第12話

 明くる日。


 軍庁舎へ向かう途中でプラムと会った。

「隊長、エレノア副長はどうでしたかー?」

「あの後しばらく話してみたけど、ちょっと根が深そうな感じだったな」

 俺は半分寝たような状態で答える。

 朝は弱く、中隊長室で珈琲を飲んでからでなければ覚醒しない。

「副長はいつも冷静でしっかり者だと思ってたですよー取り乱したの初めてですよー」

 意外そうにしているが、プラムにはエレノアがそう見えていたのか。

 ふへへを見られた時とか相当取り乱したりするんだけどな。

 それとか戦術の話をする時は熱中するし。

 逆に俺はネイダがあんな辛そうな顔をするのが意外だったんだよな。

 脳筋というと聴こえは悪いかもしれないが、はっきりした性格だし何かを引きずらないイメージがあった。

 でも実際は師匠との一戦を冷たい傷としてずっと引きずっていた。

「みんな色んな一面を持ってるもんなんだな」

 かくいう俺もみんなに見せていない一面も持っていたりするのだが。


 そうして話しながら歩いていると、軍庁舎の入口に見知った人物がいることに気付く。

 クローガの見舞いに行った時以来だ。

 プラムの妹・キーラである。

 ちょうど目が合ったので挨拶をする。

「やあ、どうしたの?」

 するとキーラは大きな弁当箱を掲げてみせた。

「父が……元帥がこれを忘れて行ってしまったので、届けに来ました。私は部外者なので受付の方に届けるのをお願いしようかと思っています」

 涼やかな声で表情も理知的、プラムと顔は似ているが雰囲気は異なっていた。

 受付には三人ほど並んでいてキーラの順番が回ってくるまでまだ時間がかかりそうだ。

 それなら、と俺はキーラから弁当箱を受け取った。

 俺が届けても変わりはない。

 何だかプラムがそわそわしているのに気付いた。

 そういえば俺とキーラのやりとりの間、プラムは一言も発していない。

 どうしたんだ、と俺が視線で問い掛けるとプラムはビクッとなった。

 それからカラ元気みたいにキーラに挨拶をした。

「ほ、本日はお日柄もよろしく……」

「……何それ」

 キーラは一喝するように厳しい視線で返す。

 プラムはよけいにあわあわとした。

「あああのあのあのっ……元気、でしたか?」

「妹相手に敬語なんてやめてよ、他人が見ている前で恥ずかしいでしょ」

「ご、ごめんなさい……」

「だからそういう態度もやめてってば!」

 キーラはこめかみを押さえうんざりしたように言い放った。

 プラムは叱られたように縮こまってしまった。

 これではまるで母と娘だ。

 一瞬で険悪な空気になってしまい、俺は口を挟むことができなかった。

 早口でキーラは場を辞す言葉を紡ぎ、深くお辞儀をして去って行った。

 詮索しないでほしいという気持ちが全開に出ていた。

 残されたプラムは震え声で呟いた。

「ううぅ失敗したよー……バラバラになったのを一つにするのは難しいですよー」

 聞いたことのあるような言葉だ。

 というか、俺がプラムに言ったのか。

 プラムはそれ以上何も言わなかった。

 話したくなさそうだった。

 この娘も癒し系といういつもの顔だけでなく、何かを抱えている一面があるんだな。


 視線を周囲に向けていると、あれ、と思った。

 遠くにヘマシュが歩いているのが見えたのだ。

 隣にはナニャフが歩いている。

 かなり遠いのでこちらには気付いていない。

「あの二人、知り合いだったのか」

 するとプラムはいつもの調子に戻って教えてくれた。

「隊長、知らなかったですかー? ナニャフ小隊長は超が付くお嬢様なんですよー」

「えっ……まじかよ」

 常に企んだような顔で語尾に『でさぁククク』って付けちゃうような娘が?

「まじまじですよー」

 プラムはさっきの叱られていた様子など微塵も感じさせなかった。

 話題を変えることができてどこかほっとしているようだった。


 軍庁舎を間近に臨む広場で定例の朝会が始まる。

 この日は大きな発表があった。

 新しい任務が与えられたのだ。

「今回の指令は『西側国境を哨戒せよ』となります」

 エレノアが俺の横に並び、任務の内容を説明する。

 この広場には横幅が人間十人分くらいありそうな巨大な板が置かれているが、エレノアはその横へと歩いていった。

 そして巨大な板の脇に置いてある台に書類の中から一枚を抜き出して、乗せる。

 巨大な板に地図が映し出された。

 この板はスクリーンなのだ。

 スクリーン脇の台に書類を乗せて、魔力を込めれば投影される仕組みになっている。

 台には魔力を受け取るための宝石が埋め込まれていて、エレノアはその宝石に手を当てて僅かな魔力を放出している。

 映し出されたのはリノロス周辺。

 西側国境は山岳地となっており、大まかに山岳地を半分ずつ隣国と分け合っている。

 西側隣国はガシュラ共和国。

 この山岳地には燦光サラベスク石の採掘場が点在している。

 そこを哨戒せよ、というのが作戦説明の概要だった。


 燦光石――魔力を込めることで通常の明かり~燦然と輝く光まで発光可能な鉱石。家庭用は穏光リルベスク石というものがあり、そちらは仄かな明かり~通常の明かりが灯せる。業務用といった感じの燦光石は採掘量が少なく、リノロスの貴重な資源だ。


 説明が終わると、俺は質問した。

「哨戒任務とのことだけど、隣国と小競り合いはあるの?」

 すると俺の隣にいるエレノアよりも先に、向かい側の隊員達の方から声が上がった。

「ありますよーガシュラの人達がだーって来てうらーって持ってっちゃうんですよー!」

 元気よく手を上げて発言しているのはプラムだった。

 隊員達の先頭にいて、ネイダと並んで立っている。

 それにしてもだーって来てうらーっか。

 よしよし良い子だねって頭を撫でてやりたい。

 超癒される。

 戦争がこの娘のフィルター通すとファンシーになっちまう。

「えーっとそれは、ガシュラが採掘場を襲って鉱石を強奪していくってこと?」

 俺流にプラムちゃん語を翻訳してみると当たっていたようでぴょこんと彼女が跳ねた。

「あい! 先月も二日分の採掘量がごうだちゅ、ごうだっちゅ、ごうだっっつ……」

 言えねえのかよ!

 頑張っちゃってもう!

「うんうん二日分強奪されちゃったんだねーそれは大変だったねー」

 何だか全身の力が抜けて癒されていく。

 風呂にでも入っている気分。

 タオルを頭に乗せて、目を瞑ってはー極楽ぅとか言っている自分が想像できる。

 あの全身の筋肉がほぐれていく感じ。

 するとプラムちゃんはパアアァッと顔を輝かせて。

「ハロルド隊長今お風呂入ってますねーボクも入りたいですよー!」

「は?!」

 何を言い出すんだこの娘は!

 俺の頭の中が見えるとでも言うのか……?!

「ボクは人の妄想を当てるのが特技なんですよー今隊長お風呂入って極楽ぅって言ってそうな顔してましたよー」

「そういうことか、表情から読み取るのか。てっきり……」

 電波でも受信しているのかと思った。

 あれ、エレノアが何故か怯えた顔をしているけど何故だ?

 まるで天敵を見付けてしまったかのような……?

 しかし、プラムちゃんと一緒にお風呂か。

 彼女が隣に入ると兄妹揃ってはー極楽ぅとか言っている画になりそうだな。

「あ! 隊長今ボクと一緒に入りましたねーはうぅちょっと恥ずかしいよー」

 そんなことを言ってプラムちゃんは両手を頬に当てていやーんともじもじし始めた。

 隊員達からは強烈なざわめきが起こり『変態』『ロリコン』『ずるい』等の温かい罵声が俺に浴びせられる。

 俺は健全な想像しかしていないしプラムちゃんは一つ下だからロリコンじゃないぞ。


 後で採掘場についてはエレノアに聞き直した。

 ガシュラとは小競り合いが過去二十年続いているとか。

 山岳地内のコロウ山で燦光石が採れるが、山頂を隔てた西側斜面ガシュラ領では産出量が低い。

 そこでガシュラは『コロウ山そのものがガシュラ領である』と主張しリノロスの採掘場を奪おうとしているようだった。

 資源を巡っての問題は争いになりやすい。

 だから哨戒せよと、そういう事だな。

 出発は二日後。

 一週間程度任務先で滞在することになるので、それまでは準備期間となる。


 中隊長室は小隊長達のお喋りで賑わっている、ということもなく。

 俺が書類作業で机に向かっていると溜息が聴こえてきた。

 エレノアだ。

 いつの間にか彼女用の机も運び込まれ、そこで俺に提出するための書類作業をするのが日常の風景になりつつあった。

 彼女の小隊の方もうまく回してくれているみたいなので、俺はこれを許可している。

 問題は彼女の状態だ。

 溜息はさっきから既に五回くらい聴いている。

 殆ど作業が進んでいない。

 頬杖をついて視線は虚空へ向いていた。

 原因ははっきりしている。

 ヘマシュの件だ。

 ケンカしてあの場を飛び出していってしまったけど、あれで良かったのか。

 そこら辺を何度もループさせて『もしもこうしていたなら』を考えているのだろう。

 突発的な行動に走った時ほど後で思い悩むことになる。

「なあ、もう一度話してみたらどうだ?」

 俺が耐えかねて提案すると、エレノアは力なく首を振った。

「無理ですよ。だってあんな別れ方してしまいましたし」

「気に掛かってるんだろ?」

「ケンカはあれで一度目じゃないんです。もう無理ですよ……」

「アレ以外のことでは問題なさそうだったじゃないか」

「アレを否定されて、私傷付いたんですよっ……?」

 エレノアはムッとして俯いてしまった。

 やはりアレの否定はダメージが大きいみたいだ。

 ここで俺が言葉を尽くして励ましたところで意味を成さないだろう。

 確かに被害者といえばエレノアの方だ。

 ヘマシュの言い方はお世辞にも感心できるものではなかった。

 ただなあ……別れ際のヘマシュの辛そうな顔、あれも引っ掛かるんだよな。

 本当はあんなこと言いたくなかったんじゃないだろうか。

 社交界に専念するためアレを捨てる……まあ、そこだけ考えればいちおう子供な自分への決別という説明がつく気はする。

 しかし、一八〇度変わって否定するところまで行くだろうか?

 何か事情があるのか……ヘマシュから話を聴いてみたい気もするが。

 エレノアは露骨に話題を逸らし、さあ仕事仕事、と言って書類に向かった。

 しばらくするとネイダが部屋に入ってきた。

「装備品の申請、しに来た」

 申請書はまずエレノアに手渡される。

 エレノアはざっと確認して間違い箇所を指で示した。

「ここ、人数分申請してないじゃない。馬車が足りなくなっちゃうわよ。それから連信結晶が五〇〇人分って中隊全員分より多いじゃない! タオルや応急手当キットもこんな数で足りるの?」

「あ、れ……? 分かった、直す……」

 つき返された申請書を受け取るネイダは、心ここにあらずという感じだった。

「しっかりしてよ、もー」

 エレノアが鼻息を荒くしているので、俺は彼女に視線を向けた。

 さっきまでの君もそうだったような……彼女は俺の視線に気付くと恥ずかしそうに咳払いした。

 ネイダがとぼとぼと帰ろうとしているので、俺は呼び止めた。

「ネイダ、もう一度だけクローガ師匠のお見舞いに行かないか?」

 俺はアルフの話を聞いた。

 そして、それを俺が直接伝えるのではダメだと思った。

 だからもう一度、クローガの所へ行く必要がある。

 しかし、ネイダはビクッとなると視線を逸らした。

「ネイダ、お見舞い品、選ぶの、苦手……」

 妙なことを言い始めた。

 顔に『逃げたい』と書いてあるようだ。

「それなら俺が選んでやるよ」

「今朝から、ちょっと、熱っぽくて……」

「軍医の所には行ったのか?」

「今日は、忙しい、から……失礼、しますっ」

 俺は椅子の背に勢いよくもたれかかり、両手を後頭部に回した。


「この部屋がもやもやで埋もれてしまう!」


 このままでは俺まで捗らないぞ。

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