疾風迅雷の戦姫
第18話
「観光にしちゃあ物騒じゃないか、ファルナム?」
俺は刀を片手で持ち、兄であるファルナム・ロックスに突きつけていた。
「俺はお前の死体が転がるスポットを観光したいんだ。見せてくれないか?」
ファルナムは鋭い瞳で睨んでくる。
赤茶髪に橙の瞳は俺と同じ。
ただ、顔は中性的で俺より良い造作だ。
哨戒任務初日を終えた俺達アンガル5中隊は、コロウ山麓の鉱夫達の街コマスタに身を寄せた。
そして今日の反省会を開き、各小隊長と話し合った。
解散後は夕食、それから食後の腹ごなしで散歩へ出かけ、公園へ入った所で。
俺は、暗殺者達に襲われた。
暗殺者達はとりあえず倒したが、ボスとして出てきたのが実の兄ファルナム。
驚きで思考が追いつかない。
「残念だな。そのスポットは休業中だ。それより叔父さんの家から出てどこにいた?」
ファルナムはリノロス軍に入らなかった。
叔父の家から失踪したのだ。
「ラドクランだよ。ここは私がいるべき場所じゃない。だからラドクランに戻ったのさ」
「父さん母さんにラドクランから離れ、近付くなと言われたじゃないか!」
両親は家を出る際、深刻な顔で言っていたのだ。
それだけあの研究絡みの話はキナ臭いものだった。
「ふん、お前はこんなチンケな小国で何をしているんだ、落ち零れめ」
「大きなお世話だ。一体その落ち零れな俺を殺して何になる?」
「ラドクランでの確かな地位さ」
どうやらロクでもない連中と付き合っているようだ。
そんな報酬をちらつかせる奴についていっても、良くて飼い殺し、悪ければ任務成功した後口封じだ。
「俺を消したがっている酔狂な奴は誰だ?」
「成績の劣悪なお前を小隊長に取り立てた人物だよ。ラドクラン軍に入った時、お前は順当に行けば一兵卒にしかなれないハズだった。それを捻じ曲げた人物がお前を異常に高く買っている。このまま放置しておけばお前がいずれラドクランの脅威になり得ると言っているのだ。私はそんなことにはなり得ないと思うがな」
暗闇の公園がざわめいている。
木々達のざわめきが奴の心理を表しているかのようだ。
俺達以外に人の気配は無い。
そうなるように手が打ってあるのかもしれない。
月明かりは木々の隙間からちらちらと互いの顔を照らしている。
風は緑の匂いを運び、肌を軽く撫でていった。
空気が変わる。
闇の静寂を湛えていた夜の公園から、刃が舞い踊る戦場のそれへと。
ファルナムを中心に放射状に緊張が広がっていく。
来る。
俺は刀を両手に持ち直した。
奴が真っ直ぐこちらに飛んだ。
裂帛の気合と共に繰り出される袈裟斬り。
暗殺者達よりも剣速が明らかに上だ。
今日戦った【ガシュラの戦姫】レトラ・カジュールに迫ろうかというほど速い。
教本に載せられるほど鮮やかな剣捌きで鋭利な刃が迫ってくる。
甲高い音が鳴り響いた。
俺は最小の動きで刃を合わせた。
刀の向こうにファルナムの顔が見える。
その目は殺意を宿し炯々としていた。
「ファルナム、どうかしてしまったのか? 何故こんなことを……!」
「私は正常だよハロルド。むしろ清々しい。お前とこうやって戦えるのだからな!」
連撃。
唐竹割り。
逆袈裟の斬り上げ。
喉への突き。
袈裟斬り。
左の胴。
これらも剣閃が鋭く剣の使い手としては非常に優秀だと分かる。
ひたすら耐えた。
ファルナムと戦いたいという願望は無かった。
兄は常に憧れの存在であり、手の届かない存在。
兄のようになりたいとは思うが、戦いたいわけじゃない。
「俺は戦いたくない!」
「戦えハロルド! お前は何故真面目にやらないんだ!」
その言葉は過去成績で罵られた光景を思い出させた。
あの時は真面目だったが、今は防御しているだけで、真面目に戦っているか?
いや、攻撃しては駄目だ。
過去の光景と今では状況が違う。
全然違う。
「ここで真面目にやる必要は、無い……!」
「お前はそんなことだから駄目なんだ! 昔からお前はおかしな奴だった。真面目だと言いながらテストでふざけた回答ばかり書いて、成績は七〇〇〇位よりも悪かったな! それが今命を狙われているのに真面目にやらない? ふざけるな!」
袈裟斬り、胴、首、腹への突き、逆袈裟。
多彩な攻撃。
こちらは最小の動きを心がけ、的確に捌いていった。
兄とは剣術の稽古を数え切れない程した記憶がある。
癖や得意技などはある程度身体に染み込んでいるため簡単にやられることはない。
「あれは、ふざけていたわけじゃ……」
「いいやふざけていた! アーネと遊んでばかりだった。アーネに浮かれて他の事などどうでも良かったんだろう。女にうつつを抜かして他を蔑ろにする大馬鹿者め!」
流れるような連撃。
加速していく。
刀が踊る。
激しいリズムになる。
筋繊維が唸る。
「アーネのせいじゃない!」
俺は瞬間的に吼えていた。
アーネが貶められた気がして、瞬間的に。
そんな俺を見てファルナムはにいっと口を歪めた。
面白い玩具を見付けたみたいに。
「馬鹿め、魅了されているな。全く魔性の女だあいつは、人の人生を狂わせる……」
「黙れっ」
俺は初めて反撃に出た。
アーネは俺を引っ張ってくれる娘だ。
優しい娘だ。
それを魔性の女だなんて!
しかも、アーネはファルナムの優秀さを褒めていた。
多分、好きだったんだと思う。
そんな娘に対してあんまりな言い方だ!
「そうだそれでこそ! 防御に専念されては殺しにくいからな、ここからが本番だ!」
二人は打ち合う。
次々と打突を繰り出す。
リズムは更にヒートアップ。
熱気が渦巻く。
挑発に乗ってしまったと言えばそうかもしれない。
だが例え挑発でも。
俺は存分に縮めたバネを解放したように猛攻を加えた。
数分の間拮抗。
しかし遂にファルナムの刀が俺の肩を捉えた。
「ぐああっ!」
「さぁ私を輝かせる礎となれ!」
激しく息を吐きながら、それでも終わらない。
だが一度拮抗が崩れると流れは完全に相手のものになった。
二撃、三撃と俺の身体は打たれていく。
致命的な被弾は無いがそれが積み重なれば重傷になっていく。
「がっあ……ぐ、ううっ……!」
俺は地面に膝を突いた。
くそ、ダメだ。
やっぱり遠い……ファルナムの背中は、遠い。
「良いザマじゃないかハロルド、では…………ん?」
ファルナムは唐突に動きを止めた。
「隊長ー!」「隊長!」
遠くから女の子の声がする。
エレノアとネイダだろうか。
俺は隙をつき後ろへ跳んだ。
ファルナムは苦い顔をした。
「くそっ! 邪魔が入ったか。落ち零れのクセに運だけは良い奴め……!」
ファルナムが合図すると更に数人の暗殺者が出てきて、転がっている奴らを担いで去っていった。
宿舎の救護室は隊長の俺が運び込まれたことで騒然としている。
レトラの部隊との戦闘があったため、負傷者が何人もベッドに寝かされていた。
しかし大半の者は手当てのみで入院の必要無しとして救護室から帰されている。
ベッドにはまだ余裕があった。
消毒の臭いに顔をしかめながら、俺はどう説明したものかと考えていた。
俺のベッドの周りには小隊長が揃っている。
「隊長、大丈夫ですか? 酷くうなされていましたが……」
エレノアが恐る恐るそう言った。俺はエレノア達が駆けつけたところで意識を失ってしまい、気付いたらベッドの上だった。
寝汗が凄いのでうなされていたというのも頷ける。
「きっと、良くない夢を見たんだと思う」
幼い頃から俺は、誰もいない街を焦燥に駆られ走る夢を見ることが多かった。
兄に置いていかれたという思いがあって、追いかけているのだ。
たぶんそんな感じの夢を見たのだろう。
「いったい、何があったのです……?」
「事故があった……じゃ、済まないよな。襲撃を受けた」
三人がざわつく。
「それは、レトラが?」
「いいや、俺の……兄だ」
「兄? 隊長の……?」
「ああ。まさかこんな時に個人的に狙われるなんて思わなかった。兄貴は家を出て行方不明になっていたんだが……」
詳しいことを言おうかどうか迷う。
ラドクランが関わっていると厄介だ。
領土が侵犯されているとなればリノロスはラドクランに抗議しなければならない。
だがファルナム達は関与を否定するだろうし身元が割れないように対策しているだろう。
そうなればラドクランは難癖をつけられたと逆抗議してくる。
両国が摩擦を生んでも消化できる関係なら良いが、リノロスは小国で力関係は圧倒的に弱い。
すると抗議をもみ消した方が良いのだがそれをすると国内での気性の荒い連中と穏健派で一悶着あったりする。
どうしたものか……
「隊長のお兄さんは、リノロス軍には入らなかったのですね……」
ファルナムは優秀だからな、何故リノロス軍に入らなかったのか、というのは疑問だろう。
下手に隠しても今後の軍務に影響するかもしれないし、話すには話した方が良いか。
今現在ラドクラン軍に関わっているというところだけを省いておけば。
「まあ、リノロスに来てからなんだけど……俺と兄貴は決別したんだ。兄貴はここでラドクランの指示通りに諜報活動をしようと言った。だが俺は……親を奪ったラドクランは信用できない、親を取り戻すにはラドクランを外から打ち倒さないといけないと主張したんだ」
「た、隊長、それって……!」
エレノアが禁忌に触れたように声を抑えて驚いた。
俺は苦笑した。
「隠していて済まない……俺はリノロスに元々はスパイとしてやってきたんだよ」
三人とも息を呑んだ。
それからプラムがあわあわする。
「ど、通りで隊長がリノロスに馴染むのが早過ぎると思ったよーっ!」
ネイダが厳しい顔つきになって。
「隊長、敵、だったの?!」
「ネイダ、ちょっと待ちなさい! 『元々は』って隊長が言ったでしょ!」
エレノアが宥めにかかり、ネイダが不思議そうな顔をする。
俺は頷いた。
「そう、俺はリノロスにスパイとしてやってきたけど、それも裏切って二重スパイになったのさ」
まあ、ファルナムからラドクランに情報が行ってしまった以上、二重スパイとしての価値は殆ど無くなってしまったけどな。
「でも、隊長……良いのですか? リノロスに寝返ってしまって……」
「理不尽に家族を奪っていった奴らに尻尾を振るつもりはない」
俺は迷いなく言い切った。
それが俺の譲れないところだ。
降りかかる火の粉は相手がどんなに強大であろうと、振り払う。
ネイダが納得したようで、肩の力を抜いた。
「なんだ、隊長が敵なわけ、ないと思った」
「あんなに動揺してたのにね」
エレノアがくすりと笑うとネイダが顔を赤くする。
「動揺してない!」
緊張が解けたところで俺は話を再開した。
「兄貴は親を取り戻したいならラドクランの内部で上っていけば良いと言った。俺は内側から変えられるくらいなら家族を奪った上に俺達をスパイにして利用しようなんて思わないだろうと反論した。そうしたら兄貴は……ラドクランで上り詰めれば何でも手に入る、理不尽を操る側になれば親だって取り戻せる、それに何でも手に入る状態になればその頃には親のことなんて忘れているさ、なんてことを言ったんだ……!」
俺は思わず拳にぎゅっと力が入るのを感じた。
その勢いで続ける。
「兄貴は前々から出世のことばかり気にしていた。自分がラドクランで出世したいだけのために親をダシにするなと俺は非難した。憤慨した兄貴はこう言い放った……だからお前は落ち零れなのだ、冷徹になれ、使えるものは親でも使うのだ! ……俺はその瞬間殴りかかっていた。理不尽に親を奪われたのに、その親を平然と利用しろなんて、しかもそれを実の子が言うなんて……!」
思い出すだけで沸騰しそうになる。
拳を痛いほど握り締める。
「お兄さんは、何故そこまで徹底しているのでしょうね……」
エレノアが複雑な表情で言う。
俺は首を振った。
「分からない。でもこれだけ主義主張が正反対だから相容れなかった。最初は二人でリノロス軍の入隊試験を受けるハズだったが兄貴は行方をくらませた……」
倒れた俺を踏みつけたファルナムが、お前は落ち零れなんだからどうせ何もできはしないせいぜい泥沼の中で足掻いていろと吐き捨てた。
その光景が脳裏に焼きついている。
落ち零れ、落ち零れ、落ち零れ……
俺の心に何百回と刻み込まれたその言葉。
思い出してしまったためその傷口からどす黒い液体が染み出してきて俺の心を蝕む。
これは呪縛だ。
何をやっても上手く行かない気がしてくる、呪縛。
レトラという強敵の対処をしなくちゃならないのに、最悪のタイミングだ。
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