第19話

 翌日また哨戒任務でコロウ山に登った。

 特に何事も無く昼になる。


「隊長、動いて大丈夫なんですか……?」

 エレノアが心配そうに訊いてくるが俺は何でもない顔をして返す。

「俺が傷付いていることをレトラに悟らせてはならない。仕方ないさ」

 弁当を食べながら俺達は【ガシュラの戦姫】について話し合うことにした。

「一体【ガシュラの戦姫】ってのは何者なんだ?」

 俺は顎に手を当て尋ねる。

「……聞きたいですか?」

 エレノアがそう言うので、ああと返す。

 何でそんな事確認するんだ、とか思いながら。

「えー昨日遭遇した【ガシュラの戦姫】ですが、名前はレトラ・カジュール。ガシュラの中隊長をしています」

 エレノアが箸を止めて話し始める。

「戦姫ってことは王女なのか?」

「王族ではないようです……戦場で目立つ女性はよく姫に例えられます」

「ああそうか。北方の国では本当に王女が戦場に立つ国もあるからさ」

「それから身長は一五四センチ。十六歳。三人姉弟の長女。スリーサイズは」

「ちょっと待て!」

「下からにしましょう。八〇」

「だから待てって! そこまでは聞いてない!」

 だから聞きたいですか、と確認したのか。

 この前振りとして!

「五七。そして上は」

 ゴクリ。

 一秒。

 二秒。

 エレノアがジト目になった。

「…………何で止めないんですか?」

「いやっ止めようと思ったんだ! 思ったんだよ、本当だよ!」

「隊長、嘘が下手。凄く下手。ケダモノ」

 ネイダが怜悧な眼差しで揶揄してくる。

 くそうまた損の貯金が増えた。

 正直者は辛い。

「隊長はおっぱい大好き人間なんだねー」

 プラムが屈託の無い笑みでとんでもないことを言ってきた。

「そんなことは無いぞ、あくまで俺は一般的な年頃の男子として」

「えーそれからゲリラ戦を得意としておりまして」

「えっ?!」

 淡々と先へ進むエレノアに思わず俺は絶望の声を漏らしてしまった。

「何か?」

「別に!」

 一応強がってみる。

 これじゃ生殺しだ!

 結局最後の数字は何だったんだ?!

 彼女はしたり顔で口の片端を釣り上げた。

 何と悪そうな!

「起伏の乏しい身体つきだということです。後は想像して下さい。レトラ・カジュールは二刀流の使い手で本人の武力が極めて高く、また部隊の統率もよくとれています」

「二刀流?! おいおい、じゃあ今日はまだ本気じゃなかったのか?」

「そのようです。これまで何度か彼女を倒す試みがされてきたのですが、大部隊で追えば逃げられ、少ない部隊では撃退できず、結局打つ手が無いのが現状です」

 条件は相当厳しいようだ。

 最初から難敵に出会ってしまったものである。

「いっそ各採掘場に一個中隊ずつ駐留させれば良いんじゃないか?」

「我が国にそれだけの余裕があれば良いのですが」

 エレノアが深い苦笑で教えてくれる。

 敵が一ヶ月で二日分程度しか強奪していかないので、そのためだけに三個中隊を出すのは割に合わない。

 しかも一日遠征すれば良いのでなく、下手すればずっと駐留し続けなければならない。

 そうなった時の費用は頭が痛いだろう。

 結果的に、放っておくのが一番、という結論だ。

「疑問がある。何故ちまちまやる? 分からない」

 ネイダの疑問はもっともだ。

「そうだな、成功するなら味をしめてもっと大々的にやっても良さそうなものだ」

 動機については知る由も無く、採掘場付近の地図を眺める。

 採掘場の窪地付近は見張り台や連絡所、倉庫等があるため木が刈りこまれているが、少し離れれば東西南北森、森、森。

 ゲリラ戦を得意とする相手にどう対抗しろと?

 これじゃあこっちの領地なのに相手の庭だ。

 倉庫付近から伸びる舗装道路に指をトンと落とし、エレノアが喋る。

「この道路に出てからが狙われやすいようです。道路脇まで森が迫ってきているので、相手も身を隠し易い。敵は森の中を自由自在に動き回ります」

「森を使う相手に何か有効な手立てでもないかな?」

「ボクは敵さんとお茶会して仲良くなれば良いと思うよー」

 プラムがほんわかした声でほんわかしたことを言う。

 おお癒される、次。

「うん仲良くなりたいねー。ネイダは?」

「…………知らない。正面突破すれば良い」

 駄目だ、次!

「そうか、分かった! エレノアは?」

「うー……ん。窪地付近まで何とか誘い出せれば戦い易いのですが。でも誘い出す方法が思い付きません」

 その後も地図とにらめっこしたが良い案が出なかった。


「隊長、ボク不安ですよー……」

 昼食が終わって一息ついていた時、プラムに呼び止められた。

 建物の陰に入り、皆から見えない位置で二人並んで座っている。

 プラムはいつもと違う感じで落ち込んでいる。

「不安?」

「ボクは皆に迷惑掛けてるんじゃないかと思うですよー……さっきもお茶会すれば良いってズレた事言っちゃったみたいですよー……」

 ああそれで落ち込んでいるのか。

 気にしなくて良いのに。

「別に良いよ、癒されたし」

「そんなこと無いですよーきっと皆ボクを迷惑な娘だって思ってるですよー……」

 それからプラムは口をわなわなさせて口ごもった。

 言いたいけれど言い出せないといういつもの状態だ。

 だが、彼女は両手を組んで強く握りこむと、今日はそこから一歩踏み出した。

「ボクは……いけない子なんですよ……妹がいなくなれば良いのにって願ってしまった、いけない子なんですよ……! だから不幸が起きたですよ……神様は見てるですよ……」

「そんなこと……」

「隊長はお兄さんをいなくなれば良いって思ったことありますか?」

 予想外の質問に俺は言葉を詰まらせた。

 ファルナムがいなかったら、などと考えたことはなかった。

 常に完璧な兄に比べて俺はダメだとか、主義主張が正反対だとか……そう、比較対象だったのだ。

 いるのが当たり前で、いなければ比較ができない。

 ふと、怖いことに気付いた。

 比較できなくなったら、俺はどうやって自分を表せば良い?

 自分はダメな奴だとかそういう表現すら消え失せたら、俺は何も無い平坦な大地に取り残されたみたいに思える。

 俺は誰なんだとさまよい続けることになる。

「…………いや、思ったことはないな」

「やっぱりそうですよー隊長はケンカしたって兄弟をいなくなれなんて思わないですよ、なのにボクはお兄さんを独り占めしたいために姉妹をいなくなれば良いって思ってしまったですよ、いけない子なんですよー……」

 キーラから聞いていたことだが、プラムはプラムで相当気にしているようだ。

 強烈な自己嫌悪を抱えているようである。

 いっそキーラの言っていることを教えてあげたいが……

「もし願ったことが本当になるんだったら……キーラと仲直りできるって願ってみたらどうだ?」

「えっ……?」

 プラムがきょとんとした。

「ジンクスがあるならこちらの望む方向に利用してやれば良い」

「ううー……でも神様は悪い方しか叶えてくれないですよ……」

 そりゃ、ある意味当たりだな。


 午後、再び哨戒任務に就く。

 今日は巡回路だけでなく、採掘場と森の境目辺りを入念に歩いてみた。

 気配はたまにしか感じない。

 流石に二日連続では来ないか。

 プラムの話を聞いてから雑念が絡みついて集中できない。

 心の声が囁く。

 どうせ兄には追いつけない、超えられない。

 完璧な兄という存在は俺が何をするにものしかかってくる重しだ。

 迷路の出口を塞いでしまう致命的な妨害者。

 そんな兄が嫌いだ、そしてそう思う自分も……

 いっそ、いなくなってしまえば……

 プラムと話して初めて意識した。

 今までいなくなってしまえば良いと感じたのは、自分自身だった。

 だが今初めて、ファルナムにそれを当てはめている。

 しかしそれと同時にファルナムがいなくなったら自分がどうなるのかという足場が無くなるような恐怖も感じていた。

 考え込んでいると森の中に兄の影がちらついているように感じてしまう。

 全身の痛みだけでなく頭痛もしてきた。

 結局プラムは塞ぎこんだままだ。

 元帥は俺に期待しているようだが、やはり俺には解決してあげることができない。

「隊長、これを見て下さい!」

 唐突にエレノアがを俺の眼前に掲げ、中身を見せた。

「どわっ! なんてもん見せるんだ!」

 俺は女体にしか興味無いっつーの。

 むしろ女体に興味津々だっつーの。

「隊長、元気出して下さい……」

 エレノアは眉尻を下げていた。

 俺が悩んでいるのを気遣ってくれたのだろう。

 俺は雑念を追い出すように自身の頬をパンと叩いた。


 一つ気付いたことがあった。

 荷物運び出し用の道路以外にも、登山道があるのだ。

 敢えて舗装された道を使わずに登山道を選択する観光客が多いらしい。

 山頂はここから西北西にあるようだ。

 知ること。

 戦いの肝は、知ること。

 敵を知りたい。

 俺は考える。

 これも何かしら関係があるのではないか。

「…………これさ、登山者達が襲われたことって無いのかな?」

「いえ、そういった事例は聞いたことがありませんが」

 何でそんなことを訊くのか、といった風のエレノア。

 俺は理由を説明した。

「彼らの行動原理が知りたかったんだよ。『強奪はするけど、山賊ではない』……彼らには彼らなりの信念があって、それを基に動いているのかもな。もしかして、今まで死亡者もゼロ?」

「作業員については……ゼロ、だったかと。で、ですが何故そんな事が分かるのです?」

「昨日の強奪での『作業員が軽傷だけ』って要素。そこに今聞いた『強奪はするけど、山賊ではない』って要素。それが彼らなりのルールだったとしたら? 『一般人を殺してはいけない』とか『金品の窃盗はしない』とか、そういうタイプなんじゃないか? って思ったんだよ。追い詰められてやってはいるけど、根っからの悪党じゃなさそうだ」

「そんな……僅かな情報だけで、そこまで……?」

 奇怪な現象に遭遇したようにエレノア。

 やはり俺は変だろうか。

 まあいつも変な所ばかり気にしているからな。

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