡回役はネイダの【バセラ2】でも良いな」
俺は感嘆を漏らした。
時間稼ぎだけなら俺でもできる。
ネイダのソルが溜まったら一気にケリをつければ良い。
それならネイダはソルを溜め込むのを敵に悟らせないために巡回役にするか。
作戦内容が徐々に決まってきた。
ここでエレノアが難しい顔をした。
「今気付いたのですが、この作戦には一つ大きな問題があります。敵が乗ってきてくれなければいけないのです。主導権が敵にあるので賭け要素が強くなってしまいます。何とかして敵をおびき出せれば良いのですが……」
確かに主導権が敵にあるのはマズイ。
どんなに緻密な作戦でも相手がこちらの意図した通りに動いてくれるとは限らない。
そこにまで気付くエレノアの『かゆいところに手が届く』聡明さには希代の名軍師の資質を見た。
プラムはまたお茶会をしようと言い出しネイダはどこがマズイのか分からないと頭を抱えている。
エレノアは俺にちらちらと視線を送ってきた。
期待の視線。
無茶振りな気がするんだが……
いや、まあ思いついたことはあるんだけどさ。
「レトラって挑発に乗りやすいかな?」
唐突な質問にぽかんとするエレノア。
暫く考えてから返答があった。
「過去の戦闘において容姿を『子供みたい』とけなされ、激怒して向かって行ったという事例があります。よって挑発には乗りやすいかと」
「見事なプロファイリングだ、流石。じゃあいけるかもしれないな……」
「何か良い作戦が?」
「ねぇ、やっぱり教えてよ、スリーサイズ!」
「へ、ヘンタイ! それを知ってどうするおつもりですか?! ここで確認させろへへへとかですか?!」
必死に胸を庇うエレノア。
紅潮する彼女を見て俺まで頬が熱くなった。
「違う違う! レトラのだよ!」
「…………は? ちょっとどういうことですか? 私には興味無しですか?」
今度はとびきり気色悪い虫でも見付けたように嫌悪の表情に変わる彼女。
「だから、おびき出す方法だよ! 相手に主導権があるなら、それを奪ってこちらのものにしてしまえば良いじゃないか」
すると、エレノアは理解したようで。
「あっ……! そういうことですか! さすが隊長です、ここぞという時に頼りになります。絶対隊長が良いアイデアを出してくれるって信じていたんですよ!」
「そうだろう、そうだろう」
俺は得意げに鼻の穴を膨らませた。
「決して私的に聞きたいわけじゃないですよね!」
「…………うん」
「今の間は何ですか?」
笑いながら怒りを露わにするエレノア。
プラムとネイダが非難の声を上げる。
「セクハラ魔人!」「セクハラ童貞!」
俺は椅子の上で正座させられた。
もう一つの問題であるファルナムだが、これはレトラの問題が片付くまで俺が一人で出歩かないようにした。
宿舎を出る時はネイダと行動を共にするという約束さえ守れば簡単に襲ってはこないだろう。
いずれ決着をつけねばならないが……
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