第10話

 病院に到着。


 ネイダの師匠がいる部屋へ面会に行く。

 すると、意外な先客がいた。

 ダナン元帥だ。

 プラムに似た女の子も連れている。

「おおハロルド、君も見舞いかね?」

 元帥が尋ねてきたので俺はありのままを返す。

「付き添いです」

 そうしたら見えない角度でネイダがつねってきて。

「隊長が来たいと言った」

 これはもう少し気の利いたことを言えというサインだろう。

 付き添いが必要だったということを知られるのが恥ずかしいというネイダなりのプライドか。

「えー……と、ネイダの師匠ということで興味がありまして」

 俺が訂正するとネイダが満足そうに頷いた。

 元帥はその言葉に破顔した。

「そうかそうか! この方は実戦で【炎獄竜の化身】を使った伝説の超人だからな!」

 一瞬何を言われたか分からなかった。

 それから意味を理解して声を挙げてしまった。

 それは、とんでもないレドラス・カード。


【炎獄竜の化身】赤15ソル+任意3ソルで起動可の〈ヴィリッサル〉。2分間攻撃力・防御力・敏捷性が上昇【大】する。


 このように、効果がぶっ飛んでいる。

 もし実戦で使ったなら、せしめることすらできるだろう。

 だが、とんでもないのはこのクソ重いコストだ。

 実戦ではもっと軽いコストの使い易いカードが好まれる。

 要は、実用性が無いのだ。

 これを実戦で使ったなら確かに伝説だ。

「クローガ師匠は、凄い人」

 ネイダが腰に手を当て我が事のように誇らしげに言った。

「私らはこれでお暇するぞ。ちなみにこの娘はプラムの妹・キーラだ」

 元帥が隣の女の子を示す。

 キーラと呼ばれた女の子は折り目正しくお辞儀をした。

 そして二人は連れ立って部屋を辞去した。


 ネイダはクローガに近付いていった。

 クローガは従軍経験があるとは思えないほどやせ衰えていた。

 かなり辛そうだ。

 それでも柔和な笑みを作って歓迎の意を表す。

「ネイダ、来てくれたのか。久しいな」

 ネイダは視線を揺らし、たどたどしく応じる。

「師匠……ご機嫌は、あ……具合、は、どうですか……?」

 何だか見るからに腰が引けているような感じだった。

 まるで殺気にやられてしまっているみたいに。

 でもクローガからは全く殺気は感じない。

 妙だ。

「正直、具合は芳しくない……だからね、そんな中ネイダに会えて良かったよ。もうてっきり、会えないものかと思った。があったから」

は、もう、いいです……」

 二人だけに分かる会話が始まると、それからぽつりぽつりと話していた。

 でも全体的によそよそしいというか、ちょっと噛み合っていない感じだった。


 病院から出ると、ネイダは一仕事終えたみたいに溜息をついた。

 お見舞いは感動の再会というわけにはいかなかったようだ。

 何か事情がありそうである。

 ただ、『あのこと』についてわざわざ尋ねるのは無粋かと思った。

 それは本人が話したいと思った時に話せば良いことだ。

 だが、意外にもネイダの方から話してきた。

「師匠は、ネイダの知る、最強の人。ネイダ、師匠を、超えたい」

「師匠を、超える……?」

 俺は首を傾げた。

 ネイダはそんな俺に首を傾げる。

「隊長は、超えたい人、いないの?」

 そこで俺はびっくりした。

 俺の頭に浮かんできたのは兄だ。

 俺は学校以外に道場に通ったわけではない。

 いつも兄と稽古をしていたので、敢えて師匠と言うなら兄だ。

 その兄を、超えたい?

 考えたこともなかった。

 超えられるなんて想像したこともない。

 雲の上の存在だ。

 だから、師匠を超えたいと言ったネイダの言葉に俺は首を傾げたのだった。

「超えられるものなの?」

「違う。超えられるかどうかじゃ、ない。超えたいかどうか」

 ネイダのその言葉に俺は動悸が激しくなるのを感じた。

 何だろうこの気持ち。

 昔懐かしいような。

 小学生辺りの。

 ああ、そうか、小学生の時だ。

 俺がまだ兄の背中を追いかけていた時の。

 俺が諦める前の。

 がむしゃらに完璧な兄の背中を追いかけていた。

 俺は追いかけていたのだろうか、追い越したかったのだろうか。

 今となっては分からない。

 だが今俺が軍人をやっている理由は何だろうと思った。

 俺が言葉を継げずにいるとネイダはまあ良いか、と先を話す。

「師匠は病気になった時、ネイダと試合をした。ネイダ、そこで初めて勝った」

「凄いじゃないか、じゃあネイダは超えられたのか」

 だがネイダは首を振った。

「師匠、その時、病気のこと隠してた。ネイダ、それを知らずに、喜んだ。後で病気のこと知らされて、哀しかった。師匠は全力を出せる状態じゃ、なかった。だから、ネイダはまだ師匠を超えてない」

 苦味の濃い声だった。

 静かな中にも怒りと悲しみが激しく衝突し雷鳴を轟かせているような激しいものを内包しているように感じられた。

「いきなり、どうしても勝負しようって、言ってきて、おかしいと、思った。師匠、ネイダを勝たせるため、わざと、勝負した。ネイダ、こんな勝ち方、したくなかった……!」

 ネイダは堪えるように目を瞑り、ぎゅっと拳を握った。

 目元から雫が落ちないように堪えているようだった。

 これが『あのこと』か……オグカールに見舞いを勧められた時の微妙な態度は、この複雑な心境があったからか。

 ネイダは見たところ剣術に生きる人間だ。

 勝負というもののプライオリティは俺が思っている以上に高いのかもしれない。

 ラドクランでも剣豪同士が公平な試合をできずに『勝負を穢された』と語る者がいたが、それに近いだろうか。

 クローガの容態を思い出す。

 快復してからの再戦は、イメージできなかった。


 翌日の見回り任務。

 午前中は訓練を行い、昼下がりの城下町を各隊で手分けして巡回していた。

 今日は俺はプラムの【バセラ3】に付いてきている。

 リノロス城から真っ直ぐ伸びる大通りを進み、【バセラ1】が西側、【バセラ2】が北側、そして俺達の【バセラ3】は東側に向かっていった。

 【バセラ3】の中でも二~三名ずつ組を作り、方々に散っていく。

「隊長はリノロスに馴染むの結構早いですねー最初からリノロス人と言われても違和感無いですよー」

 プラムが街角を隅々までチェックしながら話す。

 細い路地を確認する時手庇で確認したり不審な物が置いてあるとその裏も確認したり、おかっぱをぴょこぴょこ揺らしていた。

 軍服を着てはいるがチビッ子体験入隊、といった感じで微笑ましい。

 だがこれでいてプラムの人気は凄い。

 彼女の隊の隊員はみんなで彼女を猫っ可愛がりだし毎日のようにお菓子を抱えるほどもらって俺達にお裾分けするし、エレノアやネイダの隊の隊員にも名前を覚えられている。

 俺の名前を覚えてなくても彼女の名前は覚えているという隊員がいるのだからカリスマ的な人望だ。

 二階建てか平屋の家々が立ち並ぶ中、プラムと二人で歩いていく。

「叔父の家がリノロスにあったから、年一回くらいのペースで来ていたんだよ。今回こっちに移住する際も叔父の家を頼ってやってきた。言語圏も同じだし、特に問題無くこっちの生活をスタートできたよ」

「……へー」

 プラムは相槌を打ちながらも小さな桜色の唇に指を当てた。

 その表情にはちょっと気にかかるけど、何だろう、といった色が窺える。

「そうそう、プラムの妹のキーラって娘に会ったよ。ネイダの師匠のお見舞いに行ったら元帥が来てて、その時一緒にいたんだ。プラムと似てるけど、向こうの方が背は高いな」

「えっ……キーラですかー……?」

 何だかプラムは微妙な表情をした後、上書きするように笑顔を作った。

 何だこの反応。

 普通はもっとこう……弾むものじゃないんだろうか。

 別に根掘り葉掘り訊こうというつもりではないのだが。

 間をもたせる世間話のつもりなので軽く当たり障りのないことを言ってくれれば充分なんだけど。

 微妙な空気になってしまい困った。

 だがその時、細い路地の向こうから大きな声が聴こえてきた。

「物盗りだあっ!」


 俺とプラムは顔を見合わせ、頷き合う。

 即座に〈アイ〉で身体強化、細い路地へと駆け出した。

 軍靴を鳴らし、刀の鍔に親指を掛ける。

 いつでも抜ける準備をする。

 足の回転速度を上げ、姿勢を低くして疾駆する。

 プラムが付いてきているのも確認。

 幾つかの路地を曲がった所で怪しい人影を発見。

 全速力で走っていた。

 こちらの速力で充分距離を縮められる。

〈アイ〉が使えない一般人のようだ。

 一般人に刀は使えないので鍔から指を離した。

 そしてどんどん距離を詰め、路地を抜けて視界が開けた所で襟首を掴んだ。

 確保。

 何を盗んだのか確認してみると、指輪だった。

 やがて警察官もやってきた。

 被害者と思しき女性も一緒だった。

 犯人と指輪をいかめしい顔の警官に引き渡す。

 警官は被害者女性に尋ねた。

「ヘマシュ・フロイドさん、この指輪で間違いありませんか?」

「これですわ! ありがとうございます!」

 ヘマシュと呼ばれた女性は日傘を持ち優雅に御礼を言った。

 俺は彼女の名前にピンときた。

 もしかしたら。

「あの、エレノア・スフィーダという娘と友達だったりしますか?」

 思い切って尋ねてみたら、ヘマシュは目を見開いた。

「……まあ、あなたエレノアのお知り合い?! まさか恋人?!」

 貴婦人というにはまだ若いが、一見して貴族と分かる風貌のヘマシュはあまりの驚きに髪を振り乱して近付いてきた。

「いや、軍の仲間です。私が隊長で彼女が副長で」

「隊長が副長に手を出すなんて! でも遊んでそうな男性でなくて良かったわ!」

 何だか忙しい性格のようだ。

「手は出していないのですが……ヘマシュさんが彼女を戦術の世界に引き入れたようで」

「あら、まさかのことも知っていらして?」

「ええ、まあ……」

「まあ! エレノアがそのことを話すなんて、あなたよほど信頼されていますのね! ああ懐かしいわ、エレノアともう一度語り合いたいですわ」

 こんな流れになったので、俺はエレノアに連絡をとった。

 連信結晶があれば離れていても話せる。

 急な話だが任務の終わった後に夕食をご一緒することになった。

 俺とプラムは関係ないかなと思ったけど、もののついでと誘われた。

 全部ヘマシュが支払いを持ってくれるとのことだが、エレノアの親友が貴族だったとは。

 そうしてヘマシュと一旦別れた。


 プラムが何か言いたそうにしているが、どうしたのだろうか。

 しばらく待っていると、プラムが口を開いた。

「家族とは仲良くした方が良いですかー……?」

「まあ、うん……」

 唐突な質問だったので曖昧に答える。

 キーラの話が出てから微妙な空気だったのだが、そこから来ている質問なのだろうか。

「ボクも両親がいなかったですよー……隊長もですか? 叔父の家に移住してきたって言ってましたけど」

 両親がいなかった?

 ダナン元帥は……いや訊かないでおこう。

 それより、

 移住するのに何故俺が叔父の家にやってきたのかって。

「死んだ訳じゃないんだけどね。両親は研究者なんだけど、何年も掛かるプロジェクトのために旅立ってしまったんだ」

 すると、プラムは首を傾げてしまった。

 それなら両親に付いていけなかったのか、と疑問に思ったのだろう。

 どこから話そうか、と思案しつつ俺は昔話を始めた。


 特に両親が何の研究をしているかは聞かずに育った。

 意図的に隠しているようにも見えたし、踏み込まないようにしていた。

 軍学校に入った辺りから、見知らぬ大人達が訪ねてくるようになった。

 多分研究の関係者だと思う。

 最初は数ヶ月ペースで訪ねてきては両親と話をしていた。

 話を聞かないようにと言われていたので俺と兄は自室でおとなしくしていた。

 その頃から俺と兄とアーネの三人の関係性は変わってきた。

 ある時アーネが言った。

「ファルナムって学年主席取ったんだって、凄いよね! 憧れちゃうな~。でもハロルドも個性的だし良いと思うよ?」

 兄を絶賛するアーネの口調に複雑な思いをした。

 でもしょうがないか、とも思う。

 兄は俺にとって憧れの存在だった。

 学年主席で模擬戦の勝率も七五%を記録。

 早くからラドクラン軍から声が掛かり、わざわざ家にまで軍のお偉いさんが話をしに来た。

 将来を期待された新星だ。

 そして兄の周囲には常に彼を慕う人達が集まり、顔も広く人望も厚かった。

 俺に無いものを全て持っていた。

 そんな兄とは対照的に俺は全然駄目だった。

 軍学校では七六五三位。

 ラドクランはリノロスの十倍近い九千人という生徒がいるが、その中で底辺に近い方だった。

 模擬戦の勝率も三〇%いっていなかった気がする。

 当然誰にも期待されないのでラドクラン軍から声が掛かることも無かったし、変わり者の俺は常にぼっち。

 人望もクソも無かった。

 軍学校で受けたテストも0点を連発。

 常に追試を受けないといけなかったし、皆から疎外された。

 当時、兄ファルナムは俺の成績を知る度に怒鳴っていた。

「ハロルド、また七〇〇〇位以下なのか?! お前はどうして真面目にやらないんだ!」

「いや、真面目にやってはいるんだけど……」

「真面目なものか落ち零れめ、お前はアーネと遊んでばかりいるからそうなるんだ!」

 落ち零れの烙印を押され最底辺をうろうろ。

 兄のようになりたいと思った。

 良い所が無い自分とは対照的な兄は憧れの存在だった。


「うう、けっこう怒られていたんですねー……」

 プラムが何ともいえない表情で気遣ってくれた。

 俺は自嘲気味に頬を掻いた。

「兄貴は神みたいなもんだったからな」

「あれ……でもお兄さんって、リノロスに来てからは軍に入ってないですねー?」

「ああ、うん……行方不明なんだ」

 これについてはあまり言いたくない部分があったので、濁した。

 プラムは目をぱちぱちとさせ、微妙な変化を察したようだ。

 深い追求は無かった。

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