おしゃれ泥棒

仙石勇人

おしゃれ泥棒

 服を買いに出かけた。あるアイテムが足りぬのだ。服装に妥協はせぬ。本場の英国紳士よろしくかっちりと頭からつま先までおしゃれを決め込み、休日の洋服店に入った。

 店内は高級感であふれている。右の壁からは大きなツノのシカかトナカイのような動物が首を出し、左の壁を見れば、威厳ある人物の肖像画が飾られてある。誰なのかはピンと来ないが。肩の力の抜けるような小粋な音楽が心地良い。目的のものを求め、ためらわず店員に声をかけた。

「青のシャツを見せてくれ」

「かしこまりました」

 礼儀正しさの中にも親しみやすさを感じさせる接客だ。若々しく見えるが、場数も踏んできているのだろう。てきぱきと店内を動き回り、6種のシャツを透明のショーケースの上に並べた。地中海を思わせるような鮮やかな色味のもの、朝に近づこうとする夜空のような深い青まで、青といっても実に幅広い。

 その中のひとつを手に取り、試着室に入った。木製の重厚な扉を閉め、鏡と対峙する。この瞬間は否が応でもナルシシズムが刺激されるというものだろう。袖を通し、すぐれた自らの趣向に、一人頷く。

 試着室を出て、壁に立て掛けておいたカバンをとり、身なりを整え、レジで支払いを済ませる。慣れた洒落者は長居をしないのだ。一点でもなかなかの値段だったが、現金で支払っても私の財布は分厚いまま。これで私のクローゼットはまた一層充実したものとなる。

 店を出て、周囲の視線を一人で集め、軽やかな足取りで街を行く。そんな私を人はお洒落泥棒と呼ぶらしい…。


 客は上機嫌で店を出た。接客を一件済ませ、仕事のよくできる自分を誇らしく思った。私の副業は、本業である洋服の販売の最中に行われる。富裕層の浮かれた客はカバンを不用心にも試着室の外にほっぽり出したまま、新しい洋服に夢中。あの部屋の中ではだれもが一人、自分に酔える空間。その隙に、分厚い財布に詰め込まれた札束の中からたった一枚だけを拝借する。客に微塵も気づかれず、毎回別れ際には感謝の言葉さえ頂いている。

 そんな私はお洒落泥棒…。

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おしゃれ泥棒 仙石勇人 @8810kuma

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