47話 カリ・ユガへのゲート


 林の入り口で警備に当たっていた兵士の1人が、その時、視線の先で起こった異変に気づいた。


「おい……今、あそこの土がボコッと盛り上がらなかったか?」


 そこを指差し仲間の兵士に伝えるが、相手からの返事はない。どうやら地面に突き立てた剣を支えに、立ったまま寝ているようだった。

 それを見た兵士は肩を揺すって無理やり相手を起こす。すると起こされた兵士は、真っ赤に充血した目線を返し、ひと言こう言った。


「……悪い。昨日寝てないんだ。なんぴとたりとも俺の眠りを妨げないでくれ」


 そう言い終えた時には、既に瞼が閉じられていた。

 話しかけた兵士は呆れて溜め息をつくと、1人で異変を感じた場所に向かう。そこに辿り着いたタイミングで、土の中からゆっくり何かが這い出してきた。現れたのは同じく兵士の姿をした人型の存在だった。

 しかし、当然それが人である筈もない。兵士の鎧を纏うその中身は、肉体を持たぬガイコツだった。

 その魔物スカルナイトは、しゃれこうべに穿たれた2つの暗闇を、人間の兵士に向ける。

 それを見た兵士が、こんなセリフを口にした。


「あれ? 仮装大会があるのって、来月じゃなかったっけ?」


 どうやら暇を持て余したゲートの警備兵たちは、定期的にそんな催しを開催しているようである。

 魔法を駆使した本格的な仮装が仇となり、兵士は身近に迫った危険をすぐには受け入れられなかった。そして、スカルナイトが剣を振りかぶるのをぼんやり見つめがら、その意識は永遠に途切れた。

 同時に、周囲の土の中からは次々とスカルナイトが生まれてくる。魔物たちは集団になって、警備陣営に向かって進み始めた。


◆◆◆


「た、大変です! 今度は北の林からマタンゴ(巨大きのこに手足のついた、やぼったい目つきの魔物)とフラワーメタル(リズムに乗って激しく躍り狂う花の魔物)の群れが現れました!」


 兵からの報告を受けながら、ここの総指揮を任されていたルチ将軍は顔をしかめた。因みにルチ将軍の大好物はプリンである。

 林に囲まれたここゲート周辺は、もとより瘴気を溜め込みやすい環境ではあった。

 そこに軍の流した噂の影響で幾人もの人の死が加わり、非常に魔物が発生しやすい環境ができ上がっていた。

 当然その害は、ここを警備する軍が被ることになる。魔物が発生する原因に気づいた軍は、瘴気が溜まり易くなっていた場所を焼き払い、死者の魂を弔った。そうすることで徐々に鎮静化がはかられ、魔物を目にする機会は少なくなっていった。

 にもかかわらず、またしても大量に魔物が現れたのである。

 先ほど報告のあった魔物に加え、スカルナイトやコボルトなど、単体ではそれほど強力でない魔物ばかりだったが、いずれも十数体の群れを成している。その数の多さに、ルチ将軍は疑念と苛立ちを覚えていた。


「いちいち報告に来んでいいわ! 必要なら上のゲート前で警備に当たっている者たちも呼び戻せ! とにかく速やかに排除せい!」

「はっ!」


 ルチ将軍のゲチを受けた兵士が、逃げるように外に飛び出してゆく。誰もいなくなった兵舎内で1人ふんぞり返りながら、将軍はなお言葉を漏らした。


「もうずいぶん前に落ち着いたと思っとったのに、なぜまたこんなに大量の魔物が現れたんだ……」


 そう考えながらも、思考の矛先は自分が被っている境遇に向けられた。


「だいたい、将軍にまで上り詰めたワシが、なぜこのような辺境警備に回されねばならんのだ? 陛下とも長らくお会いしておらんし、国の体制もすっかり変わってしまった。それというのも、内政に女神が関与するようになってからだ。魔王がどこかに潜伏しているという話だが、そんな気配は微塵もない。逆にトライセンをはじめ、旧知の者は周りからどんどんいなくなっている。女神が何か怪しげなことを企んでいるという噂もあるが、もしかするとそれが真相ではないのか? この国は今大変なことに巻き込まれているのでは……」


 そんなルチ将軍のぼやきに、背後からの声が応じた。


「そこに思い至ることのなかった無能さが、今日までお前が生き延びられた要因だ」


 思わず振り返った背後には、黒いローブを纏う存在が立っていた。

 顔はフードに覆われて判別できない。だが、全身から溢れる不気味さは、単なる魔法使いとは思えない特異な雰囲気を醸し出していた。


「き、貴様、どこから入ってきた!?」


 その問いに応じることなく、黒衣の魔法使いはゆっくりと距離を詰める。

 ルチ将軍は、間近まで迫ってきた相手の殺気に触れた途端、声を張り上げた。


「ま、待て! 今のは口が滑って……いやいや、そんな噂を耳にしたのを思い出しただけだ! 決して、女神を批判したわけでは――」


 国のやり方に反発を抱く者たちが、ことごとく闇に葬られているのはルチ将軍の知るところである。目の前に立つ魔法使いが、そのためにここに現れたのだと思った将軍は、大声で外に助けを求めた。


「だ、誰か! 誰かおらぬか! 賊が入り込んでおる! お前たちの上官の一大事だぞ!」


 後退あとずさりながらそう叫ぶも、ルチ将軍の声に気づく者はない。逆に喧騒が兵舎内に届いて来るくらい、混乱は外の方が大きかった。


「外では魔物の対応に大わらわだ。ここで何が起きようと気づく者などないだろう……」


 愉しげにそう語る黒衣の魔法使いの言葉に、ルチ将軍は今起きている事態が目の前にいる者の仕業だと悟った。


「ま……まさか、お前が魔物を召喚したのか!? 皆が魔物に気を取られ、ここの守りが手薄になっている隙に、ワシを殺すつもりで――」

「アッハハハハ。よくそこまで想像力を働かせたものだ。さっき教えてやらなかったか? お前が生き延びているのは無能だからだと。お前が死ぬ理由はそれとはまるで関係がない。単に私が――」


 その時、ルチ将軍の剣が黒衣の魔法使いを貫いた。相手の余裕に乗じて、素早く腰から抜いた剣を突き刺したのだ。


「魔法使いのくせに、剣の間合いに入って来たのが運の尽き……!?」


 そこまで口にして、ルチ将軍は焦りの表情を浮かべた。

 自分が突き刺しているものが、魔法使いの羽織るローブだけだと気づいたからだ。


「将軍職に就く者なら、さぞかし私を楽しませてくれると期待してたんだが……拍子抜けだったな」


 言葉をかけられても、ルチ将軍は答えない。いつの間にか将軍の背後に立っていたその者のサーベルが、首の後ろから突き刺さり、口から飛び出ていたからだ。


「話の最中に斬り掛かるような無粋な奴とは、まともに剣を交える気にもならん。目的に反してストレスが増してしまったな……」


 そう呟きながら、引き抜いたサーベルを鞘に納めたその者ベレッタは、床に落ちていたローブをもう1度纏うと、出入口に向かってゆく。


「さてと。では私も奴らに混じって、本格的にひと暴れさせてもらうか……フフ」


 そう呟きながら、はばかることのない殺気を漲らせたベレッタは、兵舎の扉を悠然と開いた。



◆◆◆



「そろそろ林を抜けるぜ」


 ロボから掛かった声に、カリューが急いでロボのもとに駆け寄った。


「警備状況はどうなってる?」


 そう問いかけるカリューに、ロボは疑念の眼差しを返した。そして、訝しみながら状況の説明を始めた。


 ロボたちは、カリ・ユガとを繋ぐゲートを目指して林の中を進んでいた。厳重に警備されている正面を迂回して、側面からゲートに至るためである。

 だが、地形的に直接ゲートの真横に出ることはできず、途中から林を出て、軍によって舗装されたゲートに続く坂道を通る必要があった。

 そして、本来ならそこにも当然警備は配置されている。しかし、ロボの話では、ゲート正面に2人の警備だけを残して、他のすべての兵は現在兵舎付近に集結しているとのことだった。


「――魔物が!? その魔物と警備兵が戦闘になっているというのか!?」

「ああ。どっから湧いてきたかは知らねーが、結構な数の魔物に襲撃されてる。その対応に追われて、ずいぶん警備がおろそかになってるんだが、オレにはまるで誰かが謀ったようにしか感じられねーんだがな」


 言葉に含みを持たせ、ロボがそう告げたにもかかわらず、カリューにはそれが伝わらなかった。


「チャンスじゃないか!? だったら、今のうちにさっさとゲートをくぐってしまえば――」

「って、人の話をちゃんと聞けよ、カリュー! オレは誰かに謀られてんじゃねーかと――」


 2人の会話を遮るように、その時兵士の上げた声が響いてきた。


「侵入者だ!」

「魔物以外にも賊が入り込んでいるぞ!」


 それを聞いたカリューが、一気に緊張を高めた。


「気づかれたのか!?」


 真剣な表情でロボにそう問いかけるカリュー。

 だが、ロボは努めて冷静に言葉を返した。


「いや。奴らの言う侵入者とはオレたちのことじゃねー。そこの兵舎の向こう側で、魔物に混じって暴れまわってる奴がいる」

「他にも侵入者がいるのか!?」

「ああ。魔法使いの出で立ちをしちゃーいるが、魔法使いとは限らねー。なんせ、手にした剣で片端から兵士を瞬殺してやがるからな。相当な使い手だ」

「兵舎の向こう側なら、ここから300メートル以上離れているぞ!? この位置からそれが分かるのか?」

「まあな。詳細な分析まではできねーが、状況を視認するだけなら数キロ離れてても問題ねー」

「……すごいな」


 普段なら、褒められたことに気を良くするところだったが、ロボは変わらず冷静だった。


「だが、妙だと思わねーか? オレたちがゲートに向かうこのタイミングで、他にも侵入者がいる。魔物も大量発生している。……そんな偶然あると思うか?」


 ロボの疑問をようやく正面から受け止めたカリューは、黙考してから言葉を返した。


「罠だと言うのか?」

「そう断言はできねーが、どーにも腑に落ちねー」


 言いながらロボの視線がレンピに向けられる。途端にレンピは冷や汗を浮かべた。


 ……まずい。

 ベレッタ様も一目置くこのロボという人……侮れませんっ!

 上手くまるめ込めた残りの2人とは違って、この人だけは私の話に全く食いついてきませんでした。

 それだけでなく、ここまでのトラップ満載地帯を苦もなく抜けてきた手腕といい、こんな遠くからベレッタ様が見える尋常でない目の良さといい、警備の手薄な現状をラッキーとはとらえず、罠と疑うカンの良さといい……

 実に……実に侮れませんっ!

 ですが、このままもし引き返されでもしたら、私は2度とベレッタ様に会えなくなるかもしれない。

 ……かもしれない?

 そんな甘さを、ベレッタ様が持っているわけがない!

 ここでこの人たちが引き返したら、間違いなく私は捨てられる!

 ポイ捨てされてしまう!


 そんなん…………そんなん、アカンッ!


「ポイ捨て、アカンッ!」


 そう叫んだレンピは、くるりと踵を返すと一目散にルカキスのもとに駆け寄った。


「いつまで見とんねんっ!」

「グゲッ!」


 そして、性懲りもなくレンピの尻を見ていたルカキスの頭に、振りかぶりながらのゲンコツで制裁を加えると、もう1度叫んだ。


「待ってて、お兄ちゃん! ウチ、行くから! 今から行くから!」


 そのまま猛烈な勢いで走り出したレンピは、目の前の坂道を一気に駆け上がっていった。


「待て!」


 目を血走らせて走り去ったレンピを、すかさずカリューが追いかける。

 それに驚いたロボが、カリューを呼び止めた。


「おい、お前が待てよ、カリュー!」


 その言葉に立ち止まったカリューは、首だけ振り返ってロボに答えた。


「あいつがもし本当にゲートをくぐれば、取り返しがつかなくなる。……放ってはおけない」


 告げると共に、レンピを追って行ってしまうカリュー。その背中を見つめながら、ロボは溜め息と共に言葉を漏らした。

 

「ったく、その獣人が罠の一端を担ってるかもしれねーってのに……」

 

 そう言いながら、ロボもゲートに向かって歩き出す。ついでに、もう1人取り残されている者にも声をかけた。


「ネオ・ルカキス。遊んでねーで、とっとと行くぞ」


 だが、言葉を向けられたルカキスは、頭を押さえてうずくまったまま返事を返さない。今のやり取りが耳に入らなかったとでもいうように、顔すら上げなかった。

 しかし、ロボの声が聞こえなかったわけではない。それが証拠に、すぐさま気を引こうとアピールが始まったからだ。


「うぐっ……あ、頭が……頭が……」


 手で口を押さえて『吐き気』まで演出したものの、周りから感じる雰囲気は冷ややかである。

 優しいカリューの言葉さえ届いてこない状況に、ルカキスは付近には自分以外に誰もいないのではないかと、微かな不安を感じた。


 まさかな…… チラリ


 薄目でさりげなく周囲を窺ったルカキスは、途端に状況を理解する。

 そして、口をぽかんと開けながら固まってしまった。

 

 ヒュ~~~


 周りにいた筈の仲間たちは、既に影もない。ルカキスは、そこでようやく自分だけが取り残されている事実に気づいた。


 ば……バカな!?


 慌てたルカキスは、急いで坂道まで走り出ると、耳をそばだてながら辺りをキョロキョロと見回す。すると、少し離れたところから凄惨な叫び声が聞こえてきた。


「ぐ、ぐわあぁぁぁーっ!」

「粘り腰が自慢のネバール隊長までアッサリと! こ、こいつ、魔法使いなんかじゃないぞ!」

「た、助けてー! ひぃぃぃ~はっ! ああぁぁ……」


 坂道を下った先には、いくつかの兵舎が立っている。その向こうから届いてくる声を聞いて、ルカキスは戦慄した。


 な、なんだ今の叫び声は?

 ま、まさか、あの建物の向こうで、殺人事件が起こっているというのか!?


 そんなことを想像したルカキスは、自分が非常にまずい状況に陥っていることに気づいた。周りには、頼りにすべき仲間がいなかったからだ。

 

「な、なんかヤバくない? ヤバくなくない?」


 自分が危ういポジションに立っているとようやく理解したルカキスに、その時、さらなる追い討ちの声が届いた。


「野郎、どこに行きやがった!?」

「兵舎の向こう側に逃げたんじゃないか?」

「探せ、探せ! 絶対に生かして帰すな!」


 声と共に迫り来る、集団がもたらす地鳴りにも似た激しい足音。それは一直線にルカキスの方へ向かって来ているようだった。

 途端にルカキスは、恐怖のあまり体を硬直させ、今にもオシッコをチビリそうになっていた。


 に、逃げなきゃ!


 頭ではそう考えるが、緊張した体はなかなか思うように動かない。思わず涙がこぼれそうになるルカキスに、しかしその時、坂の上から声がかかった。


「ネオ・ルカキス!」


 即座に声の主を仰ぎ見たルカキスは、安心感から本当に涙をこぼした。どうやらルカキスを案じて、ロボが引き返してきてくれたようである。

 指向性を持たせたロボの声音は、いつもとは違う響きでルカキスの耳に届いた。それは兵士たちに気づかれないよう配慮されたものだった。


「軍の奴らがこっちに向かってる。声を立てずに急いでこいよ」


 そう言い終えるや、背を向けたロボはすぐに見えなくなってしまう。

 坂道にはところどころ平坦な部分があり、そこに差しかかったせいで、ルカキスの視界から消えたのだ。

 ただ、向かった先は分かっている。慌ててロボのいた場所を目指して駆け出したルカキスは、心の中で『ロボッチ~、待ってくれよ、ロボッチ~~~!』と必死に繰り返していた。



 一方、暴走したかに見えたレンピは、自分の後をカリューがついて来るのを気配で感じとっていた。


 フフ……作戦通りです。

 おそらくついてきているのは、カリューさん。あの人さえついて来てくれれば、残りの2人も来ないわけにはいかないでしょう。

 少し足は痛みますが、背に腹は代えられません。ベレッタ様にお仕置きされてると思えば、気持ちいいくらいのものです。


 誘導が上手くいったことを喜ぶレンピの前に、カリ・ユガに繋がる巨大なゲートが見えてきた。同時に2人の警備兵がその前に立っているのが目に入った。


 さて。どうしたものか……


「お前! どうやってここまで来た!?」

「止まれ、止まれっ!」


 突然目の前に現れた狐人族に、警備兵は即座に身構える。レンピは無抵抗をアピールするように両手を上げながら、走る速度を緩めた。

 しかし、ほとんど止まりそうになったところで、レンピは顔にニッコリとした笑みを浮かべる。それを見た警備の気が緩んだ隙を突いて、再度加速した。

 表面上は人の外容を保ちながら、レンピの足は2倍以上の太さと獣の筋力に変わっていた。そこから生み出された脚力で、警備兵の間を一瞬で風のように駆け抜けた。

 そこで、レンピの頭を1つの疑念が過った。


 あれ? なんで私、本気出しちゃったんだろう?

 別に私がゲートに辿り着く必要なんてなかったんじゃ……


 レンピの愛嬌ある顔が幸いし、警備兵には即座にレンピをどうこうしようという気配はなかった。

 後ろからはカリューも追って来ていたし、もし捕えられても助けてもらえる公算は高い。だとすれば、レンピは別に警備兵に捕まっても良かったのである。

 そして、残りの2人が合流すれば、あとは強引にでも目の前のゲートに放り込めばいい。もしロボにゴネられても、兄への想いを語り涙でも浮かべてやれば、カリューを落とすのは簡単だった。

 そうなれば残りの2人もあとに続くしかなく、それを見送ればレンピの役目は終了となる。流れとしては、それで何の問題もなかったのである。

 だが、ここまで一気に坂道を駆け上った事実は、なぜかレンピの気分をハイにした。野生の血をたぎらせ、あそこで止まるのをレンピに拒ませた。

 結果、レンピはマックスの脚力で警備兵の間を駆け抜けるという、愚行を犯してしまったのである。


 警備の立つ位置からゲートまでは、5メートルも離れていない。レンピの速度を考えれば、それは無いも同然の距離だった。

 まるで『おいで、おいで』と手招きするように、ゲートがどんどん近づいてくる。それをスローモーションのように感じながら、レンピはある1つの事実に思い当たっていた。


 あれ?

 これってもしかして……


 そう思った時には、レンピは触れていた。

 ゲートに。

 そして、入っていた。

 ゲートに。


『ゲートには絶対触れるなよ。行ったが最後、お前は2度と戻って来れないからな』


 ベレッタから受けた忠告が、つい先ほどのことのように、レンピの頭の中で再生される。


「ちょ、まっ――」


 それがゲートをくぐる前にレンピが残した、最後の言葉だった。

 レンピの姿はそのままゲートの中に吸い込まれて消える。その後もゲートは何事もなかったように、ただ佇んでいた。



◆◆◆



「上手く対処できたみてーだな」


 ロボがそう声を掛けたカリューの真下には、警備兵2人が気を失って倒れていた。


「ああ。姿を消して、背後から当て身を食らわせた。ゲートに気を取られていたから、好都合だったがな……」


 カリューは力なく、そんな言葉を返した。その目が見つめているゲートを同じように見ながら、ロボがカリューを慰めるように言葉をかけた。


「まあ、勝手に行っちまったんだから、お前に罪はねーよ」


 それはレンピの末路に対する言及だった。

 ロボには、ここで何が起きたかが分かっていたのだ。


「やはり連れて来るべきではなかったのかもしれない。まさか、カリ・ユガ行きを強行するつもりだったとは……」


 そう言葉を漏らしたカリューは、悲しげにゲートを見つめた。


「未だにオレは信じられねーが、もしあいつの言ってたことが事実なんだとしたら、いつかはアニキに会える可能性もなくはねー。互いに認識できる状態じゃねーだろーし、殺し合う可能性だってあるかもしれねーがな」


 ロボの言葉を聞きながら、それでもレンピが兄に会いたいと思ったのだとしたら、もしかすると、それで本望だったのかもしれない。

 そう考えたカリューは、そこにレンピの本気の想いを見た気がした。そして、だからこそロボに問いかけずにはいられなかった。


「ロボ。俺は本気で女神の企みを未然に防ごうと思っているが、何かを犠牲にしなくては、それが果たせないのも理解している。あの狐人族が俺たちを騙してまで、自分の思いを貫いたように」

「…………」

「そのために捨て去った思いは俺にもあるが、それでもお前とルカキスにだけは、俺は正直でいたいと思っている。そこを誤魔化してしまったら――」

「だったら、それでいいじゃねーか」


 カリューの言葉を遮ったロボは、そのまま続けた。


「お前はお前の知る限りのカリ・ユガのリスクを、包み隠さずオレに話してくれた。その上でオレはお前の提案に乗っかると決めたんだ。それ以上確認することなんてねーだろう?」

「だが、いくらお前に力があっても、カリ・ユガから無事に戻れる保証はない。だとしたら、お前の思いはどうなる? お前にも果たさねばならない目的があるんじゃないのか?」


 そう問いかけるカリューに、ロボは微笑みながら答えた。


「オレの目的は、そんなお前の正直な気持ちに報いることだ」

「……えっ?」

「ガーハッハッハ、そんな素っ頓狂な顔すんじゃねーよ。それも確かに嘘じゃねーんだが、お前につき合う理由はそれだけじゃねー。実はお前たちの話を聞いた時から薄々分かってたことなんだが、アバネの野郎がこの国に来た理由は、女神と無関係じゃねーんだよ」

「なっ……なんだって!?」

「さっきその証拠も見つけた。ここより少し進んだ北の林の中に、いくつかの研究施設が建ってる。おそらくそこを使ってたのは……アバネだ」


 カリューは驚きながら、詳細を問いかけた。


「だったら、そこにお前の探す相手がいるんじゃ――」

「いや。そのうちの一棟の内部も調べたが、あそこは既に引き払われたあとだった。状況から何の研究をしてやがったのかもだいたい想像がつくが、ゲート近くに施設があることを考えりゃー、カリ・ユガに何らかの痕跡が残ってるかもしれねー。もしかすると、アバネ本人が向こうにいる可能性だってあるしな」

「…………」

「だから、お前はオレがカリ・ユガに行くのを気にする必要はねーし、これまで通りの関係を続けてりゃーいい。お前の力になってやりたいってのもオレの本心だしな」

「……そうか。それを聞いて、少しは肩の荷が下りた。だが、この先お前にかかる負担は今まで以上に大きなものになる。本当に任せていいのか、ロボ?」

「当然よ」


 そう言って胸を張るロボに、カリューが手を差し出した。2人が熱い握手を交わしたところで、ロボが背後を振り返りながら続けた。


「とまあ、オレに関しちゃー気にする必要はねーんだが、あいつはそうもいかねーだろうな」


 その時、ロボの向ける視線の先に、ようやく坂道を上って来たルカキスの頭が見え始めた。


「ここまで伝える機会を逸していたが、ルカキスにもカリ・ユガの真相をきっちり話すべきだと俺は思う」

「カリ・ユガの何たるかを知れば、十中二十、行かねーとゴネだすとオレは思うが……」


 そんなロボの不安をよそに、ルカキスがへとへとになりながら2人のもとに辿り着いた。


「ハアハア、ひ、酷いじゃないか……ロボ! ハアハア、俺にはずっと……遠くにあるお前の背中が、チラチラとしか見えなかったぞ!」


 膝頭を両手で押さえ、上体を支えるようにしながら、ルカキスは息も絶え絶えにロボを非難する。


「それで上等じゃねーか」

「何を言う! 俺の後ろには警備兵だけじゃなく、殺人鬼だっていたんだぞ!? もし俺が捕まっていたら――」

「そいつはお前の取り越し苦労だ。オレには全部お見通しだったんだからな」

「それは結果論じゃないか!? お前の目がどんなに良くても、こちらを振り返りもしないお前に、俺の後ろが見えるわけ――」

「ルカキス」


 論争する2人の間にカリューが割って入る。おそらく、先ほど話題に出たことを打ち明けるつもりなのだろう。

 その表情には微かな陰りが見えたが、たとえ結果がどうなろうと、カリューに話さず済ますつもりはなかった。


「おお、カリュー、少し待ってくれ。今ロボにきっちりと言い含めるから――」

「違うんだ、ルカキス。お前に言っておかねばならないことが――」


 ルカキスの言葉を遮り、カリ・ユガのリスクを語ろうとしたカリューを、その時更にロボが制した。


「カリュー、ここはオレに任せとけ」

「いや、しかし――」

「おい、ネオ・ルカキス! 言い含めるとか、偉そうなこと言ってんじゃねーぞ?」


 ロボはルカキスとカリューの間に身を乗り出し、そのまま奪い取るようにして会話を続けた。


「何を言っている。お前が敵の位置が分かるなんていう出鱈目を――」

「それは、出鱈目じゃねーからな。オレはロボットなんだぜ? お前たちみてーに、ここにしか目がねーとは思わねーこったな」


 ロボは顔にある、目を模したメインカメラを指差しながら、得意気に答えた。


「フッ、ロボよ。何でもかんでもロボットの性能で押し通せると思ったら、大間違いだぞ!」

「別に信用しなくたって構わねー。だが、さっきお前が言ってた警備兵の奴らだが……実はもう、すぐ背後まで迫ってるんだぜ?」


 その言葉を脅しととらえたルカキスは、強がりながらそれに応じた。


「や、奴らの足音は途中から聞こえなくなった。そんなに早くここまでやって来れるわけが――」

「そうかよ。じゃーお前はここでゆっくり休んでればいい。警備兵と出くわすと面倒だから、オレとカリューは先に行かせてもらうぜ」

「何!?」


 ロボの言葉に慌ててルカキスは振り返るが、背後には誰の影も見えない。ゲート周辺は平坦な地形になっていたせいで、少し戻らないと坂の下の状況が確認できなかったからだ。


「行こーぜ、カリュー」

「ロ、ロボ……」


 カリューを促したロボは、2人でゲートに向かって歩き始める。だが、それをルカキスが全速力で追い抜いた。

 そして、2人の前に立ちはだかると、ビシッという効果音を伴わせながら、人差し指をロボに突きつけた。


「ロボ! 別にお前の言葉を信用したわけじゃないが、俺はカリ・ユガへ向かうためにここに来た。そして、ゲートは今俺の目の前にある。それなのに、こんなところで休憩するマヌケがいるか? 休憩なんてカリ・ユガでもできる。だから俺はそこへ向かう。ただ、それだけのことだ」


 言い終えるや否や、我先にと急ぎ足でゲートに近づいてゆくルカキス。

 それを見ながら、カリューが困惑顔でロボに問いかけた。


「……いいのか、ロボ?」

「構やしねー。どのみちお前たち2人はオレが守ると、とうに決めてたことだ。オレにさえ覚悟がありゃー、場所がどこだろーが関係ねー。もっとも、あいつが暴走してオレの守備範囲から出ないようにだけは、きっちり言い含めておく必要はあるがな」


 そんな会話を続けながら、ロボとカリューもルカキスに続いた。

 しかし、その時カリューは、カリ・ユガの真相を話す最後の機会が失われたことが、ルカキスにとって何か良くない結果を生むような、そんな不安を感じていた。


「迷いの森でもゲートは通ったが、ここのは特別デカくて重厚だな」


 そう口にするルカキスに、カリューが答えた。


「カリ・ユガに繋がるゲートは神が創ったものだ。エルフのゲートとは比べるべくもない」

 

 その返答を聞きながら、ルカキスはゲートの周囲をぐるりと回って、つぶさに観察を加える。それを横目に見ながら、ロボが切り出した。


「そうゆっくりもしてられねー。ネオ・ルカキス、遅れずついて来いよ」


 そう言って、ゲートに入ろうとするロボを、すかさずルカキスが引きとめた。


「待て、ロボ! こういうのは演出も大切だ!」

「……?」

「では、これよりカリ・ユガに出発する! みんな遅れず俺について来るように」

「って、それはオレの言ったセリフだろうが? ってか、お前が最初に行くつもりかよ!」


 ロボのツッコミにも動じず、ルカキスは2人に鋭い視線を向けながら続けた。


「では、行くぞ! みんな続けぇぇー! ネオ・ルカキスの名のもとにっ! トオォォーウッ!」


 そう言うなり、我先にとゲートに飛び込んでしまうルカキス。しかし、それを見たカリューの顔に、焦りの色が浮かんだ。


「ロボッ!?」

「わかってるよ。ったく、世話の焼ける……」


 文句を口にしながら、即座にゲートに飛び込むロボ。遅れてカリューもそれに続いた。

 こうして、3人はカリ・ユガへと旅立ったのだった。

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