第17話

 突如現れた、単騎で戦場を制圧していく敵少女。


 この時俺は各隊の状況確認と指示出しに追われていた。

 バセラ1は現在目の前の雪髪の娘とその配下の襲撃者達と交戦中、バセラ2は小隊規模の襲撃者達と交戦中、バセラ3は少数の敵と交戦中。

 俺の隣でエレノアが緊張の面持ちで告げる。

「あの娘は……【ガシュラの戦姫】レトラ・カジュールです。ガシュラ国闘技大会二年連続優勝・世界大会でも国家代表選手として上位常連。世界屈指の剣士です……!」

 危険度は最高。

 たった一人で戦場を塗り潰してしまうバランスブレイカー。

 即座に頭を回転させていく。

 バセラ1、大きな劣勢。

 バセラ2、奇襲を受けたが態勢立て直しつつあり。

 バセラ3、余裕アリ。

 連信ラクリマ結晶に叫ぶ。

「バセラ3はバセラ1に合流! バセラ2は状況の良化に努めろ」

 それから俺は刀を抜いた。

 そこへエレノアも続く。

「私もお供します」

「君は頭脳だ、ここで待機」

 俺は冷徹に却下する。

 遠回しではあるが、どうやったってエレノアではレトラ・カジュールの足止めすらできない。

 本当はネイダが欲しいところだが手一杯、だから俺とプラムで何とかするしかない。

 判断を間違えば全滅すら有り得る。

 俺の役割はこの判断を間違えないこと。

 冷徹にならなければ生き残れない。

 エレノアもそれは分かっているハズだ。

「……分かりました」

 彼女が気落ちした表情を見せたのは一瞬だけで、すぐに切り替えた。

 俺は頬を緩める。

「俺の代わりに状況をよく見ていてくれ。細かな指示は君に任せる、頼りにしているよ」

 そして俺は飛び出した。

 集中力を研ぎ澄ませていく。

 鋭敏に、鋭角に、先端を尖らせて尖らせて、磨き上げて。

 錐のように極限まで。

 一秒の中が濃密になり、瞬間瞬間が広がっていき、遂に刹那の領域で進んでいくようになるまで研ぎ澄まされる。

 レトラは嘘みたいな速さで踏み込み、小さな振り被りでこちらの右小手に打ち下ろしてきた。

 刹那の中、俺は咄嗟に右手を右方向にスライドさせていく。

 次の刹那で相手の刃が辿り着く前にこちらの右手は命中軌道から脱出、続く次の刹那で命中軌道には俺の刃が現れ、そして次の刹那でこちらの刃が敵の刃と接触、そのまま斬撃をいなす。

 更に雪髪の房を揺らしながら、身体を回転させて左胴を狙ってくる。

 これには左肩を後ろへ下げながら、両方の手を下方へ僅かにスライド。

 そして刀を天へ立てると自然にこちらの刀が相手のそれを受け止めた。

 刃の激突に合わせ筋肉がぎちりと軋んだ。

 そこから右肩からの袈裟斬り、左からの首刎ね、右胴、左肩への突きと流れる動作で打突を繰り出してくる。

 凄まじく速い剣閃で剣術はまさに国を代表するレベル。

 刃の接触の度に美しい音色が奏でられ、光の飛散が起こる。


 先制を取られたばかりか反撃の芽すら見えない。

 俺の頬を汗がつっと流れていく。

「良いね、指揮官がこれだけやれるなんて! でもあなた見ない顔だね、何者?」

 翡翠の瞳で絶えずこちらの随所を確認してくる雪髪の女の子。

 刀さえ無ければ気に入ってもらえたのかと喜べるところかもしれない。

「そっちこそ何者だ?」

 俺は注意しながら周囲を確認。

 そこへプラムがやってくる。


「レドラス・ヴィリッサル――炎気纏い!」


 赤い光を放ち始めた刀を鞘に納めたまま握り、飛ぶような俊足で敵少女に肉薄。

 レトラも気付いたようで翡翠の瞳がプラムの方へ向けられた。

 そして同様に詠唱。


「レドラス・イルトラット――血牙の輝き!」


 敵少女の刀が緑色の光を発する。

 プラムが抜刀術による一閃。

 これを敵が刀で受けて強烈な金属音が迸った。

 プラムの刀の赤い光と敵少女の刀の緑の光も衝撃波のように辺りへ飛散し、幻想的な光景を創り出す。

 これで二対一。

 レトラは冷めた口調で言った。

「なーんだ、二人がかりでか弱い女の子に襲い掛かるつもり?」

 実際俺一人では無理そうなので言われた通りである。

「強すぎる奴の宿命だ。無双する権利は高くつくんだよ」

 それから数の利を活かし押し切る、なんてこともできなかった。

 レドラスで強化されたレトラの斬撃は打ち合った俺がふっ飛ばされた。

 同じように強化しているプラムなら剣撃の重みは拮抗しているが、彼女では技術が追いつかない。

 それにプラムの動きは微妙に固かった。

「ハアッ! ヤァッ!」

 レトラの方はプラムの太刀筋に慣れてきたようで余裕を見せ始める。

「ハハッあんた剣に迷いがあるよ!」

 その言葉は核心を突いていた。

 剣士同士では剣捌き一つで心の機微が分かることがある。

 そうだ、プラムの動きの固さは内面が影響しているのではないか。

 その原因は、恐らく……

「そんなこと……ないよー!」

「ハッタリで勝てるほどあたしは安くないんだ、そんな剣で……挑むなっ!」

 レトラはプラムの攻撃をはたき落とすと強烈なカウンターを見舞った。

 プラムは肩をやられひざまずく。

「あうううぅっ!」

「プラム下がれっ!」

 俺は援護の攻撃で隙を作る。

 レトラの刃と激突するが、今度は俺がふっ飛ぶことは無かった。

 レドラスの効果が切れたのだ。

「これでようやく二人っきりだねぇ……」

 レトラがゆらりとこちらに刀を向ける。

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 自分一人では止められそうもない相手。

 レトラがじりりと足のバネを溜める。


 緊張の一瞬。

 次の瞬間。


 俺は構えを解いた。

 レトラが怪訝な顔をする。

「ちょっと、どういうつもり?」

「回りを見ろ」

 俺は短く言った。

 戦況はもう変わったのだ。

「…………ああ、もう戦術的には敗北ね」

 レトラがつまらなそうに呟く。

 

 戦況というのはここだけではない。

 レトラだけがここで優勢であっても他は全てこちらの優勢になっていたのだ。

 戦いながら俺はエレノアから情報を受け取っていた。

 相手は少数での奇襲。

 時間が経過してこちらの隊が状況に順応してきた以上、勝ち目は無い。

 相手にとってはこちらの隊が混乱している内に俺を討ち取れるかどうかが勝負だったのだ。

 これならもう相手は退かざるをえない。

「作戦は失敗のようだな?」

 俺は軽く余裕を見せながら言った。

 だが翡翠の目を持つ敵少女は愉快そうに口角を釣り上げた。

「いいえ、成功。別にこれで良いの」

「何を言っている……?」

「あなたを倒せなかったのは残念だけどさ、は頂いたもんね……!」

「は? ………………うげっそういう事か!」

「あはは、分かった?! 戦術的に敗北でも戦略的にはあたしの勝ち! あなたなかなか強いみたいだし、近い内にまた遊んであげるよ。またね、おにーさん!」


 森へ消えていく襲撃者達。

 俺は苦渋を飲まされた顔で連信ラクリマ結晶を掴んだ。

「絶対に追わないこと。被害状況を報告」

 一本取られた。

 これは時間稼ぎだったのか。

 敵の本隊は既に採掘資源の強奪に成功しているだろう。

 俺はプラムの所へ急いだ。

 プラムは地べたに座り、暗い顔で俯いていた。

「隊長、役立たずでごめんなさい……」

 機械仕掛けの人形みたいに生気が感じられない。

「プラムがいなかったら俺はやられていた」

「剣に迷いがあるって、言われました……ボクは……迷ってるんですかー?」

 何と言うべきなのだろう。

 プラムはこれまで、頑なに言いたがらなかった。

 だから無理に言わせるものではない、と思っている。

 が、今のプラムを見ていると吐き出してしまった方が良いのではないかとも思える。

 俺が言葉を生み出せずにいると、プラムは力なく笑った。

「こんなこと言われても困りますよねー……面倒臭い子でごめんなさい……」

「……まずは傷の手当だ、見せてみろ」

 森の抱えている闇が迷いという言葉を具象化させているように見えた。


 部隊が落ち着きを取り戻すと、第一採掘場へ。

 案の定、採掘場では怒りや嘆き、哀しみの声が飛び交っていた。

「済まねぇな……一日分がごっそり持ってかれちまった。運び出しを狙われた」

 申し訳無さそうに現場監督が状況を語る。

「いえ、こちらこそ守れず不甲斐無いばかりです」

 本当に申し訳無いのはこちらの方だ。

 守るために来たのに、守れなかった。


【ガシュラの戦姫】レトラ・カジュールか……

 難敵に出会ってしまったな。

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