第20話
哨戒任務、三日目。
レトラの対応を考えなければならないのにこれではダメだと焦りが生まれる。
森の中にいるファルナムの幻影が一斉に嘲笑する。
落ち零れ、落ち零れ、落ち零れ。
レトラと戦っているというよりもファルナムと戦っているようだった。
目の前にいないのにずっと精神攻撃を受けている。
いや、気にしなければ問題無いハズなのだ。
そう思っても全然集中できない。
こんなに俺は脆かったのか?
もうエレノアが励ましてくれても効果がなくなってきた。
笑顔が作れない。
この日の巡回では収穫無し。
これも精神的に追い込まれる。
コマスタの宿舎に戻り、焦燥に駆られ作戦を考えようとするがまとまらず筆を折ってしまう。
「ダメだほんと、何もかも、ダメだ……!」
作戦会議室で一人苦悶に頭を抱える。
どこでダメになった。
模擬戦で勝利を収めネイダの問題もエレノアの問題も解決した、そこまでは順調だった。
でも、プラムの問題は解決できないしこのタイミングでファルナムが現れて。
やっぱり俺には隊長なんて無理だったんだ。
そんな時、突然声をかけられた。
「隊長」
ネイダがいつの間にか傍に立っていた。
隊長と呼ばれるのが辛い。
「どうした……って、え?」
ネイダは俺の袖を引っ張って立ち上がらせた。
それからずんずん歩き出す。
「来て」
「いったいどこへ行くんだ?」
作戦会議室を出て宿舎の玄関に来て、そこからも出た。
彼女は黙々と俺を引っ張った。
広場に出るとやっと腕を解放された。
それからネイダは俺に竹刀を差し出した。
「隊長、試合したい」
唐突で目を丸くしてしまった。
いったい何でまた急に……
そうして急遽、戦うことに。
月明かりの下、俺とネイダは草原で対峙した。
互いに竹刀を握り、丁度剣先が触れ合う間合いで視線を交わす。
観客は雲と月だけ。
緩い風が二人を撫でて通り過ぎていく。
「隊長、ありがと。訓練相手欲しかった」
「いや、俺で相手が務まるかどうか……」
何気無いやりとり。
手足をぶらぶらさせて筋肉をほぐし、温める。
軽い気分転換だと思えば良いか。
作戦会議室にいても良案は浮かばなそうだし。
しかし、ネイダは僅かに目を細めて。
「それに、隊長の実力、見たかった」
ぶわりと彼女の体から切れ味鋭い殺気が湧出。
俺は気圧され、目を丸くした。
軽い気分転換じゃあ、済まなそうだ。
ルールは二本先取制。
面や小手、胴などに有効打突が入れば一本。
特に厳正を期すつもりも無いため判定は互いの感覚で。
瞬時に集中力を高めていく。
先端をより細く鋭くしていくように。
正面に立つネイダからはとめどない殺気が放たれている。
彼女の青白い髪も殺気に揺らされているようだ。
「よろしくお願いします」「よろしくお願い、します」
挨拶を交わす。
試合開始。
ネイダは正眼の構え。
手足に力みは無く自然体だ。
今度は殺気を消し去っている。
殺気で気圧されるのと違い、逆に不気味だ。
畏怖を喚起する空気。
と思っていたら目の前にネイダの姿。
咄嗟に仰け反って躱そうとするが間に合わない。
軽快な音と共に額に衝撃。
加護の戦衣のお陰でちょっと叩かれた程度の痛み。
「一本取った」
俺は二~三秒固まってしまった。
視えなかった。
なんなんだ?
「ああ、これはびっくりした」
動き出しが分からなかった。
予備動作が一切無かった。
瞬間移動したように視えた。
「じゃ、二本目」
剣先が触れる程度の位置に戻り、ネイダ。
やはり殺気が無い。
殺気が無く、予備動作も無い。
こんな剣士初めてだ。
強い。
尋常じゃなく強い。
漸く実感が湧いてきた。
打たれた。
何もできず打たれた。
これは強い、面白い……!
「おう、今度はさっきみたいにはいかないぞ?」
自然と笑みが零れてくる。
ああ強い奴と戦うのは楽しい。
何だこの高揚感!
まるで未知の玩具を手に入れたように、未知の宝箱を手に入れたように、ワクワクが止まらない!
俺は先んじて一歩後退した。
そしてネイダの突撃。
今度は僅かに視えた。
また面。
これは竹刀を横にし、頭よりも上に掲げて防いだ。
ぎりぎりで間に合った。
予備動作が無ければ剣線を追うしかない。
そしてその剣速に目を慣らすしかない。
剣速は恐らく俺以上。
予備動作無しの場合、視線を間違えば消えたように視えるのも頷けた。
俺は最初ネイダの手や腕、脚などに視線を走らせていたんだ。
「…………隊長、もう慣れた……?!」
ネイダは一度離れ、今度は小手を狙ってきた。
今度はもう少し動きが視認できた。
こちらは竹刀を右へ小さく払い、受け流す。
そしてカウンターの面。
ネイダの額を捉えた。
「まあな!」
「……っ!」
これでお互いに一本。
結局これはネイダの油断で、その後本気を出した彼女には勝てなかった。
けど実に濃くて充実した試合だった。
「いやーネイダって滅茶苦茶強いんだな」
俺は芝生の上に腰を下ろし、額の汗を拭った。
悔しさもあるが清々しい。
「当然」
得意げな声のネイダは俺の背後で腰を落とす。
そして、俺の背中に抱きついてきた。
え、抱きついてきた……?
「お、おい」
「すっきりした?」
その言葉で俺は理解した。
モヤモヤしていた俺、強引に連れ出しての試合……
「…………そうか、ネイダなりの気遣いだったんだな。お陰でけっこうすっきりしたよ」
汗で濡れた胸を背中に感じるので別の悶々が溜まりそうだが。
試合の途中から完全に夢中になっていた。
頭痛も晴れた。
「隊長、辛そうだったから」
「自分のふがいなさを嘆いていたんだよ。俺は隊長に向いてなさそうだ」
「…………隊長は、向いてる」
「向いてないさ。プラムの悩みだって解消してやれない」
「でも、ネイダの悩み、解消してくれたでしょ。ネイダ、一年間、軍で過ごしてきたけど……こんなに部下のこと見てくれる人、いなかった……ネイダ、ハロルド隊長が、良い」
「そ、そうか……?」
「隊長が、元気出すためなら、何でもして、良い……」
俺の肩に顔を乗せネイダが囁く。
肌が触れ合い二人の汗が交じり合う。
熱っぽさが伝わってきて鼓動が速くなる。
「めったなこと言うな。それに手が震えてるじゃないか」
心の声が『いただきますと言え!』と叫ぶが、あくまで紳士に努めた。
「隊長、どんなことで、悩んでた?」
「……レトラの前に、勝てそうもない相手が現れたこと、かな」
「…………ネイダ、難しいこと、分からない。けど、勝てないと思っているから、勝てないんじゃ、ないの?」
「そんなこと……」
「見本がいる、ここに。それを気付かせてくれたのが、隊長」
そういえば、ネイダがそうだった。
オグカールに勝てないと思い込んでいたから勝てなかった。
「でも、俺はネイダに負けた。兄貴もたぶん、同じくらい強いぞ」
「剣に迷いがあった」
俺は言葉を咀嚼すると、目を見開いた。
迷い。
レトラがプラムに言っていたことだ。
他人事かと思ったら、俺もか!
「……自分では気付かないもんなんだな」
「クローガ師匠は、何で剣に迷いが出るか、言ってた……『己と試合しているから』だって。己に克っている時は己が定まっている、でも己と試合している時は己が定まっていない、だから剣も定まらない……それが、迷いだって」
「『己と試合』か……確かにそうかもしれない。俺は今、兄貴の幻影と戦っている。でもその幻影を作り出しているのは、俺自身、か……さすが師匠、深いな」
「隊長は、ネイダの話、よく聞いてくれる。でも隊長は、あまり話さない。抱え込んでしまう。もっと、ネイダに話してくれて、良い。ネイダ、役に立ちたい」
ぎゅっと腕に力をこめるネイダの温もりが心地良い。
そういえば俺は自分のことを人に話すってことをしてこなかった気がする。
こうして寄り添ってくれるような相手ができたのは不思議な気分だ。
勝てないと思うから勝てない。
己が定まっていない。
耳の痛い話だがもっともだ。
戦いはつまるところ、敵との戦いじゃない。
自分との戦いなのだ。
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