57話 カリ・ユガでの日々


「……期待した俺がバカだったな」

「バーローッ! 何言ってやがんだ! お前がもっとちゃんとした情報を俺に伝えてりゃあ、あんなことにはならなかった! あんなに速いと知ってりゃあ、俺だって別の方法をとってたんだ!」


 そんな会話を交わすアグアとアズールは、集団で陣を構えたエルフたちのもとで、反省会を開いていた。

 ここカリ・ユガに死はない。この地で死んだ者には、何度でも命が与えられるからだ。


 初めてこの地で命を落とした時、シフトが生じるまでには僅かな時間的猶予がある。その間に何らかの手段を講じて蘇生するか、死んだ状態でも元の世界に戻ることができれば、シフトを回避することはできる。

 だが、このカリ・ユガの地に幾つも生息するボタイ樹から、1度でも生み落とされてしまえば、それはシフトが成ったことを意味する。そこからは死ぬたびに復活を繰り返す、抜け出すことの叶わぬ無間地獄が始まるのだ。


 その姿は初めてこの地に足を踏み入れた状態に戻されるが、記憶は継承されてゆく。死に際する痛みや苦しみを蓄積させながら、それは何度も繰り返されるのだ。

 装備品や肉体の欠損も元通りになる代わりに、苦しみに耐え切れず狂ってしまった精神も正常に戻されてしまう。

 魔に取り込まれ魔物になるという逃げ道もあったが、人間やエルフなどの耐性を持つ種族が魔物に変わるにはそれなりの年月を要するし、その状態が果たして救いとなるかは分からない。

 ただ、そうなってしまえば、もう人には戻れない。あると言われているシフトから抜け出す術も、完全に断たれてしまうのだ……


 2人が余裕ある態度で会話を交わしているのには理由があった。

 アグアたちが命を落としたのは夕刻間近であり、その後俄かに帳は下りた。

 そこから再度ゲートに向かう余裕があった筈もなく、この場にいる全てのエルフはカリ・ユガの夜を経験した。……つまり、シフトは既に起きてしまったのである。

 その事実に、2人は深い後悔の念を抱く。やりようによっては、何人かのエルフだけでも元の世界に返す方法があったように思えたからだ。

 

 強い口調で言葉を返すアグアに、アズールが応じた。


「敵の速さの情報が正確さを欠いていたのは詫びよう。奴らの動きが尋常でないのは理解していたが、まさかあの距離が問題にならないとは俺も思わなかった。認識が甘かった点は謝罪せねばなるまい。アグア、本当にすまなかった」


 言いながら頭を下げるアズールに、アグアは自分が言い過ぎたことを反省し、逆に慰めようと言葉を返した。


「いや……まあ、頭を上げろよアズール。敵を侮ってたのは俺も同じだ。俺は長でもあるし、お前の意見を鵜呑みにしたのが良くなかったな」

「その通りだ」

「なぬっ!?」

「だいたいお前は長としての自覚が足りない。このカリ・ユガという場所の特異性を考え、一日の長があるお前に主導権を持たせた俺もどうかしていたが、だとしても、お前が長たるべく最悪の事態を想定して行動していれば、ここまで酷い結果にはならなかった」

「なんだと、アズール! てめぇ――」

「勇者といえども高が知れている。時間が無かったとはいえ、その1点だけにこの場にいる全エルフの命運を託した俺にギャンブルの才能はない。そんなことが今さら分かったところで――」

「待てコラ、アズール! お前の態度にさっきは口をつぐんでやったが、もとを正せばお前の情報が――」

「待てアグア。それは今謝罪しただろう?」

「はあ~っ!? 何言ってんだてめぇー! コロッと態度変えやがって! そんなお前の謝罪なんか信用できるか! それに謝って許される問題じゃねえだろうが!」


 アズールの態度に憤慨するアグア。

 だが、その言われようにアズールも黙ってはいなかった。


「ならば言わせてもらうが、お前は俺が言うことを何でも信用するのか?『S○AP細胞はあります!』そう俺が言えば信用するのか?」

「はあ~? なんだ、そのへ理屈は? わけ分かんねえこと言ってんじゃねえ! お前の言うこと全部とか、そんなのは関係ねえだろう? あの状況でお前がそんなくだらねえ嘘を言わないのは分かってたし、俺はそういう時のお前とカリューの判断には絶大な信頼を寄せてるんだ。だからあの時俺は、お前の話を微塵も疑おうとは思わなかった」


 そう告げるアグアに、アズールが苦笑を滲ませながら答えた。


「フフッ。そんな風に信頼を寄せられて、俺が喜ぶとでも思っているのか?」

「なに!?」

「信頼とはそのような時に使うものではない。信頼とは託すものであり、更にはお前が関与できない俺の行動に対して、お前が抱くものだ。お前が俺に寄せていい信頼とは、お前やエルフ族にとって俺が有益な存在だというただ1点だけしかない。俺のもたらす情報の精度が高いものだと受け止めるまではいい。だがもし、それが完璧だとお前が思っているのなら、お前は世界の有りかたについて、この世に完璧なものなどないという1つの真理について、もう1度認識し直す必要がある」

「…………」

「或いは、もしそれが完璧でないと知りつつ、その情報に対してお前が成すべき熟慮を怠ったのだとすれば、それはお前の怠慢であり長としての資質を疑われる部分だ。そして、それが完璧でないと知りつつ熟考を加えたとしても、それ以上に有益な答えを見出だせないという結論にお前が達し、完璧でない俺の情報を頼りに方向性を決める決断をしたのだとすれば、その時点で責任はお前に委譲され、お前自らが考え導き出した答えと同義となる」

「お、おい、なんだよアズール。急にわけ分かんないこと言い出すなよ……」


 アグアの態度に、アズールが呆れながら答えた。


「アグア、お前は長なんだ。『わけ分かんな~い』では済まされんぞ?」

「そんな可愛いく言ってねえわ!」

「まてアグア。変なところに食いついて論点をずらすな」

「って、お前が――」

「ともかくだ。これまでのお前とのつき合いから、俺にはなぜお前がそんな判断を下してしまったのかが理解できる。お前には俺やカリューの進言が完璧でないと知りつつも、それを盲信している嫌いがある。それはこれまで、お前が1人で下す判断の未熟さゆえ、それ以上の熟慮を促し参考にするのを目的として、俺とカリューが過度の進言を与えてきたことに起因する。それに慣れきったお前が思考を放棄している事実に気づきながら、合理性を追求した俺やカリューが、それを容認していた咎がそこにはあるかもしれないんだ」

「…………」

「だが、仮にそうだったとしても、お前もそこに自分の存在意義を見出す必要があるだろう? 俺もカリューも完璧ではない。時折ミスすることもある。ここぞという時は俺たちにだって迷いはあるんだ。お前が俺たちを信頼しそこに判断を委ねるなら、せめてその責任を背負い込むぐらいの気概を見せたらどうなんだ? 判断も下さず失敗の責任も押しつける。だとしたら、お前が長である意味はいったい何だ? そんな者が長である意味がいったいどこにあるんだ!?」

「ち、ちょっと待ってくれよ、アズール! 俺は別に、お前に責任を擦りつけようなんて考えは、これっぽっちも――」


 焦りながら言い訳を口にするアグアを制して、アズールが続けた。


「分かっている。という言葉が事実に反しているが、お前がそんな無責任な長ならとっくに俺は見切っている。お前から出た発言は、感情が先走ってのものだというのも、今回の件でお前が1番責任を感じているのも十分わかっている。ではなぜそんな発言がお前から出るのか? その答えが問題なんだ」

「…………」

「お前にそんな発言をさせた原因。それは、お前の中にある甘えだ。お前は上下関係をことの他嫌っている。俺やカリュー、ゾーンバイエ、それ以外の者についても、お前はフランクに接し、またそう接してもらうことを望んでいた。それは全ての者が対等であるというお前の精神から来るものだが、お前自身の心の弱さの現れでもある。指導者とは元来、孤独なものだ。周りの意見に耳を傾けるのは重要なことだが、それを軒並み尊重しようとすれば、物事は立ち行かなくなる。意見とは、数が増えれば増えるほど纏まらなくなるからだ。だから、集団には周りの意見を汲み取りながらも取捨選択し、決定を下す指導者が要る。そこに馴れ合いが介入し、正しい判断が阻害されるのを防ぐために、指導者、長というものは、孤独なところに身を置く必要があるんだ」

「…………」

「自分の中に強い理念を持ち、他の意見に耳を傾けながらも、最後は自らの持つ指針を頼りに決断を下す。それこそがトップの裁量であり、あるべき姿でもある。お前は長であり、俺はそのブレインの1つに過ぎない。俺の優秀さが裏目に出たのは悔やまれるが、ここぞという時は、そんな俺でも疑ってみせる広い視野が長には要求される。お前をここまで甘やかした俺とカリューにも責任の一端はあるが、今回の戦犯は、長の自覚がまだまだ甘いお前の心の内にある。まあ、そんな未熟な長しか仰げなかった、我らエルフの悲運という言い方もできるがな」

「くっ……ぐぐぅ……」


 アズールの指摘に返す言葉もないアグアは、怒りの持って行き場をなくし、地団駄を踏んでいた。

 一方、強い口調で糾弾したアズールも、その心根にあったのは長の自覚をうながしたい気持ちであり、また責任についてはアズールもまた、自らの負うところも大きいと自覚していた。

 ここカリ・ユガで命を落とした今となっては、アグアの成長を期待し、また見事それが果たせたとしても、せんないことなのかもしれなかったが、その姿を見るのはアズールの望みだったし、状況が変わったからといって、接し方を変えることなどアズールにはできないからでもあった。

 怒りの矛先を見失い、胸のうちに膨らんだストレスで今にも爆発しそうになっているアグアを見かね、十分に灸が据えられたと考えたアズールは、話題を今後についてに切り替えることにした。


「とりあえず、その件についてはもういいだろう。お前にはきつく当たったが、ゲートを易々と突破できると考えていたのが、そもそも間違いだった。お前がここにいることを女神が知らない筈はない。だとすれば、それに対処可能な配備が成されていて当然だ。それを前提に、もう少し考えてから事に当たるべきだった。まあ、起こったことはしょうがない。それより、これからどうするかを――」

「待てよアズール。女神は俺の力量を見切ってたってのか!?」


 話題を変えようと切り出したアズールの言葉に、しかしアグアが過敏に反応した。


 余計なことを言ってしまったか……


 アズールは、怒りの捌け口を与えてしまったのを後悔しながら、アグアを宥めようとした。


「いや、見切ってたというか――」

「俺の力は、そんな容易く見切られるような、陳腐で他愛ないもんだったのかよ?」

「いや、そんなわけがないだろう。お前はエルフでも比類なき力量の持ち主だし、その辺にいる者が束になってかかっても――」

「だが、その辺にいる奴でなければ太刀打ちできない!……そんなちっぽけな力しかないってことかよ!?」

「いや、待てアグア。相手は女神だぞ? お前が敵わなかったところで――」

「納得いかねえ! たとえ女神の息がかかっていたとしても、俺が相対したのは女神じゃねえ! だとしたら、あいつらは俺より強いってことになるのか?」

「アグア……」

「認めねえ。無敵のアグアと呼ばれたこの俺を倒せる奴が、そうゴロゴロいてたまるかってんだ!」


 そのひと言にアズールは

 自称だがな。

 ……と、内心思っていたが、アグアの気持ちを静めるため、敢えて言葉では言い返さなかった。

 憤慨しながらアグアが続けた。


「確かに俺はルカキスには勝てない。やるまでもなく分かるくらい、奴の強さは別格だからだ。だが、あいつらは、ロイヤル・ガードたちは違う! 確かに1度敗北は喫したが、それは手の内も分からず、味方を庇いながらの不利な状況だったからだ!」


 そのひと言にアズールは

 庇うも何も、味方は真っ先に殺されただろう?

 お前は何の気兼ねもなく、思う存分戦えた筈だぞ?

 それに不確かだったが相手の情報はあっただろう?

 逆に相手は、そこまでお前に対策していたようには見えなかったぞ?

 ……と、幾つか疑問を抱いたが、アグアの気持ちを静めるため、敢えて言葉では言い返さなかった。


「あいつらのやり方は分かった。全部分かった。そして、このカリ・ユガに死が無いことが奴らにとっては致命的だった。……なぜなら、この俺と何度もやり合う羽目になるんだからな!」


 そのひと言にアズールは

 あ、何度もやる気なんだ。

 1回で勝てる自信ないんだ。

 ……と内心思っていたが、アグアの気持ちを静めるため、敢えて言葉では言い返さなかった。


「考えてたら、だんだん腹が立ってきた! アズール、止めても無駄だぜ!」

「アグア!」


 アズールの呼び掛けにも応じず、アグアはロイヤル・ガードたちにリベンジを果たすため、単身ゲートへ向かってしまった。


「止めはしないさ。どうせ、生き返るんだから……」


 そんな言葉を漏らす、アズールをその場に残して。



◆◆◆



「……で、今回は何が原因だったんだ?」

「違うんだよ、アズール! 奴ら、別れて待ち伏せしてやがったんだ!」

「そりゃ、相手も置物じゃないんだ。毎回同じというわけもないだろう」

「ま、毎回って……俺が何度も負けてるような言い方すんな!」

「事実じゃないか。もう5回も敗北して――」

「4回だ! まだ、たった4回しか負けてねえ! っていうか、俺は相手を何人も殺ってる! 実際には勝ってるんだ!」

「ポジティブな意見だ」

「だが、奴らは卑怯にも複数で群れてやがる。単体でも実力があるくせに、群れられたら勝てるもんも勝てなくなるわ!」

「あ、勝てないことを認めるんだ」

「……なんだよ、そのバカにしたような口調は? 説明しただろうが、アズール! 奴らはインチキなんだ! 2度目以降、奴らの攻撃はビリビリしてるんだよ!」

「だから、雷属性を剣に付与したんだろう? お前のウォーターシールドは強力だ。その上からダメージを与えるには――」

「ちげえよ! そんなのは俺も分かってる! 俺が言ってんのは、何やり方変えて来てんだよ? 何研究しちゃってんだよ? ってことだよ! ガリ勉か、くそがっ!」

「……そりゃ、お前だけでなく、2度目、3度目ともなれば、向こうも何らかの対策を講じてくるだろう」

「対策って、こっちは何も対策なんてできてねーよ! あの速さをどう対策するってんだ!? そのくせ奴らは、効果的に俺の守りを崩してくる! ビリッとされりゃ、思わずシールドを解除しちまうに決まってんだろ?」

「いや、決まってはいないが……」

「そして、気づいたら致命傷だ! 隠れてアプサ・ラディーナだけを向かわせても、なぜか俺の居場所を見つけて攻撃してくる! いったいどーすりゃいいってんだ!」


 興奮しながらそう話すアグアの肩に手をかけ、アズールが真剣な表情を向けた。


「アグア。そろそろ素直に負けを認めてもいいんじゃないのか? お前を見ていると、いたたまれない……」


 アズールの優しげな声のトーンに、思わず心折れそうになるアグア。

 その手を振り払いならが、アグアが静かに言葉を返した。


「……認めねえよ。認めねえが、ちょっと休憩だ。俺の方が強いという事実は揺るがないが、多人数と相対さなくちゃならない不利な状況に変わりはない。完全、完璧な勝利をおさめるためにも、ここは一旦時間を置いて、納得の戦略を練る必要があるからな。……なあそうだろう、アズール?」


 同意を求めるようにアズールに言葉を向けるアグア。だが、アズールにしてみれば、実にどうでもいい話だった。

 気の済むまで続けたところで、死のないカリ・ユガで失うものなど何もない。逆に、勝ったところで、アグア個人の満足感以外に得るものもないのである。

 それよりも集団でこの地に来た利点を生かし、できるだけ被害少なく、カリ・ユガの夜を切り抜ける方法を協議したい。そう考えていたアズールは、さっさとアグアに諦めて欲しかったのである。

 しかし、それを口に出せば、アグアがスネるのは目に見えている。そして、自棄になって延々殺されかねない。アズールはできるだけ感情が表に出ないよう気をつけながら言葉を返した。


「あ、ああそうだ、そうだとも。何か重大な見落としがあるせいで、一方的に負けているのかもしれないしな」

「一方的って、俺は奴らを何人も――」

「時間をおいて、じっくりまったり戦略を練れば、いくらお前でも有効な奇策の1つくらい思いつくだろう。何せお前には無限にも等しい時があるんだから」

「……っておい、アズール。お前――」

「たとえゾンビ同士の不毛な戦いとはいえ、お前も1度くらいは勝っておきたいだろう? 多少なら俺も知恵を貸さないこともない。相手も多人数なんだし、俺の知恵を取り入れたとしても、お前が勝ったことに変わりは……」


 そこまで話したアズールは、自分の言葉がフォローになっていないことにようやく気づいた。その原因は、真っ赤に膨れ上がり、今にも爆発しそうになっているアグアの顔である。

 歯に絹着せぬ物言いをするアズールは、自分の言葉に酔ってしまい、相手の気持ちを無視した持論を展開することが多い。それがトラブルを引き起こすことは、過去にいくらもあった。

 しかし、それはアズールも自覚していることである。そして、何度もそんなことを繰り返したおかげで、その対処にも長けていた。そのために平気で嘘もつけるアズールは、この状況からでも楽々それを取り繕える自信を持っていた。


「――どうだアグア、悔しいだろう?」

「…………」

「だが、今抱いている怒りの不足こそが、お前が連敗している要因だ」

「なに!?」

「アグア、怒りとはエネルギーだ。そのせいで冷静さを欠くべきではないが、時間が経過することで怒りは静まり、エネルギーは失われてしまう。それは何かで補わねばならないんだ」

「俺が怒りを忘れてるだって? そんなのあるわけ――」

「ではなぜ、直ぐに相手のもとを訪れない?」

「……そ、それは、敵の手のうちも分かってきたし、何か策を講じないと勝つのは難しと分かったからだ」

「では仮に、お前の弟カリューが新たに犠牲になったと知ったら、お前は自分を抑えられるのか?」

「――ッ!?」


 アグアはカリューという名が出ただけで、何を置いても行かずにいられなくなった、自分の心情の変化に気づいた。

 それを見透かすように、アズールが笑顔で続けた。


「分かったろう、アグア? お前はさっぱりとした性格で、いつまでも同じ物事に拘っていない。それは1つの長所といえるが、原動力として考えた場合、時間経過でエネルギーが失われるのも事実なんだ。少し時間を置こうと考えるのは構わないし、むしろ賛成なんだが、それで怒りが失われては意味がない。そこをうまく補い戦略を立てることができれば、お前が奴らに負けることはおそらく2度とないだろう」

「……なるほど。それを忘れさせないために、お前は俺を煽ったってことか。分かったぜアズール。俺は怒りを何度も思い出しながらうまく昇華させて、次こそは絶対に負けない戦略を編み出してみせるぜ!」

「分かってくれたか、アグア」


 アズールはアグアに満足そうな笑みを向けながら、あらゆる存在がアグアのように単純で自在に思いを操れたら、世界は俺の意のままにできるのに……という不埒な妄想に耽っていた。

 その時、急に何かを思い出したアグアが、先ほどの話を蒸し返した。


「ところで、アズール。さっきお前、ゾンビ同士の戦いって言ってたじゃねえか」


 その『ゾンビ』という発言が耳に入った途端、アズールは僅かに動揺した。


 むっ! し、しまった。ゾンビは少し言い過ぎだったか。

 俺としたことが、少し図に乗り過ぎたか!?


「あ、あ~あれね。ゾンビとはまた酷い言い様だな、ハハッ。ゾンビ……ゾンビ!? ゾンビなんて俺、言ったかなぁ?」


 動揺しながら必死に取り繕おうとするアズール。しかし、アグアは意外にも怒っているわけではなかった。


「いやまあ、言い間違いでもなんでもいいんだけど、ちょっと気になることを思い出したんだ」

「気になることだと!?」


 アズールはアグアの言葉に、ことの他厳しい顔で食いついてみせた。

 酷過ぎるたとえにアグアが気づき、そこに怒りを覚えないよう、雰囲気自体を真剣なものに改めて、注意を反らそうとしたのである。

 クワッという効果音まで伴うアズールの緊迫した様子に、圧迫感を覚えながらアグアが答えた。


「い、いや、そんなたいしたことじゃねえのかもしれないが、奴らも俺たちのように、ここで本当に復活してるのかと思ってな」

「……どういう意味だ?」


 そうアズールに促され、アグアはロイヤル・ガードについて語り始めた。


「気になる点は幾つかあるんだ。先ず、奴らからは極端にオーラが出ていない。そんな奴もたまにはいるが、それが5人も揃ってるってのがどうにも腑に落ちなくてな」

「……なるほど。確かにその点は、俺も王国軍と最初に合流した時に感じたことだ。あのロイヤル・ガードだけでなく、ルカキスからも全くオーラを感じなかった。だから俺は、あの者たちを警戒していたんだ」


 アズールの言葉に頷きながらアグアが続けた。


「兜で顔を隠してるし、そのせいで俺も最初は気づかなかったんだが、同じ奴らと戦ってる気がしないというのもある。毎回5人で変わりないんだが、体型や体臭に微妙な違いがあるし、同じ日に連戦した時に、斬り落とした腕が残ってたこともあった。この世界で再生されるなら、そんなことあり得ねえだろう?」

「…………人体実験」


 その時、何かを思い出したように、アズールの口からそんな言葉が漏れた。

 

「人体実験?」

「西にいたある技術者が、人権を無視した狂気じみた実験を行っていたという話を耳にしたことがある」

「……西? いったい何の話をしてるんだよ、アズール?」

「うむ。お前には話してなかったが、実は今エタリナは西と国交を開いている。それ以降持ち込まれた向こうの文明にロボットというものがあって、それと人を組み合わせる実験が西では行われていたという話があるんだ」

「……人とロボットの組み合わせ?」

「うむ。ロボットには人を超える優れた機能を持たせることができるらしいんだが、制御に問題があって人間のように複雑なことはできないようなんだ」

「……そうなのか」

「そこで、人にロボットの機能を組み込むことでその問題を補い、人を超える存在を創り出す実験が西では行われていた。そういう話なんだ」

「――!? それって、奴らがそうだって意味かよ!?」


 そう問いかけるアグアに、アズールがかぶりを振った。


「ところが、そう安直には繋がらない。人とロボットを組み合わせる実験は、人権を無視したものだ。国がそんな行為を放置するわけもなく、西で極秘裏に実験を行っていた技術者は、その事実が公になると共に処刑された。その実験結果が憂き目を見ることはなかったんだ」


 しかし、アグアはそれに納得しなかった。


「だが、奴らは……あの尋常じゃねえ速度はとても人間とは思えねえ!」


 その主張に、アズールも大きく頷いた。


「確かに。それについては俺も同感だ。だからふと、その人体実験のことを思い出したんだ」


 アグアの意見を肯定しつつ、アズールはなお言葉を続けた。


「そして、エタリナにはロボットと共に技術者が1人招かれている。もし、その技術者が何らかの経緯でデータを入手し、エタリナで実験を再開したとしたら……それは納得のいく答えになる。既に人ではないかもしれないそんな存在に、おそらくシフトは起こらない。腕が残っていた理由にもなるからな」

「だが、そんな実験エタリナでも――」


 そこまで口にしたアグアは、それを可能にする要素が今のエタリナにはあることに気づいた。

 同じ見解に達していたアズールが、その後を引き取るように続けた。


「セントアークとの国交がいきなり開かれたことも不審に思ったが、魔王が死んでもなお天界に帰らない、もっと不審な存在が今のエタリナにはいる。そこを繋げて考えれば、答えは明白かもしれんな」

「……あんの女神!」


 怒りに震えるアグアの肩に手をかけ、それを宥めるようにアズールが続けた。


「そこには女神の何らかの企みを感じるが、だからといって、カリ・ユガにいる我々にはもはやどうにもできん。神に祈りを捧げ無事を願おうにも、相手はその女神だしな……」


 そう漏らすアズールに、アグアが強い眼差しで反論した。


「いや。まだ、ルカキスがいる! 奴が女神の手を逃れたんなら、その企みを打ち砕く手は残されてる。自分で何もできないのが歯がゆいが、俺は奴が何かを起こしてくれる可能性に賭けるぜ!」


 そう力強く告げ、遠くの空を見つめるアグア。

 そんなアグアをアズールは見つめていた。

 アグアより遠い目をして見つめていた。

 

 ルカキスがお前の言うような力を秘めているとすれば、確かにその可能性はあるだろう。そして、それはエタリナにとっての希望になるのかもしれない……

 だが、別にお前がそこに賭ける必要なんてないだろう?

 お前が賭けたからといって、どうなるんだ?

 お前はいったい、何様なんだ?

 

 そんな思いを胸に抱きながら……


 そんな風に、カリ・ユガの日々は過ぎていった。

 そして、3年が経とうという頃に、アグアの希望であるルカキス一行が、ゲートを通過しようとしていたのだった。

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