第13話
噴水のある綺麗な公園には弁当を持ち寄った沢山のグループが見られる。
「ハンバーグ! ハンバーグ! グハハハ!」
ダナン元帥はテーブルに広げた弁当を前に上機嫌だった。
俺はお昼を一緒にどうだと元帥に誘われ、ついてきた。
公園には無数のテーブルがあるが、その中の一つには既にキーラが陣取っていた。
俺の分も急遽作ってきてくれたということで、ごちそうになることになった。
単純な会食ではない。
そうピンときた。
今朝俺が元帥に弁当を届けに行った時に、プラムとキーラの微妙なやり取りを話したのだ。
そうしたら元帥は顎を弄って唸っていた。
それからすぐにキーラに連絡をとったのだろう。
キーラは居心地悪そうにしているというか、不機嫌そうというか、とりあえず目つきは厳しく黙々と食べている。
元帥が当たり障りの無い話を振ってきた。
「君の隊の人選は私がやった。君には見込んでいることがあるからだ」
「見込んでいることですか?」
「どの小隊長も力はあるのに出し切れていない。それぞれ何かを抱えているからだ」
元帥は俺の問いに直接は答えなかった。
しかし、何を期待されているのかは分かった。
全然当たり障りの無い話ではなかった。
切り込むべきところは躊躇い無く切り込む、こうでなくては元帥は務まらないのかもしれない。
「俺は隊長の適正には自信がありません」
今朝の状況を思い出し、そう言ってしまう。きっと上手くやれる人は巧みな話術でエレノアもネイダも解決へ向かわせられるハズだ。
「君らしくやれば良い。そうだな……十日後くらいに私は私の目に狂いは無かったと言っているだろう」
意味深なことを言う元帥。
あまり期待しないで欲しいのだが。
十日間で解決というのは相当にシビアだ。
エレノアの問題もあればネイダの問題もあるし。
それに。
キーラの方に目を向けると元帥が待ってましたとばかりに言った。
「私はこれで退散するから、キーラの話を聞いてやってくれ」
あっという間に食べ終わっていた元帥はさっさと立ち去っていってしまった。
それを見送ると俺はやれやれと肩を竦めた。
キーラは視線をテーブルに落としている。
なかなか話し出さない。
「無理に話さなくても良いよ。元帥も強引だったと思うし」
それとか、俺が余計なことを言ったためにこの場がセッティングされたと怒っているのかもしれない。
表情の険しさからは、そんな気配が漂っている。
だが、彼女は意外なことに。
「いえ、聞いて下さい……あの、ご迷惑でなければ、聞いてほしいんです」
その声からは切実さがうかがえた。
俺は勘違いに気付いた。
彼女は怒っていたんじゃない、真剣な顔をしていたのか。
「迷惑ではないよ。俺でよければ聞くよ」
プラムは抱え込んで話そうとしない。
いったい、プラムとキーラの間に何があったのだろう。
キーラは自分の思考を確かめるようにゆっくりと語った。
「そもそも私も姉も、元帥の養子なんです。元の家族は、旅行に行った時の事故で両親と兄が他界しました。そうして遠い親戚の元帥に引き取られたのです」
「過去に不幸があったのか……」
「その他界してしまった兄を巡ってずっと姉妹の仲が凍り付いてしまっているのです。姉は葬式の時にこう言いました。兄と両親が死んでしまったのは自分のせいかもしれない、と。私と姉はよく兄に懐いていて……というかべったりだったんです、姉妹で取り合いをして頻繁にケンカするくらいには。そこで、姉は……妹の私がいなくなれば良いのに、と願ってしまったんだそうです。そんないけない願いをしたから、兄も、そして道連れに両親まで奪われてしまったんだって」
大きなショックを受けた時、人は理由を探し、オカルト的に結び付けたがる。
それは欺瞞でも良いから自分を納得させたいという心の防衛なのかもしれない。
そうしないと心の均衡が保てないから。
「願いが悪い方に叶ってしまった?」
俺が複雑な表情で尋ねると、キーラは自嘲するような苦笑を浮かべた。
「仰りたいことは分かります。荒唐無稽な話ですよ……でも……幼かったんです、姉も私も。それに、私もショックが大きかったから、それを聞いて姉を責めたんです。誰のせいでもないと言われるより、誰かのせいだという話の方が心の整理も付けやすかった。私の方が口が達者だったこともあり、殆ど一方的にやり込めてしまいました。それからはもう口をきかなくなりました……私自身もマズイんですけど、どうにもそういう状態になってしまってからは関係の修復には二の足を踏むようになってしまって。いざ姉の前に立つと心無いことを言ってしまうんです」
キーラは複雑な心境を吐露した。
これはなかなか難しそうだ。
傷が歪になったまま固まってしまっている。
傷は単純な方が心の整理がつけやすいと思ってやったのに歪になってしまったとは皮肉なものだ。
いや、でも、そうしたら矛盾があるのではないか。
「心の整理は……付いたの?」
傷は単純な方が心の整理がつきやすい、でも歪になってしまった。
それなら心の整理は今でも付いていないのではないか?
すると、キーラは目を丸くした。
「心の整理……そうです、考えてみればそうですよ! 言われて初めて気付きました。そうです、私はまだ心の整理が付いていないんです。あの時から止まったままなんです。だって、自分と……向き合ってこなかったから……! 自分から逃げてきたから……!」
最後の方は声が震えていた。
瞳は水滴が溜まり揺れていた。
そう、傷を単純にしたいなら真っ直ぐに向き合わなければならない。
そして心に折り合いというか区切りを付けるには、そうする以外にない。
ショックが大きい時にはなかなかそこまで頭が回らないものだ。
そして、それに気付いたとしても逃げたくなる……
それからキーラは胸に手を当てた。
苦しみを吐き出すように声を絞り出す。
「馬車が橋から落ちて私達は溺れて、でも兄が私と姉を抱えて必死に岸まで泳いでくれました。そして私と姉を岸へ上げた後、兄は岸に手をかけたまま上がってくることができなかった。既に無理をして折れていた。私達を岸に上げることさえ無理なはずなのに最後の力を振り絞ってそうしてくれたのです。兄はそれでも笑顔になって『プラムとキーラだけでも助けることができて良かったー』って、いつもの間延びした声で……私達が兄の手を掴む前に、兄は流されていきました。私達の伸ばした手は何も掴み取ることができなかった」
きっと、その時の光景が脳裏に焼きついてはなれないのだ。
色んな感情と共に。
俺はかける言葉が見付からない。
やっぱり相談を受けてもうまく導いてやれないのだ。
元帥も期待しすぎである。
例えばアルフみたいにモテるイケメンならこういう時うまいこと言って悩みを解消してあげられるのだろう。
だが、キーラは予想だにしないことを口にした。
「あの、ありがとうございます。父の薦めでしたけど、やっぱりあなたに相談できて良かったです」
「えっ……何で?」
目が点になるとはこのことだ。
いったいどこが良かったのだろう。
「あなたのお陰で私は溜まっていたものを吐き出すことができました。ハロルドさんは聞き上手ですよ」
心を許したようにはにかむキーラ。
厳しかった表情とのギャップが可愛らしい。
「それは単にうまい言葉が見付からないからで……」
「ここぞという時には言っているじゃないですか。『心の整理は付いたの?』って、あれで目が覚めました。ワンポイントアドバイスが上手いのかもしれませんよ」
「そ、そうか……?」
なんてキザに振る舞ってみるが内心は『えへへへ!』と身をくねらせていた。
兄や講師からさんざん怒られてきた俺は褒められることに慣れていない。
次から自己紹介は『ワンポイントアドバイスが得意と巷で噂のハロルドです』としようか。
あ、でもそういうノリで軍学校で自己紹介して暗黒時代に突入したボッチ仲間がいたな。
ボッチ同士は関わらないので仲間とは言わないが。
「ええ、ここに来るまで頭痛がしていたんですけど、不思議と今はすっきりしています。本当にありがとうございました」
「もう大丈夫そう?」
「そうですね、と言いたいところですけど、心の準備が必要です。やっぱり姉の前に立ってしまうとまた……きついことを言ってしまうんじゃないかと」
そういえば、出発が二日後だ。
参ったな、そうするとしばらく会えなくなる。
でも軍務だから言うわけにもいかない。
心の準備、出発までに間に合うだろうか?
こういうのってタイミングを逃すとまた踏ん切りが付かなくなってしまうからなあ。
この日の任務が終了し、帰り道。
俺はあれこれ考えながら歩いていたが、気になる光景を発見してしまった。
道の向かい側をネイダがとぼとぼ歩いている。
そこで飲み屋から出てきた男四人組とぶつかってしまい、絡まれ始めた。
ネイダは考え事をしているのかおざなりに謝罪を口にして立ち去ろうとする。
それに怒った男達がネイダの腕を掴む。
いつものネイダならこんな時ちょっと威嚇して男達を震え上がらせ立ち去るはずだ。
でも今日の彼女は人形みたいにされるままになっていた。
マズイと思い俺は駆けつけた。
「おいおい嬢ちゃん、ちゃんと誠意を込めて謝ってくれねえと済まねえよ?」
ネイダの腕を掴んだ男が不機嫌そうに怒っている。
呑んだ後と思われ赤ら顔だ。
「すいません、その娘を放してやってくれませんか?」
俺は仕事向きの笑顔で男に言った。
「何だぁあんた? 俺達はこの嬢ちゃんに用があるんだ、部外者はすっこんでろ!」
凄む男。
そして他の三人の男も俺を囲む。
俺は黙って身分証明書を見せた。
場の空気が凍る。
それから数秒。
男達の顔色が変わった。
「お仕事お疲れさん! じゃあ俺達は急ぐから、へへ……」
ネイダは解放され、男達は去って行った。
俺は肩を竦め、ネイダを見た。
彼女は俯いていた。
沈黙。
お礼を言え、とか小さなことは思わない。
今彼女を取り巻いている暗い感情の霧が分かるから。
でも、今朝彼女はあんなに嫌がっていたじゃないか。
それでも俺は踏み込むのか?
だから俺は悩んだ。
悩みに悩んで。
でもけっきょく、言った。
「…………行こう、お見舞いに」
ネイダはビクッとなった。
それから俺の袖を摘まんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます