58話 ルカキス カリ・ユガに立つ


 ルカキスがゲートを通るのに先行して、カリ・ユガにはロボのサテライト端末が送り込まれていた。現場の状況を把握するまでが最も危ないと考えていたロボは、できるだけリスクを減らそうと策を講じていたのである。

 そして、ゲートを通過した途端、ロボは端末からデータを入手した。同時にそこにある脅威も認識した。その警戒レベルは最大級のものであり、事実、目の前に立つルカキスは今にも命を絶たれようとしていたのである。


 3人のうち最も早くゲートをくぐったルカキスも、カリ・ユガが危険な場所だという認識は持っていた。

 だが、ゲートを抜けた途端、ルカキスは何だと拍子抜けした。目の前に広がっていたのは今までいた世界と何ら変わらない自然の中の風景に見えたからだ。

 開けた視界内に危機はないと判断したルカキスは、無警戒にゲートを離れた。そして、続けてやってきたロボを振り返るとこんな言葉を口にした。


「ここがカリ・ユガか。見てみろ――」


 その地に足を踏み入れた感想を、真っ先に述べたい。

 たったそれだけの理由で切り出された言葉は、特筆すべきことのない、ありきたりな言葉の羅列で終わる筈だった。

 だが、ルカキスの言葉は突如鳴り響いた轟音に掻き消された。


 ドゥギュゥゥ――――ムッ!


 耳をつんざくような音と共に不審な存在が吹き飛ばされる。それは、王国軍の武装に身を包む1人の兵士だった。

 兵士はルカキスが気づかぬ異常な速度で接近し、今にも凶刃を振り下ろそうとしていた。それに気づいたロボに、サイコガンで無力化されたのである。


「……え?」


 状況を理解していないルカキスには構わず、ロボはサイコガンを連射する。いくつかの弾道はゲートから少し離れた森の方まで伸びてゆき、その先で何かに着弾した。

 近辺に生じた全ては転送弾であり、何もないように見えた空間に魔法弾が生じると共に、その場には地に伏せる兵士が残された。わずかの間に、ゲート周辺には幾人かの兵士の死体が転がっていた。

 事態はすぐに収束したが、動転しているルカキスは兵士の死体を凝視しながら固まっている。ロボは攻撃姿勢を解除することなく殺気を放ち続けていた。

 そこへ遅れてカリューがやってきた。現場の惨状を見て息を飲むと、思わず声を上げた。


「こ……これは!?」


 そこに戸惑いはあったものの、カリューはすぐに状況を理解した。そして、辺りを警戒しながらロボに話しかけた。


「殺したのか?」

「…………」

「そうか、カリ・ユガ側とはいえ、ここにはゲートがある。無警戒に放置されているわけが――」


 しかし、カリューが話し終えるのを待たずに、ロボは無言で自分が仕留めた兵士のもとに歩み寄ってゆく。そんなロボの態度に緊張感を覚えながら、カリューもあとに続いた。

 2人の動向を目で追うだけのルカキスは、その場から1歩も動かない。頭の中では今起きた出来事について、必死になって思考を巡らせていた。


 ……殺した?

 殺したとは、いったいどういうことだ!?

 

 目の前で起きたありのままを素直に受けとめれば、そこに説明は必要なかった筈である。しかし、それでもルカキスは、今見た現実を頭の中で否定しようとした。


 う、う、撃ったのはロボだぞ?

 カリューの言うように、確かに腕は立つのかもしれない。だが、出会い頭の相手を有無も言わせず撃ち殺すような……そんな非人道的なことをロボがするわけがない。

 別に奴が善良と言ってるんじゃない。奴の胆力で、そんなことできっこないと俺は言ってるんだ!


「ハ……ハハハ。俺としたことが聞き違えたか……」


 引きつった笑みと共にそう結論づけるルカキス。

 だが、額から血を流して倒れている兵士たち。そして、見たことのない殺気に包まれたロボと、未だ耳に残る激しい轟音。さらにはカリューが口にした『殺した』という言葉。それら全ては疑いようのない事実をルカキスに突きつけていた。

 しかし、それでもルカキスがそれを受け入れるには、事はあまりに性急過ぎた。

 カリ・ユガが危険な場所と理解しつつも、少し前まで継続していた日常との落差があり過ぎたのである。


 頼む! どうか間違いであってくれ!

 もっと……もっとゆるくてぬるい世界で俺は生き続けたいんだ!

 

 そんな切なる願いが、またもルカキスをねじ曲げた見解へと導くのだった。


 いや、待て! 倒れている兵士が人間とは限らないんじゃないのか?

 ここはカリ・ユガだ。人だけじゃなく魔物だってウジャウジャいる。そんな暗黒世界カリ・ユガに来ていたのをすっかり忘れていた!

 ロボの緊張感ある態度とカリューの言葉に人を殺したのかと勘違いしたが、魔物を殺したのなら話は違ってくる。

 倒れてる奴らはきっと人間じゃない。人に擬態した魔物なんだ……


 それが仮に魔物だったとしても、ロボが初めて殺意を剥き出しにし、相手を死に至らしめた事実は、ルカキスに少なからずショックを与えた。

 それもまた日常とは乖離かいりしたものだったが、それでも殺人よりはまだ受け入れられる。ルカキスはそう考えていた。


 そ、そうか。魔物を殺ったか……ハハ。

 完全に人に見えなくもないが、魔物なら人心を欺くために擬態するなどお手のものだ。ロボはその違いに気づいて、適切に対処したのだろう。

 だ、だとしても、いきなりぶっ放すのはいただけないな。俺を守るためとはいえ、主人を脅かす行動は今後慎ませねばならない。

 あ、あ、あとで注意しておこう……うんうん。


 冴えない顔で無理やり納得すると、遅れてルカキスも2人のもとに向かう。

 その際、視線はただ2人だけを見据え、倒れている兵士には一切向けられなかった。もし、注意深くそれを見てしまえば、何かが壊れる気がしたからだ。

 しかし、重い足取りで2人のもとに辿り着いたルカキスは、そこで思わず息を呑む。衝撃的な光景が目に飛び込んできたからだ。


 真っ先に視界に入ったのは、ロボの背中越しに見えた兵士の顔だった。魔法弾で額を打ち抜かれた死に顔が、ロボの背からはみ出して見えたのだ。

 既に物言わぬ口から血を流し、閉じることのない瞳が真っ直ぐにルカキスを見つめる。その死体からは、とても魔物が擬態しているとは思えない、圧倒的なリアリティが伝わってきた。

 だが、それをも上回る衝撃がその後に続いた。

 死体に見つめられ立ちすむルカキスの目の前で、こともあろうにロボが死体から足を引きちぎってしまったのである。

 その猟奇的な光景を目にした途端、ルカキスの中にあった何かが壊れた。ロボに対するイメージが180度反転したのだ。

 同時に、ロボが人を殺したという事実が一気に現実味を帯び始める。

 ルカキスは、思わず抱いた恐怖心に全身をこわばらせながら、ロボの背に向け心の叫びを浴びせかけた。


 ま……ま……マジじゃないかっ!

 ロボ、お前マジじゃないかっ!


 マジ、殺人鬼じゃん! マシーンじゃん! キラーマシーンじゃんっ!

 アサシンじゃん! サイコパスじゃん! オートデリートシステムじゃんっ!


 ルカキスは立て続けに、ロボに悪しき異名を与えた。今目にした現実は、ルカキスにとってそれほど衝撃的なものだったのである。

 そして、ルカキスはロボの認識を改める。改めざるを得なくなっていた。


 ……こいつはマジだ。マジでイケるタイプの奴だ!

 ロボット3原則なんて関係ない! 逡巡や躊躇といったリミッターも存在しない!

 こいつは笑いながらでも人を殺せる、の世界の住人だったんだ!

 そ、そんな危険なヤツと一緒にいて、よく今まで無事でいられたものだ……


 ルカキスは、今日までの自分の幸運に胸を撫で下ろしながら、今後の身の振り方について選択を迫られていた。


 こ、こんな危険な奴を身辺警護に雇い続けるわけにはいかない。できるだけ早急に解雇を言い渡し、身の安全を確保しなければ!

 だが、下手に切り出しロボの機嫌を損なえば、逆上される恐れがある。タイミングを見計らい、その機を逃さず上手く立ち回らねば、次に命を狙われるのは……間違いなくこの俺だ!


 ロボに対して、すっかり警戒心を抱いたルカキスは、必死になってロボから逃れる算段を始めるのだった。


 一方、ロボとカリューの2人は、倒れている兵士を前にこんな会話を交わしていた。


「少し落ち着いたか、ロボ?」

「……ああ、すまねーカリュー。オレとしたことが、少々取り乱しちまったな」

「まったくだ。あまりの殺気に、話しかけることもできなかったぞ」

「面目ねぇ……」


 冷静さを取り戻しつつあるロボに、カリューが続けて問いかけた。


「ところで、こいつは王国軍の兵士のようだが、いきなり殺さなくてはならない危険な相手だったのか?」

「ああ。ここの安全性が確保できてない出会い頭で、様子を見れる相手じゃなかった。オレがゲートをくぐった時、ルカキスは殺される寸前だったしな」

「……そうだったのか。だが、王国軍の兵士とはいえ、人を手にかけねばならないのは心苦しいな」


 そう漏らすカリューの言葉を、しかしロボが否定した。


「いや。人間相手なら、オレも命を取るまではしなかった。だが、外観は人に見えるが、こいつらはもう人間じゃねー。おそらく、アンドロイド技術を内部に組み込まれた強化人間。言ってみりゃーオレと同類だ」


 そう言って、ロボは兵士が身に付けていた鎧を取り払った。するとそこには身体の一部が機械化した、あきらかに人と異なる内部が姿を現した。

 

「本当だ。これではもう人とは言えないな……」


 そんな感想を口にするカリューの横で、しかしロボは違和感を覚えた。内部が想定していたより、生身の部分を多く残していたからだ。


 なんだこりゃ……想像以上に人間じゃねーか?


 その時、ふと兵士の足に目をやったロボは、それがほとんど取れそうになっていることに気づいた。

 そして、軽く引っ張っただけで外れてしまった足を目の前に持ってくると、内部構造を詳細に調べ始めた。

 ※ルカキスはこの場面を目撃した


 オレが認識したあの尋常でない速度。確かにそれを可能にするだけの機械化は施されている。

 だが、これだけ生身の部分を残してたら、影響が弱い部分に及んで当然だ。全力で動いてるだけで、この足のようにもげちまったり、下手すりゃ死んじまうことだってあんじゃねーのか?


 そう考えたロボは、そこから1つの結論を導き出した。


 管理者もなく、こんな所で使われてることを考えても、こいつらは使い捨てなのかもしれねーな。最低限の機械化だけが施された量産タイプ。

 しかも……


 ロボは視線を頭部に向けると、内部をスキャンしながら分析を続けた。


 やはりな。味方が殺されても一切動じないマシーンのような動き。埋め込まれた小型の魔法石で脳が制御されてやがる。おそらく傀儡化の永続効果ってところか。

 もはや人格すら残らない、サイボーグとも呼べねー代物だな……


「大丈夫か、ロボ?」


 深く考え込んだまま言葉を発しないロボに、カリューが心配そうに尋ねた。


「ああ、問題ねー。見た瞬間にアバネの仕業だってのは気づいてたんだが、それにしても、反吐が出るくらいエグいことやってやがると思ってな……」


 その言葉に、カリューも意味を悟った。


「人体実験か。お前のような力を人に付与して強化を図ったということか。だが、ロボ。お前と同じロボットではなく、なぜ人を使う必要があったんだ?」


 そう問いかけるカリューに、少し間を置いてからロボが答えた。


「そいつはアバネが人工知能のノウハウを持ってなかったからだ」

「…………」

「ロボットに精密で複雑な動きをさせようと思えば、人と遜色ねー高度な人工知能が必要になってくる。だが、博士は奴にそれを一切教えなかった。そこには博士の深い考えがあったんだが、それが仇になるとは思いもしなかったがな……」

 

 そう漏らすと、そのままロボは黙り込んでしまう。

 先ほど出たアバネという名前からも、それがロボの抱える問題と関係があると理解していたカリューは、気持ちが落ち着くのをしばらく見守るつもりだった。

 しかし、意外にも、ロボはその状態からすぐに立ち直った。そして、カリューに笑いかけてみせた。


「へへ。気を遣わせて悪かったが、もう大丈夫だ。オレの中にある怒りの火が消えることはねーが、感情のコントロールはずいぶん上手くなった気もするんだ。もしかすると、それはあいつのおかげかもしれねーがな」


 そう言って、ロボは背後に立つルカキスを振り返る。

 視線を向けられたルカキスは、その時異様にビクついたが、それには気づかずロボはすぐまたカリューに向き直った。


「アバネが噛んでやがる確証が得られた今、オレにもう迷いはねー。お前もこれまで以上に気兼ねなくオレを頼ってくれて構わねーぜ。何しろオレたちは、共通の目的に向かってるんだからな」

「ロボ……」


 決意の眼差しをカリューに向けたあと、ロボはもう1度ルカキスを振り返った。 

 そして、声高にこう宣言した。


「ネオ・ルカキス! 今まで手を抜いてたわけじゃねーが、これからは更に気合い入れていくからよ! まあ、大船に乗ったつもりで、安心して全部オレに任せてくれよな!」


 そう言葉をかけられても、ルカキスは無言のままである。よほど怯えているのか、顔は青ざめ挙動不審な様子でもある。

 そんな態度に、ようやくロボも違和感を覚えたが、横からカリューに話しかけられ意識の表層から消えてしまう。


「ロボ。ここの特性上、戦闘はお前に頼るしかない。今後もお前1人に負担をかけることになるが――」

「なに水くせーこと言ってんだ? 遠慮せずにどんどんオレに頼って来いよ!」


 すっかり普段の調子でそう応じるロボに、カリューの顔から笑みがこぼれた。


「フフッ、頼もしいな。だが、お前の強さは折り紙つきだ。お前になら安心して対処を任せられる」

「ガーハッハッハ、そう言われるだけでオレのやる気が漲ってくるぜ! 驚嘆するほどの活躍を見せてやるから期待しておけよ? ガーハッハッハ」


 そんな会話を交わす2人を一歩引いた視線で眺めていたルカキスは、言葉たくみにロボの機嫌を取る(?)カリューの会話術に深く感心していた。


 ……なるほど、上げ上げ対応か。それがロボには最も効果的だったな。

 ロボを自在に操るカリューのコントロール技術は、もはや完璧といえるレベルにまで高められている。あれがあるからカリューはロボの危険性を知りながら、臆せず接することができるんだ。

 俺も1度真似したことはあるが、今はあの時のように成功する気がしない。本性を現した奴から漏れるテラー効果が、俺を委縮させているからだ。

 だが、このまま接すれば警戒してるのがまる分かりになるし、矛先がいつこちらに向くかわかったもんじゃない。そうではなく、カリューのようにロボの懐に入り込み、逆に利用するくらいの気持ちで挑まないとダメなんだ!

 危険なカリ・ユガでは、奴のような殺人狂にも利用価値はある。気持ちをうまく押し隠しつつ、巧みに……狡猾なカリューのように!

 前回成功した時を思い出すのではなく、役者のように別人になりきってしまおう。

 それを苦もなくやってのける、カリューのような悪人を心から演じればいいんだ。


 ルカキスは悪になりきるため、精神統一しながらそっと目を閉じた。


 やれる……私はやれる……私は千の仮面を持っている。

 私やれる。私……悪、やれる!


 両目を見開くと共に悪の仮面を身に付ける仕草を見せたルカキスは、ぎこちない笑みを浮かべて自らロボに歩み寄った。


「ろ、ロボさん! さっきの活躍お見事でしたね!」


 その言葉が耳に入った途端、ロボは顔をしかめながらルカキスを見つめた。


「……なんだ、そのキモキャラは? ってか、なんで敬語? なんでさんづけ?」

「い、いやだなぁ、僕は元々こんな喋り方じゃないですか! そんなことより、さっきのお手並みは本当にお見事でした! 僕は敵がいることにすら気づかなかったのに、ずいぶん離れたところまで察知して、あっという間に倒してしまうなんて。まさに驚き桃の木です!」

「…………」

「しかも攻撃を相手に命中させるだけでなく、全部ピンポイントで額を撃ち抜くだなんて、とても信じられない! いや、信じるに値しない! 正に神業としか思えませんでした!」

「……って、なんだその上げてんのか下げてんのか分からねー、へったくそなオベンチャラは? また調子に乗っておちょくろうとしてんなら、本気でぶっ殺すぞ!」


 ドスの利いた声音でそう言われ、途端にルカキスは真っ青になった。

 

 ま、まずいっ! 殺されるっ!

 あの目は本気だっ! っていうか、自分で本気と言っていた!

 なんてことだっ!?

 言葉の選択は完璧だったのに、何を失敗した!? どこにミスがあった!?

 いや、そんな反省なんかあとでいい! ここで上手く取り繕えないと、俺はロボに殺されてしまうんだぞっ!?

 ど、どうすればいい……ってか、どうしようっ!?


 恐怖のあまり、ルカキスの体は硬直してしまう。声も出せずに歯をカチカチと打ち鳴らしながら、視線だけでなんとかカリューに助けを求めた。

 その必死さと潤んだ涙目に気づいてくれたのか、カリューがロボの肩に手をかけ間に割って入った。


「ちょっと待て、ロボ」

「なんだよ、カリュー」

「今のは言い過ぎだぞ。ルカキスだって素直に賛辞を述べることもあるだろう? 言い方がぎこちなかったのは、ルカキスなりの照れ隠しもあったんじゃないのか?」


 出された助け舟に死の物狂いでしがみつくように、ルカキスは取れんばかりに首を振って同意を示す。その真剣さだけはおそらく伝わったのだろう。訝しげにルカキスを見たものの、怒りを鎮めながらロボがこう切り出した。


「そういや、お前がオレの活躍をまともに見んのは初めてだったな?」

 

 ここでのふざけた返答は死を意味する。ルカキスはただ真面目にコクリと頷いた。

 それを見てロボが続けた。


「だとしたら、お前の気持ちも分からねーでもねーが、今くらいのことで驚いてたら、この先驚きっぱなしの感心しまくりになっちまうぜ?」

「…………」

「まあ、お前がようやく改心してオレを認める気になったんだとしたら、そいつは僥倖ぎょうこう以外のなにものでもねー。これからも謙虚な姿勢を忘れねーと誓うなら、その気持ちわりー変キャラを受け入れてやってもいいがな? ガーハッハッハ!」


 すっかり機嫌が良くなったロボを見て、ルカキスは愛想笑いを浮かべながら心の中で安堵する。しかし、その代償は決して小さなものではなかった。俄かに、そんな事実を突きつけられることになった。


 「んじゃ、そろそろ行くか?」


 そう告げると、ロボはまるで3人のリーダーに就任したかのように先頭を歩き出す。カリューはそれにつき従うのではなく、ツートップだと誇示するようにロボの隣に並んだ。

 しかし、それを見てもルカキスは文句を言うことができない。忌々しげに2人を見るものの、今の自分には状況に甘んじる以外に打つ手はないと自覚した。

 またもやその立場が3人の底辺に据えられた事実に歯噛みしながら、ルカキスは渋々2人のあとに続いたのだった。

 

 歩き始めた3人は、特に危険と遭遇することもなく進んだ。危害を加えてきそうな魔物は、ロボが事前に排除していたからである。

 前を行くロボがサイコガンを放つたびに、ルカキスは体をビクつかせる。だが、あまりにあっさりとロボが魔物を仕留めるものだから、ルカキスからは徐々にカリ・ユガに対する警戒心や、緊張が失われつつあった。

 そんな時、森の中を進んでいた一行の耳に誰かの叫び声が届いた。


「キャ――――――――ッ!」


 それに真っ先に反応を示したのはルカキスだった。

 なぜなら、それがあきらかに女性の悲鳴だったからである。


 誰かが……うら若き、美しき乙女が襲われているっ!


 そう直感したルカキスは、同時に忘れていたある事実を思い出していた。


 そういえば、あの狐娘はどこに行ったんだ?

 さっきからどうも男臭さが鼻につくと思っていたが、いつの間にか彼女がいなくなってるじゃないか!?

 どうしていなくなった? まさか今の悲鳴は……


 その時、ルカキスの頭の中で悲鳴とレンピがリンクした。

 レンピがどうなったかの顛末を知らないルカキスは、何らかの方法でレンピが瘴気を克服したのではないかと考えた。そして、先行してここに着いていたレンピが、魔物に襲われていると思ったのだ。

 はやる気持ちでロボとカリューに目をやるも、2人の態度を見たルカキスは愕然としてしまう。なぜなら2人は声に全く無関心であり、とてもユージュアルな、日常的な感じで前を歩いていたからだ。

 落胆したルカキスの心は、すぐにも怒りに支配された。


 何だその気の抜けた態度は? 反応は?

 今の悲鳴は、あの娘のものなんだぞっ!?

 

 1人、声の主がレンピと確信するルカキスは、危機に対して鈍感な2人を心の中でそう罵った。

 しかし、直後にルカキスはその理由に思い当たる。レンピに惚れられている(と勘違いしている)ルカキスを妬み、2人が素っ気ない素振りをしていると思ったのだ。

 

 ……フッ、あの娘が俺にゾッコンラバーだったのを、まさか、お前たち2人も知っていたとはな。

 だが、たとえそうだとしても、自分に旨みがなかったとしても、困っている状況を助け合うのが、真にあるべき目指すべき人の姿じゃないのか!?


 即座にそんな思いが胸に溢れたが、声にはならなかった。先ほどの一件があったせいで、ルカキスは2人との間に距離を感じ、気軽に話しかけられなくなっていたのだ。

 何度か伝えようと試みるものの、どうしても言葉にできない。切り出すのを諦めたルカキスは、雰囲気を察して話しかけてすら来ない2人に内心逆ギレしていた。


 もういいっ! お前たちの考えは、よ~くわかった!

 俺だって勇者だ! 彼女は俺1人の力だけで危機から救ってみせるっ!

 

 そう決意すると、ルカキスは2人の背に向けこう叫んだ。


「もう頼まんっ!」

「……えっ?」


 そんな捨てゼリフだけを残し、ルカキスは2人を追い抜き走り去ってしまう。

 それにカリューは思わず面食らい、ロボもただただそれを見送った。

 しかし、その行動は2人にある事実を突きつけていた。危険なカリ・ユガでルカキスが単独行動に走っているという事実である。

 それに気づたカリューが、慌ててロボに訴えかけた。


「ロボ!」

「わ~てるよ。ったく、懲りねー野郎だな」


 ロボの返事を合図に、遅れて2人もルカキスを追い始める。

 走りながら、カリューがロボに問いかけた。


「ところで、どうなんだロボ?」


 ロボたちにも当然さっきの悲鳴は聞こえていた。カリューの質問は、その対象が何であるかを問うものだった。


「女が追われてるみてーだな。しかも、外観はどうやら人間だ。追うのも追われるのもな。だが、お前から聞いた話を含めて考えても、情報が足りな過ぎる。接して直接判断するしか、敵か味方かの判断はできねーだろう」


 その返答に、カリューも頷いて同意を示した。


「たとえ人だったとしても、カリ・ユガにいる者なら敵意がないとは言い切れない」

「すべてを敵と考えて攻撃できるんなら、遠くから捕捉できるオレはかなり有利なんだがな……」

 

 2人がそんな会話を交わす中、意外にすばしっこいルカキスは、2人を引き離して声のした方へと一目散に向かっていた。

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